第三章 恐怖!砂漠と女王と亡霊



  第三章 恐怖!砂漠と女王と亡霊



 炎天下。見渡す限り黄金の砂、砂、砂――熱と視覚で頭が、どうにかなってしまいそうだ。話す気力は既に無くて、あたしはただ黙々と歩いていた。
「……喉渇いた……あっちい……死ぬ……真剣でやばいって……休もうぜー」
 余裕の無い声で、しつこく繰り返すのは最後尾のロウだ。
「騒ぐと余計暑くなるわよ」
 見兼ねた様に、マーグ。ロウは険悪な表情のまま言い返した。
「仕方ねぇだろ。暑いもんは暑いんだよ」
「だからって騒がないで」
 きつい声で更に言い返す彼女にも余裕は無い。
「誰も騒いでねえだろ……ッ?!」
 怒鳴るロウ。
「じゃあ喋らないでッ」
 とうとう怒鳴り口調になったマーグ。
「んだとぉ?! マーガレットはそーいう涼しそうなカッコしてやがるからいい。俺なんか法衣だぞ。その上に胸当てだぞ?! 蒸れるわ重いわ……冗談じゃねぇ!」
「だったら脱げばいいじゃ無いの! 私だって中は蒸れているわよ。きっと汗疹も出来てしまっているわ! 痒くて仕方ないったら……ッ」
 ……。
「脱げたら苦労しねぇ! 脱いだら魔物出た時どうすんだよ?!」
「知らないわよ。何とかなさい!」
 ……。
「まあまあ、落ち着いて落ち着いて」
 慌てて仲裁に回るのはシエン。困った様な、何とも言えない様な表情を無理矢理笑わせてふたりの間に入った。
「あ、ほら! 見えてきた。あれがイシスのお城だろ?」
 二人に睨まれ、暑さで出た以外の汗も混じらせて話題を逸らそうとするけれど。
「蜃気楼じゃないの?」
「蜃気楼じゃねえか?」
 口を揃えて二人。シエンはその返答に目を丸くした後、半眼になって口をとがらせた。
「なんでそう言う事言うかな」
 拗ねた口調に、ロウも半眼になってシエンに追い討ちをかける。
「さっきだってオアシスだッ! ――つって走ったけど結局、辿り着けねぇまま消えちまっただろうが」
 それを言い出されてシエンはぐっと言葉に詰まってしまう。少し沈黙した後、シエンはまたもや無理矢理笑顔を浮かべて、地図を指差しながら説明を始めた。
「さ、さっきはさっきだよ! それに、地図を見てもここはイシスがそろそろ見えてくるはずの距離なんだ。ほら、ここの地形と地図を見比べてもそっくりだろ。今度は間違いないよ!」
「どうかしら」
 シエンが言い終わると同時に、マーグが冷たい声色で言い放った。それには心底焦った様な表情になるシエン。
「マーグまでそう言う事言うかなぁ?」
 その様子に、楽しそうに鼻で笑うロウ。
「へっ。あんたさっきのでマーガレットの信用なくしたんじゃねーか?」
「あ、あれは不可抗力だろう?! それに一番喜んで走ってたのはロウじゃないか!」
「あたりめーだろうが。俺は暑くて暑くて死にそうだったんだよ。今もだけどな。そんな時にオアシスだなんて言われたらはしゃいじまうのが当然だろうが!」
「そりゃそうかもしれないけれど、でも僕最初にはっきり言っただろう? もしかしたら蜃気楼かもしれないって!」
「あぁ?! んなこと言ったっけかぁ」
「言ってないわ」
「マーグまでそうやってぇ!」
 ……ッ、あああぁあ、もぉうぅ!
「いい加減にしろおおおぉぉッ!」
「?!」
 喋る気力無くてずっと黙ってたけどもーう我慢効かない。切れた。
「はー、はー……げほッ」
 息が上がる。叫ぶ、それだけで体力の半分が消えた気がする。むせながらみんなを見回して、息を整える。彼らは怒鳴り声に驚いたのか、目を丸くして黙った。
「暑くてイライラするのは分かるけどさあ。そんな言い争いしたって無駄だよ無駄。無駄な力使うより、早く進もうよ」
 しばしの沈黙。砂塵が風にあおられて、抜けるように青い空へ吸い込まれていく。その後、三人分のため息が重なった。
「……そうだね。先に進もうか」
「……無駄に疲れたわ」
「……あ~最悪」
 とりあえずまとまった後、あたし達は嫌々ながらも歩き出した。
 あたし達は今、まさに炎天下の砂漠の真っ只中にいた。どうしてこんな、砂漠に来る事になったかというと、あの後こんな事があったからだ。
 まず、ノアニール村に行ってエルフの女王から貰った『目覚めの粉』で呪いを解いた。その後ようやくロマリアへ。金の冠は返せなかったけれど、カンダタ一味の撤退、そしてノアニールの事件解決にロマリア王はたいそう喜んで、ようやくあたし達を認めてくれた。そして、こんな情報をくれたんだ。

『ネクロゴンドは以前、険しい山脈に守られた豊かな土地と綺麗な水に恵まれた美しい国だった。しかし、バラモスが現れた時地形が大きく変わったと聞く。険しい山脈は王都へ続く道を塞いでおる為、今のネクロゴンドはまさに陸の孤島だ。それ故、陸路から進入するのはまず、不可能に近い。
 ただ一つ方法があるとすれば、それは空路だ。我々が集めた情報によると、世界の何処かに大空の守護神と呼ばれる不死鳥が眠っているという。その不死鳥の力を借りるのだ!
 その不死鳥を甦らせるには、この世界の何処かに散らばる6つの宝珠【オーブ】が必要なのだそうだ。しかし、我々の集められた情報はここまででな。何処に存在しているのかまでは解らなかったのだ』

 不死鳥に、世界に散らばる6つのオーブ。なんだか突拍子も無い話、と思った。何処から探せばいいんだろう、そう思ったのが顔に出たらしくロマリア王はこんな情報も下さった。

 『ここより南の砂漠地帯に、美しい女王が治めるイシスと言う国がある。そこにはピラミッドと呼ばれる不可思議な古代遺跡があるんじゃ。なんでも、王家代々の墓という話なのだが……詳しい事は解らぬ。とにかく、行ってみたらどうか? オーブの一つはそこにあるやもしれん』

 という訳であたし達は今、砂漠を歩いている。
 でもこの砂漠というのが…とてつもなく厄介だった。昼の体験した事も無い暑さと乾燥と日照りの強さ、夜の凍える様な寒さという急激な気温の変化と、時折起こる砂嵐、砂漠特有の手強い魔物達と……とにかくいろいろであたし達はすっかり参っていた。
 山と魔物ばっかりの恐ろしい高原と山道の後はこれかい! ってくらいに、辛い条件が続く。分かっていたけど、分かっていなかった。まさか、旅がここまで辛いものだとは。
 弱音は吐きたく無かったけれど、こうも砂漠が辛くちゃ。あたしはついそこまで考えて、首を振る。いけない。こんなとこで挫けてどうするんだ。
 でもこの辛さに対して、あたしはちょっとだけ思う事がある。あれ以来みんな落ち込んでいたけれど、それぞれ面に出さない様にしていた。特にシエンは、無理に明るく振る舞っている感じが濃厚で、たまに見てられないくらい……。
 もしかしたら、この過酷な状況はあの事を思い出す時間を少なくしてくれているからかえっていいのかも。ってさ。
 今はとにかく、砂に埋まって歩きにくい足に力を込めて前へ前へと足を進める。眼下に広がる無限か? とも思われる砂漠に、ぼんやりと建っている城の様な建造物に向けて。
 あれが、蜃気楼だったらと思うと――!
 やめよう。とにかく、進むんだ。




◆    ◇    ◆    ◇


「ああ……麗しのイシス――!」
 大げさな芝居口調で膝をついたのは、シエン。蜃気楼じゃない本物の街並みと城を目の前にして、あたし達は妙な感動に包まれていた。
「ようやく……着いたのか」
「生きてんのが嘘みてぇ」
 呟きつつ、疲れきった顔に浮かんだ汗を拭うロウ。
「流石にきつかったわねえ。早く水を浴びたい気分よ」
 汗で張り付いた髪の毛を払いながら、マーグ。そう言いながらもしゃんと立って、疲れたそぶりを見せない姿は見習わなければなぁ、と思う。カッコいい。
「僕はとにかく一杯やりたいなぁ。早く泊まるとこ探してゆっくりしようよ」
「賛成!」
 シエンの提案に一致して、あたし達は夕暮れのイシス王都城下町に足を進めた。
「なんだか、独特な雰囲気がある国だね」
 あたしは道行く人たちと立ち並ぶ露店を見て歩きながら、ロマリアの時とはまた違った様子に関心を覚えていた。
「住んでいる気候や土地柄によって、生活の仕方もいろいろと変わってくるものなんだと思うよ。ほら、ここは砂漠だから砂が凄いだろ? だから建物の窓が小さくて、砂よけの布がかかってる。石や泥造りの壁なのは、熱をあまり通さない様にする為……だったかな」
「へえ……。だからこの町の建物には、大きな窓が見当たらないんだ」
 いろんな発見をしながら、とりあえず宿らしき看板のかかった建物を発見して立ち止まる。入り口にかかっている厚手の大きな布をめくり上げて中に入ると、外に比べれば涼しくて快適な温度があたしたちを迎えてくれた。
「いらっしゃいませ」
 感じの良さそうなカウンターの女性が、あたし達の姿を認めて声をかけてくる。
「四人なんだけど部屋、ある?」
「個室と、六名様用の相部屋なら空いておりますが」
「だって。どうする?」
 振り返ってあたし達に聞くシエン。マーグが即答する。
「相部屋ね」
「嫌だ。俺個室がいい。久しぶりに一人でぐっすり寝てぇ」
 反論するロウ。けどそれはマーグにあっさりと否定されてしまう。
「駄目。個室ではお金がかかるわ」
 はっきり言われ、ロウは拗ねた様に他方を向いた。
「……シエンの奴、鼾うるせぇんだよ」
 確かに。でもロウ、何処でもぐっすり寝てるじゃ無いか。あたしはつい失笑してしまう。
「何だてめぇ」
「何でも無い」
 こんな時でも過敏に睨まれた。サッと目を逸らし自衛すると、あたし達のやりとりでシエンが乾いた笑顔を浮かべた。それからカウンターに向き直り、
「そんな訳で相部屋よろしく」
「かしこまりました。それではお部屋にご案内致しますので、こちらへどうぞ」
 あたしたちは部屋に通された後荷物を預け、食事を摂る為に宿の地下にある酒場に向かった。

 酒場は混んでいた。ここまで混んでいる所に入ったのはルイーダの酒場以来。ごみごみした店内を進み何とか座れる席を見つけて、あたし達はようやく腰を下ろすことが出来た。
「さて、何を食べようかしら」
 席に着いた途端に、うきうきとマーグが言った。彼女は食事の時、本当に幸せそうな顔をする。そんな表情をみると、食欲が無かったあたしも不思議とお腹が空くんだよなぁ。
「僕は一杯やるッ! ここのところ禁酒状態だったからやばかったんだぁ」
 こちらはうきうきと目を輝かせているシエン。お酒ってそんなに美味しいものなのかなぁ? 機会があったらちょっとだけ、試してみたい。
 にこにこしている二人とは対照的に、青白い顔で虚ろな目をしているのはロウだ。
「ロウ、ご飯食べれるかい?」
 察したのか、シエンが尋ねた。
「……無理。匂いだけで吐きそう。やっぱ俺寝てる」
 そう言いながら、ロウは席から立ち上がる。
「それじゃあ、後で何か軽いものを作ってもらって行くわ。空腹のままだと余計に酷くなるわよ」
「ん……分かった」
 食事が絡むとマーグには敵わない事が分かったらしい。ロウはあっさり頷いてから酒場を出て行った。
「さすがに今回は厳しかったもの。疲れが溜まりきっているみたいね」
 ため息混じりにマーグ。
「でも心配だよね、あそこまで食欲無いと」
 あたしはロウが消えたドアの方を見つめながら呟く。
「あいつ、あの少ない食事摂取量でどうやって生きてるんだろうな。実は光合成でもしてるんじゃないか?」
 少しふざけた調子でシエンが呟く。
「そんな訳ないでしょう」
 マーグは苦笑を漏らしながらシエンの言葉を否定する。
「植物じゃあるまいし」
 同じく笑いながらもちょっとだけ、あるかも……とか考えてしまう。ある訳がないってば。自分につっこんでも虚しいだけだけど、とりあえずつっこんでおく。でも本当は笑い事じゃないよね。ロウ、ちょっと心配だよ。
 そんな事を思いつつも、あたしは適当な品物を何品か注文する。
 食事が済んだ後は、いつものとおりこれからの事を話し合う。ここにいないロウには後で伝えるって事で、大まかな事だけでも決めてしまわないとね。
 ――と、そう思ったけれど。この場所は、話し合うには少し……煩すぎた。
「駄目だね。煩くてちっとも集中出来ないや」
 話し始めて数分。投げ槍調子にそう呟いて、シエンは手元の酒瓶を煽った。うわ、何本目だっけ。あたしは思わず、シエンの足元に転がっている酒瓶の数を数えた。
「シエン、飲み過ぎじゃないのか?」
 あたしが尋ねると、シエンは人差し指を立てて横に振りながらウインクした。
「大丈夫。酒は僕にとって水みたいなものだからね」
「でもさぁ、そろそろ……」
 恐る恐るマーグの方を見た。パーティの経済管理を担当しているのが彼女なんだ。そんでもって、マーグって実は結構守銭奴みたいだから……。あたしの視線に、マーグはため息混じりに肩を揺らして言った。
「今日はもうちょっと飲んでもいいわよ。ロマリア王から頂いた礼金と、魔物達が落として行ったお金を併せれば結構な額になるし、シエンの酒代位何とでもなるもの」
 思いがけない許可に驚いた。
「わぉ、姉さんからお許しが出た! それじゃあ、もうちょっとー♪」
 シエンはうきうきと、忙しそうに歩き回っているウエイトレスを捕まえて早速追加注文をする。マーグはその様子に苦笑しつつ、こちらを見た。そこであたしは、なんとなくマーグの意図が分かって肩をすくめた。とりあえず大好きなお酒でも飲ませて、少しでもシエンを慰めてあげよう。おそらくこんな所だと思う。いつもだったらお酒なんてとんでもない、飲んでも一本だけ! ってすぐ財布の紐を締めるマーグだもん。
「それでちょっとだけ話を戻すけれど、ピラミッドって」
 嬉しそうに瓶ごと酒をあおるシエンの姿を横目に、話を再開させようと思って、あたしがそこまで言った時、だった。
「なにぃ? お前よりもオレの方が知ってるぜ!」
「いいや、私の方が知っているッ!」
「?」
 怒声が酒場の中に響き渡った。ざわついていた店内が少しだけ、シーンとなる。なんだろ。
「嫌ね、喧嘩かしら」
 怪訝そうに眉を潜め、声の方角を見るマーグ。
「何だろうね」
 同じくシエン、その眼はちょっとわくわくしている様に見えた。あたしも一緒にそっちを見る。そこでは、いかにもごろつきといった風体の男と、妙に痩せた学者風の男が、何故かテーブルの上に立って睨み合っていたんだ。
「何やってんだろ」
 理解出来なくて、とりあえず事の成り行きを見る事にしてみる。
「じゃあてめぇ、あの方の好きな飲み物を知っているのか?」
「も、勿論ですよ! こう見えても昔は側近だったのですからね。貴方こそ、あの方のお好きな花をご存知ですか?」
「な、なんだってんだ。言ってみろよ?!」
「答えられない様ですね。やはり私の方が」
「ふざけんな! てめェ、ほんとに知ってやがんのかぁ?!」
「ええ知ってますとも」
「じゃあ言って見ろよ!」
「嫌ですよ。貴方に教える義理は無いですから?!」
「なんだとぉ~?!」
「……」
 そんな感じでどんどんヒートアップしていく。
 しばらく絶句して聞いていたけれど、馬鹿馬鹿しくなってきた。
「あの人達、何言ってるんだろうね。好きな飲み物とか花とか」
 思わず二人に尋ねたけれど、
「わからないわ」
「低レベルな争いには違いないけどね」
 同じように呆れた顔の返事が来た。それに加えて、
「あ~あ~また始まったか。ああなると止まらないからなぁ、あいつら」
 ふいに隣の席で酒を飲んでいた男二人の会話が耳に入って、あたしは思わずそっちにも尋ねた。
「ねえ、あの人達何騒いでるんだ?」
 すると、一人が楽しそうにニヤつきながら答えてくれた。
「あーあ。ありゃ、どっちがレイシャ様の事をよく知っているかっつう自慢争いみたいなものだな」
 なんだそれ。
「レイシャ様ってば?」
 何気なく聞くともう一人が酒を吹き出してから信じられない、そんな表情であたしを見た。
「おいおい、レイシャ様を知らないのか?! レイシャ様はこの国の女王様だぜ?! それはそればもう、めちゃくちゃ美人な方でなぁ……。男は勿論、女でも惚れるぜ、あの美しさには」
 へぇ。いまいち実感がわかなくてただ頷くだけに留める。するとシエンが、思い出した様に手を打った。
「そう言えば聞いた事あるな、イシス女王の噂。魔物でさえ平伏してしまうほど美しく、聡明な方だとか」
「えー。魔物さえ平伏すっていうのは嘘くさい」
 思わず言ったら、男は不満そうに眉を潜めてしまった。
「知らなかったなら仕方ねえけどな、若いの。イシスではレイシャ様の事、絶……ッ対に悪く言わない方がいい。ここの国民は皆、レイシャ様に首っ丈なんだよ。下手な事言えばあいつらみたいなのに袋叩きにされるぜ?」
 親指で、今度はつかみ合うまでに発展している二人を指す。ふ、袋叩きは嫌だ。素直にその忠告に従う事にする。
「わかりました」
 その後しばらく成り行きを見ていたあたし達だったけれど、酒場の中がだんだん加熱して危ない雰囲気になってきたから、話し合うのを中断して部屋に戻る事にした。怖いなぁ。みんながあそこまでなっちゃうレイシャ様って、どんな人なんだろう。どうせ明日ご挨拶に行くからその時に見る事が出来そうだけど、……ちょっと気が引けてきた。
 部屋に戻っても喧騒は響いてきたけれど、その場にいるよりはましだった。騒ぎで目を覚ましたらしく不機嫌だったロウも交えて、中断していた話し合いを再開する事にする。




◆    ◇    ◆    ◇


 みんなが寝静まった、深夜。
 あたしは寝付けなくて一人、宿を抜け出した。だって凄いんだよ。まだ騒いでるんだもん。うるさくて眠れやしない。皆そんなの気にしてなんかいられない、それよりも眠いから寝る。……そんな感じで、今はすっかり夢の中だ。
 勿論あたしも無視して寝ようとしたんだけど、駄目だった。なんか妙に気分が落ち着かなくて。仕方ないから、ちょっと散歩でもしようかなと思った訳だ。
 外の気温はまだ残っていて、暖かい。辺りを見回してみても、出歩いている人は少なかった。もうかなり遅い時間だからあたり前と言えばあたり前だけど。
 特にあても無く散歩をしながら、考え事をしていた。ふと時間が空けばいつの間にか考えてしまう、あの出来事。数週間経った今でも、あの事は頭から抜けてくれなかった。
 最後のアンさんの顔と『夢見るルビー』が見せた二人が、頭に焼き付いて離れない。
 そして、部下をあっさりと切り捨てたカンダタの行動も許せなかった。昔はどうあっても、カンダタがした事を許せるはずが無い。次に遭う事があったら、必ず償いをさせる……!
 償っても償える様なものじゃないけれど、そうでも思わなかったらやって行けない。いい加減頭を切り換えなきゃこの先大変なのに、手放せないこの憤りと、虚しさ。どうしようもない感情に、深く息を付いた。
 ……と。
「?」
 ふと違和感を覚えて、考えるのをやめて足を止めた。
「……あれ?」
 あたしはいつの間にか、さっきまで歩いてきた路地とは全く雰囲気の違う場所に立っていたんだ。庭の様な作りで、むせ返るくらいの花の香りがする、そんな場所。
「ここ……何処だ?」
 慌てて元来た道を探したけれど相当奥まで入り込んでいたらしく、それらしい物は見当たらなかった。
「おいおい、大丈夫か自分」
 ちょっと焦りつつ、呆然と立ちつくした時。丁度、傍にあった建物の扉が開いた。
「誰かそこにいるのですか?」
 扉から出てきた女の人に声をかけられて、はっとする。助かった!
「あの、すみません! ちょっとお尋ねしたいんですけど」
「?!」
 声をかけたら、……彼女は何故か、あたしを見た途端にものすごい形相になった。
 なな、何? 戸惑っていると、今度は怒鳴りつけられた。
「いけません! ここは殿方が入っていい場所ではありませんよ!」
「との……がた?」
 あたしは反射的に後ろを向いた。けれど、誰もいない。きょろきょろと他を見渡してもあたししか存在していなかった。
 まさか、あたしか。恐る恐る、目の前で憤慨している女に聞いてみた。
「と、殿方って」
 自分を指差しながら聞いてみると、女は鼻からふぅ、と息を吐いた。
「貴方以外誰がいるというのですか。そんななりして、ご自分の性別も解らないんですの?」
 衝撃。立ち直れるか。
「こんな時間にここをうろつく殿方などおりませんよ。さては貴方盗賊か何かの類ですわね?!」
「ちょ、ちょっと待ってよ! あたしは男じゃ――」
「問答無用ですわ!」
 慌てて弁解しようとしたけど、無駄だった。ものすごい剣幕でつっこんでくる女。
 セティオ、なにやらとてつもない危機に遭遇!?
 心の中で妙な事を叫びながら、とにかく彼女が振り下ろす杖を交わす。動きは素人だったからすんなりとよける事が出来たけれど、
「何を騒いでいるのですか?」
 急に、ぎょっとする程綺麗な声が響いたんだ。例えるならエルフの女王を彷彿とさせる、やけに澄み切った威厳のある声。その事に驚いて動きを止めた。そこに丁度、振り下ろされた杖が、
「えいッ!」
「あたッ!」
 かん、といい音を立ててあたしの頭にクリーンヒットした。
「あたった! この者侵入者です!」
 動きの止まったあたしの襟首をがしっと握り締めて、彼女は急に現れた女性にそう言い放った。
「まぁ……」
 驚いた様な声。あたしはそおっと、その声の主を見る。そこには本当に、エルフの女王を彷彿させる女性が立っていた。でも眼差しは何処までも穏やかで、髪の毛はカラスの濡れ羽色。漂う気品と知性。すぐに人間だと言う事が解る。それでも同じ人間とは思えない程、とてつもなく美しい人だった。
 直感でこの方が、国民誰に尋ねても美しいと口をそろえて言う、自慢の女王レイシャ様なのではないかと確信めいた考えが過る。
「わたくしの名はレイシャ・テイルドール・イシス。この国の女王です。ここはわたくしのプライベートな場所。どうして、この場所へ参ったのですか」
 問いかけられてはっとする。直感は当たりだ。こ、ここでちゃんと話さなきゃ大変な事になっちゃうよ!
「あ、あの……考え事をしながら歩いていたらいつの間にかここへ迷い込んでしまったようで……その、申し訳ありませんでした」
「ふふ……。そう言う事でしたら、仕方がありませんね」
 おっとりとした口調で微笑まれ、少しだけ拍子抜けする。
「レ、レイシャ様、私たちを騙す口実かもしれませんよ! 殿方の弁解など信じてしまってよろしいのですか?!」
 むうッ。流石にかちんと来て反論しようと口を開きかけたけれど、それは女王その人によって遮られた。
「そんな事はありません。嘘を付いていない事は、瞳を見れば解りますよ。そしてこの方は殿方ではありません。女性です」
「嘘ぉ?!」
 何だそのオーバーな驚きはッ!
「だから、あたしは男じゃないって言ったのに」
「だってこの国ではその様な格好をした女性なんておりませんし、その、顔も暗くてよく見えなかったし、いでたちも、女性とは思えないくらい立派で――」
「およしなさいサーリィ。失礼ですよ」
「は、はい、レイシャ様」
 ……まあいいけど。間違えられるのはしょっちゅうだしさ。
「部下の非礼を許して下さいね、お嬢さん」
 間近で微笑まれて、あたしは硬直してしまう。この方、本当に綺麗……ッ。かぁっと、頬が熱くなるのが分かった。い、今頃思いっきり緊張してきた。声が出ないっ。あたしのただならない様子に気が付いたらしく、レイシャ様はくすりと微笑んで、とある一方向を指差した。
「それでも、これ以上ここにいたら騒動になりかねません。あちらから街へ出られますから、お行きなさい」
 言われて我に返り、あたしは頭を下げた。
「は、はい! 失礼致します!」
 ようやくそれだけを言って、あたしは逃げる様に指差された方向へ向かって走り出した。その後は一目散に宿へ向かう。
 何とか宿にたどり着き、ドアを閉めて息を整える。部屋の中は、シエンがベッドからずり落ちかけている事を除けば、出て行く前と同じくみんなの寝息が聞こえてくる。
「は、ふうぅ……」
 そこでようやく緊張がほぐれて、安心して肩の力を抜く。レイシャ様のあの美しさ……一種の魔力かもしれない。あれだったら魔物が平伏してもおかしく無いよ! 心底、納得してしまった。
「ん……セティオ?」
 と、薄暗い闇の中からマーグの声がした。
「あ、ごめん、起こした?」
 あたしは慌てて謝り、自分のベッドまで行く。
「出かけていたみたいだけれど……どうしたの」
 マーグは上半身を起こし、顔をあたしの方に向けて聞いて来た。
「何でも無いんだ。ただ、眠れないから散歩してきただけ」
「大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「そう。それならいいのだけれど。明日は女王様の所へ行くのだから、早く寝なさいね」
「は、はい」
 言いながら、あたしはベッドに横になった。
「お休みなさい、セティオ」
「うん、お休みなさい」
 あたしはマーグに挨拶を返した後目を閉じたけれど、まだ残っている緊張のせいでなかなか寝付く事が出来なかった。




◆    ◇    ◆    ◇


 翌朝。あたし達は挨拶もかねて、ロマリア王がピラミッドへ入る為の許可を取りやすい様にと書いて下さった書状を持って、イシス城へ向かっていた。
「やあ! 今日もいい天気だねえ!」
「今日は異様に元気ね、シエン?」
「だって噂の女王様を拝めるんだもん。楽しみじゃないか?」
「あんまり期待しねえ方がいいと思うけどな」
「えー、なんで」
「期待外れだったら馬鹿っぽいじゃねえか」
「ははっ、それなら大丈夫だって。皆が争っちゃうぐらいの美人なんだってよ? 楽しみだなー」
 ……気楽でいいな。うきうき顔なシエンを恨みがましく横目で見つつ、ため息を吐き出す。目の前には、イシス城。どんどん近くなってくる。比例して昨日の事もどんどん頭に浮かんでくる。
 うぅ、嫌だなぁ。行きたく無い。そう思っていると、自然と足取りが重くなる。気が付くと、あたしはすっかり立ち止まっていた。みんなは怪訝そうにこちらを振り返ってくる。
「急に立ち止まったりしてどうしたの」
 マーグに声をかけられて、あたしは苦し紛れに笑顔を作った。
「あ、あのさぁ――」
 その先が出てこない。詰まっているとロウに睨まれた。
「さっさと言え」
「うぅ……。あのさ、あたし、イシス城行きたく無いなー、なんて思ってたり」
「えー、何で」
 シエンが、あたしの言葉が思いがけなかったらしく首を傾げて聞いてきた。
「昨日、早くレイシャ様を見たいって言ってたのに?」
「……実はね、昨日の夜こんな事があった」
 観念して、昨日の事をみんなに話してみる事にした。それが終わった瞬間、ロウにわざとらしいため息をつかれてしまった。
「お前ってとことんどっか抜けてんな」
 うぅ。分かってるよそんな事。
「だから様子がおかしかったのね」
 くすくす笑いながらマーグ。笑い事じゃないってば。
「レイシャ様はセティの事咎めなかったんだろ? なら大丈夫だよ。それに、ピラミッドへ行くにはレイシャ様の許可を取ってからじゃないと駄目みたいだし、どっちみち謁見しなきゃ。ね?」
 シエンの慰め口調にちょっとだけ気分が浮上する。
「――うん、わかった」
 あたしはそれだけ返事をして、顔を上げる。……そうだよな。あんな事で悩んでてもしょうが無いか。もう、なるがままに、だ!
「さっさと用事を済ませよう」
 気合交じりに声を出して、あたしは目の前に広がるイシス城前庭を見据えつつ歩き出した。
「単純」
 後ろでロウが呟く。
「そこがセティオの好い所なんじゃないかしら?」
 微笑ましい、そんな感じで呟き返すマーグ。
「単純だと切り替え早くていいじゃん。僕なんか一度思ったら当分何処までも考え込むよ。セティがうらやましいなぁ」
 言いたい放題だなぁ。そーですね。どーせ単純ですよあたしは。
 気を取り直して、あたし達は前庭に足を踏み入れた。なんか、ロマリア城とはえらい違い。城の入り口までずっと、人と獣が合体した様な妙な像が掘られた白い石の柱が何本も立っている。それだけでもなんか妙なのに、城門の上の所にも妙なレリーフが飾ってある。蛇が巻き付いた獅子の様な……変なの。
 更に、開けっ放しになっている城門をくぐり抜けて城内に入ると、あたし達を迎えてくれたのは兵士では無く、数匹の真っ白な猫だった。
「――随分、開放的なお城だね」
 呆気にとられてぽかんと口を開け、思わず言った。
「そうね。猫に歓迎されるとは思わなかったわ」
 妙に開放的な場内を中に進むと、通りがかった女官があたし達の姿を認めて立ち止まり、にこやかに微笑んだ。
「イシス城にようこそ、旅の御方」
 そう言って立ち去ろうとする。あたしは慌ててその女官を呼び止めた。
「あ、あの、ちょっと待って下さい」
「はい?」
 女官は振り返って小首を傾げる。
「レイシャ様に謁見させて頂きたいのですが」
「それでしたら、奥の階段を上がって下さい。レイシャ様は今、ちょうど謁見の間におりますから」
「手続きとかは何処でしたらいいんです?」
 シエンが後ろからそう尋ねると、彼女は首を振る。
「手続きはいりませんよ。レイシャ様は国民との関わりを一番大切にしておられますから、謁見の間におられる時は誰とでもお会いになります」
「そ、そうなんですか。どうもありがとうございます」
 礼を言うと女官はこちらこそ、そう一言添えて深々とお辞儀をした後、通路奥の方へと歩いて行った。残されたあたし達は顔を見合わせた後、とりあえず言われたとおりに奥に進み、階段を上がって謁見の間にたどり着く。そしてそこで目にしたのは、人の列……だった。
「何でこんなに並んで――!」
 叫びかけて口に手を当てる。びっくりした。この列、皆レイシャ様と謁見したいって言う人なんだろうか。ちょっとだけ内容に耳をそばだててみると。
「うちの娘が今度四歳になるんです」
「東方から仕入れた珍しい野菜を、レイシャ様に召し上がっていただきたくて」
「我が家の駱駝の怪我が――」
 なんだか、誰も彼もが近況報告の様な。そしてレイシャ様は、それを全部穏やかな微笑みで聞いている。
「国民との関わりを大切に……ね」
 苦笑するマーグ。
「これはしばらく順番を待たなきゃいけないみたいだな」
「マジかよ」
 列に並んでいる人数を見てちょっとうんざりしながら、あたしたちは仕方なく順番待ちをする事になった。ほんとに、国民との関わりを大事にしてるんだなぁ。アリアハンの国王陛下はこんな事、してなかったもん。
 それから、どれぐらい待ったかな。
「次の方、どうぞ」
 開け放たれた謁見室の大きな扉の横に立っていた兵士が、あたし達に向かって言う。待って待って待ちわびて、待ちくたびれた頃にようやく順番が回ってきたようだった。
「はー。ようやくだね」
 シエンがちょっとだけ疲れた顔で笑う。
「うん」
 とうとう順番が来た事に、朝と同じ緊張が体に甦ってくるのを感じた。ロウがそれに気づいたらしく、
「今更気にしてんじゃねぇ」
「……うん」
「セティオ、大丈夫?」
「……うん」
 って、返事しかしてないよあたし! 本当に大丈夫か。自分が不安だ。でも、順番が来てしまったからには後には引けない。
 よし、行く。
 視線でみんなを促した後、豪華な花模様があしらわれた絨毯の上を歩いた。そしてレイシャ様から数歩離れた所で、跪く。みんなが習うのを確認してから名乗ろうとした、その矢先だった。
「あら、貴方は」
「昨日の侵入者!」
「?!」
 レイシャ様が呟きかけた言葉を遮って側近の女、確かサーリィとか言う名前だったか。彼女があたしの顔を見るなり血相を変えて声を荒げた。
「……ッ」
 出鼻をくじかれて言葉を失っていると、
「サーリィ、失礼ですよ」
「は、はい、申し訳ございません」
 レイシャ様はサーリィを優しく嗜めた後、気品たっぷりに微笑してあたしたちを歓迎した。
「ようこそ、我がイシスへ。旅の空と見受けますが、貴女方はどちらから?」
 問われ、あたしははっとして答えた。
「私はアリアハンより参りました、セティオと申します。その……昨夜は、大変失礼致しました」
「まぁ、アリアハン……。随分遠い国からの訪問ですのね。昨夜の事は構いませんよ」
「……恐縮です」
 あたしは心底安心して、ちょっとだけ肩の力を抜いた。みんなも自己紹介を済ませた後、レイシャ様が尋ねてくる。
「それでは、どういったご要件でしょう」
「はい。今日は女王陛下にご挨拶と、これを」
 あたしは、鞄からロマリア王に頂いたレイシャ様宛の書状を取り出した。
「ロマリア王からの書状です」
 あたしが他国王の名前を出すと、和やかだった場に少しだけ緊張が広がる。
「まあ、ロマリア王から……なんでしょう」
 側近伝いに手渡すと、レイシャ様は早速書状の紐を解いた。そして一通り目を通し、目を細め、書状を畳みながら、
「ピラミッド、ですか」
「はい。書状にもあるとおり、もしかしたらピラミッドにオーブが有るかもしれないのです。中に入るには、レイシャ様の許可が必要だとロマリア王から伺いました。許可を頂きたいのですが……頂けますでしょうか」
 尋ねると、レイシャ様は瞳を伏せ、少しだけ黙った。もしかして許可してもらえないのかな。沈黙の間、不安にかられてみんなの方を振り返りそうになったけれど、レイシャ様は瞳を開けてこう、質問してきた。
「その前に、一つ聞かせて下さい。なぜ、『オーブ』なるものを集めているのですか」
「それは、魔王バラモス討伐の為です」
 間を置かずはっきりと答えた途端、雑談やらなにやらでざわざわしていた空間が静かになった。
「なんと――魔王討伐、とは」
 驚かれたのか、レイシャ様は目を見開いて立ち上がる。
「なぜ? なぜその様にか弱い女の身で魔王討伐などと」
 あたしはレイシャ様の視線を追い、その瞳を見つめて告げる。
「バラモスに苦しめられている人の為に討伐を決意しました。それに私は、自分をか弱いとは思っていません。……いえ、思っていたからこそ日々の鍛錬は欠かさなかった。強い意思の前では、性別なんて関係ないと私は思います」
 一息でそう言ったあたしを、レイシャ様は信じられない、そんな顔で凝視する。その後、ふっ……と力を抜いて微笑んだ。
「好い瞳ですね。貴女の意志がひしひしと伝わってきます」
 ぽつりと言った後、レイシャ様は玉座に座り直す。
「貴方とわたくしとは、違いますね……。近隣の者や国民達は、わたくしを女として美しいと褒め称えます。けれど一時の美しさなど何になりましょう。わたくしなど、このか弱い女の身ではこの国を守る事だけで精一杯、いえ、それ以上は勇気が無くて出来ません。やろうと思えばバラモス討伐部隊を組む事が出来ますのに、怖くて出来ないのです。本当に美しいと言う事は、皮と骨の下に宿るべき美しい心。――貴女のその、強い勇気と意志がうらやましいですわ」
 ……。なんか、妙な気持ちになった。
「そんな……。大したものではないと思います。あたしはただ……故郷の母の為、そして志半ばで死んでしまった父の意志を継ぎたいだけです」
 少しうつむき加減になって言うと、レイシャ様ははっと顔を上げた。
「志半ばで亡くなられた――? セティオ、貴女はアリアハンの出身でしたね」
「はい」
「もしや、もしや貴女のお父上は勇者、オルテガ殿では……?!」
 いきなり血相を変えたレイシャ様に少し戸惑った。
「はい」
 それでも素直に答えると、レイシャ様は大きく息を抜き、目元を緩ませた。
「やはり……貴女には、一目逢った時から誰かの面影を見ていたのです。そうですか、あの方のお嬢様……強いはずですわね」
 別に、強く無いです。あたしは心の中で呟いた。凄いよな、父さん。本当にいろんな人が父さんの事を知ってる……。
 父さんの事が決定的な理由になったらしく、レイシャ様は大きく頷いた。
「分かりました。ピラミッドへ入出する事を許可しましょう」
「ありがとうございます」
 ようやく、許可が下りた。ほっとして、小さく息をつく。
「ただ、一つ言っておかなければなりません。ピラミッドの中は現在魔物達の棲みかとなっております。それに加えて、盗賊対策の為に数々の罠も仕掛けられているのです。十分、お気をつけなさい」
「わかりました」
 あたし達はその後一通り挨拶を済ませ、謁見の間を後にした。

 ピラミッドは魔物の棲みか、罠だらけ――か。なんだか大変そうだ。それに、なんとなく嫌な予感がする。分からないけれど、妙な予感がしたんだ。準備だけはちゃんとして行った方が良さそうだ。
 あたし達はその為に、一度城下町に戻った。




◆    ◇    ◆    ◇


「うぉあああ――!」
 周囲に響き渡る、何度目かのシエンの悲鳴。
「シ、シエン大丈夫?!」
 あたしはまたも慌てて駆け寄る。
「な、何とか」
 彼は寸での所で、穴の縁につかまっていた。
「危なかったわねぇ」
 ほっと胸をなで下ろすマーグ。
「シエンって悪運強ぇよな」
 感心した様に息を吐き出すロウ。
「悪運……ははっ。そうなのかも――」
 半笑い半泣き状態で、マーグに引っ張り上げてもらっているシエン。
「ふぅ、ありがと。しっかし、今度は落とし穴とはねぇ」
 あたし達はシエンが落ちかけた落とし穴を覗き込む。下は遙か遠く、天井の隙間から差し込んでいる太陽に照らされている底には、沢山の白骨死体が足の踏み場も無いくらい転がっていた。
「怖ぇ……落ちたら即死か」
 さすがにロウもぞっとしたらしい。つばを飲み込むあたし。
 あたし達は今、ピラミッド内部にいる。
 ……。
 …………ッ。
 ――――ッ!
 ここは、一体、なんなのさぁあ!
 あたしはもーう、頭を抱えたくなる程沢山の罠と、魔物の多さに真ッ剣に嫌気がさしていた。罠だけじゃない。迷路の様なほっそい通路に、扉を開ける為の仕掛けとか。なぜかおいてあった宝箱とかは迂闊に開けると魔物だったり。ミミックって言ったっけか。ひとくいばこだっけかッ。ほんと、魔物が出るびっくり箱だなんて洒落にならないよ。
 唯一の救いは、シエンがいた事だ。たくさんの罠、と言う事でシエンはなぜか燃えていた。こういう場所は血が騒ぐらしい。そして元盗賊と言うだけあって、罠を見破るのに手慣れている。何処に罠があるのかだいたい予想出来るらしく、だいたい見事に的中させてた。まぁ、たまに引っかかりそうになってたけど……さ。でもシエンがいなかったらあたし達は今頃、ピラミッド地下で白骨とお友達になっていたよ。
 そんなこんなで、何とか罠の数々を乗り越えてきたあたし達。いくつか宝の様な物は見つけたけれど、どれもこれもオーブとは考えにくいものばかりだった。
「オーブ、無いねぇ……嫌になってきた」
 思わず、半眼になってぼやいた。
「あはは、そうだね。――おっと、ようやく最後の部屋みたいだぞ?!」
 突き当たりに、今までとは雰囲気が全然違う石造りの大きな扉が見えた。確かに、ここから先は無い様だし……最後の部屋である事を願いたい。
「今度はどんな罠が仕掛けてあるのかしら。気を付けましょう」
 頷きあい、恐る恐る部屋の中に足を踏み入れた。――そして。
「こ、これは!」
 声を上げ、異様な光景に思わず後ずさりした。
 に、逃げたい。
「これみんな、棺?」
 引きつった顔であたし。
「棺以外何に見える」
 同じく引きつった表情でロウ。奥から、ズラーッと並んでいるのは、間違いなく棺。
「こ、こんな場所にオーブがあるの言うの」
 マーグすら引きつった表情で後退る。
「もしかして、この棺のどれか一つだけにオーブが入っててさ、後はみぃんなダミーとか!」
 とんでもない事を口走るシエンに、あたしは思いっきり否定の眼差しを送る。
「そんなまさかぁ」
「死者を冒涜する気か」
「棺なのだから入っているのは遺体だと思うわ。……けれど、シエンの言う事も一理あると思うの」
 うぅ――。マーグにそう言われると。どうしよう、墓荒らしはしたく無いよ。……って、ピラミッド探索している時点で墓荒らしなのかな。どっちにしても、棺を開けるのは嫌だ。しばらくその部屋の入り口であーでも無いこーでも無いと、無駄に議論を繰り返していた。
 そして、結論は。
「さあ、開けてみよう棺を!」
 元気よく、拳を天井に向かって振り上げたシエン。
 ……逃げたい。すっごく嫌な予感。
「ほらほらセティ、そっちの端っこ持って!」
「はい……」
 元気なシエンに、断りきれなくて渋々手伝う選択しか残されていなかった。棺は石で出来てたから重いの何のって。四人で力を合わせてようやく、棺のふたをずらす事が出来た。
「さて、中身は何だろうなー♪」
 ……元(?)盗賊のサガなのだろうか。シエンはかなり楽しそうだった。――けれど、その表情は中を覗き込んだ瞬間に凍り付く。そして数秒制止した後、
「ふ……ふあッ!」
変な叫び声を上げたかと思うと、壁の端っこまで飛ぶように後退った。
「ちょ、何よシエン」
「ひ……ひつ……棺の中……」
 シエンは真っ青な顔で棺を指差しただけで、後は何も言わなかった。その身体はがくがく震えている。
「……なんなんだ?」
 疑問に感じつつ、あたしたちもそっと中を覗いて見て、
「!」
「――!」
「ッ?!」
 ……見なければよかったと心底後悔した。その中には、全身包帯が巻かれた――包帯も腐食していて所々からひからびている躰が見えている――遺体が一体、安置されていた。声も出ないくらい驚いて、あたしはその場にへたり込んでしまう。だって、びっくりしたんだよー!
「……」
 ロウは引きつった顔で黙ったまま、胸元で十字を切っている。
「やっぱり、ただの棺だったみたいね」
 マーグはため息混じりに呟いて、あたしをちゃんと立たせてくれた。
「……そうみたい、だね。これじゃないんだきっと。それじゃ、次はあれを開けてみようか」
 シエンは壁際から戻ってきながら、まだそんな事を口走っている。
「まだ開けるの?!」
「当然! オーブを見つけなきゃ!」
「マジかよ?!」
「ふふふ……マジだ。こんなに燃えるのは久しぶりだよ」
 シエンには意地でもオーブを見つける、そんなオーラが漂っていた。恐ろしい……盗賊の宝探求精神。
 もう逃げたい。
 その後何個か棺を開けてみたけれど、どれもこれも当然ながら遺体ばかり。いくつかの棺には金銀装飾品も収められていたけれど、その中にもオーブと考えられる様なものは無かったし……。
「うーん、なかなか無いもんだね」
 肩で息を付きながら、それでもまだまだ元気な声色でシエンが呟く。
「さーて、次行ってみよう!」
 もう反論する気力も無くて、黙ってシエンに従う事にしていた……そんな時。
【ダレダ】
「ん?」
 妙な声が聞こえた気がして、思わず後ろを振り返った。
「どうしたのセティオ」
 あたしの動きを不思議に感じたのか、マーグが聞いてくる。
「――ううん。何でも無い」
 たぶん、空耳だったんだよな。はは、は……でも、この背筋がぞくぞくする感じは何だろう。
【ダレダ――?!】
「?!」
 まただ! あたしがもう一度後ろを振り返ると、ロウが、怪訝そうな声で尋ねてきた。
「なぁ……なんか聞こえねえ」
「あ、ロウにも聞こえてる」
「実は私にも……何かしら」
 あたし達が顔を見合わせているといきなり、シエンが変な声を上げた。
「げッ!」
「今度は何?!」
「ひ、ひ、ひつ、ひ、ひつぎ」
 かたかたと震える手で、さっきあたし達が開けた棺の方を指差す。
「また棺? それがどうし」
 何かと思ってそっちの方を見ると――
「ッ、ぎゃあッ!」
 衝撃に悲鳴を上げた。隣のマーグは蒼白になって絶句する。
「うぉ、動いてやがるし」
 ロウが目を見開いて呟く。そう。棺の中にあったミイラが、がかたがと動いていたんだ。開けてない棺の中からもわんさか出てくるミイラ達。
【許サナイ。王様ノ墓ヲ荒ラス者!】
 しかも叫びながら、ミイラ達は一斉に襲いかかって来るし!
「くく、来るよぉ!」
 逃げ腰になりつつも、シエンは鞄に繋いである棘の鞭を取り出して、自分に襲いかかってくるミイラを薙払う。鞭で抉れたミイラの身体はざきゅ、と変な音をたてて、そのまま地面に崩れ落ちた。
「ひえええ! 嫌だー妙な感触!」
 ミイラを一体倒した時点で、シエンは隅っこの壁まで猛ダッシュして真っ青になった。
「シエン、泣き言言ってないで戦いなさいよ?! 元はと言えば貴方が棺を開けようって言ったんだから!」
 剣を振り回しながらマーグが怒鳴る。
「そうだー! そんなとこに避難してないで戦えー!」
 あたしも怯えつつ戦いながらシエンに叫ぶ。
「非力な俺でさえ応戦してる数なんだぞ?! 休んでんじゃねぇ馬鹿野郎!」
 イシスで購入したばかりの聖なる槍を振り回しながら、更に怒鳴りつけるロウ。……その様子を見る限り、ロウは別に非力では無いと思いました。
「うぅ、しかたないっす」
 みんなに怒鳴られて、シエンは渋々と鞭を構え直した。
「墓荒らしなんかするんじゃなかった――!」
 木霊する、シエンの叫び。そりゃそうだよな。あれだけ棺桶開けちゃったんだから。亡霊が怒るのも当然だよね。それから結構長い事ミイラ達と戦って、ようやく最後の一体を倒した時にはもうへろへろになっていた。
「はーはー、も、もう嫌だ」
「驚いたわね。これも、トラップなのかしら」
 額に浮いた汗を拭いながらマーグが、青ざめた顔で呟く。
「……?!」
 と、そんな時。あたしは何故か急に、ものすごい邪気を感じたんだ。それはみんなも感じ取ったらしく、振り向いたのはほとんど同時だった。
「今度は何だよッ」
 苛々混じりにぼやきながらあたしは、いつの間にかそこに立っていた存在を注視した。
「だ……誰?!」
 立ち上がり、マーグが叫ぶ。そこにいたのは、一人の人間……いや、こんな邪気を発するなんて普通じゃない!
 赤黒いローブを全身に纏い、フードの隙間からどす黒く濁った眼を覗かせた、一見魔導師の様な出で立ちの男。そいつはあたしを見て、背筋がぞっとする様な声を出した。
「先ほどの動き、見せてもらった。……成る程、そなたがオルテガの娘、だな」
 いきなり父さんの名前が出た事に、思わず反応する。
「何者なの?!」
 マーグが警戒した声で問うと、男はにやりと粘つく様な、嫌な笑みを浮かべて答えた。
「我が名はアークマージ。大魔王様に遣える闇の魔導師」
「!」
「貴様、バラモスの手下……魔物かッ!」
 魔王と言う言葉が出た瞬間、頭にぐぁっと血が上るのを感じた。けれどアークマージは笑みを消さず、続ける。
「最近、あの忌々しいオルテガの娘とやらが動いていると言う噂を耳にしてな。どの程度かを見に来たのだが……」
 そこまで言い、アークマージは笑みをすっと納めた。
「そなたは危険だ。このまま成長すればオルテガをも越える素質を持っている」
「ッ?!」
 急に周り気流が変化した事に、反射的に警戒する。
「仲間も目障りだ。お前達はいずれ、大魔王様までも凌駕する力を持つやもしれぬ存在だ」
「き……気を付けて……ッ!」
 みんなに声をかけながら、剣をぎゅっと握り締めた。背中にじっとりと冷や汗が流れている。こいつが発する異常な邪気と威圧感……頭が、どうにかなってしまいそうだッ!
 アークマージは気を集中させた後、両手を広げる。
「イシス・ピラミッドに眠る王族達よ。我が魔王軍の支配下において、今一度不死の命を与える……目醒めよ!」
 アークマージの声が、岩の壁に反射して余韻を残す。すると、信じられない事が起こった。床に崩れていた、倒したはずのミイラ達がカタカタと振動し始めたんだ!
「嘘だろ、倒したはずのミイラ達が?!」
 悲鳴の様な声で、シエンが叫ぶ。
【ア……アアァァァ!】
 ミイラ達の咆吼。起きあがった奴達は先ほどとは違い、アークマージによく似た邪気を発しながら起きあがった。
「な、何をしたんだ!」
 あたしがアークマージに詰め寄ると、奴は笑みを浮かべて答える。
「簡単な事。死した王族達を、魔物として甦らせただけ」
 そんな……ッ! 頭を振って恐怖に耐えた。
「さあ、行け。誇り高き王族たちよ!」
 アークマージがそう声をかけると、魔物と化したミイラ達が一斉に襲いかかって……ッ。
「くッ、やるしかない!」
 一回目の戦いで疲れている身体に力を込めて、もう一度駆けた。
「ククク……死の舞踏を思う存分、楽しむがいい」
 アークマージは声だけ残しながら、現れた時と同じ様に音も無く、闇の中に消えて行く。
「ッ、待て!!」
 あたしは必死で剣を操りながら叫んだけれど、もう奴には届いていなかった。姿があったはずの空間を、どうしようもない恐怖を振り切る為に睨み付ける。
「セティオ、今は奴の事よりこちらを!」
「っ、はい!」
 マーグの声ではっとして、返事を返した。今はこの状況を何とかしなきゃ! さっきとは違い、倒しても倒しても甦ってくるミイラたち。あたしは、再生しながら次々と襲いかかってくるミイラを何とか薙払いつつ応戦した。
 それから、どれくらいの数を斬ったか。ミイラ達の方は疲れなんて知らない。上がる息、確実に追い込まれている。
「キリが無いよ! あ~もう、どうしよう!」
 半分涙声で叫びながら鞭を振り回しているシエンに、マーグが言い返す。
「戦うしかないでしょう!」
「だってこのままじゃ――うわぁッ!」
 伸びてきた包帯をすれすれで交わしながら、肩で息をしているシエン。
「確かに、ここままでは全滅だわ!」
 壁の方にじりじり追いつめられながらマーグが悲鳴を上げる。
「ざけやがって。亡霊は亡霊らしく棺桶で爆睡してりゃいいんだよ!」
 叫びつつ、ロウは右手をミイラの大群がいる方に向けて突き出した。
「ぶっ飛ばしてやる。セティオ、援護しろッ!」
「わ、解った!」
 こうなったらもう、ロウの行動にかけてみるしか無い。言われるままに頷いて、彼を護る為に側で構えた。ロウはいつも以上に集中力を高め、流れる様な旋律で詠唱を始める。
「――天より授かりし聖なる浄化の光、邪悪なるものに降り注げ――」
 彼の周りに生まれたのは聖なる気流。突き出された手の平に、眩い光の粒子が集まっていく。その光がぎりぎりまで集まった時、ロウは半眼にしていた目を見開いた。
「昇天、ニフラム!」
 そして解放の言葉とともに、ミイラたちの集団へ向けて光の束が放たれた。
【……ヒ、ヒカリ……?! ――――アアァァッ!】
 光の直撃を食らい、苦しむミイラ達の悲鳴が響き渡る。それを見つめて、ロウは嘲笑った。
「消えろ」
 手の平を拳に変えると同時に光はミイラ達を包んで押し縮め、何も無い空間へと吸い込まれていく。
「や……やった?」
 どんどん姿を消していくミイラたちの姿に感動して、思わずロウを見た。彼は今ので一気に疲労したらしくふらついたけれど、こちらの視線に気が付いてすぐ、平気を装った。
「当然だ」
「ふいぃ……助かったよぉ」
 事態が収拾したと知り、シエンはその場にへたり込んで大きく息を抜いた。
「やっぱり凄いな、攻撃系呪文は。ロウって僧侶より魔法使いの方が向いてるんじゃないかい?」
 続けて感心した、そんな感じでロウに笑いかけた。受けたロウは、なぜか眉間にしわを寄せて話し出す。
「俺は、元々魔法使いになりたかったんだよ。こんな聖なる力や癒しの力なんかより、自然を支配する強い力が欲しかった。なのに神父の爺……俺には扱えねえとかぬかしやがって」
 機嫌悪そうにそう言い放って、自分の手の平を見つめたロウ。その発言に、シエンが何か言いかけたけれど、
「ッ?! 危ないわ、ロウ!」
 唐突にマーグが叫んだ。その声に驚いてから、あたし達ははっとする。
「えっ?!」
 振り向いて息を飲んだ。危ない! ロウの後ろに、しとめそこねたんだろう。一匹のミイラがその腕を振り上げて気配も無く立っていたんだッ。あの距離じゃ避けられない!
「ロウ!」
 慌ててシエンが援護に走ったけど、一歩遅かった。長く伸びた包帯の腕が鋭く剣の様に変化し、そのままロウの身体を斜めに切り裂く――ッ。
「――ッ?!」
 声にならない呻き、血の軌跡を空中に残しながらロウは地面に倒れこむ。
「こ、このぉ――!」
 瞬間的に逆上したあたしは剣を握り締めて駆け、ロウに止めを刺そうとするミイラに向かって腕を振り上げた。
【ギャァァ!】
 間一髪、渾身の力を込めた一撃がミイラを直撃する。それで力尽きたのか、ミイラは悲鳴を残して消滅していった。
「はぁ、はぁ……ロウ!」
 完全にしとめた事を確認した後、慌ててロウに駆け寄る。
「ロウ、ロウ大丈夫か?!」
 そして必死で叫んだ。その隣でマーグがロウの身体を起こす。
「しっかりしなさい!」
 ロウは顔を上げずに毒づく。
「う、るせ……でけぇ声出すんじゃ――クッ、痛って……ッ」
 うわ、すごい出血……。青白い顔で、ロウはせわしなく呼吸を繰り返す。
「応急処置をしましょう。シエン、薬草を」
 あたしが焦っている中で、マーグは冷静にそう言った。
「解った」
 同じく冷静さを取り戻したらしいシエン。背負っていた鞄を探り、薬草を取り出す。そのままふたりはロウの傷口をふさぐ応急処置を始めた。
 どうしよう。あたしには何が出来る。あたしはどうすれば……! 冷静になった二人に比べて、あたしは落ち着き無く思考はまさにメダパニ状態だった。あぁ、こんな時、あたしにも回復魔法が使えたら……ッ。
「!」
 そして思い立った。そうだ。もしかしたら出来るかもしれない。あの時メラだって使えたんだ。もしかしたら回復魔法だって……!
 あたしはすぐにロウの傍らへ座りこんだ。
「セティ?」
 シエンが怪訝がる。でも答えられなかった。ロウがあたしたちに回復魔法をかけてくれる時の事を思い出すのに必死だったから。確か、傷口に手をかざして何かぶつぶつ言ってた。詠唱……どうしよう、声が小さい上に早口だったから!
「ロウ、ロウ! ホイミってどうやって使うの?!」
「セティオ、揺らしては駄目よ」
 ゆすりながら叫ぶと、包帯を巻いていたマーグがあたしを止める。慌てて止めて、それでも声のトーンは下げずロウに問いかけた。
「ロウ、ホイミの使い方教えてよ!」
 するとロウは目を半分だけ開けて、聞き取れない位小さな声で毒づいてくる。
「……何、言ってやがんだ……、お前に出来る訳、ねえだろ……ッ」
「やってみなきゃ分からないよ! いいから早く教えてッ!」
 あたしが真剣な目で請うと、ロウは息を吸い込んでからあたしの耳元に顔を近づけた。
「……」
 ぼそぼそと呟いた後、力無く目を閉じる。
「やれる……もんなら、やってみやがれ――」
「分かった!」
 あたしはまず、高ぶった気持ちを落ち着ける為に深呼吸した。マーグとシエンはそんなあたしを、固唾を飲んで見守っている。
「――傷ついたこの者に癒しの光を……」
 ロウに教えてもらった詠唱を口にする。というより、詠唱はきっかけの一言を呟いた時、すらすらと口から出た。まるであの時、メラを使った時と同じ様な不思議な感覚に包まれる。ふつふつと、奥から溢れ出す暖かい何か。あたしはそれを開放する為の言葉を口にした。
「――ホイミ!」
 解放を告げると、ロウの傷口にかざしていたあたしの手が熱くなる。そしてその熱さは、白く温かい光となって傷口に集まっていった。
「あ、傷が」
「すごいわ、治っていく……!?」
 シエンとマーグが信じられない、という表情で呟いた。
「……まじ、かよ」
 ロウも呆気に取られた様に起き上がり、傷が合った場所を見て、触ってから、まじまじとあたしの顔を見た。その様子で心底安堵する。
「で……きた」
 ロウを助けられて、よかった――。完全に呪文が終わった瞬間、体から力がすぅ……と抜けていくのが解った。そのまま倒れそうになって、たまたま後ろにいたシエンがあたしを支えてくれる。
「っと、危ない。セティ、大丈夫か?」
「ご……ごめん。安心したら力抜けちゃったよ」
 軽く笑いながらシエンにそう言うと、彼も微笑して頷く。それからまだ呆然としているロウを見た。
「まったく、吃驚させるなよなぁ。ちゃんとセティに礼言わなきゃ駄目だぜ、ロウ?」
「――」
 けれど、ロウは何も言わなかった。地面に座り込んだまま、床を睨む様に見つめて動こうとしない。いつもだったら、何か毒舌が返ってくるはずなのに。……なんか、様子、変?
「ロウ、どうしたの。まだ痛むの?」
 怪訝な表情になって尋ねるマーグ。それに対してロウははっと顔を上げかけてなぜか止め、聞き取れないくらい小さな声で一言、もう心配ない、そう呟いただけだった。
「?」
 その、妙な反応に困惑してしまう。……けどまあ、ロウの行動があたしに解らないのはいつもの事だし、とりあえず気にしない事にする。
「――それにしても。あのアークマージとか言う奴、とんでもない奴だったな」
 シエンが腕を組んでぼそりと呟いた。
「うん……」
 アークマージ。魔王バラモスの手下――。
「怖かった。あんな邪気を発していた魔物は初めてだった」
「ああして偵察に来たと言う事は、私たちはこれから徹底的に監視されるに違いないわ」
 沈鬱な表情でマーグがうめく。
「そうだろうねぇ……」
 似た様な表情でシエン。ロウは黙ったままだ。
 沈黙。
 ……。
 ……。
 う~~~~~~~~ッ!
「弱気になってちゃ駄目だ!!」
「!」
「きゅ、急に叫ぶなセティ?!」
「ごめんつい」
 思わず叫んだ事を一応謝ってから、それでも先を言う。
「でも、弱気になっちゃ駄目だ! あんなので弱気になってちゃバラモス討伐なんか夢の夢。あたしはやる。頑張る! 怖いと思うのはあたしが弱いからだ! 強くなる。もっともっと強くなるッ! だからみんなも頑張ろうよ!?」
「……」
 あたしが怒鳴る様に叫んだ後、みんな呆気にとられた表情でぽかんとしていた。
 それから、数秒後。
「ぅく……くくくくッ……ぎゃははは!」
「ふふ……ふふっ、あはははは!」
 いきなり、シエンとマーグが笑い出した。しかも爆笑。
「な、何で笑う?」
 理解出来なくて、今度はあたしがぽかんとする。
「はーっ、いやー、ごめんごめん。そうそ、セティの言うとおりだね!」
「弱気になっちゃ駄目よね。ふふふ……。セティオ、今の言葉で一気にやる気が出たわ。私も、頑張らなくてはね」
「そうそう。頑張ろうな、セティ。さっきの奴もいつか絶対倒そう!」
「う、うん!」
 さっきの沈鬱な表情は何処へやら。ふたりともあたしの叫びがそんなに可笑しかったのか……。ともあれ、さっきの耐え難い諦めムードが消えたみたいだから、よかったとする。
「とりあえず出ようか。この様子じゃどうやら、オーブも無いみたいだし」
 あたしが部屋の中を見回しながらそう言うと、一斉に同意が来る。
「その方が良さそうね。黙っていたらまた亡霊が出て来かねないから」
「うんうん! 早く出ようよここ!」
 一番ミイラを怖がっていたシエンが、血相を変えて叫ぶ。
「とんだ無駄足だったわね」
 疲れた様に、マーグが呟く。
「うん」
 あたしも同意して、ため息をつく。オーブなんて、ピラミッドには無かったよ、ロマリア王――。心の中でそうぼやきつつ、考えた。そうすれば、オーブは一体何処にあるっているんだろ? さっぱりわからないよ。これからは当分、オーブ探しで情報を集めなきゃいけないか……。
 アークマージとか強力な魔物も出てくるし、これから本当に大変だ。今まで以上に頑張らなきゃな!

 あたしは、そんな事を考えて頭が一杯だった。だから気づき損ねていた。ロウの様子が、変だった事に。
 この時ちゃんと気づけなかった事を、あたしは後悔する事になる。

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