第九章 解放戦



  第九章 解放戦



 ランシールを出発したあたしたち四人は、真っ直ぐ南下し、北スー大陸傍の孤島にあるという旅の扉に向かった。あたしたちの目指すサマンオサは、その旅の扉を経由しなければ行く事が出来ないとランシールの神官に教わったからだ。
 言われたとおりのその孤島から、旅の扉を使って南スー大陸に足を踏み入れる。そこは湿気が強く、鬱蒼とした森と空を隠す山に囲まれていて、いるだけで具合が悪くなるという、なんともいえない所だった。
 そして、出てくる魔物達も厄介なのが多かった。脅威的な守備力の甲羅を持つガメゴンや、とにかく攻撃力重視の狂暴なコング。そいつが呼び寄せる、全体回復魔法を操る極楽鳥。次から次に襲いかかってくる。
 そんな戦闘中、気がつく。ロウの闘い方が、以前とは全然違う事に。
 何度も魔物と戦闘したけど、以前あんなに多用していた攻撃魔法を一切使わない。とにかく回復優先。それ以外は、あたしたちの守備力を上げたり、敵を弱らせたり、眠らせたり……。あたしたちの後方援護に徹している。それも、的確に。
 攻撃魔法を使えない訳じゃ無いと思う。ランシールで助けて貰ったとき、凄い攻撃魔法を見てる。……。
 ともあれ、今回も無事に戦闘が終わり、一息つく。
「はー、しんど。ロウの援護なかったらもっと辛かったかもね」
 シエンが腰に鞭を戻しながら笑う。
「そうね。とても助かるわ」
 マーグは微笑しつつ同意する。あれだけ戦ってるのにダメージや疲労が少ないのは、本当にロウのおかげだと解る。
 二人の称賛を受けたロウは、照れくさそうに視線を逸らした。
「それにしてもさー。ここってなーんか陰気な所だと思わないか~?」
「ええ、嫌な感じね。このあたりには、死臭が漂っているわ」
 マーグが眉間にしわを寄せつつ、周囲を見渡す。
「サマンオサの王都には、まだつかないのかな」
 あたしがそう呟いた時。
「見えてきたんじゃないか」
 ロウが、先方を指差す。その方向を見ると、灰色の城門が聳え立っているのが見えた。
「……なんか、圧倒される城門だね」
「ええ。まるで、来る者全てを拒んでいるよう」
 その会話の間。あたしはガラーン、ガラーンと、何かの鐘が重苦しく鳴り響いているのを聞いていた。
「なにか、やっているのかな。鐘の音がする」
 あたしの発言に頷くシエン。
「教会の鐘? 結婚式でもやってるのかな」
 無理矢理明るい方向にもって行こうとするシエン。どう考えたって、この重苦しさは結婚式じゃないと思うけれど……。
 案の定、教会暮らしだったロウがそれを否定した。
「弔いの鐘。葬式だ」
「っ」
 葬式、そう聞いてシエンは顔を強張らせる。
「葬式……はは、そう。……そうだよね。こんな重苦しい鐘が結婚式なわけ無いよねぇ……はぁ。初っぱなからこれだと気が滅入るよ」
「とにかく、行こう」
 気を取りなおして、あたしたちは威圧感のある城門を潜り抜け、サマンオサの城下へ辿り着いた。


 そこで見たのは、喪服の行列。その列は、街の中央に立っている教会の入り口から、わきにある墓地へと続いていた。
 その墓地からは、神父の祈りの声が聞こえてくる。
「天にまします我らの神よ。ブレナンの冥福を祈り給え」
「おお、あんた何で死んでしまったんだよぉ」
「おかあちゃん、おとうちゃんどうして埋められちゃうの?」
「……」
 その光景を見て、なんとも言えない気持ちになる。
 大事な人が、この世を去る。それはなんて残酷な事だろう。残されたひとたちは、こんなにも哀しまなきゃいけない……。
 あたしは子供を抱きしめて泣き崩れた女性に、父さんが亡くなったと聞いた夜、台所で独り声を押し殺して泣いていた母さんの姿を思い出す――――。
「可哀想にねえ……。ブレナンさん」
「ああ。何でも、王様の悪口を言っただけで処刑されてしまったとか」
「こ、これ、滅多な事を言うものじゃない。――兵士に聞かれたら、お前も処刑されるんだぞ?!」
「ぅおっと」
 え?!
 信じがたい事を聞いた気がして、思わず口を開いた。
「それってどう言う事なんだ」
 声をかけたら、男はあたしの方に振り返って、驚いたように目を見開いた。
「あんたぁ、旅人か? 見たとこ、この国の人間じゃなさそうだが」
「そうです。……今、王様の悪口がどうとか言ってたよな。それ、どう言う事なんだ」
 あたしが問うと、男は肩をすくめて首を振り、別の事を口にする。
「……悪い事は言わん。この国からは早々に立ち去った方がいい。旅人も、下手をすれば難癖つけられて殺されてしまうかもしれんから」
「ッ」
 その言葉に、あたしたちは顔を見合わせる。
「難癖つけて殺されるって」
「……ただ事ではなさそうね。どうしましょうか。このままこの国を出るわけには」
「それは出来ない。こんな話を聞いて黙っていられるか」
 思ったことを素直に話したら、みんなも同じだったらしく頷いてくれる。
「とりあえずどこか宿をとって、少し様子を見ることにしないか?」
「そうだね」
 シエンの意見に賛成して、あたしたちは哀しみに暮れる墓地を後にする。




◆    ◇    ◆    ◇


「にしてもほんっと暗い国」
 宿に落ち着き、部屋の窓から町の様子を眺めていたシエンが呟く。
「ええ。いくら喪中だとはいえ、全体がこんなに重いのはおかしいわ」
 甲冑を脱いでベッドに深く腰掛けながら、シエンに同意するマーグ。
「さっきの人の話だと、国王がなにかとんでもない事をしているのは確かだな。ロウの聞いたって言う噂は本当だったね」
 シエンの言葉に頷くロウ。
「この国、入った時から嫌な感じがした。実際に国王にあって見なければわからねえけど、絶対何かある」
「うん。とにかく一度、国王に会いに行ってみないかい。そうすれば何か解るかもね」
 シエンがそこまで言った時だった。
「城に近づいてはいけません!」
 声がして、あたしたちは驚いて入り口の方を見た。
 そこに立っていたのは喪服姿の、ほっそりとした女性。この宿の女将さんだった。
「あ……申し訳ありません。ノックもせずに。お茶をどうかとお持ちしたら、話が聞こえてきてしまったので……」
 あたしたちの視線を受けて、女将さんは慌てて謝ってきた。
「あ、いえ……構わないですけど。でも、城に近づいてはいけないってどういうことだい?」
 シエンが尋ねると、女将さんは俯き加減に話し始めた。
「今城に近づいては危険なのです。特に、旅人の方は」
「何故?」
「……この国に立ち寄り、城に向かった旅人は誰独りとして戻ってきません。侵入罪、密偵容疑――在りもしない罪に問われては牢獄に監禁、ひどいときは処刑台に」
「そんなぁ?!」
 その話に、シエンは腰掛けていた窓枠から立ち上がった。
「……以前は、こんな事など無かったのです。国王様は他国からいらっしゃる旅人を丁重に受け入れ、誰にでも優しかった。こんな、こんな事をなさる方ではなかったのに」
 手にしていたトレイの上のカップが、かちゃかちゃと小刻みに音を立てる。
「ですから、城には、近づかないで下さい。そしてどうか、早いうちにこの国を出発なさってください――」
 涙声になった女将さんに、あたしは頷くことは出来なかった。
「それは出来ません」
「え」
「そんな話を聞いて、黙って通り過ぎることは出来ません」
「あなたは……?」
 将さんは顔を上げてあたしを見た。そして、目を見開く。
「その瞳……あなたは、誰かに似てらっしゃるわ。不思議ね……まるで、アリアハンのオルテガ様のような……」
「!」
 あたしは父さんの名前が出た事に、条件反射的にこう答えていた。
「オルテガはあたしの父です」
「まあ、では、貴女はオルテガ様の娘さん……?! そう言えば、オルテガ様は故郷にまだ小さい娘を残してきたと言っておられた……。それでは、あなたがその……」
「……父さんと、会ったことあるんですか?」
 あたしが聞くと、女将さんはこくりと頷いた。
「オルテガ様はネグロゴンドに向かう前、私の夫であるサイモンに会うため、この国にいらっしゃいました。その時に一度、お会いしたのです」
 サイモン……どこかで、聞いたことがある名前。
 思い出そうとしていると、シエンが口を開いた。
「確かオルテガ殿の他に、魔王を倒そうと世界を旅しているというもう一人の勇者がいた……その人の名前が、確かサイモンと……! てことは、あなたは」
「はい。私はもう一人の勇者、サイモンの妻です」
 そうか。だから、聞いたことがある名前だったんだ。けど、父さんはサイモンさんに何の話があったんだろう。疑問に思ったので聞いてみた。
「父さんは、サイモンさんになんて?」
「ええ。一緒に、バラモス討伐に行こうと。夫は、勿論快く承諾しました。かねてよりオルテガ様の名声は聞いておりましたし、独りで挑むのよりも心強いと。しかし夫は、その日より、国王陛下に大事な用があると城へ招かれていて……一緒にネグロコンドへ向かうことは出来ませんでした。夫は必ずオルテガ様の後を追うと約束した後、オルテガ様は独り先にネグロゴンドへ旅立たれました。ですが、その後――」
 女将さんはそこで、話を切った。目頭に涙を溜め、なんとか、そう言った感じで次の言葉を口にする。
「夫は、城に行ったきり帰っては来ませんでした。風の噂では、夫は囚われの身となり、どこか孤島の牢獄に幽閉されてしまったとか」
「そんな……一体何故」
「解りません。何か、国王陛下の気になさることをしてしまったのか……今ではもう、知る術もありません」
 その問いに女将さんは首を横に振り、とうとう涙をこぼした。
「私の夫が、こんなことにならなければ……オルテガ様もあのような結果にはならなかったのかも知れませんのに……うっ、うぅ……」
「そんな、顔を上げて下さい。サイモンさんが悪い訳じゃありません」
 あたしは慌てて女将さんをなだめた。その様子を見ながら、マーグが立ち上がる。
「釈然としないわ。やはり城に向かいましょう」
「うん。ってか、行かなきゃ! 絶対におかしいよ、この国の状態ッ」
 あたしたちが改めて城に行くことを決意したとき、女将さんは青ざめた顔をする。
「ですから、城へ行くのは」
 女将さんがそこまで言った時、あたしはその先を遮った。
「大丈夫です。あたしたちがきっと、何とかして見せます! だから……そんなに心配しないで下さい」
 あたしは女将さんの目を真っ直ぐに見てそう言った。女将さんはあたしの顔を見てしばらく躊躇したものの、熱意を受け取ってもらえたのか、結局頷いてくれた。
「……私には、あなた方を止めることが出来そうもありません。けど、どうか、どうか十分に気をつけて……」
「はい!」
 早速準備を整えた後、女将さんに見送られながら宿を出発し、城へと向かった。


 あたしは、ここまで厳重な警戒が成されている城を初めて見た。城門は堅く閉ざされ、見張りの兵士も数え切れないくらい配備されている。
 あたしたちはなかなか城に近づけなくて、少し離れた所から城の様子をうかがっていた。
「うーわー。ありの子一匹逃さないって顔してるね~」
「見張りの兵士達の顔色、よくないわ。しっかり食事してるのかしら」
 確かに、心配になる顔色ではあった。どの兵士も疲れ切っていて、ビリビリしたような緊張感が漂っている。
「とりあえず、行ってみよう」
 ここにいても話は進まない。あたしが声を掛けると、みんな頷いて城門の方に歩き出した。
 あたしたちが城門の側までやってくると、見張りの兵士達があたし達に気付く。その途端に、兵士達はいきなり抜刀してきた。
「貴様ら何者か?!」
「ッ?!」
 いきなり剣を向けられて驚いた。けど、何とか姿勢を立て直して要件を口にする。
「サマンオサの国王陛下に、謁見させていただけないでしょうか」
 あたしが言い終わった直前、兵士は首を振ってそれを断ってきた。
「国王陛下は多忙な身。貴様ら他国の者と謁見などせぬ!」
「しかし、大事な要件なのですが」
「お前達は何処の者だ」
「私はアリアハンから参りました、セティオと申します」
 そう、名乗った瞬間だった。
「アリアハンだと?! さては貴様ら、この国を乗っ取ろうと言う魂胆だな?!」
「は?!」
 急に的はずれな事を言われて、思わず目を見開いた。
「何でそうなるんですか?! あたしたちはそんなんじゃ」
「怪しい者どもめ! 引っ捕らえろ!」
 けど、聞く耳持たずな感じで兵士達は目配せしあい、あたしたちを取り囲んだ。
「う、嘘だろ? 全然なにもして無いじゃないか~?!」
 シエンが非難の声を上げる。
「ええい、煩い、アリアハンの密偵どもめ!」
 い、いつから密偵って事に。難癖付けて掴まる……ほんとだ。
 そんな訳で。あたしたちは抵抗をする暇もなく引っ捕らえられて、城の地下にある牢屋まで引っ立てられてしまった。




◆    ◇    ◆    ◇


 ぴとん、ぴとんと、どこかで水がこぼれる音がする。
「参ったねえ……捕まっちゃったよ」
 何やらぽかんとした口調で、シエンが呟いた。
「そんな、のんきに言わないでくれる。私たちは何もしていないのにこんな所に閉じこめられたのよ。しかも、武器まで取られて」
 マーグが少し怒気を含んだ声でそう言うと、シエンはにやりと微笑み、自分を指差す。
「僕を誰だと思ってる~?」
「シエンでしょ」
 確かに。
 マーグの答えにシエンはがくりとうなだれた後、気を取り直して話し出した。
「僕がその気になればいつでも此処から出られるさ。けど、せっかく城の中にはいる事が出来たんだ。しかも、牢屋に。牢屋と言ったら、王様に何かしらやって閉じこめられた人がいるとこじゃん? 災い転じて福となすさ。王様についての情報、集めよう」
「なるほど」
 あたしたちがそこまで話していた時。入り口のドアが開く、重い音がした。それから、物々しい靴音が聞こえる。
「……また、誰か掴まったのかしら」
 マーグが小声で呟く。けど、その靴音は何だかこちらの方に近づいてきたみたいだった。
「こっちの方に来る……て、あれ、なにか派手な人が」
 シエンはその言葉を途中で切った。
 靴音は、あたしたちの牢屋の前で止まる。
「ほう、今しがた捕らえたというアリアハンの賊とは、そなたらか」
「……ッ」
 あたしは目の前の、数人の部下を引き連れて立っていた派手な中年の男の頭上を見て、言葉を詰まらせた。城壁にも靡いていた旗と同じ紋章のついた、王冠。それが頭に乗っていたからだ。
 すると、この方がこの国の国王……!
 けど、今まで会ってきた各国の国王や女王達とは違い、なにかこう、威厳みたいなのが感じられなかった。その代わりに感じたのは、邪気。それも、ぞくりと背筋に緊張が走るような。
 思いがけず嫌悪感を覚えて、サマンオサ王を見据えた。その視線に対してサマンオサ王は、嘲笑う。
「その顔つき、眼。そなたがアリアハンの勇者、オルテガの娘か?」
「そうです」
 その返事にサマンオサ王は嘲笑の上、更に粘り着くような笑みを浮かべた。
「噂通りじゃな。何でも魔王バラモス様と戦おうとしているとか。全く、罰当たりな」
「……え」
 あたしは耳を疑ってしまった。今、バラモス、様と……?!
「罰当たりとはどういうことですか?!」
 シエンが声を上げる。
「あの御方を討伐するなどととんでもない。あの御方はこの世界を変えてくださるのだぞ?この錆びついた世界をまっさらな闇に包んでくださると言うに――」
 その言葉に、あたしはびっくりして再度耳を疑う。
「な、なんて事をおっしゃるのですか?!」
 たまらず、そんな感じでマーグが声を上げた。
「我がサマンオサは魔物たちと提携を組んだ。魔物たちにサマンオサを襲わせない代りに、我らはバラモス様に忠誠を誓うと。余の方針に逆らう者は排除する。アリアハンの勇者――噂に聞いていたが、本当に忌々しい事よ。父娘共々、バラモス様に逆らうとは……愚かな」
「……ッ!」
 父さんの事を言われて、一気に血圧が上がる。あたしは、拳が白くなるくらい力をこめて握り締めた。
「父さんの何処が愚かだって言うんだッ!!」
「ちょ、セティ、落ち着いて」
 あたしが叫んだのに対して、シエンが慌てて止めに入ってくる。けど、あたしはそれを避けて鉄格子に掴みかかり、サマンオサ王を思いっきり睨みつけた。
「ふざけるなよ! 魔物に大事な人を殺されて、辛い思いをしている人達の為に闘ってきた父さんの何処が愚かなんだ! 国民を怯えさせて、次々に処刑していくあんたの方がよっぽど愚か者だ!」
 あたしが白熱しているのに対して、サマンオサ王は嘲りの笑みのまま言い返してくる。
「そなたらのしている事も同じぞ。罪も無い魔物を襲い、殺しているではないか」
「同じじゃないッ!」
「同じだ。生ある人間を殺すのと、生ある魔物を殺すこと、何の相違がある? そなたらは、自分たちとは違う異形の者だから、魔物を殺戮してもいいと思っているのではないか? それこそ冗談ではなかろう。ん~?」
 何かおちょくるような口調に、あたしは悔しさでいっぱいになった。
 そんな、そんな事言ったって―――ッ。
 あたしは拳を握り締め、更に言い返してやろうとした時。
「よせ。こいつには何を言っても無駄だ」
「――ッ」
 あたしは一度ロウを見た後、すぐに目をそらしてもう一度サマンオサ王を睨んだ。
「ふッ。せいぜいそこで吼えているがいい。そなたらの処刑は明日、中央広場で盛大に行う」
 サマンオサ王はそう言い残すと、くるりと踵を返した。
「ッ! 待て、サマンオサ王!」
 叫ぶようにサマンオサ王に呼びかけたけれど、サマンオサ王はあたしの方に見向きもせず、甲高い靴音を残して牢屋を後にする。――ッ。
 あたしは鉄格子を握り閉めたまま、歯を食いしばっていた。
 あたしたちのしている事、魔物とそう変わらない……?!
 その言葉に、心が大きく揺らぐ。
「何てことだ。ここの国王、もう魔物と……」
 シエンが呟くと、ロウが口を開く。
「……あの国王、人間じゃねえかも」
「?!」
「へ?」
「どう言う事?」
 あたしたちは、妙な発言をしたロウに注目する。彼は一つ頷いて、
「国王の異常な邪気には気づいてたよな」
 頷く。シエンもマーグも同様だったらしく、首を縦に振った。やっぱりあたしだけが感じた訳じゃなかったんだ。
「国王の周りに何か、特殊な魔法の気配を感じた。――モシャスの様な」
「モシャスって?」
「変化の魔法。自分の身体を、他者とまったく同じ姿に変える事が出来る魔法だ」
「へえ、そんな便利な魔法もあるの。ロウ、使える?」
 シエンが聞くと、ロウは少し考えた後にこう返す。
「まあ、使えねえって訳でもねぇけど」
「やって見せてよ!」
 シエンにせがまれて、ロウは一瞬言葉を詰まらせた後、渋々と言った感じで頷いた。
「そう言うと思った」
 ロウはそう呟いた後、精神集中に入る。
「この身を生成している全てに命ずる――この者の身を我が物に――」
 ぶつぶつと聞き取れないくらい早口で詠唱が流れ、最後にロウは閉じていた眼を開いてシエンを凝視した。
「おっ」
 急に見つめられてびくっとしたのか、シエンは声を上げる。構わず、ロウはその先を続けた。
「複製、モシャス」
 最後の呪文を口にした瞬間、ロウの姿が一瞬不思議な光に包まれた。それから数秒して、目を開けてあたしは、とにかく驚いた。
 シエンが、二人。背の高さも顔の輪郭も服装まで何もかも、瓜二つ。
「ぅお! びっくりした……何処のお兄さんかと思ったら自分じゃないか~」
「雰囲気でどちらがどちらかは解るけれど、ぱっと見ただけじゃわからないわ」
 驚きと感心の入り混じった目で、マーグはシエンと、シエンに変身したロウを見比べた。
「これがモシャスだ。複製した対象の能力も複製する事ができる」
 声もシエンだ。……シエンの声でこんな風に話されると、なんか違和感があるって言うか……。
「能力も複製とはどういうことだ? まさか俺の特技、鍵開けが出来るようになった……とか、言うんじゃねえだろうな?」
 シエンが何故かロウの口調を真似たようにそう言うと、マーグが吹き出した。その様子にシエン……の顔したロウが眉間にしわを寄せて嫌そうな顔をした後、行動を実行する。
 くるりと鉄格子の方を見た後、なにやらごそごそやってこちらを向きつつ、鉄格子を手で軽く押した。すると鉄格子が錆びた、ぎぎぃ……という嫌な音を立てながら、外側に動く……!
「うへ、ほんとに鍵開けたの~?!」
 シエンは一瞬で素に戻り、目を見開いた。ロウはそれに頷く。
「へ、へ~……なんて魔法だよ。これじゃ、僕の立場無いじゃないか」
「俺も、自分を失いそうになる。……だからこの呪文は好きじゃない」
 そう言いながら、ロウは再び精神集中を始める。変身した時と同じような事が起こり、それが収まった時、ロウはいつもの姿に戻っていた。
「やっぱロウくんはそっちの姿の方が断然素敵♪」
 シエンが茶化すように言うと、ロウはそれを手で払うようにして他方を見た。
「今度シエンの格好して、強盗でもしてやろうか」
「ゲッ、悪事はいけないよ~」
 心底慌てたようなシエンの声に、マーグは声を押し殺して笑い続けていた。
 その様子を、黙ったまま遠くから見つめていたあたし。また、何か疎外感みたいなのを感じてしまう。あたし以外、四人で旅してた最初の頃に戻ったみたいだ。
 あたしは……まだ、一緒に騒げそうも無い。
「――とにかく。サマンオサ王からは、今使ったような呪文と同等の気配が感じられた。モシャス、もしくはそれに変わるなにか――。何者かが国王に成り代わっている可能性は極めて高い」
「うん」
 シエンはそれに頷いて、さっきロウが開けた鉄格子に手をかけた。
「まずここを出ようか。見た所、看守は他を見回っていていない様だし……いつまでもぐずぐずしていると、ほんとに処刑されちゃう」
 その発言にあたしたちも同意して、周囲を確認しながら牢屋の外へ出た。
「武器も、取り返さないと。けど、どこにあるのかしらね」
「ああ、武器ならここにあるぜ」
「?!」
 マーグの呟きに答えた声、その、あたしたち以外の声が聞こえて口から心臓が出るかと思うくらいびっくりした。看守……?!
 声の方を見ると、そこに立っていたのは、兵士にしても看守にしても、どう見ても違和感を覚える男だった。
 さらさらな長い金髪に緑色のタレ目、服装はやたら派手な感じ優男。どう見ても遊んでいそうな、そんな感じ。そんな男が、あたしたちの武器を小脇に抱えて立っていた。
「……あなたは?」
 怪訝な顔つきで、マーグが尋ねる。
「オレはファランクス・デリーヌ。母にアリアハンのオルテガの娘ってのが、サマンオサ城につかまったかもしれない、心配だ……ってしつこく言われたから、様子を見に来たんだが。……この様子だと、あんたらがその連中だろ。で、オルテガの娘ってのは?」
「あたしだ」
 聞かれて答えると、そのファランクスとか言う人はじっとあたしを見つめた後、更に覗き込むようにしてあたしの目線の高さまで身体を下げ、こう言った。
「へぇ……こりゃまたずいぶん凛々しい娘だな。名前は?」
「セティオ」
「なるほど。君にぴったりな名前だね」
 は? 何を言われたか理解するまで数秒。……なんか変だ、この人。
「で、なんだ。なんでお前が俺らの武器を持ってる」
 横から割りこむような形で、ロウが口を挟む。それにファランクスは頷いて話し掛け、ロウの顔を見て急に後退った。
「おあぁ、お前は?!」
「あ?」
 いきなりそう言われて、ロウはあからさまに怪訝さを顔に出す。
「久しぶりだな! オレの事覚えてるだろ? ダーマで同期だったじゃん」
「ああ、遊び人」
「ッ、そう言う覚え方はして欲しく無かったな」
「事実だろ」
「相変わらずきっついな~」
「うっせぇ」
「ん、そう言えば何でロウがここにいるんだ? それにその頭のわっか……も、もしかしてまじで賢者になっちまったのか?!」
「わりいか」
「いやいや、お見それ致した。っと、そうだ。武器、返すよ」
 ファランクスはロウに大きなお辞儀をした後、あたしたちの方に向き直って抱えていた武器を差し出してきた。あたしとシエン、ロウの武器の後、マーグの長剣を差し出す。
「それは私の剣よ」
「これが、あなたのですか! うーむ……美しい貴女にはこちらの方がお似合いなのに」
 ファランクスはそう呟きながら、マーグの長剣に何故かハンカチをかぶせた。
「?」
 マーグの表情がますます怪訝に歪む。そうして、ファランクスがハンカチを取った瞬間。剣がこつぜんと消え、代りに真っ赤なばらの花束が出現した。
「まあ……ッ?!」
「さ、この花束をお受け取り下さい」
「そ、それはありがとう。けど、私の剣は」
 剣を消され、今度は不安気な眼差しでマーグが言うと、ファランクスは何故か背中から剣をとりだした。
「はい、こちらに」
 なんだ、この人。
 マーグも同じ事を考えていたらしく、不安気な顔をとうとう不信な眼差しに変えた。ひったくる様に剣をもぎ取った後、マーグはロウに耳打ちする。
「ロウ。なんなのこの人」
「遊び人だ。関わらない方がいい」
 対するロウは声を押さえるどころか、いたって普通に言い放った。
「やーだ、オレ今は魔法使いだぜ。遊び人じゃないって」
 ロウの答えに、ファランクスは非難の眼差しを向ける。けどロウは聞く耳もたず、そう言った感じで方向転換し、あたしたちを促した。
「放っといて行こうぜ」
「あ、待って、待ってって。オレは、サマンオサ王の秘密を握ってる」
「?!」
 ファランクスから離れようと歩き出した時、彼は唐突にそう言い放った。
「今、なんて」
 振り向いて尋ねると、今までのおちゃらけた表情は何処へやら。真顔になり、こちらをじっと見つめている。
「オレ、実は……こないだサマンオサ王の寝室にこっそり忍び込んだ時、気になる物を見つけたんだ」
「忍び込んだって。そんなとこによく忍び込めたねぇ。盗賊やれるんじゃない」
 シエンが何かもの凄く複雑そうな表情で呟いた後、聞き返す。
「で、気になるものって何だい?」
 その問いにファランクスは頷いて、こう言った。
「変化の杖だ」
 なんだ、それ。あたしがそれを顔に出すと、ファランクスはロウの方を見る。
「知ってるか?」
 対するロウはため息混じりに答えた。
「変化の杖とは、手にした者が念じるだけで、イメージした通りの姿に変化することの出来る魔法の杖。……名前通りじゃねえか。ひねりすらねえ」
 さらっと答えたロウに、ファランクスは笑う。
「愚問だったようだな。ははっ」
「つうことは、俺の推測ははずれじゃねえって事か」
「そ。じゃあさ、ラーの鏡って知ってるか?」
 またもロウに話をふるファランクス。ロウはそんな彼を睨むように見た。
「何でいちいち俺にふる。自分で説明しろ」
「だって面倒だし。間違って教えたらまずいし」
「……」
 その答えにロウは、明らかに怒り心頭っぽい様子だった。怒鳴るか、と思ったけれど、ロウは深くため息を付いた後、説明を始める。
「ラーの鏡は、太陽を奉るスー族の宝。真実のみを映し出すという神秘の鏡だ。まあ、それを使えば変化の杖の魔力なんて無に帰るだろうな。だがよ、ラーの鏡は今行方不明になってんじゃねぇの。何者かに持ち出されたとかで」
「そう。でもその軌跡を調べてみたら、それらしき物が安置されている場所に見当が付いた」
「何処だ」
「このサマンオサから南。生と死の狭間を生きる異教徒、シャーマン達の洞窟の中だ」
「……」 
 二人の話を聞いてて、なにか次元の違うような話をしているように聞こえた。
「つ、つまり。結論は何なんだ?」
 あたしが恐る恐る口を開くと、ファランクスは一つ頷いて答えてくれた。
「つまり。そのラーの鏡さえ手に入れられれば、サマンオサ王の真実が解って、この国を救えるかも知れないって事」
 なるほど。そう言ってくれれば理解できる。
「それで、僕たちを呼び止めたのは?」
「手を貸して貰えないか。あのオルテガの娘さんと、ロウと、あなたがた。見たところ、かなり腕が立ちそうだし。……正直、オレ独りであの洞窟に行くのはかなり不安なんだよなぁ。母の為にもオレは、真相を解明したい。この国をなんとかしなければならないし……だから」
 今までになく真面目な口調でファランクス。その目を見て、あたしはすぐに頷いた。
「解った。あたしたちも何とかしたいと思ってたから、手を貸させて貰う」
「ほんと?!」
「うん」
 そこまで言って、あたしはみんなの方を見た。
「……なんて、勢いで言っちゃったけど」
 そう伺いを立てると、マーグとシエンは笑みを浮かべてこくんと頷いた。ロウはそのままの表情で頷く。
「よし。それじゃあ、ラーの鏡を取りに行こう!」
 そんな話が決まった後。
 あたしたちは、まるでこの城の内部を完璧に把握しているんじゃないかと思うほど詳しいファランクスの誘導で地下牢を脱出し、サマンオサの南にあるといわれている洞窟へ向かう事になった。
 真実を映す神秘……ラーの鏡。それを、取りに行く為に。




◆    ◇    ◆    ◇


 ファランクス。サマンオサの地下で出逢った何処か得体の知れない人。へらへらしたかと思えば、急に真面目になる。掴み所のない男だ。
 あたしは、その彼の詳しい自己紹介を聞いて驚いた。彼はサマンオサの勇者、サイモンの息子だと言う。確かに、宿の女将の息子って言うならそうなんだろうけど、でも。……あたし、耳を疑ったよ。まさかこんなに軽くていい加減な人が、勇者の息子だなんて。
 っあ……いや、やめよう。見た目外見だけで考えるのはよくない。あたしだって、まさかこんなのがオルテガの娘、なんて思われてるかも知れないし。人のことを言える立場じゃない。
 
 そのファランクスの案内でサマンオサ南の洞窟へ南下していると、日が暮れてきた。
 今日これ以上進むのは得策じゃないと判断して、あたしたちは野営をすることになった。
 マーグとロウは何か食材を探しに行ったし、シエンは近くにあった川へ水を汲みに行った。残ったあたしとファランクスは、地面をならしたり火を起こしたりしつつ準備を進めていた。
 ……なんであたし、この人と二人で準備しなきゃ行けないんだ?
 いや、じゃんけんで負けたからだけど。
 実はこの人、苦手だ。そう思いつつ火を起こす為に薪を組んでいると、ファランクスが隣に寄ってきた。
「なー、セティオちゃん。聞いてもいい?」
 その、ちゃんって言うのやめてくれないか。そんな思いを視線に込ませつつ、とりあえずファランクスを見る。
「何」
「君とロウって今喧嘩中?」
「ッ!」
 唐突に吐き出されたその質問に驚いて、あたしはせっかく組んだ薪を崩してしまった。そのことに対してむっとしつつ、質問を返してやる。
「何で、そう思うんだ?」
「いや、だってなぁ……お互いに避けあっているみたいだしさ。少し気になって」
 何であんたにそんなこと気にされなきゃいけないんだよ。
「別になんでもない。そんなことよりファランクス、手を動かしてよ」
 はぐらかすような形で言い放つと、彼は軽く息をついた後、反対側に回りこんだ。
「ファスって呼んでよ。それじゃ、今の関係で普通って事?」
 普通……どこら辺が基準の普通なのかは解らないけれど、あたしはあえてこう言っておく。この話題、もう面倒だ。
「じゃ、ファス。あたしたちはあれで普通だ。さ、みんなが戻ってくる前にやっとかなきゃいけなんだから、手を動かして」
 あたしがそう言うと、ファスは眉間にしわを寄せて少し黙る。それから、拗ねたように呟き始めた。
「……なんか冷たいな。マーグさんもなんか冷たいしさー。ロウは論外。唯一普通に接してくれるのはシエンさんだけだよ。しくしく」
 今度は嘘泣きかい。けど、その姿が何か、ちょっと可哀想かな……なんて思ってしまって、思わず話をふってしまった。
「……あのさ。ファスもダーマにいたんでしょ。転職を?」
 あたしってばか。話したくないのに何聞いてんだ。そしたら案の定、ファスは途端に表情を戻して答えてくる。
「ああー、そう。オレも脱遊び人! 真面目に賢者になろうと思ってダーマで修行していたんだけどさ、魔法使いの勉強終了した時点で帰ってきたんだよ」
「なんで?」
「もう面倒だったから」
「……」
 問いに飄々と答えるファス。何だ、このやる気のなさ……身体から力が抜けるのを感じる。あたしの様子にファスは笑い、急に真顔になって話を続けてきた。
「けどあいつ……ロウは、半端じゃなかったなぁ」
「ロウ?」
 ロウの話題が出たことに、あたしはなぜかしっかり耳を傾けた。
「ああ、怖いくらいだったぜ、あいつ。オレが寝る時、奴の部屋の灯りはいつも付いていたし。授業中だっておっそろしい集中力だったし、オレや他の候補生たちなんか、さっぱり理解できない事も平気で質問していたしなぁ。気が付いたら、オレら同期を追い越してどんどん上級の方まで上り詰めててさ。なんだかな。……何でそこまでして賢者になりたかったのか。オレにはちょっと理解できなかった。――けどさ」
そ こで一度言葉を切り、ファスはあたしの顔を見て意味ありげに笑った。
「君に出逢って、何となく解ったかも」
「え? 何で、あたしにあってロウのことが解るんだ?」
「むふふ……な、い、しょ」
「……」
 なんか、調子狂うな……。
 すっかり脱力していると、ファスは上を見上げつつこう言った。
「でも、まさかあんなに喋る奴だとは思わなかったな。ダーマにいた頃は必要以外口にしなくて、話したかと思えば毒舌でさー。おまけにいっつも憂い顔。それが受けてたのか女どもにゃ妙に人気あったみたいだけど、見向きもしないでさ~。勿体ない」
 へ、あんなに意地悪くて無愛想なのに……なんで?
「女の子に人気、あったの? あれで?」
 その言葉があまりにも意外だったので、思わずそんな事を聞いてしまう。ッ、聞いてからはっとする。一体何聞いてんだか。関係ないじゃないか。そんなの。
 ファスはあたしからそんな質問が出た事が意外だったのか、あたしを覗き込んできた。内心慌てて、質問を取り消す。
「な、何でもない。今の聞かなかった事に」
 けどもう遅かったらしく、ファスは話を進めていた。
「そうだなー。頭いい上にあの容姿だろ。悔しいけどオレよりは人気あったんじゃない?」
「嘘だ」
「なんで」
 あたしの反応にファスははっと顔を上げて、こんな事を聞いてきた。
「……ねえ。唐突ですが、誰かとつきあった事ありますか?」
「は?」
 急に何言ってんだ、ファス。
 つきあう……つきあう? どつきあうの? ……んなわけないか。
「なんのつきあいだよ」
「じゃ、じゃあさ、今好きな人っている?」
「んー……父さんと母さんと爺ちゃんと仲間のみんなと――」
 指折り数えつつ言うあたしの答えに、ファスはがくぅっと首を落とした。
 あたし、変なこと言ったか?
 怪訝な顔を向けると、ファスは涙目になって急にあたしの手を取った。
「セティオちゃん。オレとおつきあいしない?」
「はい? だからなんだそれ。……それって、どんな?」
 思わず真剣に尋ねたら、ファスは苦笑混じりに答えた。
「やだなぁ。おつきあいって言ったら、オレとらぶらぶになろってことさ♪」
「らぶら……ああッ?!」
 そこで何となく理解して、あたしは今までそんな事言われた事がなくてひどく困惑した。
「え、え、えっとその、そんな暇無いし」
「暇なんて作ればいっぱいあるって~。ね?」
「いや、ね? と言われても」
 そこですっかり対処できなくなってしどろもどろになっていると、足音が聞こえて来た。みんな帰ったんだッ!
 心底ほっとして、思いきりみんなの方を振り向く。
「お、おかえり!」
 あたしがそのままの体制で言うと、シエンはきょとんとした表情で首を傾げた。
「ん、ただいま。けど……なにしてんの。手なんか握りあっちゃって」
「! えええとこれってそのファスが」
「ああ、オレ今セティオちゃん口説いてたんだ♪」
「ッ」
 あたしが必死で言い訳を口にしようとした時。何のためらいもなく、ファスはそう言いつつにこっと微笑んだ。な、なんなんだよ~っっ。
 意味もなく……いや、意味はあるんだけどとにかくあたしは慌てる。
 そんなあたしの様子に、何か血相を変えたマーグがずかずか向かってきた。何? と思ったら、彼女はファスからあたしを引き剥がして、叫ぶ様に忠告を寄越してくる。
「駄目よセティオ! こんなのに捕まっては駄目!」
 その後、今度はファスをキッと睨んで、
「あなた、こんな旅の最中なのよ? お遊びは自粛して頂戴」
「ぅは、遊びのつもりなんて毛頭ないんだけど」
 そこまで言うと、ファスは笑顔な表情に冷や汗を流した。
 ……肩にあるマーグの手に、ち、力が……こもってるんですけど……ッ。
「解りました。自粛します」
「よろしい」
 すっかり縮こまって愛想笑いを浮かべたファスの応えに頷いた後、マーグはじっとあたしの目を見た。……ぅわ、この威圧感、久しぶり……ッ。
「セティオ。嫌なら嫌だとはっきり断らなければ付きまとわれるのよ。貴女は真面目だから、ああいうタイプには絶対に丸め込まれてしまう。意志をはっきり持って! そうでなければ悲しい思いをするのはあなたなのよ。いいわね?!」
「は、はい!」
 あたしが何度も頷くと、マーグは満足そうに頷いた後、ようやく肩を離してくれた。
「それでは、さっさと支度を終わらせて、夕食にしましょうか」
 その後はいつものマーグに戻って、やりかけだった夕食の支度を始める。そんな彼女の後ろ姿を見ながら、シエンが微妙な表情でぼそりと呟いた。
「……マーグ、過去に何かあったのかね」
「……騙されたんじゃないっすか」
 シエンの呟きに、同じくぼそりとファス。
「……怖くて聞けないよ」
 あたしはさっきの表情を思い出して背筋が寒くなるのを感じつつ、息を吐き出した。
 それからふと、視線をずらす。
 ……。
 あたしたちがこんなやりとりをしている間、ロウは相変わらず輪から外れてひとり、黙々と作業を続けていた。
 最近はずっと、こうだ。あたしとロウが同じ輪に入って話す事ってない。
 今、ロウとは本当に必要な事しか話してない。さっきファスが言ったとおり、あたしたちは避けあっていると思う。
 時間が経つ。それに比例して、あたしたちの和解の機会はどんどん無くなっていく。今ではもう、和解なんてできないんじゃないかと、そんな気さえしていた。




◆    ◇    ◆    ◇


 その翌日。
 あたし達は、目的としていた洞窟に辿り着くことが出来た。
「陰気だな。具合が悪くなりそう」
 洞窟の入り口に立った瞬間、ふるっと肩を震わせるシエン。
「ここは、死と生の狭間に生きる祈祷師達の住処だと言われている。何が起こるか解らないから、十分注意した方がいい」
 ファスは真顔になって、そう忠告してきた。
 素直に頷いて、気を引き締める。……背筋が、ぴりぴりした。
「一応、この洞窟の見取り図はメモってきたんだ。オレについてきてくれ」
 そう言いながら、ファスは鞄からメモの綴りを取り出し、先頭を切って中に足を踏み入れた。あたしたちはそれについて洞窟の中へと進む。
 洞窟の中は、中で水でも流れているのか、湿気に充ちていた。
 そして、奥に進むたび強まる寒さ。今はもう、吐く息が白い程だ。……もっと厚着をしてくればよかったと思うくらい、底冷えしていた。
「外は蒸し暑い位なのに……この気温差は、ちょっと応えるわね」
 肌の露出が多いマーグが呟くのに頷きつつ、あたしは洞窟の内部を見回しながら歩いていた。
 人為的に作られたと思われる、緑色の光彩を放つ証明がてんてんと奥まで続いている。その光のおかげで、松明を持たなくても先に進むことが出来た。
 壁はなにか、赤黒い模様の上に苔が蒸している。その様子は異様で気持ち悪い。思わず目を逸らす。
 更に先に進む。奥は侵入者対策なのか、迷路のように入り組んだ通路、落とし穴、道の真ん中にわざとらしく置かれた宝箱等、罠など多数見受けられた。
 そんな洞窟の中を探索している途中、あたしたちは何度も奇妙な仮面の魔物と遭遇した。仮面だけでなく、その容姿も奇妙……いや、奇妙と言うより不気味。外でも何度か遭遇している……ゾンビマスターたちだ。それが、どこからともなく団体で姿を現したのである。
「青き氷竜の息吹、凍てつく吹雪となりて荒れ狂えッ。ヒャダルコ!」
 ファスの声が洞窟に反響する。と、魔法の気流が渦を巻き、氷の嵐が巻き怒った。その凍てついた空気はゾンビマスター達を包み込み、その身を凍りつかせていく。
「今だッ。砕いちまえ!」
 ファスの声に、あたしたちは凍りついた魔物に攻撃をしかける。渾身の力を込めて剣を当てると、魔物たちはあっけないくらい簡単に崩れ落ちていった。
「へっへっへ~、一丁上がり。どんなもんだよ」
 何か楽しそうに手を払い、後退していたファスがこちらに近づいてくる。
「ただの遊び人だと思ってたけど。やるときはやるんだね~」
 何の悪気も無いような表情でシエン。
「こんなに寒い所で氷の魔法を使う頭は、どうかしているけれど。でも、力は大した物ね」
 マーグはよほどファスが嫌いなのか、棘のある口調でそう言った。
「お二方……誉めるなら素直に誉めて下さいよ。ね、セティオちゃん」
 急に同意を求められて、あたしは答えに困った。とりあえず、こう言っておくことにする。
「は、えっと……そうだね」
「フフッ。やっぱり、持つべきものはセティオちゃんだ」
 あたしの返答に満足したのか、ファスは拗ねかけていた顔を笑わせた。
「……お前、魔力大丈夫かよ。さっきから使いすぎじゃねぇか?」
 と。そこで水を差す様に、ずっと黙っていたロウがそんな事を問いかけた。言われたファスは、きょとんとした目でロウを見る。
「別に平気。それよりさ、ロウこそなんでそんな地味な援護魔法ばっかり使ってる訳?」
 逆に質問されて、ロウはため息を付いた。
「必要だから使ってんだよ。地味とか、そう言う問題じゃねえ」
「ふーん。けどオレさ、お前の攻撃魔法が見たい」
「あ?」
 ロウが怪訝そうな顔を向けると、ファスはニッと笑って、
「オレと勝負しないか? どっちが多く魔物を倒せるか」
 こんな状況なのに何言ってるんだ。……と、思ってしまった。
「だって。さすがに飽きてこないか? 勝負した方が絶対おもしろいって」
 対するロウはというと、深く息を付いてファスから目を逸らした。
「は、つきあってらんねえ」
「あ、もしかしてオレに負けるの、怖い?」
「……あぁ?」
 ファスの言葉にぴくりと反応したロウ。心なしか眉がつり上がった。
 数秒、睨み合うような感じで時間が止まる。
「も、もーう! 何言ってるんだよファスくん。今はそれどころじゃないって。それより、何処まで行けばいいんだろうな。行ける所は大体行ったのに、お宝さんの気配ぜんぜん無いんですけど?」
 場の空気がだんだん悪くなってきたのに反応して、シエンが慌てたように話題を変えてきた。
「は! う~ん、そうだった」
 その問いかけに、ファスは表情を戻して苦笑いしつつ、メモを睨んだ。
「調べじゃ確かに此処あたりなんだけどな~」
「ごめんなさいありませんでした、では困るわよ」
 低い声で、マーグが呟きながら腕を組んだ。
「うへぇ……参ったね」
 それを聞いてファスは頭をかきつつ、必死で来た道とメモを見比べた。その一連の動作で見かねたのか。ロウは、ファスからメモを奪った。
「あ」
「貸せ」
 それから暫く目を通した後、メモを指差す。
「こっからこう来たんだろ」
「ああ、多分そう」
「じゃあ、こっちの方は何だ。途切れてるみてえだけど」
「あっ。そこから先は調べてなかったっけ!」
「はぁ?」
「いや、ブレナンさんの葬式に出なきゃ行けなくてさ……途中になってたの忘れてた」
「もう、とことんいい加減ね……」
 マーグはため息をつきつつ、頭を抱える。
「お前な。俺とどうとか言うのは、こういう所ちゃんとやってからにしろ」
 ロウは呆れの混じった声で言いながら、ファスにメモを返した。メモを受け取ったファスは軽い笑い声をあげながら頭を下げた。
「や、ほんとごめんなさい」
 ご、ごめんなさいといわれても。この、先どうするんだ? そんな意を込めた眼差しでファスを見ると、彼はすまなそうに苦笑する。……仕方ないな。
「とりあえず、進もう。此処でこうしてたって見つかる訳じゃないんだ」
「そうだね。何時また、魔物が来るか解ったもんじゃないし」
 同意しあって、あたしたちはまた進む。

 そして……どれくらい歩いたんだろう。
 疲れがたまって来てて、注意力が散漫になってきた頃か。道の中央に置いてあった不振な宝箱をよけようと、何気なく壁際に寄った時だった。足下に何か、違和感を覚えた。
「……?」
 足元を見た、その次の瞬間。あたしの身体がぐらりと傾き、足場がふっと無くなった。
 途切れた注意力。洞窟の罠はそれを見落としはしなかったみたいだ。
「う、うわぁ!」
 何かにつかまる余裕も無かった。
「へ、セティ?!」
「セティオ!?」
 皆の驚いた声。その後、あたしの視界は高速で移動し、闇に包まれた。
 次に襲ってくるのは落ちる衝撃、音、冷たい――?!
 どうやらあたしは水の中に落ちたらしい。……地面じゃなくてよかった……って、それどころじゃない! どうしよ、溺れる――ッ!
 あたしは、暗闇の中を必死でもがいた。身体に、冷たい水が刺さるような痛みを感じる。装備のせいで思うように動くことが出来ないし、だんだん、腕がしびれてくる。息も、続かない。
 ……駄目……かも。
 意識が離れるそんな瞬間、あたしは何か、頬に暖かい物を感じた気がした。




◆    ◇    ◆    ◇


 水の中にいると浮遊感を感じるはずなのに、体がやけに重く感じる。
「――ティオ、セティオ」
「う……」
 呼ばれているような気がして、返事をしようとしたら呻き声が漏れた。すると、声はもっと大きくなる。
「おい、セティオ!」
 ッ! 錯覚じゃない。しだいに意識がはっきりしてくる。
 あたしは何とか、重い瞼を持ち上げた。
 生き、てる……水の中じゃない。
 目蓋を何度か上下させると、何かでぼやけていた視界がはっきりしてくる。
「……」
 完全に目を開けた時、あたしは息をのんだ。なんで……?!
 あたしの目の前にいたのは、全身びしょ濡れのロウだったからだ。肩で息をしながら、張り詰めた表情であたしを見つめている。顔の上を、透明な雫が滴って行く。
 そんな状態のロウを見て、なぜか鼓動が早くなる。間近で見たロウが、洞窟の微妙な光彩と、影と、水とで――
『女どもにゃ妙に人気あったんだけど』
 なぜか、そんなファスの言葉が頭に甦ってきた。
『頭いい上に憂いある雰囲気、そしてあの容姿じゃん』
 頭がいいのは知ってるけど、憂い? 容姿って?
 目の前にいるロウは黒髪で、深い黒のきつい眼で、魔法を駆使する指はあたしなんかより長い。上から下まで、じーっとロウを見て、ますます鼓動が早まる。
 へ、変、あたし……ッ。何でロウの観察なんか……ッ?!
 急に顔が熱くなるのを感じる。
「……おい?」
「はッ」
 問いかけられてうわずった妙な声が出た。あたしがはっきり気が付いたのを確認した途端、ロウは急に力の抜けたような表情になってその場に座り込んだ。
「ったく、吃驚させんな……」
「あ、……」
 素直に、助けてもらった礼を言おうとして、ためらった。
 あたしは”また”ロウに助けられたのか。ロウに。
 記憶をたどる。あたしは、急になくなった足場から下に落下して、水の中に落ちた。とするとロウは、あたしがどじってはまった落とし穴から降りてきたってことか?
 ッ、何で自分の身も省みないで、あたしを助けるんだよ。そう思うと、素直さはどこかに消えた。さっきの変な感情も消える。
「た……助けてくれてありがとう。けど、あたしは独りでも何とかできた。いちいちあたしなんかに構わなくていい」
 心にも無い言葉が、口から漏れた。自分でなんて、出来なかったくせに。
 それに対して、ロウは小さく嘆息した後こう言った。
「そうか、悪かったな」
「……ッ」
 ロウは冷静に対処してくる。当然の反応だと思う。けど、このイライラはなんだろう。
 ああ、嫌だ。
 雫が滴ってくる邪魔な髪の毛を払って、目をそらして、立ちあがる。
「みんなと合流しないと」
「待て、そのまま行くな」
 呼び止められて、振り向いて、でも目は見ないで呟いた。
「……何か悪いか」
「濡れたままでいるつもりか。少し乾かした方が」
「別にいい」
「いい訳ねえだろ」
「いいって言ってるだろ?!」
「意地になってんじゃねえ!」
 とうとう、怒鳴られた。その声にびくりと肩を竦ませる。ロウは、あ、と口の中で呟いた後、何とも言えない気まずそうな表情を浮かべる。
 ……駄目だ。これ以上ロウと二人でいたらあたし……苦しくてどうにかなってしまいそうだ。
「ぃ、意地になんかなってないッ! そんな事より早くみんなと合流しなきゃいけないだろ」
 言いながらロウに背を向け、歩き出そうとしたら。
「待て、待てセティオ!」
 ぐっと身体が引っ張られる。ロウはあたしの腕をつかんで引き留めた。
「ッ、離せよ!」
 ロウの腕を振りほどこうと、腕に力を入れた時。逆に、もっと強く腕を捕まれた。その力が今までに無く強いもので、あたしは戸惑いを隠せなかった。
「ロウ……?」
「俺の事嫌いでいいッ。けど、頼むから」
 そんな風に言われて、あたしは驚いてロウの顔を見る。
 ロウはあたしから逃げる意志がなくなったという事を感じ取ってくれたのか、強張っていた表情を少し崩して、手の力を緩めた。
「息が白くなる寒さだ。そんな格好で彷徨いて見ろ。お互い、風邪だけじゃすまなくなる」
「……」
 もっともだと、思う。あたしの手足、冷え切っててほとんど感覚が無い……。おまけに、水を吸った装備や荷物は、あたしの身体にのしかかるような重さを与えてくる。
 ……。
 今度はもう、頷くしかなかった……。
「……解った。言うとおりにする。その、だから……手、離してくれないか」
 身体全部が冷えて寒いのに、捕まれた所だけが、熱い。その熱のせいか、胸……苦しい。
 あたしの言葉にロウは、するりとその手を下ろした。手を離す一連の動作に、意味もなく目を奪われる。
 ロウの手が放れた途端、熱さがすっと引く。変などきどきは残ったままだったけど……。
 なんか、ロウの顔が見られない。
「……セティオ?」
 呼びかけられても、あたしは顔を上げられなかった。変だ、変すぎる。
 あたしの様子にロウはどんな表情をしていたか解らないけど、嘆息混じりの声で話を進めた。
「とにかく。服乾かそう。幸い、この辺に魔物の気配は感じられねえし……」
 そう言った後、少し集中する。と、その手のひらの上に小さな炎が生まれた。多分、メラを唱えたんだと解る。ロウはその炎をすっ……と手のひらから下ろすと、地面すれすれで止まった。そして、小さかった炎がふわっと大きくなる。
 あたしたちの周囲は、その炎のおかげで暖かい光に包まれた。ロウは炎の側に腰を下ろす。そして荷物を下ろしながら、あたしを見た。
「座れよ」
 ……。一瞬躊躇したけど、立ったままでいたって疲れるだけだ。だから、その場にそっと腰を下ろした。
 その後は特に、会話もない。奇妙な沈黙が続く。
 そんな時、気が付く。前のロウって、実は結構口数が多かったんだな、と。いちいち文句を言わなくなったせいなのか、今のロウはそんなに喋らない。
 ちらっとロウの方を見る。ロウはやっぱり、黙ったまま目を閉じてた。
 けして優しい訳じゃない。言葉も仕草も乱暴な感じ。人をばかにもする。自己中心。短気。再会してからはそうでもないんだけど……でも、たまにみせるこの気遣いは変わらない。一体、何なんだろう。
 何か、こんな事を考えている自分がとても不思議だった。こんな風にロウの事を考えた事って、無い。
 炎から伝わってくる熱さにぼーっとしながら、しばらくロウを見つめてた。
 ……と。不意に、ロウが目を開けた。逸らす間もなく目が合う。
「……ん?」
 目が合うと、ロウはあたしに疑問符をよこしてきた。
「っあ、んと……」
 応える言葉が見つからなくてうろたえてしまう。そんなあたしに、ロウは少しだけ表情を崩して息を付いた後、急にこんな事を話し始めた。
「シエンに聞いたんだけど。お前、俺のせいで呪文、使えなくなってたんだってな」
「っ」
 そう言われて、あたしは更にうろたえる。構わず、ロウは独り言の様に言葉を口に出した。
「俺、焦ってたんだよ。……お前が、どんどん成長して行くから。なのに俺は進歩ねえし。置いてかれたくなくて、ずっと必死で――けど、いくら必死になっても結果がついてこない。お前がベギラマを成功させたあの時、もう自信喪失もいい所だった。あの時の言葉は……シエンの言った通り、八つ当たりだった」
 ロウはそこで一呼吸置いて、俯く。
「お前らから離れて冷静になれて、後悔した。すっげえ後悔した。シエンの話を聞いてから、もっと……」
 ロウはたまらない、そう言った感じで、片手で頭を支える。
「お前を、深く傷つけた。……取り返しつかねえ事言った。俺は……ッ」
 胸の奥がじりじり痛んでいるのを感じた。
 これは、ロウの、本音……なのか?
 こんな風に話すロウを、あたしは知らない。
「ロウ……?」
 思わず、名前を呼んだ。
 目が合う。その目には、前まで感じてた強気な光なんて、なかった。
 揺れる、不安定な瞳孔。
 あたしの中のロウはいつも怒ってて、意地悪で、見下してて、印象に残っているのは冷たい目で――

 こんなロウ、知らない。

「俺を許せねえんだろ」
 問われて、答えられなかった。答えられないでいると、ロウはその目を伏せて続ける。
「自分のした事を思えば、当然だ。解ってる。けど……お前に無視されんのは、辛い」
 辛い?
 ロウが?
 ……ロウは、そこで言葉を切った。
 あたしは、凄い動悸に襲われていた。
 い、言わなきゃ……なにか言わなきゃ――ッ。けど、何を――何を言えばいいんだ?
「あたし、あたしは……」
 深呼吸する。
 言いたい事を頭の中で整理して、思いを、外に。
「ロウにああ言われて、目の前が真っ暗になった。頭は真っ白だった。なにも考えられなかった。けど、すごく考えた。……ロウを追い詰めたのは、あたし。あたしが魔法なんか使えなかったら、ロウがあんな思いをする事は無かったんだよね。……ごめん」
「ッ、お前は!」
 あたしが謝ったら、ロウは立ちあがって声を上げた。思わず、条件反射のように肩を竦めてしまう。するとロウは眉間にしわを寄せたまま目を逸らしかけて、でもすぐに視線をあたしに合わせてきた。
「お前は何も悪くねぇ! 何も悪くねえんだよ――ッ」
「ッ」
「謝る必要なんて、ねえんだよ……」
 声の、最後のほうが何か、掠れた。その様子に、目を見開く。
 ロウにまっすぐ見つめられて、あたしは奥のほうから何かがこみ上げてくるのを感じていた。
 あたしは……何も、悪くないから、謝る必要なんて、ない。
 ロウの言葉が、頭の中で繰り返された。
「あたし、あやまら……なくて、いいのか……?」
 尋ねると、ロウはあたしの正面に移動して、目線の高さをそろえてきた。
「謝んのは、俺だ。……悪かった、セティオ」
「――」
 素直に、ロウの口からそんな言葉が出るなんて。びっくりして、反応が返せなかった。
「謝ってすむ訳じゃないのは知ってる。でも、悪かった」
「ロウ」
 あたしが名前を呟くと、ロウは腕をあたしの方に伸ばした。
 その指先が、あたしの手にそっと触れる。
「セティオ」
 名前を呼ばれる。びっくりして、あっけにとられていたあたしは、じっとロウを見つめる事しか出来なかった。
 あたし、あたし……ッ。
 動揺で震えていると。
「あ、いた! おーい、大丈夫か?!」
「!」
 ファスの声が聞こえて、あたしは慌ててロウと距離を取った。それから声の方を見ると、シエンとマーグとファスが、奥の通路から駆けてくるのが見えた。
「光が見えたからもしかしてと思ったんだけど、よかった~。無事だったんだね!」
 シエンが息を切らせながら、あたしたちの無事を確認して安堵の微笑みを浮かべた。
「心配したのよ。すぐ助けに行きたかったのだけれど、魔物たちがなかなか行かせてくれなくて」
「っと、その……ごめんなさい」
 あたしは素直に謝った後、黙った。
「……?」
 あたしの様子に、マーグが首を傾げる。
「ロウもだぞ。ほんと、無茶する。自分の守備力めいっぱい上げて穴に飛び込むんだもん。吃驚したぞ」
「……あぁ、悪い。つい」
 ロウはそれだけ言うと、同じく黙った。
「?」
 シエンも首を傾げ、それからマーグと顔を見合わせる。何か聞きたそうだったけど、二人は結局そのまま黙った。
「まぁまぁ、無事だったんだからいいじゃん。それに実は! 来る途中に目的物も見つけたしな」
 そう言いながらファスが取り出したのは、不思議な細工の施された丸い鏡だった。その鏡を見て、ロウが反応する。
「それ」
「そ。ラーの鏡さ。丁度この隣の部屋にあったんだよ。これで、サマンオサを救えるかもしれない」
 ファスはにやりと微笑んだ後、希望に満ちた顔で鏡を眺めた。
 それから、少しの間。
「浸ってるとこ悪いけどさ。そろそろこの洞窟を出ようよ?」
 シエンが口を開く。感慨に耽っていたファスは、それを受けてようやく顔を上げた。
「そうだね。何も此処で浸らなくていいんだ。リレミトで離脱しようか」
「リレミト?」
 マーグが聞き返す。
「空間離脱の呪文。それじゃロウ、頼むよ。……ロウ?」
 ファスがロウに話し掛けたけれど。ロウは何かぼんやりした表情のまま、しばらく反応を返さなかった。
「……お~い?」
「あ?」
「だから、……オレ、魔力切れちゃったからリレミト頼むって」
「……。ああ、解った」
 ロウはファスへ素直に返事を返し、そのまま集中を始めた。

 こうして、無事にラーの鏡を手に入れられたあたしたち。
 これで、サマンオサを救えるかも知れない。そんな希望に、胸がどきどきする。……ばずだった。いつもなら。
 でも、今は。
 さっきのロウの言葉と表情が、何度も頭の中で繰り返されていた。繰り返す度、身体に残っていたあの時のロウの、言葉の針の痛みが楽になってく。
 それと一緒に、不思議な違和感が生まれる。息苦しいような、とにかく不思議な違和感。
 洞窟を出た後もしばらく、あたしの胸の中はその違和感でいっぱいだった。




◆    ◇    ◆    ◇


「さあ、こっちだ!」
 声を潜めたファスが、あたしたちを呼ぶ。あたしはそれに越えなく返事を返して、後ろのみんなに目配せした。それから、ファスがいる城壁まで一気に走る。そこで一度、周囲を確認する。大丈夫、見張りには気づかれてない。ほっと、息を付く。
 あたしたちがファスの側まで来ると、彼は緊張した顔のまま頷き、後ろにあったドアに手を掛けた。
「次はこの裏口から中に侵入する。はぐれないように気をつけて」
「解った」
 頷いて、あたしたちはファスに続く。
「……わくわくするのは僕だけだろうか」
「急に何を言っているのよ」
 唐突に呟いたシエンの様子につっこむマーグ。シエンは笑みがこぼれるのを堪えているのか、肩をふるわせつつ、更に呟いた。
「血が騒ぐ……盗賊の血が……城に忍び込むなんて何年ぶりだろうふふふっ」
 ……。
「もう…困ったものね」
 呆れ口調で呟くマーグ。
「本来ならば、こんな事はしたくないのだけれど」
「正面から行っても、また捕まってしまうだけだぞ。仕方ないと思ってあきらめてくれ」
 マーグの呟きに返したのはファスだ。
「わかっているわ」
 ファスの言葉に、マーグはそれだけ返して前を見た。
「それじゃあ、先に進むぞ」
 それに頷き、あたし達は息を潜めながらファスに続く。

 今あたしたちはサマンオサ城内部にいる。
 時間は深夜。国民や城の者たちのほとんどは眠りについている時刻。
 見まわりの兵士たちの目を掻い潜りつつ、サマンオサ王のいる寝室へと向かっていた。もちろん、あの洞窟で手に入れたラーの鏡を使い、疑惑のサマンオサ王の真実を知るためだ。
「この向こうだ」
 城の屋上から入りこみ、テラスを回って辿り着いた場所。そこで、ファスが足を止めた。
 大きな窓。半開きになっていたカーテンの隙間から、巨大なベッドの置かれた寝室が見えた。
「サマンオサ王はこの部屋にいる」
 言いながら、窓に手をかけるファス。そんなファスに、マーグが慌てて静止の声をかけた。
「待って。いきなり入るのはまずいのではないかしら。見張りがいたら」
 それに対し、ファスは振り返って首を横に振った。
「見張りはいない。サマンオサ王は自分の部屋には見張りをつけないで、いつもひとりでお休みになるそうだ。この間来た時も、王様は俺に気づかず安らかに寝ておられたよ」
「なんて無用心なのかしら」
 その話を聞いて、額を押さえるマーグ。あたしも目の前がくらっと来た。
「襲ってくださいって言ってるようなもんだね。一国の主だと言うのに」
 似たような口調でシエン。それに頷きつつ、笑うファス。
「オレもそう思うよ。まぁ、そのおかげでこうやって忍び込む事が出きるんだけどね。窓明けるよ」
 ファスはそういいながら、音を立てない様慎重に窓を開いた。そして手馴れた感じで中にはいりこみ、あたしたちを手招きする。
「さ、来て」
「うん」
 あたしたちはファスの言う通りに中にはいりこむ。……。
 中に入って、びっくりした。こんな寝室見たこと無い。見事な刺繍の毛織絨毯に、天蓋付きの大きなベッド。家具調度品から何から豪華絢爛。王族の寝所とあたしみたいな一般人の寝所じゃ、比べものにならない事は解ってるけど…この差はあんまりだ。
 この部屋の様子に、ファスが明かに怒気を含んだ声で呟く。
「こんな事、さっさと終わらせてしまおう」
 あたし達の方を振り向いてそう言ったファスは、今までで一番真剣な顔だった。それこそ、今までの軽い様子なんて幻だったんじゃないかと思うくらい。
 そんなファスに頷くと、彼も頷き返してくる。それから、サマンオサ王のベッドに近寄った。
 サマンオサ王本人は、と言うと。
 ベッドの天蓋から吊されているカーテンの奥で、ぐっすりと眠りこけていた。構わず、ファスは勢いよくカーテンを開けた。その音に、サマンオサ王は呻きつつ目を覚ます。
「む……う、誰じゃ……?」
「オハヨウゴザイマ~ス、王様」
 顔を上げたサマンオサ王に、わざとらしくにっこり微笑むファス。
「なっ、貴様らは?!」
 サマンオサ王は、あたしたちの顔を見てはっと起きあがり、距離を取った。
「馬鹿どもめ! 捕まるために戻ってきおったのか? 者ども、侵入者ぞ!」
 サマンオサ王は外卑た笑いを浮かべつつ、兵士を呼んだ。その直後、けたたましい靴の音と、兵士の怒鳴り声が近づいてくる。
「陛下、何事ですか!」
 まずい…ッ! そう思ったとき、シエンが入り口のほうに向かって駆けた。
「シエン?!」
「兵士達は僕が食い止めておくからッ! その間に早く!」
 言いながら、なだれ込むように入ってくる兵士達を押しとどめた。その様子を見てマーグも続く。
「一人では無理だわ! 私も手伝う。セティオ、そちらは任せたわ!」
「わかった!」
 改めてサマンオサ王を見る。兵士達がシエンとマーグによって次々に片付けられていくのを目の当たりにし、終始にやけていたサマンオサ王は顔を引きつらせた。
「く……ッ! 役に立たぬ者どもよ。貴様ら、こんな夜分に儂の部屋に入り込み、ただで済むと思うてか?!」
 すごまれたけど、ファスはひるまない。完璧にその言葉を無視して話を進めた。
「さーて? それより王様。これが何だかおわかりでしょうか」
「むッ?! そ、それは――ッ」
 ファスが荷物からラーの鏡を取り出した瞬間、サマンオサ王の顔色が変わった。
「実は、今日はこれをプレゼントさせていただこうと思いまして。さあ、真の姿を見せてもらおうか、偽国王陛下ッ!」
 ファスが、ラーの鏡をサマンオサ王に向けた時。鏡が強い光を放ち、その光はサマンオサ王を包み込んだ。
「グ、ググ、グォオオオォオオ――!?」
 咆哮にも似た声が響き、次の瞬間。ラーの鏡が、甲高い音を立てて砕けた。そしてあたしたちの目の前に現れたのは……少なくとも、人ではなかった。
 緑色の肌、大きく盛り上がった筋肉質の体、とがった長い耳、鋭い牙を覗かせた大きな口。どれをとっても人間とはかけ離れた姿の魔物が、ぜぇぜぇと荒い呼吸をついていた。
【おのれ……ラーの鏡とは――ッ!】
 その喉から漏れたのは、低くくぐもった不快な声。ファスが顔をしかめる。
「やっぱ魔物だったか」
 ロウは呟くように言いながら、戦闘体制を整えた。あたしも背中の鞘から抜刀し、いつでも戦えるよう構える。
「貴様、何者だ。本物の国王陛下はどこへやった?!」
 ファスに問われ、変化した魔物は呼吸を鎮めた後笑みを浮かべた。
【ワシの名はボストロール。バラモス様に仕える闇の配下。本物のサマンオサ王は地下牢に幽閉しておるわ。忌々しい事に、殺してしまえば変化が出来なくなってしまうのでな】
「貴様のせいでどれだけオレ達が……サマンオサ国民が嘆いたか! 苦しんできたか!」
【その嘆きと苦しみは、わが主の糧、喜び。ククク……さあ、貴様らも嘆き、苦しみ、わが主の糧となれ!】
 言い終わるのと同時に、ボストロールは戦闘態勢に入った。
「サマンオサ国民にしてきたことの代償、払ってもらう! 行くぞ、セティオちゃん、ロウ!」
「ああ!」
 あたしとロウはファスの言葉に同意して、ボストロールを倒すべく戦闘を開始した。


 ボストロールの強靭な肉体はしぶとく、その巨体から振り下ろされる棍棒の威力もまたすさまじいものがあった。
 攻撃を避けつつ、ロウとファスの援護を受けながら、あたしが剣で切りつける。そのパターンで戦闘を進める。けど時間がたつにつれて、剣だけではどうしようもなくなってきていた。
 あまりに強靭な守りに、あたしはいったん後退して息を整える。
【グハハハッ! 貴様ら、もう終わりなのか!?】
 挑発めいたその言葉に、ファスはキッとボストロールを睨みつけた。
「こうなったらオレの魔法で……!」
 ファスは叫び、前進して攻撃魔法の詠唱を始める。
「青き氷竜の息吹、凍てつく吹雪となりて荒れ狂えッ! ヒャダルコォ!」
 途端に周囲が、冷気に包まれる。
【くく……そのような冷気など】
 ボストロールが大きく口を開く。そして吐き出された、ものすごい気圧の息! その気圧にかかってファスの放ったヒャダルコは、ボストロールに突き刺さる前に砕け散ってしまった。
【それだけか。んー?】
「くそ、オレの魔法じゃ効かないのか!」
 悔しそうにファスが叫ぶ。と、ロウがその肩を叩いた。
「そろそろ終わらせてやるぜ」
 ロウはそう言った後、軽く腕を上げた。
「――炎の精霊に請う、その腕に宿る紅蓮の業火を我に貸せ」
 ふぅ……と、ロウから表情が消える。それと一緒に膨れ上がったのは、熱い気流。気流はロウを包み込み、差し出された手にどんどん集まっていく。
「……ッ、まじですか。オレと桁違い過ぎだってッ。これがロウの、賢者の力――!?」
 ファスが、生唾を飲み込んだ。あたしは、動けなかった。ロウの編み出す魔法の気流に押しつぶされそうだ――ッ。
 ボストロールですら、その気流には表情を凍りつかせた。その気流がロウの手に集まりきったとき、炎が生まれる。瞬間、ロウは目を開いた。燃え上がる炎と一緒に、両手をボストロールに向けて突き出す。
「燃やし尽くせ、メラミ!」
 放たれた解放の言葉。メラの数倍は大きな炎の弾が、軌跡を残してボストロールに直撃する!
【オ、オオォオオ――!】
 ボストロールに直撃した炎は、一気に全身を包んだ。
「今だ」
 発生する悪臭に耐えながら、ロウの言葉に後押しされて剣を構えた。
「くっ……今しかない! 行けセティオちゃん、バイキルトッ!」
 ファスにかけられた、攻撃力倍増の補助魔法。みるみるうちに力があふれてくる。
「ああ!」
 二人に返事を返して、柄を握りなおした。
「ボストロール、覚悟しろ!」
【ウグゥッ、こんな炎で……舐めるでない!】
 炎に包まれたまま、ボストロールはその手に握られていた棍棒を振りかざしてきた。あたしはすんでの所でそれを避けて飛び上がる。
【馬鹿な!】
「でりゃあああ――!」
 あたしは掛け声と共に上段から、一気に剣を振り下ろした。肉の裂ける確かな手ごたえを感じながら、ボストロールに渾身の力を込めた一撃を与える。
【――――ッ!】
 それを受けたボストロールは目を見開いた後、断末魔を上げることすらなくそのまま崩れ落ちた。
 訪れる、数秒の沈黙。
「やっと、終わったか……?」
「終わった……」
 ファスが、呟いた。それを聞いて、あたしはもう一度ボストロールが動かなくなったことを確認し、ようやく剣を下ろす。下ろして、ふらついた。慌てて剣で身体を支える。剣を支えにしていないと倒れそう。それくらい、体力の消耗が激しかった。
「セティオ」
 と、呼ばれて、振り向いた。あたしの前には、ロウ。
「ん……」
「じっとしてろ」
 そう言いつつ、ロウは目を閉じる。直感的に回復魔法だと感じ、あたしは黙ってじっとする。案の定、ロウは早口で詠唱を始めた。
「――癒しの光を。ベホイミ」
 ロウから紡がれた癒しの魔法。かざされた手のひらから伝わってくる、暖かくて優しい光。その光に包まれると、痛みや疲労が軽くなっていくのがわかる。光が消える頃には、だいたい疲れもふっとんだ。
 魔法が終わると、ロウは手を引っ込めて少し離れた。
「後は大丈夫か」
 聞かれて、あたしはうなずく。一連のやり取りを見て、ファスが苦笑した。
「回復魔法使えるのってこういう時いいよな。こんな事だったら僧侶の魔法の授業、ちゃんと受ければよかった。そうすりゃ、オレがセティオちゃんを回復させてあげられたのにー」
 ぶつぶつとファスが呟く。
「もう一度ダーマに行って修行し直したらいいじゃないか?」
 あたしが微笑交じりに言うと、ファスは苦笑した。
「それもいいかもなぁ。正直、差を見せ付けられてプライドズタズタだし。サマンオサ苦しめてた元凶も倒したし……な」
 言いながら、ファスはボストロールの死骸を見た。
「そういや親父の事、聞きそびれちまったな――」
 ぼそりと呟いたそれに何もいえないまま、あたしもボストロールを見る。ボストロールからは、まだ炎が燻っていた。
【……ウグ……グ……ッ!】
「――え?!」
 あたし達は咄嗟に身構えた。ボストロールが息を吹き返した……?! いや、とどめをさしきれてなかったのか!?
「まだ生きてやがったのか」
「く、今度こそ息の根を止めるッ!」
 あたしはもう一度、とどめを刺すべく剣を振り上げる――と、そこでふいに肩を叩かれた。振り向くと、決意めいた表情のファスがあたしを見て首を振った。
「……ファス?」
「丁度いい。親父の事を聞かなきゃな。とどめもオレが。セティオちゃん、剣を貸してくれるか」
 問われたので頷いた。とどめは、ファスが刺すべきだ。あたしは素直に、握っていた剣をファスに差し出す。
「ありがとう」
 ファスはあたしから剣を受け取った後、ボストロールの喉元にそれを突きつけた。
「オレの父は何故失踪した?」
 対するボストロールは微動だにせず、ファスの質問に対して嘲りの笑みを浮かべる。
【父? ――そうか貴様、あやつの息子か。あやつはバラモス様に楯突こうとした。だから始末したまでの事】
「始末だと?! ではやはり失踪ではなく、貴様が父を殺したのか――ッ!」
【結果的にはそうじゃな。手足を砕いた後、遙か西の牢獄に幽閉した。あそこは天然の地獄。くく……もはや、生きてはおるまい】
「――ッ」
 ファスはかっと目を見開いた。同時に、腕に力を込める。
「貴様……ッ、くたばれッ!」
 彼の手に握られたあたしの剣は、吸い込まれるようにボストロールへ突き刺さった。
【グ――ッ】
 ボストロールは一声呻いた後、その身をのけぞらせた。剣が勢いよく抜かれた場所からは鮮血が吹き出す。その返り血を真っ正面から浴びたファスは、憎悪のこもった壮絶な目でボストロールを見据えたまま、微動だにしなかった。
 致命傷を負ったボストロールはびくびくと痙攣した後、今度こそ完全に動かなくなった。それを見届け、ファスはようやく息をつく。
「親父……とりあえず、敵は討っておいたからな」
 そう小さくつぶやいた後、あたしたちを見る。
「ありがとう。君らのおかげで、悪政の限りを尽くしていたボストロールを討伐することができた。サマンオサは変われる。元の、平和だった頃の国に」
「ファス」
 呼ぶとファスは微笑して、手に握っていたあたしの剣を見た。
「すまん。汚しちまったな」
「いいよ。そんなの、洗えば取れるから」
 あたしは苦笑交じりに言いながら、ファスから剣を受け取る。
「行こう。シエンとマーグも心配だ」

 王になりすましていたボストロールが討伐された事は、あっという間に国中へ広まっていった。同時に、地下牢へ幽閉されていた本物の国王陛下が無事救出された事も。
 それが伝わりきる頃には、国中喚起に満ち溢れていた。




◆    ◇    ◆    ◇


 そして次の日の夜、あたしたちは国を救った英雄として、サマンオサ城の宴に招かれた。
 その宴の途中あたしは一人、輪を外れてテラスで涼んでいた。
 ……考え事が、あったから。国が平和になったのは嬉しい事だけど、その考え事のせいで宴を楽しむどころじゃなくなってた。
 あの時の、ファスの目を思い出す。
 憎悪とか、いろんな感情で壮絶な色をした目。
 復讐――敵討ちっていうのは、ああ言う事……なんだ。
 もしかして、あたしもあんな目をしているのか?
 もしくはバラモスを前にした時、あんな目をするのかな。
 あたしの旅。バラモス討伐。――根元は、敵討ちの旅だ。だけど敵討ちって、どういうことか解ってなかったかも知れない。ただ、倒すだけでいいんだろうか。
 ファスを見て、そんな疑問が浮かんだ。
「セティオ」
 と、声を掛けられた。振り向く。そしたら、ロウが後ろに立ってた。
「いかねえの。ファランクスの野郎、お前を捜してたぜ」
「ん。ちょっとね」
 あたしはそれだけ答えてすぐ、視線を戻す。
「……何か悩んでんだろ」
 少し置いたら急に言われて、あたしは少し戸惑った。
「っ、何でそう思う?」
「なんとなくな」
 ……。
「変な事訊くようだけど――敵討ちって、どう思う」
 何か意見が欲しくて、思わず訊いた。ロウは一瞬考えた後、こう答えてきた。
「馬鹿な行為だな。敵を倒した後には何が残る」
「……」
 その言葉に唖然としていると、ロウはあたしから視線を外し、空を見た。
「けどな。それぞれ考えがあんだろ。お前は、自分が信じてる事を追っかければいい。たとえ敵討ちでも、自分が納得できればそれでいいんじゃねえの」
「あたし自信が……納得、できれば?」
「要は、後で後悔はすんなッて事だ」
 後悔するな、か。なにか、説得力があった。
「……うん。うん、そうだね! 聞いてくれてありがとう」
 あたしが自然に礼を言うと、ロウは驚いたような顔であたしを見た後、笑った。
 安心した、そんな表情で。
 ……。
 ロウの、こんな明るい表情を見たのは…すごく久しぶりだった。それが何か――すごく嬉しくて、あたしの顔は自然に綻んだ。
 見つめ合うような格好になって、――途端に、あたしの中に例の違和感がぶり返してきた。
せっかく収まったと思ったのに……!
 胸の鼓動に対処できなくておろおろしてると、ロウが訝しむような顔をした。
「おい……どうした?」
 話し掛けられて顔がぼっと熱くなった。ど、どうしよ…ッ。更にうろたえかけた時。
「あ、セティオちゃん! こんなとこにいたのか~。探しちゃったよ。駄目じゃん! 主役がいきなり消えちゃ~」
 救いの手! ファスでも救いの手! あたしは慌てて声の方を振り向いた。
「ごめん! 暑かったから涼んでたんだ」
「そうだったんだ……とと? おあ、ロウも一緒だったの」
 ファスは今頃ロウに気がついたらしく、妙なオーバーアクションを取る。
「いちゃ悪ぃか」
 ロウはそのオーバーアクションが気に食わなかったのか、さっきとは打って変わったトーンの口調でファスにそう返す。けど、ファスは気にしてないみたいだった。妙な笑みを浮かべて、首を振る。
「いや別に。けどロウはどうしてここに?」
 聞かれてロウは、一瞬答えに詰まったように見えた。
「騒がしいのは好きじゃねぇ。輪から外れてきたらこいつがいたんだよ。それだけだ」
「へー」
 ……?
 あたしは何か、二人の間に不穏な空気を感じて背筋がびりっときた。
 睨み合うような、妙な空間の後。不意にロウが踵をかえした。そして一言。
「けっ。俺は寝る」
「あ、おやすみ」
 あたしはすたすたと歩いていくロウに、思わずそう呟いてしまう。ロウからは何も返ってこなかった。そんな様子に、思わず苦笑する。ファスは、何か意味ありげな笑みを浮かべたままロウの背中を見送った。
 その後、あたしを見てこんな事を聞いてくる。
「仲直り、できたみたいだね?」
 聞かれて、あたしは頷いた。
「出来た、と、思いたい」
「やっぱ喧嘩中だったんじゃん。よかったねー、仲直りできて♪」
 ……あれ、喧嘩とは違うと思うけど……。でも、何か、よかったと思ったから、
「うん。よかった」
 あたしが小さい声で肯定すると、ファスはにっこり笑う。
「そんじゃ宴会の続き! 今シエンさん兵士達と飲み比べとかやっててさ。もうすごいんだから!
 行こ♪」
 それからあたしは、ファスと一緒に宴の席に戻ることにした。




◆    ◇    ◆    ◇


 そして数日後。あたし達はようやくサマンオサから旅立つ。
 その際、ファスにサマンオサ城門まで送ってもらった。
「これからしばらくサマンオサ復興のために頑張らないとな。だからダーマに行くのはしばらくお預け。んで、みんなともお別れだね。元気で、セティオちゃん」
「うん。ファスも元気で」
「みんなも元気でな」
 ファスはシエンとマーグともがっちり握手しながらそこまで言って、最後にロウを見た。ロウは相変わらず無表情なままファスを見ている。そんなロウに対して、ファスはにっと笑った。それからロウに近づき、その耳元で何かを言ったみたいだった。
 その、直後。
「ッ」
 何故か、ロウが動揺した。それこそ今までに見た事無いくらい。
「へー……そんなになのか♪」
 そのことに対してファスが茶化すと、今度は怒鳴った。
「な、何言ってやがるてめぇ!」
「うわ、照れてやンの。かーわーいーいー♪」
「照れてなんかねぇ、誰が…ッ! メラミ喰わすぞ?!」
「いいよ。マホカンタ使うから~♪」
 なにやら茶化すファスに、ロウはぶちギレ寸前だった。その様子に目が点になる。
 ファス、何言ったんだろう。
 事態が飲み込めないでいると。
「ははーん。若いっていいねぇ、マーグ姉さんや」
 後ろから聞こえてきたのは、やけにしみじみしたシエンの声。
「うふふ、そうね。若いとは羨ましい事だわ」
 答えるマーグの声も、どことなくほのぼのとしていた。
「けどマーグ姉さんだってお若いのに~。そう言うお話はないの?」
「残念ながら。そう言うシエンはどうなの?」
「僕は自由の身さッ。でも――ああ、素敵な恋はしたいッ! 素敵な彼女と手を繋いで、木の葉舞い落ちる黄昏の街道を歩きたいな☆」
 何の話をしてるんだ、後ろ。
 あたしは真ん中で目を点にしたまま、ぽつーんと立っていた。
 何の話をしてるかさっぱりわかんない。取り残された回りで、話はどんどん進んでる。
「ははは! ロウ、オレはまじでいってるんだぜ?」
「ざけてんじゃねえ。俺に、んな資格はねえよ」
 ロウはそこまで言うと、急にトーンを下げてそっぽを向いた。そんなロウに苦笑するファス。
「何、変な事こだわってるんだよ。そんな事言ってっと、オレがとっちまうぜ?」
 そう言いつつ、ファスは何故かあたしの方に寄って来る。それから、
「へ?」
 あたしから変な声が漏れるのと、ファスがあたしの肩を引き寄せて頬に口付けするのは一緒だった。えっと……。
 ――。硬直していたのはどれくらいだろう。
「ッ」
 我に帰ったあたし。途端に顔が熱くなるのを感じる。
「んな、な、な……なん……?!?」
 なんなんだ~~?! って、舌がもつれて言葉が出てこないッ!
 何、何だよ今の?!
「んー、可愛い反応♪」
 おろおろしていると、ファスにぎゅっと抱きしめられて頬ずりされた。それに対して更に硬直、何も言えないでいると、何故かロウが声を上げる。
「てめ――いい加減にッ」
「おっと。うははッ! キミタチ面白すぎ!」
 ファスはやたらと楽しげにそう言い、そっとあたしから離れた。
「んじゃ、そろそろ行きなよ。今回は本当にありがとうな。また逢おう♪」
 その後、ファスは踵を返して歩き出す。
「ざけんな、てめえとはもう二度と逢いたくねえ!」
「!」
 その後ろ姿に向かって絶叫するのは、ロウだった。そんなロウの声に、ファスは振り返らないまま片手をあげて挨拶した後、朝霧に包まれた街の中へと消えていく。
 ファスの姿が見えなくなった後、今度はシエンが吹き出した。
「くッ……あはははは!」
「てめえ何笑ってやがる」
 すっかり怒り絶頂になっているロウ、久々の怖い眼でシエンを睨みつけた。
「いやぁ、すっかり遊ばれちったね~ロウくん! あんな君を見たのは初めてだよ☆それと怖いからその顔はやめてね~☆」
 シエンはぽんぽんとロウの肩を叩きながらまだ笑い続ける。その時点でマーグはこらえ切れなかったらしく、とうとう声を立てて笑い出した。
「るせえ! しかも何でマーガレットまで笑い出すッ?!」
 何が起こってるのか、理解できなかった。けど可笑しかった。なにかすごく可笑しかった! シエンとマーグの笑い声につられたからかもしれない。あたしはこみ上げてくる笑いをこらえ切れなくて、久々に大きな口をあけて笑ってしまった。
「!? てめえまで笑うか……ッ。あー胸くそ悪ぃ! とっとと行くぞ?!」
 すでに笑いすぎの涙目になっていたマーグが、ようやくといった感じで声を出した。
「ああ、苦しい。うふふっ。それじゃあ、そろそろ出発しましょうか!」
「はーい!」


 こんなに心が軽く感じられるのは、いったい何時ぶりだろう。
 こんなに笑ったのも、何時ぶりかな……。
 あたしはひさびさに晴れやかな気分で、空を見上げた。
 霧が晴れたばかりの空は深くて澄んでて、真っ青で――とっても綺麗だった。

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