第四章 出逢いと、少しの異変と



  第四章 出逢いと、少しの異変と



 あたし達はオーブの情報を集める為、再び砂漠を越えてアッサラームという街に来ていた。
 シエンが言うにこの街はロマリア、イシスと東南にあるバハラタのほぼ中心に位置している為、この地方でもっとも交易が盛んな所なんだそうだ。旅商人も多いから、情報収集ならこの街がうってつけなんだって。
 確かに、その通りだと思った。立ち並ぶ露店、市場、劇場、宿屋、半端では無い数の酒場。見渡す限り人、人、人。
 異常な熱気に包まれたせわしない街、アッサラーム。
「本当に活気のある街なんだね!」
 あたしはちょっとだけ、この雑多な雰囲気にわくわくしていた。今まで通ったどの街よりも開放的で、お祭りみたいなんだ。
 でも、マーグは何故か複雑な顔をしている。
「未成年にはお勧めできない街だわ」
「うーん、確かにそうかもねぇ」
 相槌とは裏腹で、シエンは妙に上機嫌だった。
 未成年にはお勧めできないって? 意味が飲み込めなくて首を傾げたら、
「ねぇねぇ、そこいく旅人さん♪」
 なにやらねっとり甘い声に呼び止められた。振り返って見たそこには――ッ、うぁ!
 引いた。衝撃で目を丸くした。ほとんど裸な格好の女があたしを見上げていたからだ。いくら砂漠が近くて、こんな陽気だからってそんな格好……恥ずかしくないのか。見ているこっちが恥ずかしい。そう思いながら凝視していると、彼女はにんまり笑んであたしの腕を絡めとった。一体何?!
 マーグはこんなあたしの様子に気付いてはいないらしく、どんどん先に行ってしまう。焦って振りほどこうとしたら、逆に強く引きとめられた。そのパワーに唖然として女を見ると、彼女は真っ赤に縁取られた口唇を開いて、
「お安くするから寄ってかなぁい? 可愛い女の子、一杯いるからさ」
「は、はぁ」
「お姉さんたちと気持ちイイコトしようよぅ」
 ぐいぐい身体を押し付けられた。更に訳わからない事言われて動揺すると、
「……ね? おにぃさんみたいにかっこいい人なら大歓迎なんだからぁ♪」
 ああ。あたしは無駄だと知りつつ、それでも認めたくなくて無言なまま、震える指を自分に向けてみた。
「やーねぇ、貴方しかいないでしょ♪」
 痛ッ。
「ちょっと、私の連れに手を出さないで!」
 項垂れてダメージに耐えていると、あたしの様子に気付いてくれたのか、マーグが戻ってきてくれたみたいだった。
「大体その子は女の子よ。失礼な人ね」
「エッ」
 マーグの言葉で女は短く声を上げ、あたしの顔をまじまじと見つめた後に、
「エェーッ、アンタほんとに女なの?! うっそやっだー信じられなーい!」
 ばかでかい声で叫んだ。そして荒んだ形相になり、あたしに舌打ちすると、絡んでいた腕を乱暴に振り払い去って行った。さ、最初の笑顔は一体……。
「マーグ、今の」
「客引きよ」
「客引き」
 客引き……客引き? 何だか解りそうで解らない短い言葉が返って来た。目眩を覚えていたあたしに溜め息を付き、
「目を放してごめんなさいね。ここはこういう街だから、以後重々気をつけて。シエン、ロウ、あなたたちも――」
 マーグは後ろの二人にも注意しかけて、黙った。そういえばあたしが絡まれている間すら、一声も存在が無かった二人はどこに――そう思って周囲を見回してみたら、いた。
「ねぇおにいさん、あたしとあそぼ♪」
「えー、どうしよっかな♪」
 なんとシエンはすでに他の女に捕獲されていた。なんだかでれっとした様子で、やけに楽しそう。ロウも同じく女に捕まり、少々余裕の無い顔をしている。
「……」
 その惨状に口を開けたまま言葉を失っ……と?! そこであたしは思わず数歩避難した。マーグが、戦闘時と同じ形相になっているのに気が付いてしまったからだ。
 マーグはぎりッと恐ろしい音を立てて拳を握りしめ、シエンとロウの方に歩み寄り、そして、
「シエン、ロウ! でれでれしていないでさっさと行くわよッ! あんた達もほら、離れなさいッ!」
「はい!!」
 マーグの怒声が轟いた。その場にいた数人は気圧されたのか、大きな声で返事を絶叫する。
「――ふんっ、まったく。だから私はこの街が嫌いなのよ!」
 マーグはそう言い捨てると、振り返りもせずすたすたと歩き出した。
「あ、待ってよマーグ!」
 あたしは慌てて、どんどん行ってしまうマーグの後を追う。
「ちぇ、もう少しだったのに」
 ぶつぶつと文句を言いながら後に来たシエン。ロウは顔を硬直させたまま無言で最後尾に付いた。
 あたしは、今になって気がつく。さっきみたいな光景があちこちで見られた事、そしてよく見ると、怪しげな店がずらりと軒を連ねている事。……うっかり裏露地にでも入ったらやばいな、こりゃ。そんな雰囲気に、あたしはようやくマーグの言葉の真意を理解した。
「――なるほど。未成年にはお勧めできない訳だ」

 それから何度もああいう場面に遭遇しつつ、ようやくの思いでマシな宿にたどり着く事が出来た。そこで部屋を取り、荷物などを預けた後手頃な飲食店に入る。
 その道中であたしは、すっかり自信を無くしていた。
「はぁ……」
 木製の薄汚れたテーブルにがっくり伏せ、腹の底から溜め息を吐き出す。
「どうしたセティ?」
 シエンが聞いてくるのでつい、尋ねてしまった。
「……あたしってば、そんなに女に見えないのか?」
「――くはッ」
 シエンは一瞬動きを止めてから、事もあろうに吹き出しやがった。
「笑うなよ! だって、あんなに何回も間違われたんだぞ」
 あたしの落ち込み様に、流石に悪いとでも思ったのか、とりあえず笑うのをやめるシエン。唸りながらあたしの顔をじっと見つめて、
「確かにぱっと見は少年だね。後ろ姿なんか特に。僕ですら間違えたもん」
 絶句。――確かに、他の娘に比べれば飾り気ないし胸ないし着る物と言えば動きやすいものだし仕草もがさつだし言葉遣いもちょっと悪いしで……あぁあなんかショックだ。とにかく強くなりたい一心だったからお洒落の仕方もさっぱりだしな。ははん。数秒間、頭の中でそんな事をごちゃごちゃ考えてへこんだ。凹。
「もう。デリカシーっていうものがないの? セティオ、あまり気にしては駄目よ。あなたはとても魅力的だから。そうね、他の同年代の女の子達とは違う輝きがあるもの」
「そ……そうかな……?」
 ちょっと浮上して、マーグを見つめる。彼女は真っ直ぐな目をにこりと微笑ませ、強く頷いてくれた。
「そうそう、大丈夫だって」
 シエンもマーグに便乗する。もうちょっと気分が浮上した所で、重要な事に気が付いた。なんかこれ、バラモス倒しに行くのに関係ない話。要は強ければいいんだ。女っぽいかそうでないかなんて、そんなのはこれっぽっちも関係しない。
「もういいや」
「え、いいの?」
 きょとんとした顔でシエン。
「いいよ、開き直る事にした。こんな事よりこれからどうするか考えよう」
 話を変えると、シエンは何故か笑い混じりな口調でいった。
「切り替えほんっと早いな。やっぱりそこがセティのいいところかも」
「そうね」
 ……何だか妙な気分になった。ので、自棄気味にテーブルを軽く叩いた。
「もういいから話進めよう?!」
「そうしましょうか」
 まだ笑いながらマーグ。シエンも笑いつつ頷きながら、ふと隣のロウを見た。
「あっれ、ロウ? そう言えば黙ったまんまだな。どうしたんだい」
 笑みを引っ込めて首を傾げつつ、尋ねる。そういえばやけに静かだ。
「具合でも悪いのか?」
 あたしも尋ねてみたけれど、うつむき加減だったロウは顔も上げないで一言、
「別に」
 そう言っただけだった。何か変なの。
 最近、ロウの様子がどうもおかしいんだ。喋らなくなったし、不愛想度が異常に高くなった。食事もちっとも手を付けようとしないからますます痩せた――痩せたって言うより、げっそりしたって言った方がいいかも。
 それにここの所ずっと、夜は本ばかり読んでいてちっとも寝ていない気がする。ここのところロウの毒舌聞いてないし、色々考えてみたら、なんだか心配になってきた。
「ロウ、ほんとに大丈夫?」
 もう一度尋ねたら、それがまずかったらしい。ロウはキッとあたしを睨み付けて、
「しつっけぇな。何でもねえっつってんだろ?!」
「ッ」
 怒鳴られてしまった。あたしは吃驚して噤む。ロウはたったそれだけ怒鳴っただけなのに、肩で息をしている。
「ロウ、怒鳴る事はないじゃない。セティオは貴方を心配して言っているのよ」
 マーグが顔をしかめながらロウに言う。
「そうだな。今の態度はちょっとおかしいぞ。……本当にどうしたんだよ」
 シエンもロウを見つめながら怪訝な表情を見せた。それに対して、ロウは面倒くさそうに肩から力を抜き、深く息をついた。
「……あぁそうか悪かったな。疲れてんだけだ。何ともねえから話しかけんな」
 ロウはちっとも気が入っていないような声でそれだけ謝り、俯く。その後はもう、何も言わなかった。シエンは居心地悪そうに続ける。
「まあ、本人が何ともないって言うならこれ以上言わないけど……無理するなよ」
 返事はない。シエンはもう一度息をついてから話題を戻した。
「それじゃあ、これからどうするか考えようか」
「あ、うん……」
 シエンに頷いて、話を再開しながらちらっとロウの方を見た。
 ……。
 怒鳴られたのが効いてるらしい。凄く怖かったし、拒絶されたみたいで痛かった。ロウの横顔はずっと不機嫌そうで、具合悪そう。それで、何考えてるかわかんない。
 こんな時、どうすればいいんだろうな。あたしは対人関係の経験値があんまり無いから、考えても考えてもどうすればいいか解らなくて……考えるほど、混乱してしまうだけだった。




◆    ◇    ◆    ◇


 その後、あたしたちは二手に分かれてオーブに関する情報を探る事になった。あたしはシエンと一緒に、街の南側から聞き込む事になっている。マーグとロウは北側へ向かった。
 人が集まっていそうな店や劇場のそばを回りながら、オーブに関する情報を探す。
 変な事を言うようだけどその間、あたしはロウから離れる事が出来て気が楽だった。さっき怒鳴られたの、まだ引きずってる。
「セティ、ロウの事気になってるだろ」
 あたしが黙りこくっていると、シエンがそう尋ねてきた。
「え、……うん」
 あたしは、素直に頷く。
「ロウが急に無愛想になったのって、確かピラミッドから帰ってきた辺りからだよな?」
「うん。あたしは、疲れ切ってるからおとなしいだけだと思ってたんだけど……やっぱり、他に何かあるのかな?」
「そうだなぁ。悩みとかあるのなら相談してくれればいいのにあいつ、何にも言わないから解らないんだよな」
「そうだよね……」
 はぁ、と長細い息を吐いた。しばらく会話が途切れる。あたしの頭は今、ちょっとオーブどころじゃなくなっている――。
「よし、セティ。ちょっと休もうか」
「え?」
 唐突の提案にシエンの顔を見上げる。彼はにっと笑い、広場の噴水を親指で示した。
「そんな顔してちゃ入る情報も入らない」
「でも」
「いーから♪」
「……うん」
「喉渇いたろ? 何か買ってきてあげるからここに座ってな」
 あたしが頷くと、シエンはあたしを半ば強引に噴水の縁に座らせた。そして、広場に立ち並んでいる露天へと歩いていってしまう。
「あ! シエン……」
 声をかけたけれど、聞こえなかったみたいだ。シエンの背中は人混みの中に入り込んでいってしまう。
 ……気、使わせちゃったなぁ。自分のつま先を見つめ、反省する。
 シエンってほんと優しいよな。あたしが父さんの娘だから優しくしてくれてるのかな。そうだとしても、そうじゃないとしても、シエンの気遣いって嬉しいなぁと思う。
 そんな事を考えながら、シエンを待っていると。
「ひゃああ――ッ!」
「……?!」
 ふと、建物間の薄暗い路地から悲鳴が聞こえてきた。なんだろう。疑問に思いつつ、噴水から離れてそこを覗き込むと、
「あ」
 そこにいたのはいかにもっていうごろつき数人と、小柄な少女。
 少女の特徴を言えば、服装は白い布地の上下に青いベスト。髪は桃色で、頭のてっぺんに結い上げて銀の環でくくってある。そして、身体に似合わないくらい大きな鞄。普通に見ると何処にでもいそうな少女なのに、その鞄の存在で異常に浮いていた。彼女はその鞄を必死にかばいながら逃げ回っている。
「いい加減にしねえかこの女ッ、さっさとそれをよこせ!」
「やだってばッ離してよ!」
「この、強情な奴だな」
 どうやら見たまんま、女がごろつきに襲われているらしい。男数人で女の人を襲うなんて!
 思わず頭に来て、気づいた時にはその中に入り込んでいた。
「あんたら何やってんだ。女一人に男数人がかりで恥ずかしくないのか?!」
「ああ?!」
 突然の介入に一瞬戸惑ったようなごろつき達。でもすぐに気を取り直してこっちを威嚇してきた。
「なんだてめえ?」
「俺らのじゃまする気か」
 男達は殺気立ったまま睨んできた。あたしはそれを睨み返して言う。
「ああ。こういう場合、大抵そうだろ」
「ふん。生意気な兄ちゃんだな。この人数で勝てると思ってんのか?」
 ……ッ、こんな奴らにまで間違われるのか?! どうなってんだこの街。男と女の区別もつかないのかよ。目ぇ腐ってんじゃないか?!
「やって見なきゃ解らないだろ?!」
「の野郎!」
 啖呵を切ったら一挙にかかってきた。あたしは背中に手をやりかけてはっとする。人間相手に剣を使うわけにはいかないッ!
 攻撃をかわしながら、慣れない体術を駆使して応戦する事になる。何度か攻撃を受けながらもようやく一人まで追いつめて、少しだけ肩の力を緩めながら言った。
「さあ、後はあんただけだ」
「く、くそぉ!」
「はッ?!」
 ヒュンッ、と空気を切り裂いた刃物の光。慌ててその攻撃をよけたけれど、不意打ちのように繰り出されたナイフはあたしのすれすれを掠ってく。……危なかった。それにしても、いきなり刃物とは卑怯ッ! ちょっとでも油断した事を悔いつつも、後退して息を整えているごろつきに再度神経を集中させた……んだけれども、
「お…んなのこ?」
 後ろで腰を抜かしていた少女が、いきなり素っ頓狂な声をだしてあたしを指さした。
「へ?」
 一瞬にして場の緊張が抜けた。そしてよく見ると、ごろつきもあたしを凝視して固まっている。
「?」
 意味不明で首を傾げたら、少女が自分の胸元を指さし、それからあたしの胸元を指さしてコクコク頷いた。ジェスチャーに示されるまま自分の胸元を見て、
「ん? ――」
 沈黙。そして
「うぉあ!!」
 状態に驚愕、あたしは慌てて胸元を押さえた。ごろつきがいきなり出してきたナイフは、あろう事か服を切り裂いていたらしい。うかつだった。街中だからって胸当てもしてなかったんだっけ。
「て……てめぇ、女?!」
 先に気を取り直したごろつきは、顔を真っ赤にして怒鳴ってきた。あたしはと言えば幸い腰に巻いていた携帯鞄の中にピンを見つけて、それで必死に服の端を止めながら怒鳴り返してやる。
「いつあたしが男だって言った! 気づかないあんたらが馬鹿なんだよッ」
 するとごろつきは舌打ちして突っ込んできた。
「くそお! 女なんかにやられてたまるかよ!」
 それを避けようと体制を変えたけど、
「げっ!」
 なんと下に転がっていた別の奴が、あたしの右足を掴んでいたんだ。
「のやろっ!」
「うぎぇ!」
 空いている左足で蹴り飛ばして逃れる事が出来たけれど、目の前には既にナイフがッ! 避けきる事が出来ず、とっさに出した腕に突き刺さってしまう。
「ッ……!」
 全身に走った激しい痛みをこらえつつ、渾身で別の肘を顔面に食らわせてやった。それはカウンター気味に決まり、ごろつきはそのまま地面に倒れて動かなくなる。
「はー、はー……、痛って……ッ」
 刺さったままのナイフを引き抜いて落とす。そして傷口を押さえようと手の平を当てたけれど、止まる訳も無くどんどん血が滴り落ちていく。……まずいな。焦りと痛みを必死で堪えて、応急用に持ち歩いている布を探り出し、とりあえず止血を試みる。
 その最中、地面に座り込んだまま動けないでいた少女に気がついた。なんとか笑顔を作って、彼女に話しかけてみる。
「あの……大丈夫ですか?」
「!」
 そこで、放心していた少女はようやくはっとして、立ち上がった。
「た、助けてくれてありがとう! その、あ、あなたは大丈夫」
「大丈夫です。これぐらいしょっちゅうですか……ら……?」
 そこまで答えた時だった。ぐらりと、視界が揺れた。
 あ――あれ、なんか、変だ……急に、立っていられなくなった。地面に膝をつく。なんだって言うんだ? 身体、しびれて――。
「ちょ、だいじょーぶ? ねえ……あぁ!」
 焦ったのか、そりゃあ焦るか。少女はあたしに駆け寄ってきて、下に転がっているナイフを見た途端に血相を変えた。
「ぎゃー! これ毒牙のナイフッ!」
「どく……がの、ナイフ……?」
 だんだん、声が遠くに聞こえるようになってきた。
「うん、これで斬られると毒が回って身体が麻痺しちゃうの! 大変だ、満月草何処だっけ?!」
 叫んだ後、少女はあの大きな鞄をごそごそと探りはじめた。それを掠れる視界で見つめながら、――どうしようか。本気で、気が遠くなって来た。身体が動かなくって――。
 少女が遠くの方でなにやら騒いでいるのが聞こえたけれど、全身が麻痺していて呼吸すら辛い。
 あたしは多分そのまま、意識を失った。




◆    ◇    ◆    ◇


「――――ぅ……ん……?」
「あぁ! 気がついた!」
 元気のいい声に、虚ろいでいた意識が次第にはっきりしていくのを覚えた。重い瞼をゆっくりとあげると、すぐ目の前に誰かがいる。桃色の髪の毛に、空色の大きな瞳が印象的な……。その少女が、さっきごろつきに絡まれていた大荷物の少女だと分かるまで数秒。
 何度か瞬きをして少女を見上げると、彼女は心底不安そうな顔で尋ねて来た。
「大丈夫? まだ、しびれてる?」
 訊かれて、指を動かしてみた。……けど、思ったようには出来ない。
「あんまり動かない……。頭も、ぼーっとして変だ」
「そうかぁ……でも、喋れるみたいだから大丈夫だね。そのしびれもじき治るはずだから、もうちょっと安静にしてるといいよ」
「……わかった」
 少し安堵した後、とりあえず状況を把握しようと思考を巡らせた。……って!
「もしかしてあたし、あのまま倒れたのか?!」
 あたしは最後を思いだしてがばっと起きあがった……つもりだったけど、腕に力が入らなくて、結局起きあがる事は出来なかった。
「まだもうちょっと寝てたほういいってば」
 言われて、肩から力を抜く。うぁ、最悪だ。助けに入ったのに逆にやられるなんて。それが顔に出たのか、少女は優しく笑う。
「ううん、いいんだよ。わたしはあなたのおかげで助かったんだもん。あなたが助けてくれなかったら、大事なものみんな取られちゃうとこだったから……どうもありがとう!」
 彼女が本当に嬉しそうに言うから、つられて表情を崩してしまう。お互いにこやかに笑いあったその時、ドアの方に人の気配を感じた。反射的にそちらをみると、
「あ、帰ってきたみたい」
 少女もドアを見て、更にニコニコしながら言った。帰ってきた? 反芻するのとほぼ同時に、ドアが開く。
「おっかえりー」
 中に入ってきたのは、ひとりの男性。
「!」
 その男の眼を見た瞬間、戦慄が走って身構えた。そう、この感覚は初めてマーグをルイーダの酒場で見かけたときと同じ――いや、それ以上かも知れない。このひと、かなり出来る……ッ。
 一目見ただけでも無駄なく鍛え上げられていると分かる、がっしりした身体つきだった。そして、吸い込まれそうになるくらいに澄んだ黒く鋭い眼。こっちに歩いてくるだけなのに、隙は皆無だ。
 あたしの手の平には、知らないうちに汗がにじんでいた。緊張のせいか、思わずつばを飲み込んでしまう。
「気がついたのか」
 第一声はそれだった。低くて、お腹に響くような、妙な貫禄を感じさせる声だった。
「うん。さっきようやくね」
 少女は笑顔のまま、隣に立った男を見上げる。
「まだちょっとしびれてるみたいだけど、大丈夫そう」
「そうか。……俺はサイシ。名は」
 訊かれて数秒。あたしは、妙な威圧感に押されて答える事が出来なかった。こんな事はじめてだ……ッ。
「む、どうした」
 あたしが答えず黙っているので、怪訝そうに眉を潜められてしまう。
「!」
 はっとなって、頬が熱くなるのを感じながらようやく答えた。
「セ、セティオ……」
「セティオか。こいつを助けてくれたそうで――礼を言う」
「い、いえ――礼なんて、とんでもない。あたしこそ逆に迷惑を掛けてしまったみたいで、すみません」
 妙に声が震える。何であたし、こんなに緊張してるんだろう。彼――サイシさんはあたしの様子に、ふっと苦笑いする。
「何か緊張してはいないか」
「ちょ、ちょっと」
 あたしが無理矢理笑顔を浮かべてそう答えると、少女が笑い声を上げた。
「あはは! サイシ、あんたの顔恐いんだってきっとー」
「……煩い。ところでお前、自己紹介はしたのか」
「え?」
 少女は、サイシさんの言葉を受けて動きを止めた。それからぽんっと手を打ち、
「うっわ、そうだった。何か忘れてると思ったら自己紹介かぁ! わたしはライラ♪ よろしくね!」
「あ、セティオです。よろしく……」
 挨拶後、ようやく緊張がほぐれてきて――少しだけ気が楽になった。楽になったところであたしは、重大な事を思い出した。
「ッあぁあああ! シエン――ッ!」
「ッ?!」
「何ー!?」
 二人は、あたしがいきなり大きな声を出した事に驚いて目を丸くしていた。でもそっちに構ってる暇はないよ! あたしいきなりいなくなっちゃったからシエン絶対捜してるシエンだけじゃなくてマーグもロウも絶対探してるってばあぁどうしよう!
 息をつくまもなく頭の中で叫んで、少し落ち着く為に深呼吸をする。それから、面食らったような表情でこちらを見つめている二人に尋ねた。
「すいません、あの、あれからどれくらい経ってますか」
 この質問にはライラさんが答えてくれる。
「そうだね……今さっき日が落ちたから四、五時間かなぁ」
「うぁ……どうしよう!」
「どうしたと言うのだ、一体」
 慌てふためくあたしに、戸惑ったようにサイシさんが尋ねてくる。
「あのあたし仲間がいて、その仲間がちょっと買い物に行ってる間に目の前であんな事が起こってたからそれを助けようと思ったのにいきなりこんな事になったからたぶん仲間のみんなあたしを捜しッゲホッゲホッ」
「あーあー、ちょっと落ち着いて」
 咽るあたしの背中をさすりながら、ライラさんは苦笑する。あたしはとりあえず深ーく息をついて、すがるように彼女を見上げて尋ねた。
「すみません。そう言う事なんですけれどここ……どこですか?」
「大通りから少し外れたとこにある宿屋だよ。それじゃあ、その仲間の人たちを探しに行かなきゃいけないね」
「はい」
 返事をして、もう一度起きあがろうと腕に力を入れる。
「大丈夫か」
 難儀していたら、サイシさんがすっと手を差し出してくれる。大きくて、無数の傷跡が残る手。何となく懐かしさを覚えつつ、何で懐かしいのか自分自身に不思議を覚えながらもその手を借りた。身体のしびれも大分切れかかっていたみたいで、ほっとしながらゆっくり起きあがった。
「ありがとうございます」
「いや」
 礼を言うと、サイシさんは思いがけないくらい優しく微笑んだ。妙に高鳴る鼓動を気にしつつ、あたしはベッドの下に揃えて置いてあった自分の靴に足を入れる。
「よかったら探すの手伝ってあげるよ!」
「おっとッ」
 言うか早いか、彼女は立ち上がったばかりのあたしの手を引いて、歩き出した。
「わ、べ、別に大丈夫だよ。あの」
「いいってば。ね、サイシ!」
 有無を言わせない口調。言い返せなくて、口を噤んだ。サイシさんは少しだけ考え、更になぜかあたしから目をそらし、息をついた。
「構わないが……そのままの格好で行くのはどうかと思うぞ」
「……」
 あたしは自分の姿を見下ろして、咄嗟に胸元へ手をやって納得した。破けたままの上着、いつの間にかピンが飛んでしまってるし……。
「ライラお前、そのままの格好で連れ歩く気なのか」
 ライラさんはそのままにこーっと誤魔化し笑いを浮かべた。サイシさんは呆れたような顔であたしの前に立ち、纏っていた砂避け用の外套をはずす。そして外套をふわっと広げてあたしの肩に掛け、
「しばらくはそれで我慢してくれ」
 その行動にあたしはもう何も言えなくて、ただ頷いただけだった。うひゃぁ……何でこんなにどきどきするのか解らないよ。
「ういういッ! キザッたらしいねぇ今の行動!?」
 ライラさんはニヤニヤ笑いながらサイシさんの肩を叩く。
「煩い。元はと言えばお前が――ッ、もういい。行くぞ」
 対してサイシさんは一瞬憤慨しかけたけど、結局飲み込んであたしの横を通り過ぎた。
「はいはーい。さぁ、行くよセティオッ」
 ライラさんは何故か張り切ってドアを開ける。……何だか、悪いなぁ。
 と、部屋の外に出て、あたしはある事に気がついた。この建物、あたし達と同じ宿。二人にそれを告げようとしたら、
「あ――ッ、セティ!」
 階段の下から名前を呼ばれて、はっとそちらを見た。
「みんな!」
 探すまでもなかった。階段の下にある休憩所にみんなが。
「あれ、もう見つかったか。よかったね~」
 ライラさんの言葉に頷き、あたしは慌てて階段を降り、みんなへ駆け寄る。
「セティいぃ! やぁっと見つけたッ!」
 あたしの両肩に手をかけ、シエンが心底安心したような声を出す。
「何処にいたの。もしかして変な奴に誘拐でもされたのかって、みんな心配していたのよ?!」
「いきなりいなくなるから驚いたッ! あんまり心配かけないでくれよぉ!」
 シエンとマーグが代わる代わる言うのに対して、あたしは頭を下げる事しか思いつかなかった。
「……ごめんなさい」
「ごめんですむと思ってんのか。お前のせいでオーブの情報探しする時間を削る羽目になったんだぜ?!」
 あたしが謝った瞬間、ロウに怒鳴りつけられた。うぅ、もっともだ……。みんなに悪いと思う気持ちがどんどん大きくなって、俯いてしまう。そしたら、
「あー、彼女を怒らないで下さい! わたしが原因なんだからッ」
 ライラさんが俯いたあたしの側に駆け寄ってきて、焦ったような声を上げた。みんなの視線が、彼女に集中する。
「セティオ、そちらは?」
 マーグが、ライラさんとサイシさんを見て尋ねてくる。そしたらあたしより先に、ライラさんが自己紹介をはじめた。
「申し遅れました。わたしライラ・ミリック。こっちサイシ。絶体絶命大ピンチな所を彼女に助けて貰ったんです」
「助けて貰った?」
「えぇ。……詳しく話しますけどここじゃなんですね。よかったら、隣の酒場にでも場所移しません?」
 そう言いながら、肩に掛けている鞄を重そうに背負い直してにこりと笑う。
「彼女にも迷惑かけたし、皆さんにも迷惑かかっちゃったみたいだからご飯奢ります」
「いえ……それは構わないけれど」
 マーグは、こちらの動向をちらちらと気にしている宿の従業員に目を向け、結局頷いた。
「そうね。替えた方が良さそうだわ」
「決まり。行きましょ!」
 そう言う訳で、あたしたちは隣の酒場に移動する事になった。




◆    ◇    ◆    ◇


「なるほどねぇ……。そういう事情なら、しかたないよな」
 ライラさんの奢りだったので控えめに頼んだ夕食を頬張りながら、シエンが納得したように呟いた。
「セティオ、身体の方はもう大丈夫なの」
 マーグに聞かれて、頷く。
「しびれは大分取れた。傷口はまだ痛いけどね」
「そりゃ痛いよねー。毒牙のナイフは刃がギザギザになってるから、変な形に傷が残ってるし。治療もなかなか巧くいかないんだよね」
 ライラさんが溜め息混じりに呟く。
「セティ、傷口見せて」
 シエンがあたしの腕を見ながらそう言う。
「いいけど」
 あたしはいわれたままに腕を出し、包帯を慎重にほどいて見せた。多分、ライラさんの応急処置がよかったんだと思う。血は既に止まっていた。
「うぁー、痛そうッ」
 シエンは顔をしかめた後、ロウを見た。
「な、セティにホイミかけてやってよ」
 あ、それ助かる……。そう思って自分からもお願いしようとしたけれど、
「嫌だ」
「へ?」
「……ッ」
 思い掛けない返事にシエンが妙な声を出す。あたしは絶句。ロウは面倒くさそうに、目も合わさずにこんな事を言って寄越した。
「自分で使えんだろ。自力で直せ」
「あ」
「あー、そういえばセティも使えたんだっけ」
 シエンがぽんと手を打つ。けどあたしはそれに対して、首を横に振った。
「で、でもあれ以来使った事ないし、あの時は夢中だったから……どんな風にして使ったかなんてあんまり覚えてないよ。今度はちゃんと使えるか解らないし……」
 弱音を吐くと、マーグはクスリと笑んで、
「思い出しながらでもやってみたらどうかしら。セティオがホイミを使えるようになれば、ロウの負担も減るはずだわ」
「あ、そうか」
 それを聞いて、考えた。あたしたちはこんな旅をしてる訳だから当然、怪我が多い。だからしょっちゅうロウの世話になってるけれど、魔力って普通に戦うよりも体力の消費が激しいらしくて、ホイミ連発して使った後のロウはいつもぐったりしてた。最近は特にお世話になりっぱなしだったから、ロウにかかってる負担ってかなりのものになってるはずだ。考えてみて、初めて気がついた。
 もしかしてこんなにロウがやつれてるのは、そのせい、なのか? そうだとしたら、あたしもホイミを完璧に覚えた方がいい!
 それに、ロウが機嫌悪いとなんて言うか生きた心地がしない。ちょっと大袈裟かもしれないけど、機嫌が悪いときのロウって本当に怖いんだ。
「わかった。やってみる」
 決意して、意識を腕の傷に集中させた。――周りの音が、何も聞こえなくなる位。自分の傷は自分で治せるように。少しでもロウの負担を軽くする為に。初めてホイミを使った時の感覚を思い出しながら、慎重に詠唱を口にする。するとあの時と同じように、自分の中にわき上がってくる力の流れを感じた。それを解放する為に、最後の一言を呟いた。
「――ホイミ」
 途端に、傷周りがふわ……っとした暖かい感触に包まれる。じりじりとした痛みが、次第に薄れていくのがわかった。
 ホイミの光と痛みがほとんど消えた頃、あたしは安堵の溜め息をついた。
「おぉ、ちゃんと使えるじゃないか」
 その終わりに、シエンが感心しきった声を上げる。
「すごいすご~い! セティオ何者?! 僧侶でもないのにホイミ使えるなんて?!」
 興奮した口調で言い、ライラさんもあたしを見た。その視線は照れくさい。
「何で使えるのかまでは解らないけど……あ、傷跡残っちゃってる」
「でも、痛みはもう無いのでしょう? それだけ使えれば大した物だわ」
 マーグにも言われてますます照れくさい。
「そうかな? ははッ。やっぱりまだロウみたいに上手く使えないや」
 あたしは苦笑混じりにそう言ってから、何気なくロウの方を見た。……見て、息を飲む。……ッ、何で、そんな顔してるんだ。深刻に俯いている。長めの前髪が下がり、眼が見えない。
 みんなはホイミの話題で盛り上がっていて、あたしの視線には気づいていない。だから恐る恐る、小声で呼んだ。
「……ロウ?」
「俺――――じゃねぇか……」
「え?」
 小さく返されたロウの言葉が喧騒で聞き取れなくて、思わず聞き返す。でもロウはもう、何も答えてはくれなかった。
「でも凄いなぁセティオ! ん、そうだ」
 ライラさんが突然何か思いついたような表情になって手を打った。その音に顔を戻すと、ライラさんはあたしを見てニコリと笑う。
「そういえばお昼頃あなた方さ、オーブ……とか言う物の情報集めてなかった?」
「え、そうだけど」
 唐突に話が切り替わって少しだけ戸惑いつつ、シエンが頷く。
「あぁやっぱり。わたしたち、もしかしたらそれ知っているかもしれない」
「ほ、本当ですかッ?!」
 思わず席を立ち上がって聞き返した。ライラさんの一言で考え事がすっ飛んだ。シエンやマーグも嬉々として彼女に注目する。
 視線を集めたライラさんは満足げに頷いた後、
「うん。確信めいてる訳じゃないけれど――サイシ、話してくれる」
 サイシさんに話を促した。ずっと黙って酒を呷っていたサイシさんはそれを受け、グラスを置いて話をはじめる。
「俺の故郷は東方のジパングなんだが、その国の女王、ヒミコ殿が持っているしれない。ヒミコ殿は美しい紫色をした、手の平に乗るくらいの玉を大事にしていた。確か、それをオーブと呼んでいた記憶がある」
「ジパング……あぁ、別名黄金の国、または日いづる国と言われている最東の島国! 確かに、あそこなら何かありそうな感じがするね」
 シエンは片腕で頬杖を付きながら、携帯している地図を取り出した。
「ジパングって、どこ?」
 尋ねると、シエンは地図の一番東にある、小さな島国を指さした。
「ここさ」
「へぇ、東の果ての国なんだね」
「けれど、その情報は信用できるのかしら」
 あたしが地図を覗く隣で、マーグが口を開いた。ピラミッドで嫌な思いをしたせいか、慎重になっているみたいだった。それに対して、サイシさんはこくりと頷く。
「俺はヒミコ殿の側近だった故にその玉を間近で見た事があるが、あれは何処にでもあるような宝珠ではないと感じた。あれがお前たちの探している物なのかどうかは解らぬが、信用しても良いと思うぞ」
「大丈夫だよ。サイシは嘘が付けない超正直者だからッ!」
 二人は口をそろえて言う。……確かに、サイシさんは嘘を言うような人間には見えない。それに今はちっとも情報がない。そんな時にこんな確信めいた情報が入ったんだ。とにかく、行動してみた方がいいかもしれない。結論を出して、頷いた。
「信用しよう。今は、情報それしかないんだから」
「そうだね。でもさ、問題もある。どうやってジパングまで行ったらいいんだろうな」
「あ……あー」
 あたしはシエンの言葉に唸った。確かにジパングは、地図で見た限り陸続きで行ける場所では無かった。海を越えなければ行けない。
「船が必要だわ」
「そうだよね。でも船なんて買えないし、まして定期船なんてのも無いだろうし」
「港って言ったらポルトガだけど、今は関所が閉鎖中だから領地には入る事もできないしなぁ」
「旅の扉だって、そう都合よくあるわけないし」
 話し合って、項垂れる。せっかく情報があっても足がない。ジパングまではやっぱり、どう考えたって歩いてなんか行けないよ。
「……」
 行き詰まってしまって、顔を見合わせて溜め息をついてしまう。
 そしたら、またライラさんが、
「あのねえ。物は、相談なんだけど。ちょっとの間、わたし達と手を組む気はない?」
「へ?」
 突然の提案に、あたしたちは疑問符を浮かべて彼女を見つめた。ライラさんはにこにこ笑顔を浮かべてこちらを見ている。
「なんでいきなりそうなるんだい?」
 シエンが尋ねると、彼女は一つ頷いて話し始めた。
「わたし、こう見えて商人やってるの。それで今いい商売があるんだけど、目的地のバハラタはちょっと遠くてさ。わたしとサイシだけじゃちょっと不安なのよね。だから……見たところセティオたち強そうだし、一緒についてきてくれないかな、と思って。勿論タダとは言わないわ」
「別に、俺とお前だけでも大丈夫だって言っているだろう」
「んもーう。万が一って事もあるでしょ?」
「ちょ、ちょっと待って。どうしてバハラタへ行くの?」
 マーグが慌てたように尋ねる。
「うん。バハラタって黒胡椒の産地でしょ?」
「そうだけれど」
 ライラさんに気圧されたように、マーグはちょっと引きつつ肯定する。ライラさんはその側にぴったり近づき、急に声のトーンを落として続きを話し始めた。
「此処だけの話だけど。ポルトガ王ってさ、無類の黒胡椒好きなわけ。だから、ポルトガ王に黒胡椒売りつけて一儲けしようと思ってるのわたしは」
「へぇ、それで?」
 興味深そうに、シエンが身を乗り出して来る。
「でね。この貿易がうまくいったら、船なんていくつ買えるか分からないくらい儲けられると踏んでるのよ。だから、この話を進める為に手伝って欲しいの。成功した暁には船を一艘譲らせて頂くわ! わたしはポルトガ出身だから閉鎖されてるポルトガへの関所も通れるし……どうかな?」
「う、うーん?」
 あたしに即答は出来ず、みんなの方を見た。シエンも、マーグも複雑そうな顔であたしを見つめ返す。
「ねえ、悪い話じゃないと思わない?! いいでしょ?!」
 ライラさんはあたしたちを説得しようと必死になって声を張り上げた。
「黙れ。時間の無駄だ」
「?!」
 そこで空気を冷やすように言い放ったのは、ずっと黙りこくっていたロウだった。あたしはその冷淡さに思わず、ロウを凝視する。
「え、えぇ……いきなりなんなの、君」
 ライラさんもびっくりしたようで、目をまん丸にしてロウを見つめていた。ロウは、立っているライラさんの顔を睨むように見上げる。
「俺らを利用しようって魂胆だろ。……ざけんな」
 そこまで言って、今度はあたしの方を見る。
「セティオ、今俺らにそんな暇があんのか」
「え……」
「もしそれが失敗だったらどうすんだ。俺らはただ働きか?」
 う。聞かれて、あたしはとりあえず頭の中にある事を口にした。
「そ、そうなっちゃうけれど……でも、今他に何か考えあるか?」
「ねえな」
 ロウは即答する。
「だったら今は、少しの情報でもそれに頼るしかないだろ? ……成功するしないはともかく、あたしたちには船が必要だから」
「……そうね。他に手がないのだから仕方ないわ。ロウ」
 マーグに諭されるような口調で言われ、ロウは舌打ちして他を向いた。
「って事は、手を組んでくれる?!」
 ぱぁっと顔を輝かせて、ライラさんはあたしの手を握りしめた。あたしは高テンションな彼女に目眩を覚えつつも、頷く。
「失敗は困るけれど……他に確信持てそうな情報が無いんだ。そうする事にする」
 手を握り返しながらそう口にすると、ますます喜んだライラさんは、握っていた手をぶんぶんふりまわした。
「失敗なんかしないって! あはは! これからよろしくぅ♪」
「そ……そうだね、こちらこそ」
「俺はあんたらを信用してねえ」
 あたしがそう答えた後ろで、ロウの声。またもや一気に冷える空気。視線は、そんな発言をしたロウに集中する。
「なぁ……ロウ、なんかさっきからおかしいぞ?」
 シエンが眉間に皺を寄せてロウに問う。対するロウはそれを聞き流したようで、ふぃっと目をそらした。
「俺は、商人が信用できねえんだよ」
 その一言で、ライラさんもとうとうむすっとした顔になって舌を出した。
「あっそ。別にいいから。君に信用されなくても別にいいですよーだ!」
「……むかつく」
「うっわッ! わたしもアンタがむかつくわぁ――ッ!」
「……ライラ。大人げない」
「ロウもよ。いい加減にしなさい」
 サイシさんとマーグに咎められて、二人はおとなしくなる。
「と――とにかくそうと決まったら、これからどうやってバハラタまで行くか考えよう?」
「そうした方がいい」
 空気を変えようとあたしが提案したら、サイシさんもそれに頷いてくれた
「……わかったぁ」
 ライラさんはロウを睨んだまま渋々席に戻った。ロウは相変わらず不機嫌オーラを漂わせたまま、ライラさんを睨み返している。
 ……。こんな調子で大丈夫だろうか。先行きが、不安で仕方がなかった。何も起こらなければいいんだけど……。
 次の目的地は、バハラタ。

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