第六章 風の青、空の赤



   第六章 風の青、空の赤



 朝。
 丸く切り取られた磨り硝子の窓から、微かに光が差し込んでくる。
 別に眩しくも無かったけれど、あたしは光を感じた瞬間に目が覚めた。
 目を開けると、ここ数日は同じ天井。ところどころにうっすらと染みのある木の天井だ。
 ……。
 まだ寝ぼけてるらしく、頭がぼーっとする。
 少しの間天井を眺めたまま、この眠気が引けて行くのを待つ。
 その間身体に感じていたのは、ゆっくりとした速度の揺れときしむ船体の音、そして水の音だった。それがまた……妙に心地好いんだ。
「……ッ」
 うとうとしかけて、慌てて閉じかけた目を開いた。危なかった……本気で二度寝する所だった。
 まだベッドが恋しかったけれど、これ以上寝ているわけにもいかない。
「痛て」
 身体を起こしてピッと走った痛みに驚き、首筋に手を当てた。どうやら寝違えたみたいだ。首が痛い。
 思わず、苦笑してしまう。でも、この痛みのおかげで完全に目が覚めた。
「やな目覚めだなぁ……もう」
 ぼやいて、じ~んと痛みを発している首をさすりながらベッドを降りた。
 その後軽く寝具を整え、昨日の夜脱いだままそこらへんに散らかっていた服を身につける。
「さてと」
 身支度を済ませた後、顔を洗う為にドアに手をかけた。ぎぃぃ…と、軋んだ音を立てて開くドア。その隙間から流れ込んでくるのは。
「んッ……」
 眩しさに目を細めた。開けた瞬間に入り込んできたのは、太陽の光。そして途端に広がる開放感と、潮の香り。
「――気持ちいい~」
 思わず声を上げてしまった。本当に、気持ちいい風が頬を掠めて通り抜けて行く。
 ぽかぽか暖かい太陽と、心地好い潮風と、眼下に広がる、何処までも何処までも続いてく真っ青な海!

 あたしたちは今、海上にいた。そう、海の上!
 とうとう船を手に入れる事が出来たんだ。
 黒胡椒貿易の交渉を完璧に成功させたライラは、ポルトガ国王に功績を称えられて物凄い額、本当に目眩がするくらいの報酬を受け取っていた。
 そして彼女は早速その報酬を使い、船を一艘手配してくれた。その船は小人数でも操縦可能な小型船で、素人のあたしが見ても、どんな嵐にも耐えられそうなくらい頑丈な造りだと思った。それでいて、船首の像や手すり等にさりげなく繊細な細工がしてある。
 とっても素敵な船だったから、あたしはすっかり気に入ってしまった。それが、今乗っているこの船だ。
 それで、船を手に入れてから数カ月は、船旅に必要な食糧、水の調達、更に船着場の漁師や船乗りから操縦の仕方や海上での方位の確認、地図の見方や星の位置など、とにかく航海に必要な沢山の知識を片っ端から叩きこまれた。
 そんな期間を経てあたしたちは今、ポルトガの港から南へと海路を取っていた。
 まず向かう先は、サイシさんの故郷でもある東の果て、ジパングだ。そこに行くには、イシス・ネグロコンド大陸をぐるッと一回りして行かなければならなかった。
 サイシさんとライラとはポルトガで別れるのかと思ったんだけど、ジパングにいくまでは一緒に付き合ってくれると言ってくれた。
 付き合ってくれる理由はそれぞれで、サイシさんは故郷がどうなっているか久しぶりに見てみたいから、ライラはオーブと言うのを一度見てみたいからだって。
 なんにしても、一緒に来てくれると言うのに断る理由は無かった。
 だって、サイシさんがいると言うのは無条件に安心だ。なんでかって強いし、統率力あるし、船旅にも慣れてるみたいでいろいろ教えてくれるから。船旅に不慣れなあたしたちにとって、サイシさんがいてくれると言うのはもう願ったりかなったりだよ。
 そんでもってライラは有効的な経済管理の方法を指示してくれるし、いるだけで場の雰囲気を明るくしてくれたりする。
 あの時の事はちゃんと話して仲直りしていたし、もう大丈夫だ。
 そんな事を思いながら、あたしは少しの間、空と海の境目あたりを見つめていた。

「セティオ」
 ん。声に振り向いた先にいたのは、デッキブラシと水桶片手に船室から出て来たサイシさんだった。
「あ、おはようございます!」
 サイシさんはあたしが挨拶をすると微笑して、挨拶を返してくれる。
「おはよう」
「今日は天気がいいですね。風が気持ちいい」
 あたしはそう言いながら、視線を海へ戻した。
「そうだな」
 サイシさんはそう答えて、あたしの隣に移動する。
 ……。
 サイシさんって、なんていうか寡黙な人だ。大事な事以外はそんなに話さない。だから、サイシさんと居るとすぐ会話が切れてしまう。
 でも、あたしは別にこの沈黙は苦しくないと思っていた。
 なんでだろうな。サイシさんのそばにいると妙に落ち着くんだ。サイシさん自身が落ち着いてるからなんだと思うけど……。
 サイシさんを、こっそり見上げてみた。――おっきいなぁ。あたしの頭ひとつ半くらい上に、無精髭が生えた顎がある。
 何となく見上げて、ぼーっとしてしまった。サイシさんの高さ……なんか、懐かしい。何でかよくわからないけれど、妙に安心してしまう高さだと感じる。
「……どうした?」
 サイシさんはあたしの視線に気が着いたのか、こちらを見た。
「――ッ」
 話しかけられて言葉に詰まった。なんて答えたらいいかわからなくて――ッ。
 次に襲ってきたのは、妙な照れ。顔が熱くなるのを感じつつ、誤魔化し笑いを浮かべる。
「あ、ただ……サイシさんって、背おっきいなぁと思って!」
 妙に焦りつつも素直にそう言うと、サイシさんは不思議そうに首を傾げた。
「なにをそんなに焦っているのだ?」
「ああ、焦ってなんかないです」
 意味も無く更に焦ってしまう。そんなあたしの様子に、サイシさんは軽く笑った。
「おかしな娘だな、セティオは」
「あはは~そうですね! あたしもそう思います」
 なんだかすっかり動揺して頭の後ろをかきながら、無理矢理笑い声を上げる。
 ……ほんとなにやってんだ。
 自分に自分で馬鹿だと罵りつつ、とりあえずこの場からの逃走を謀る事にする。
「サイシさん今から甲板掃除するんですよね?! あたしがやっときます!」
「あ」
 サイシさんの返事を待たないで、手に持っていたデッキブラシと水桶を半ば強引に奪う。そしてそのまま、船の反対側へ向かって走った。
「せ……セティオ?」
 不可解だという感じのサイシさんの声が背中に聞こえてくる。ひゃ~、絶対振り向けないッ。
 サイシさんから見えない所まで猛ダッシュして、デッキブラシを抱えたまま肩で息をつく。
「痛ッ!」
 急に首筋に激痛が走って、慌てて首を抑えてしゃがみこんだ。
 妙な行動をしたせいだ。寝違えて痛かった首が、ますます痛みを訴えてきた。
「何やってんだあたしは……」
 なんなんだかね。自分でもよくわかんないや。
 しゃがんで首を押さえた格好のまま、痛みと心臓の音が落ち着くまで少し待つ。
 それらが収まった頃、あたしはデッキブラシを握り締めて床を見た。
「……さて、やらなきゃ」
 掃除すると奪った手前、やらない訳にも行かない。
 そんな訳で甲板を磨き始めた時、だった。
「セーティ~」
「……ん?」
 呼ばれたような気がして、キョロキョロとあたりを見まわしてみた。
「ははッ、セティこっちだよ~」
 声は上のほうから降ってくる。マストの柱にくくりつけられている見張り台に目をやると、太陽の光に髪の毛をきらきら輝かせながら、笑顔のシエンが両手を振っていた。
「おっはよ~!」
「シエン! おはよう~!」
 あたしも、ブラシから片手を離して手を振ってみる。するとシエンは見張り台から身を乗り出し、わきに掛かっている縄梯子に手をかけてするすると下に降りて来た。
「よっと」
 そして数段飛ばしに梯子を降り、身軽にすたっと着地してあたしの傍にやってくる。
「掃除?」
 聞かれて、あたしは苦笑混じりに頷く。
「うん、そう」
 もしかしてさっきの見られてたのかなぁ。だとしたら、ちょっと恥ずかしい。妙な焦りが再び胸の中に湧きあがってくるのを感じる。
 けど、シエンはそんな事なんてお構いなしに話を進めてくれた。
「今日は天気がいいから、見張り台からイシス砂漠が見えたよ」
「へぇ~、そんなに遠くまで見えるの?! シエンって目がいいんだね。ここからだと陸地なんて、うっすらと線のように見えるだけなのに」
 シエンの話に、あたしは恥ずかしさなんてどこかにいってしまうのを感じた。つくづく単純。
「ああ、これ使ってるからだよ」
 シエンはそう言いながら、胸に下げている双眼鏡を指差した。
「セティも見てみる? ここからでも見えると思うよ」
「え、いいの?」
 つい、シエンの言葉に顔を輝かせた。実はあたし、双眼鏡って触った事無かったんだ。
「ほら」
 シエンは首から双眼鏡をはずし、あたしに渡してくれる。それを受け取り、まじまじと観察してみた。
「へー……」
 筒状で、細い方と太い方両方に丸い硝子がはめられている。……どっちから覗くんだろう?
 とりあえず、太い方から覗いてみた。
「……?」
 景色が……まして遠くなった??
 どうしてこれで遠くが見えるんだ??
 疑問に思いながら目を離して、シエンを見る。
「ねえシエン、なんか……景色遠くなったよ」
 そう言うと、シエンはもう堪えられないとばかりに吹き出した。
「あははッ! セティ違う、逆から覗くんだよ!」
「え、逆?!」
「そう。そっちの小さい方から見るんだよ」
「そうだったのか!」
 早速双眼鏡を持ち替えて、今度は小さい方から覗いてみる。
「……わぁ!」
 これは凄い……。感動してしまった。
 だって本当に、線のようだった大陸がすぐ目の前に現れたんだ。
「ほんとだ……シエン、砂漠が見えるよ!」
 双眼鏡から目を離して、興奮気味にシエンを見る。そんなあたしに、シエンはにこにこしたまま頷いてくれた。
「そうだろ?」
「わぁ……すごいな」
 感嘆しながら双眼鏡に目を戻して、中の景色を眺めてみた。
 太陽で輝く砂漠が、ゆっくりと流れて見える。
 数ヶ月前にあそこを旅してたんだよなぁ。そう思うと、砂漠が妙に懐かしい気がしてきた。
「でもまだ砂漠付近なんだね。ジパングって言う国まではまだまだかかるのかな」
「まだかなり先だよ。しばらくは船旅が続くだろうね」
「そっか」
 そういえば、旅立った日から一体どれくらい経ったんだろう。
 ふとそう思って、あたしはなんとなく今までの旅を思い返してみた。

 十六歳の朝。アリアハン国王陛下に謁見して許可貰って、ルイーダの酒場でばかにされてマーグとシエンに出会って、励まされて。その夜に……あいつと話して。
 次の日の朝にみんなに見送られ、4人で旅立った。
 その後にレーベの村に行って、メラを教えてもらって魔法の玉貰っていざないの洞窟へ。
 旅の扉で着いた先がロマリアで、カザーブ、シャンパーニの塔、ノアニール、妖精の村と回ってからイシス砂漠の方に行ってピラミッドへ。
 その後はアッサラームに行ってサイシさんとライラに出会った。
 仲間は六人になって、今度はバハラタに行ったっけ。そこでもいろいろあって、仲間が五人に減って。
 それから来た道をたどってロマリア地方、さらに関所を超えてようやくポルトガ……そして、海上へ。
 指折り日にちを数えてみると、アリアハンから旅立って既に半年くらい経っている事になる。
 半年かぁ。早いな。ずっと初めての体験ばっかりだったから、毎日があっという間だった。
 そこまで考えて、ふぅ……と息を着く。
 バラモスには……まだまだ近づけないかな。後、どれくらいかかるんだろう。
 ふと、不安になってしまう。このまま何年経っても、バラモスのいるネクロゴンドに辿り着けなかったら。
 ……いや、何年かかったっていい。
 あたしの最後の目的はひとつ、バラモスを倒す事だ。
 あたしさえ挫けなければ、いつかは辿り着けるはず。それまでは、何があってもくじけないように頑張って行こう。
 心の中でそう誓い、大きく頷いた。
 それから双眼鏡から目を離して、シエンに返した。もう少し覗いていたかったけれど、今は掃除をしなければいけなかった事を思い出したから。
「ありがと」
「どういたしまして」
 シエンは双眼鏡を受け取ると、それをまた首にかけて息をついた。
「さてセティ。掃除、どれくらいかかりそう?」
「え? ん~……まだまだかかると思うよ。今はじめたばっかりだし」
「そっか。じゃあ手伝おうか? 丁度手が空いたし」
「へ?」
 あたしはその申し出に思わず聞き返してしまった。
「だから手伝おうかって~」
 手伝ってくれるって……それはありがたいけれど、いいのかな?
 とりあえず、首を横に振る事にした。
「ううん。シエンも忙しくて、今やっと手が空いたんだろ? ゆっくり休んだ方いいよ。一人でも大丈夫!」
 そう答えるとシエンは変わらず笑顔のまま、頷いた。
「そっかわかった。じゃあ僕は朝ご飯でも食べよっかな。セティ、頑張って~」
「うん!」
 デッキブラシを握り直して、あたしに手を振って背を向けたシエンを見る。
 シエン、なんか最近やたらと優しくなった。前からも優しかったけれど、あれから特に。
 気を使わせて悪いな。でも、シエンのあの優しさはかなり救いになってる。
 いつもありがとう。そんな感謝をこめて、視線をシエンの背中に送った。
 そしてシエンが部屋の中に入っていく姿を見届けた後、あたしはデッキの掃除に集中しはじめた。




◆    ◇    ◆    ◇


 デッキ掃除がひと段落ち着く頃には、太陽はもう真ん中の方まで昇ってしまっていた。
「ひゃぁ……お腹空いたよう。そう言えばあたし朝ご飯食べてなかったっけ」
 いくら動揺していたとはいえ、朝ご飯抜かすなんて間抜けだ。
 食べ忘れたなんてマーグに知れたら怖いので、これはあたしだけの心にしまっておく事にする。
 となるとお昼と一緒か。今からだと丁度いいかな。台所に行けば何かあるかなぁ……?
 思い立って、使った道具をそれぞれの場所に片付けた後、台所の方に向かった。

「ねえサイシ。もうすぐわたしの旅は終わってしまうけれど……これからどうする」
 ん。台所に入ろうとした時。
 ドアの向こうから、何やら神妙な声色のライラの声が聞こえたので、開けるのを躊躇った。
「俺はお前に雇われている身だ。どうするもなにも、雇われてる間は俺に権限などない」
「……そう言えばそだっけ。雇ったんだっけ。すっかり忘れてた」
 ……。
 立ち聞きしちゃ、駄目だよな?
 でも、こういう話って気になったり……しないか?
 駄目だと解っていたけれど続きが気になってしまって、そこから離れるに離れられなくなってしまった。
 こっそりと、丸く切り取られたドアの窓から中の様子を伺ってみる。
「あのなぁ……どうしても一緒に来て欲しい、金を払って雇うからと俺を引きずるように強引に付き合わせたのはお前だろう。何故雇った事を忘れているんだ、お前は」
「だってさぁ、サイシと一緒に旅して、もうかれこれ五年だっけ?」
「いや、八年だ」
「そんなに長かったっけ! ……サイシと逢ったのって十五歳の時だったから、ひぃふうみぃ……おお、八年だ。そういえばわたし今年で二十二だもんな~、早い早い」
 ……。
 に、二十二?!
 驚いた。実は今までライラの歳は知らなかった。
 そうか、ライラって年上だったのか。
 見かけが子供っぽいって言ったら彼女に怒られるけれど、ライラって同じくらいか、年上でもせいぜい十七、八だと思ってた。
 まさかシエンと、一つしか違わないとは思わなかったぞ。
 ライラの見かけと年齢のギャップに、軽いショックを受けた一瞬だった。
 その間も、二人の会話は続いている。
「でさ、話を戻すけれど……八年でしょ。なんかその間にその雇用の関係なんてすっ飛んじゃってたじゃない? 旅費や生活費やら何かはみんなわたしもちだったけど、それ以外のお金は払うって言ってもサイシ受け取ってくれなかったじゃん。だからいつの間にかわっすれてた~」
「まぁ、そうだな」
「でしょ?」
「ああ」
 ライラとサイシさんは頷きあった後、少し沈黙する。
 次に話し始めたのは、ライラ。
「それでどうする? わたしは、一人じゃ旅が出来ないからあなたにここまで一緒に来て貰った訳だけど……これから先は爺ちゃんと町づくりに励む事になるから、旅暮らしはもう終わりだし、護衛はもう、――」
 語尾を言いにくそうに濁らせると、サイシさんは首を振った。
「いや、町を開拓する時だって魔物は出るだろう。まだまだ護衛は必要だと思うがな。それに開拓の力仕事には人手が居るだろう? お前とお前の祖父だけでは大変に決まっている。俺に手伝わせてはくれないのか? せっかくここまでやってきたんだ、最後まで見届けさせてくれてもよいだろう」
 はっきりとそう言ったサイシさんに、ライラはなぜかしどろもどろになって言った。
「そ、う、えっと、嬉しい……けど、さ。だって、雑用とかばっかりになると思うよ? ……ほんとの事言うとサイシに、武闘家のサイシにそんな事……させたくないんだよ……」
「……いい。お前の役に立てるなら何でもするさ。俺はお前に雇われた時、生涯かけてお前を助け、護りぬくと決意した。それを今更、覆す事はしたくない」
「え?! えぇえっと……それって……?」
 サイシさんの言葉に、ライラは真っ赤になった。その顔を見て笑ったサイシさんの顔は、今までに見たこともないくらい優しげで、暖かかった。
 ……。
 なんか、妙な気分。
 知らないうちにドアノブを握ったままの手に力が入ってる。
「セティオ?」
「うひゃ?!」
 いきなり名前を呼ばれて、飛び上がるくらいびっくりして声のした方を見た。
「そんなところで何をしているの?」
 あたしの行動にきょとんとした顔で、マーグがそこに立っていた。
「え……あぁいや、えっと……お昼ご飯食べようと思って台所に入ろうと」
「そのわりには結構長い事、そのまま固まってたみたいだけれど」
「ぅ」
 鋭いつっこみに、笑った顔が引きつった。そんな様子にマーグはくす……と笑みを漏らしただけで、後は何も聞いてこなかった。
「それじゃあ、一緒にお昼食べましょうか」
 代わりにそう言って貰って、なんとなくほーっとした。あたしが頷いた後、マーグはドアノブに手をかけて中に入る。
「あー、セティにお姉さんお疲れ~!」
 中に入った途端にライラがこっちを振り向き、そう言った。心なしか顔が紅いのは、さっきの会話のせいだろう。
 あたしはそれに気がつかない振りをして、こそっとサイシさんの方を見る。サイシさんは動揺がすっかり顔に出ているライラとは違い、全くいつもの通りだった。
 マーグはそんな様子など一向に気がつかない、あるいは関心がないのか、早速昼食の準備に取りかかっている。
「二人はお昼、もう済ませたかしら?」
「まだだ。みんな一緒に済ませてしまおう」
「そうね、わかったわ」
 サイシさんの答えに、マーグはみんなの分の食事を準備しはじめた。


 そして、食事の片づけが終わった頃だった。
 突然、マーグがこんな事を言いだした。
「ちょっとみんなに話があるのだけれど、いいかしら」
「話?」
 食後の珈琲をすすりながらライラが聞き返すと、マーグは頷く。その様子はどことなく深刻そうで、あたしは思わず身構えた。
 そんなあたしには気がつく事もなく、話は進んでいく。
「これからの進路のことで相談があるの」
「進路?」
 マーグは言いにくそうに少しだけ言葉を濁らせた。なんだ、これからの進路のことか……。
 あたしは少しだけほっとしてマーグの次の言葉を待つ。
「今はイシス砂漠近海を南下中だけれども、ジパングへ行くにはネグロコンド地方のテドン付近を通るでしょう」
 マーグの言葉に、サイシさんは壁に掛けてある航路図を見ながら頷いた。
「ああ、テドン近海を経由することになっているが……どうかしたか」
「ええ」
 マーグは返事をした後、少しの間黙った。
 マーグにしては歯切れの悪い話し方だな。それを不安に思いながら、マーグが口を開くのを待つ。
 ようやく口を開いたマーグの言葉は、これだった。
「私、テドンの村に行きたいのだけれど」
 テドンの村……あ、
「テドンって、マーグの」
 あたしはその先を言えなくて言葉を詰まらせた。そんなあたしの代わりに、ライラが口を開く。
「テドンって、結構前にバラモスに滅ぼされちゃった村でしょう? そんな場所に何しに行くの~?」
「ら、ライラ……ッ」
 あたしは慌てて、ライラに非難の目を向ける。ライラはその目線に思い出したようで、ばっと口に手をやって青ざめた。その様子に、マーグは苦笑して言う。
「本当の事だからいいのよ。今更、もう気にしていないわ」
「う~~、でもごめ~ん」
 ライラはすっかりシュンとなってしまう。
「だが、何故今頃になってテドンに行きたいというのだ」
 サイシさんが尋ねると、マーグはこう答えた。
「……もしかしたら。テドンに、オーブがあるかもしれないの」
「え、オーブが?!」
あたしは思わず席を立ち上がった。マーグは頷いて、
「あの村が、全体で何か大事な秘宝を守っていたことを思い出したの。その秘宝は、確かこの世界に危機が訪れたとき、白き翼を持つ、大いなる神獣を甦らせるために必要だと聞いたわ。それに……」
 それからマーグは少しだけ言うのをためらったけれど、真っ直ぐ前を向いてこう、呟いた。
「それに、秘宝の事を父が、『オーブ』と呼んでいたことも」
「間違いはないのか」
 サイシさんがそう聞くと、マーグは少しだけ笑う。
「なにしろ十五年以上も前の事だから確信は持てないのだけれど……でも、父がオーブと言っていたことだけははっきりと思いだしたわ」
 あたしは、マーグの言葉に考えた。
 少ない情報の中でオーブ探しをしているあたしたちにとっては、マーグの情報は価値があるものだと思った。
「行って見よう。オーブがあるって可能性が、少しでもあるなら!」
 あたしがそう言うと、ライラもサイシさんも頷いてくれる。
「うん。真偽は行動で確かめろってね♪」
「よし。では、進路をテドンへ向ける事にしよう」
「……ありがとう」
 揃ってテドン行きを決意した時、マーグはそう言った。その表情はあきらかに曇っている。
 マーグはそれを見せたくなかったらしく、長い睫毛を伏せて、あたしたちに背を向けた。そして、何かを言う前に奥の部屋へと続くドアに手をかけた。
 その背中を見て、考えた。
 マーグ、本当は行きたくないんじゃないかな……。
 自分が昔住んでいた所に行く。しかも、滅ぼされた跡地に。
 どんな気分だろう。オーブのためとはいえ、本当にテドンに行ってもいいのかな?
 あたしはそう思い立ったけれど、結局それを尋ねる事は出来なかった。
 同じようなことを考えているのか、サイシさんもライラも渋面になっている。
 ……。
 とりあえずあたしは、今、舵を取っていてこの場には居なかったシエンにもテドン行きを知らせなければと思い、椅子から立ち上がった。
「あたし、航路の変更をシエンに伝えてくるね」
「ああ、頼む」
 そう言いながらサイシさんは航海図に印を付けて壁から外し、あたしに手渡した。それを受け取り、シエンが居る操縦室へと向かう。

 次の行き先は、テドン。
 マーグの、滅ぼされてしまったというもう一つの故郷。




◆    ◇    ◆    ◇


 そこは、河と森に守られるようにひっそりと存在していた。
 倒壊した家屋。焼け焦げて、骨組だけが無残に残っている建物。
 全てが、夕刻の橙に染められていた。
 怖いくらい、綺麗な橙に。

 あたしたちは、村の門のところに佇んだまま、なかなか中に入る事ができなかった。いくら数年前とはいえその惨状は、あまりにも――。
「これは、ひどいよ……」
 ライラは涙目になって、両手を口元に持っていく。
「うん」
 シエンはライラの呟きに同意するようそれだけ呟き、橙色の村を見つめていた。
「俺は今まで、いくつも魔物たちに崩壊させられた小さな村や町を見てきたが……いつも、どうしようもなくやりきれない衝動にかられる」
 サイシさんは眉間にしわを寄せて、少しだけ視線を下に向けた。
「ここが、テドンなのか」
 あたしはこの目で見るまで、想像も出来なかった。魔物に滅ぼされた村、というのは。
 ここまで酷い、ものなのか。
 バラモス、そして魔物たち。こんな小さな村を襲い、崩壊させた奴ら――ッ。
 許せない。
 両手の拳に力が篭るのを感じる。憤りが、身体の中に湧きあがってくる。
 そんな中、マーグは無言だった。無言で、崩された石造りの教会にある、夕日に反射して煌いていた十字架を見つめていた。
「……マーグ」
 かける言葉が思いつかなくて、名前を呼ぶだけにとどまってしまう。
 あたしの声に、マーグは無理矢理だって判るくらいに悲しい微笑みを浮かべた後、前を向いて歩き出した。
 じゃり、じゃり……と、瓦礫の中を進むマーグの足音が、やたら響いて聞こえる。
「すっかり、あの時のまま。時が、止まっているかのようだわ……」
 誰に話しかける訳でもなく、マーグは呟きながら進んで行く。あたしたちは彼女の後について歩き出した。
「教会、宿屋、武器屋、倉庫、友達の家、村長の家、私の家。場所はみんな、同じなのにね」
 その後しばらく黙ったまま進み、一番奥にあった家の前で立ち止まった。その家は半分倒壊しているものの、まだかろうじで原型を留めていた。
「……ここは?」
 尋ねると、マーグは焼け焦げて黒ずんでいる柱に手をかけながら、
「ここが、私の家だった」
「マーグの、家」
 反芻して、その家を見上げる。……。
「もう暗くなってきたし、今夜はここで休みましょう。……夜露をしのげるだけ、ましだと思うわ」
「そうだね。……正直、これからこの村でオーブを探すのは、さすがにちょっと」
 シエンは苦笑混じりにマーグの言葉に賛成した。
 ……うん。あたしも、ちょっと気が引ける。あたしたちはマーグの提案に賛成して、今日はここで休む事にする。


 夕食を済ませて明日の事を話した後、あたしたちは早々と床に付く事にした。
 もちろん、朝一からオーブを探すために。
「それじゃあサイシ、火の番をお願いするわ」
「ああ。ゆっくり休むといい」
「おやすみなさい」
 あたしたちは火の番をサイシさんに任せて家の中に入り、それぞれ無言のまま浅い眠りに身を任せた。
 けれど。あたしは、どうしても寝つけなかった。
 吹きすさぶ風の音が悲鳴みたいに聞こえて、どうしても耳から離れなくて。何度か寝返りを打って、明日の為に眠ろうとしたけれど駄目だった。
 この村の人達の事を考えると、辛くなる。
 魔物に襲われた時どんなに怖かっただろう。どんなに痛かっただろう、苦しかっただろう。どんなに――。
 目を瞑ると、どこまでも暗くて先の見えないなにかに襲われる。
 駄目だ、じっとしてるとどうしようもない気分になってしまう。一人で考えこんでるとどうにかなってしまいそうだ。仕方なく目を開けて、体を起こした。
 誰かと、話をしたい。そう思い立ってみんなの方を見てみる。でも。薄暗い灯りの下、マーグもシエンもライラも寝入ってしまっているようだった。
 ため息をついて、目を外へ続くドアに向けた。壊れかけているドアの隙間からは、暖かい焚き火の光が揺れて見える。
 ……サイシさん。
 物音をたてないよう気を使いながら立ち上がり、きしむドアをそっと開いて外へ出た。その音で、サイシさんはこちらの方を見る。
「セティオ。交代にはまだ早いぞ?」
「はい……」
 サイシさんのその言葉に頷いて、頷いた後なんて言えばいいかわからなくなって誤魔化し笑いを浮かべた。
 あたしの様子に、サイシさんは軽く微笑する。
「どうした。眠れないのか」
「……はい。その……ちょっとの間、側にいてもいいですか」
 あたしが素直にそう尋ねると、サイシさんは頷いてくれた。
「ああ、構わない」
 受け入れてもらえて、なんて言うか……どうしようもない気持ちで冷えてた心の中が、ほんわか暖かくなった。
 嬉しくなってドアを閉め、サイシさんの隣に移動して腰を下ろす。
 それからしばらくは、ぱちぱちと音を立てて燃えている焚き火の炎を見ていた。
 ……誰かと話をしたかったはずなのに、今はそうでもなくなってしまった。
 サイシさんの側はやっぱり安心する。
 気持ちが大分落ち着いてきて、あたしは前々から一度聞いてみようと思ってた事を聞いてみようと思いサイシさんに話しかけた。
「サイシさん。聞いてもいいですか」
 あたしが声をかけると、同じく焚き火の炎を見つめていたサイシさんは、あたしの方に目を向ける。
「なんだ」
「サイシさんって、ジパングの女王様の側近だったんですよね。それなのに、どうして旅に出たんですか」
 尋ねるとサイシさんは少しだけ考えて、あたしから焚き火の方に目を移して話し始めた。
「俺が旅に出た理由はな、国外追放されたからだ」
「ッ」
 のっけからとんでもないことを言うサイシさんに、あたしは驚いて声も出ない。
「ジパングの女王ヒミコ殿は、民の事を一番に考え、常に良い国を創ろうとなさっていたお方だった。だが、ある日を境に突然変わられた。……残虐非道な事をなさるようになった。それを咎めたら、有無を言わせずに国外追放されてしまったのだ」
「……そうだったんですか。思い出させてしまってごめんなさい」
 嫌な事だったに違いない。あたしはそう思って謝った。サイシさんはそれに対しては頷いただけで、何も言わなかった。
 でも。あたしはどこかで似たようなことを聞いたような気がして、少し考えた。
 変わり果てた女王、それを咎めて国外追放されたサイシさん。
 そこで、頭にはシエンのことが浮かんだ。それを思いついて、苦い記憶をがわき出てくるのを感じる。人間とエルフの恋愛の末、起こってしまったあの悲しい出来事。
 ……もしかしてジパングという国でも、シエンの時と同じようなことが起こってると言うのだろうか。
 もし、ジパングに行ってまたあんな事が起こったら。
 その時はどんな手段を使っても、もう二度とあんな事が起こらないように尽くそう。あたしは心の中でそう決意して、話を変えた。
「それじゃ、ライラに出逢ったのはどういうきっかけなんですか?」
 そう聞くと、サイシさんは強張ってた表情をちょっと崩した。
「行くあてもない放浪の途中で、野盗に絡まれているライラを見つけてな。それを助けたら、何が何だかわからんうちにあいつの護衛にされてしまった」
 そこでため息を吐き、燃えが悪くなった焚き火に小枝を放り込みながら続ける。
「断って離れてもよかったんだが、ライラはあのような性格だろう。何をしでかすか解ったものではない」
 確かに。即、頷いてしまう。
「だから、どうしても放ってはおけなくてな。それで気がついたら、八年も一緒にいる」
「八年て……凄いな。そんなに長く一緒にいられたなんて、ちょっとうらやましい――」
「ん?」
「!」
 疑問符に慌てて首を振った。突然何口走ってるんだあたしは。
「何でもないんです! 何でも」
 そこまで言った後苦し紛れに話を変えようと顔を上げ、ある異変に気がついた。
「……霧?」
 言うと、サイシさんも頷く。
「霧にしては、どこか妙だ」
 視界の向こうには、廃墟の村。そして村全体を包むように、霧が発生している。その霧は妙に生暖かくて、薄紫色。まるで意志を持っているかのように、一定の方向へ流れて行く。
「なんだろう。気味が悪い」
 言いながらあたしは、その霧が向かった先を覗いてみる。――そして、息が詰まりそうになった。
「っ?!」
 目を見張った。教会の方から、小さな子供が歩いてきたからだ。
「な……?! あたし達の他に人がいたのか?!」
「いや、そんなはずは無い。気配など何も感じなかった」
 顔を見合わせ、もう一度村の様子を凝視する。すると、どこからとも無くどんどん人が現れてくるじゃないか!
 まさか…………まさか、幽霊?!
 いやそんな――ッ?!
「もしかして、さっきの霧のせい」
「そうかもしれん。セティオ、皆を起こしてくれ」
「は、はい!」
 サイシさんに言われ、混乱しながらも家の中に掛けこんだ。
「みんな大変なんだ、起きてくれ!」
「!」
 あたしの声に、みんなはがばっと飛び起きた。
「なんだ、魔物かい?!」
「そうじゃないけれど、あぁ、とにかく来てみてよ!」
 そう捲し立てて、すぐに外へ戻る。その後にマーグやシエン、ライラもついて来て驚愕したみたいだった。
「そんな……そんな、何故?!」
 特にマーグはこの光景を見て、信じられない、そんな声で叫び、顔を真っ青にして頭を振る。
「ああ、私が寝ぼけているのかしら……ッ。こんな、こんなはずは無いのに!」
「マーグ?!」
 こっちが呆気に取られるくらい取り乱してふらついたマーグ。シエンは慌ててマーグを支える。シエンに支えられて、マーグは肩で息をしながらシエンの顔を見上げた。シエンはそんなマーグをしっかりと見て、
「マーグ、落ちついて……落ち着いて話して」
 シエンに言われ、マーグは大きく息をはいて少し黙った後、彼から顔を背けて呟くように話し出した。
「みんな……知っている顔なの。あの人たちは、死んだはずなのよ!」
「ッ」
「そ、それじゃ……ゆっゆっ、幽霊?!」
 ライラは必要以上に大きなリアクションで両頬に手を当てる。
「でも、足がある。透けているわけでもないし、どこも変わった所は見当たらないような」
 シエンは真っ青になりながらも、その様子を観察しながら言った。
「魔法か何かの幻影なのだろうか」
 ……魔法。
 ああ、こんな時、ロウがいたら何か解ったかも知れないのに。
「っ」
 それを思いついて首を振った。何考えてるんだろうあたしは。もう居なくなってしまった奴のことを思い返したって、何も変わらないじゃないか。
 自己嫌悪で苛立を覚えた、そんな時。
「あなたたち、私の家の前で何をしているのかしら?」
「?!」
 急に、声をかけられた。あたしたちは驚いて声のした方を見る。
 ……見て、更に驚いた。なぜなら、その人はマーグに良く似ていたからだ。
 見事な金色の巻き毛に、透き通るような美しい碧眼の、背の高い女性。マーグと違う所は、白い肌に華奢な体つきをしている所くらいだろう。
 一番驚いていたのはやはりマーグだった。マーグはもう、悲痛なくらい青い顔で呟いた。聞こえないくらい小さな声で、でも確かに、お母さん、と……。
 それを見ていたその女性も、マーグを見た瞬間に顔色を変えた。
「マーガレット……、マーガレットね! あぁ、とうとうこの日が来たのね……ッ」
「この日が来たって」
 しかし、マーグがお母さんと呼んだ女性はそれには答えず、くるりと方向を変えた。
「こちらへいらっしゃい。この村は、あなたをずっと待っていた」
「私を?」
「そう。あの時たった一人生き残ったあなたをずっと」
 マーグのお母さんはそう言いながら、あたしたちを町外れの方へと案内した。
 あたしたちはテドンの住民が見守っている中、ただ黙ってその後について歩いた。
「ここで、お父さんがあなたを待っています」
「ここ……?!」
 たどり着いて驚いた。どう見ても、牢屋なんだ。
 あたしたちが牢屋の前に立つと、その蝋燭の光がゆらめく薄暗い牢屋の中から、しわがれた声が聞こえてくる。
「あぁ……マーガレット。そこにいるのはマーガレットだね……」
「!」
 マーグはその声に反応して、半壊している格子を外した。
 中にいたのは、鎖に繋がれて、ぐったりとしている中年の男性。しかし、その瞳は強い意志の光で輝いていた。
「お……お父さんッ!」
 マーグは無我夢中で、巻きつけられている鎖を外そうと手をかける。
「んッ!」
 ぎゃりんッ、と凄い音を立てて、壁に括り付けられていた一部が引き千切られた。
「ぅ……」
 鎖が切れた瞬間、マーグのお父さんはまるで糸が切れたように、がくんと崩れ落ちる。マーグはすんでの所で抱きとめ、その後ゆっくりと下へ横にした。
「お父さん……っ」
「すまない、マーガレット」
 マーグのお父さんはマーグの頬にそっと触れ、苦痛に歪んでいた顔を微笑ませた。
「お父さん、どうしてこんな所にッ」
「魔物どもの目を、欺く為だよ」
「え……?」
 理解できなくて、マーグのお父さんがその先を言うのを待つ。
「魔物を欺く為、罪人のようにこうして牢屋に貼り付けにしてもらっていた。まさかこんな所にいる私が財宝を守っているなどと、誰も考えつかないだろうからな……」
「それって、どう言う事なの……?」
 マーグは震えている声を必死に押し殺して、なんとか冷静に話そうとする。
「この村には、そして私には使命がある。マーガレット、これを」
 言いながらマーグのお父さんは胸元を探り、なにかを取り出した。それを見た瞬間、あたしは口元に手をやる。
 微かに暖かい輝きを放つ、綺麗な翠色の宝珠。
「これは、グリーンオーブと言う。これを勇気ある者に渡さなければならない」
 グリーンオーブ……それじゃ、あれがオーブなんだ!
「きれい~……」
 後ろからライラの声がする。同意した。ほんとに、綺麗……。
 マーグのお父さんは、それをマーグの手に渡す。
「マーガレット……この村の、最後の君にこれを託す。もしも、魔王バラモスを倒そうと言う勇気ある者に出会う事が出来たなら、渡してくれ」
 マーグはそれを聞きながらオーブをしっかりと受け取り、微笑した。
「判ったわ、お父さん。……でもね、このオーブを受け取るべき人は、目の前にいるのよ」
「え――」
 あたしは、マーグが突然こちらを見た事に戸惑った。
「この人は……?!」
 マーグのお父さんはあたしを見て、目を見開いた。
「私は今、この娘と旅をしているの。……あの勇者オルテガの娘、セティオよ」
「オル……テガ……ッ、それでは、それでは君は、あの方の――!」
 マーグのお父さんは、その先の言葉を詰まらせた。
 その表情を見て、あたしは表情を引き締めて先を続けた。
「あたしは父さんの意志を継いで、バラモスを倒す為にアリアハンを旅立ちました。……安心してください。あたしたちは必ず、この世界に平和を取り戻します」
 強い口調で言うと、マーグのお父さんは目を潤ませた。
「おぉ……。今までオーブを守りつづけてきて、こんなに嬉しかった日は無い。私は……私たちテドンの民は、死して尚、命をこの世界にとどめていた。その、グリーンオーブを守るためだけに。……それを君たちに託せた。だからわたしたちの魂は、ようやく解放される――!」
「お父さん」
 完全に涙声のマーグにつられて泣きそうになって、必死で堪えた。
「泣くな、マーガレット。わたしたちの魂は、常に君のそばにいる……」
「おとうさ……ん」
 薄れて行く、その姿。
「……オーブを渡せて、よかった……どうか、どうかこの世界を――――」
 最後の方はもう、掠れて聞こえなかった。
 なぜならその頃にはもう、マーグのお父さんの身体が、骨を残して完全に消えてしまったから。
 骨だけになってしまった腕から鎖が落ち、がしゃんと音を立てた。マーグはその音にびくりと震え、我に返る。
「お父さ、お父さん――――!」
 叫び、マーグは骨だけになってしまった父にすがり……つこうとしたのに。触れた瞬間に骨が崩れて、風と一緒に舞い上がった。
「――――ッ」
「……あ、他の、人達も」
 あたしはライラの声に反応して、牢屋の外を見た。すると、今まで心配そうにこちらを見ていたテドンの村の人たちが、次から次へと消えて行くんだ。
 みんな、どこか満ち足りた、そんな感じの表情で。
 いつのまにか天に現れていた真っ白な満月の光が、舞い上がって行く風をきらきらと輝かせた。
「昇ってく」
 シエンが、目を細めてその光景を見つめながら呟いた。マーグもそれを見つめて頬をぬらしていた涙を拭い、俯いていた背筋を伸ばす。
「……私、今以上に頑張るわ。それでなければお父さんに、そして村のみんなに申し訳が立たない。死んでも尚、守り続けられたこのオーブ」
 マーグはそこまで言い、真っ直ぐあたしの目を見た。あたしも、じっと彼女を見つめる。
「セティオ。確かに、あなたに託します」
「はい」
 言われて頷き、しっかりとこの手にグリーンオーブを受け取った。
 それは仄かに暖かくて、胸が詰まりそうになる。
 あたしは、オーブと一緒にマーグの手を握り締めた。
「グリーンオーブ、確かに受け取りました。……あたしは、テドンの人達の意志を無駄にしない。絶対に!」
 頷きあい、バラモス討伐の為の意識を新たにする。
 あたしは、今以上に頑張らなければ行けないと自覚した。
 この、テドンの人達の為にも。

 次の目的地は、東の果て。
 日出ずる国とか黄金の国とか言われているジパングだ。

関連記事

コメントの投稿

Private :

カレンダー
11 | 2018/12 | 01
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
カテゴリ
掲示板
感想、連絡等、お気軽にどうぞ♪
個別記事拍手で頂いたコメントの
お返事もこちらにて!
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
カウンタ




2006.12.07開設

ここ創ってる人

Author:愛琳

このページのトップへ