第十章 牢獄の英雄



  第十章 牢獄の英雄



 あたしたちは今、サマンオサから遙か西の牢獄に向かっていた。ファスの父親、勇者サイモンが幽閉されたという牢獄へ――。
 勇者サイモンの生死が知りたかった。もしかしたら、まだ生きているかも知れない。もう亡くなっていたとしても、ファスや女将さんに遺品か何か渡せたら、そう思って。
 どうせ次に向かう場所の情報もなかったし、ファス達の為にも行って確かめたかった。

 航海を始めて数日目のある夕方の事だった。食事を始めてすぐ。不意に、マーグがフォークを置いた。
「……ごちそうさま」
「え?」
 まだ食事を始めたばかりなのに? 思わずマーグを見たけれど、彼女の食器の上は出てきた時と同じで、手も付けられていない。
「ちっとも食べてないじゃないか。どうしたんだい、マーグ?」
「何か……具合が悪いのよ。どうにも食欲が出なくて」
 そう言いながら苦笑するマーグの顔色は、確かに心なしか青ざめて見えた。
「大丈夫なの?」
 尋ねると、マーグはこくりと頷く。
「ええ。心配しないで」
「心配しないで、って……心配だよ!」
 マーグの言葉に立ち上がったのはシエンだ。
「いつもは僕たちの倍以上食べる君が食事に手も付けないなんて。ロウ、マーグの事診てくれよ」
「そうだな」
 シエンの言葉に頷くロウ。
「腕、出せ」
「やだ、大げさにしなくても大丈夫よ。本当に大丈夫だから」
「いつも俺に言うじゃねえか。具合が悪くても少しは食べなきゃ駄目だってよ。そんなあんたがちっとも手ぇ付けてないんだぜ? いいから診せろ」
 ロウにまで言われて、マーグはすまなそうに俯いた。それから、おずおずと自分の手を差し出す。
「脈、ちょっと乱れてる。けど――……それ以外なんて事なさそうだな。もしかして何か不安事でもあんのか?」
「そう言う訳じゃ、ないのだけど」
「何かあるなら言えよ。……独りでためんのは、まじで止めた方がいい」
 独りで抱え込んで爆発した事のあるロウだから、その言葉には説得力があった。
「うん。話せば少しは楽になるかもしれない」
「そうだよ。マーグは一番年上だし、しっかりしてるからあたしたちじゃ頼りないかも知れないけど、言ってみて!」
 みんなでマーグを見つめる。少しの沈黙。
「……悲しいの」
 ぽつりと呟かれた、マーグの言葉。
「え?」
「何が悲しいんだい」
 聞き返すと、マーグは聞こえないくらい小さな声で答えた。
「この海域に入ってから毎晩…唄声が聞こえるの。何もかもを詛う様な、悲しい……唄声……が」
 そこで不意に途切れたマーグの言葉。
「マーグ?」
 怪訝な顔でシエンが呼びかけた。
「――ッ」
 次の瞬間に、あたしたちは言葉をなくす。マーグの瞳から、頬を伝って涙がこぼれた。
「あぁ……まただわ。唄が聞こえる――」
 マーグは急に立ち上がり、そのままふらふらと甲板の方に歩いて行く。その様子に、ロウが表情を変える。
「様子がおかしい」
「うん」
「ッ、マーグッ!」
 呆気に取られていたシエンははっと顔を上げて立ち上がり、マーグの後を追った。ロウはシエンに続いて立ち上がり、あたしを見る。
「行くぞ」
「んッ」
 頷いて、あたしも立ちあがる。
 マーグ、いったいなんだ? どうしちゃったんだ?!
 それから甲板に出て、心底ぎょっとした。さっきまで晴れていた、海。それが、狂った様に荒れていたんだ。あたしたちがいる海域一帯だけが、まるで何かに取り憑かれたかの様に。
「ちょ、マーグ!」
 海に気を取られていたあたしはシエンの慌てた声にはっとして、視線を彷徨わせた。視線がマーグを捕らえて、あたしは更にぎょっとする。
 マーグは、今にも海に落ちそうなくらい甲板から身体を乗り出していたんだッ。
「わあああマーグ!」
 思わず叫んで駆け寄った。
「危ないって駄目だってッ! マーグってばッ!」
 慌てふためいたシエンは、落ちる寸前でマーグの身体を押さえる。
「離して……呼んでいるの。行かなくてはいけないのよ……」
 それでも構わず、マーグは虚空を見上げたまま海の方へ行こうとする。
「行くって何処に?!」
 シエンに手伝ってマーグを押さえつつ、ロウが訊く。
「……オリビアの、所に――」
 オリビア?
 その名前が出た途端に、辺りの波がすぅ……と静かになった。
「ん――何か、聞こえないか?」
 シエンが呟いた。耳を澄ます。あ、何か、風の音にまぎれて――。
 これは、唄?
 唄だ。背筋が凍る様な、唄声。でも、何処から。
 ああ……なんか、胸が痛い。
 知らないうちに視界が涙で歪んでいた。なんて、悲しい声。涙を目元にためながら、あたしは目の前を呆然と見つめていた。
 そんな時。今度は何かが、ふわりと海上に浮かんだ。
 目の錯覚かと思った。艶めく金の髪、緋色のドレスを身に纏った綺麗な女性。しかも心なしか透き通ったそんな姿の女性が、海上に現れたから。
 あたしは必死に目をこすった。その後、もう一度海上を見る。消えない……ッ。
「どういう、事だ」
 ロウは唸る様に呟き、女性が現れた空間を凝視していた。
「分かんない」
 同じく不可解な顔でシエン。あたしも、二人と同じく女性を見上げたままぽかんとしていると。
「オリビア」
 その女性を見て、またマーグがその名を呟いた。
 すると、不意に唄が途切れた。海の上のはずなのに、音も一切消えた。
 怖いくらいの静寂…。
 やがて、海上の女性が瞳を開けた。その瞳を見て、あたしはぞくりとした。真紅の、何もかもを呪う様な暗さを湛えた、深淵の瞳。
 瞳が開かれた瞬間だった。シエンに支えられていたマーグが、ふらりと立ち上がったんだ。それも空ろな表情で。
「マーグ?」
 シエンが、震えた声を出す。対するマーグはあたしたちを見回した後、声を発した。
【ここは、通さない】
「?!」
 発せられたその声に心底驚いた。
「マーグの声じゃない?!」
 それじゃ、いったい誰の――ッ
 考えられるのは、一つしかなかった。あたしたちはマーグの背後の、海上の女性を見る。マーグと海上の女性は、同調しているかの様に同じ動きをする。
【アタシはオリビア。ここはアタシの聖域。この海上に船を浮かべる事は許さない】
「な、何言って……ッ?! 僕たちはここから先に行かなきゃい」
 シエンが反論しようとした瞬間。海上の、オリビアと名乗った女性はキッとシエンを睨んだ。それに同調したマーグも一緒にシエンを睨みつける。
【船は……通さない――!!!】
「――ッ」
 その迫力にシエンは蒼白になりつつ後退する。
【ホントは船なんて沈めてしまいたい。けど、そんな事をしたら聖域が穢れてしまう。だから沈めない。せめて、通さない。だって、この海域はアタシと彼の思い出の海だから!】
 めちゃくちゃ怖かった。
「何だよ……コレ……ッ」
 怖くて、思わず傍にいたロウの袖を握り締める。ロウはあたしを振り返ったけど、今はもう、怖さ優先でその表情に気を取られている余裕はなかった。
【この海域の風も、波も、海も、空もすべてアタシの支配下! ここは絶対に通さないから! ――あはっ、あははっ! あはははは――っ!】
 笑い声と共に、一気に音が戻ってくる。途端に、荒れだす空、海、そして力なく崩れ落ちるマーグの身体――!
 シエンは慌ててマーグを支え、叫んだ。
「うわ……まずいよッ! 船が流されてる!」
 体制を整えようとした時、船が大きく揺れた。
「う、うわああ!」
 あたしたちはその揺れに、成すすべもなくバランスを崩す。何かで身体を支える余裕もなかった。傾いた船、舳先側の壁に思い切り滑り落ちるッ!
 あたしは思わず思い切り目を閉じ、掴んでいた何かにぎゅッとしがみついた。そして、壁にぶつかる衝撃ッ!
 ……背中打った。一瞬、息が止まるかと思った。
「あたたた……思い切り打った」
 腰を抑えながら起き上がり、シエンは支えていたマーグを見る。
「マーグ、大丈夫?」
 問われたマーグは顔を上げる。正気に戻った様で、シエンの問いにこくりと頷いた。
「大丈夫……ごめんなさい。オリビアの唄が聞こえたら、急に気が遠くなってしまって」
「びっくりしたけどさ。君が大丈夫ならそれでいい」
 よかった……マーグ、元に戻ったみたいで。まだくらくらする視界の中で、シエンとマーグのやりとりを見つつ安心していると。
「おい、セティオ……ッ」
 何か、すぐ傍で呻く様なロウの声がした。声がした方を見ると、……ッ!
「ひゃッ」
 ロウが、吃驚するくらい間近であたしを見ていた。その目は何か苦痛に歪んでて、なんとも言えない表情になってる。
「腕、離せ……つうのッ」
「腕?」
 言われて、両手でしっかりとしがみついていたものを見る。
 黒い衣服の、腕。
 そっか、あたしが思い切りしがみついたのってロウの腕だったのか。そう言えば服の袖掴んでたから……って、あたしってば!
「ひゃあああ、ごめん!」
 慌てて腕を離し、飛び上がるよう立ち上がって数歩後退った。うわぁうわぁ咄嗟だったとは言えシエンじゃなくマーグでもなくよりによってロウ掴んでたなんて!
 ものすごく動揺していたあたしの前で、ロウはようやく自由になった自分の腕を押さえつつ安堵の息をついてた。
「ってぇ……肩はずれっかと思ったぜ」
「ごッ、ごめん……!」
 引きつった笑いを浮かべながら恐る恐る謝ると、ロウは一瞬黙った後、首を横に振った。
「別にいい。怪我した訳じゃねえし」
 ――?
 すんなりと許してもらった事に、キョトンとしてしまった。前なら、とんでもない怒りの言葉が飛んできたのに。たまらずロウを凝視すると、それはまずかったのか。ロウの目が細くなる。
「……何だよ」
 やばッ!あたしは慌てて目を逸らし、
「な、なんでもないんだ。それより、これから先、どうする?」
 問うと、シエンが唸った。
「ん~。あのお嬢さん、すごい剣幕だったからな……きっとただじゃ通してくれないと思うんだ」
「うん」
 話しながら、あたしたちは岬の方を見た。海上に浮かんだままのオリビアはあたしたちを監視するかの様にこちらを見ている。その周囲は、大荒れだった。吹きすさぶ風、高くそびえる様な波が、あたしたちの行く手を阻んでいる。
 それから何度かオリビアにここを通してくれないか話しかけたけれど、ちっとも効果はなかった。
 ……。もう日も暮れるし、これからここを抜けるのは、正直言って自殺行為に等しい。打つ手もなくなってしまって、あたしたちは仕方なく近くの陸地に見えていた小さな漁村まで船を引き返す事になった。




◆    ◇    ◆    ◇


 港の桟橋に船を停泊させた後、あたしたちは宿を探す為に村の中に入った。けどその村はすっかり寂れていて、人の気配なんてほとんど感じられない。すっかり暗い雰囲気に包まれている。
 そんな村の中を少し歩くと、すぐ宿らしき場所を発見出来た。
「あーもう。何なんだろうねオリビアさんとやら」
 宿に入り、腰を落ち着けた途端にシエン。それにつられてあたしもため息をついてしまう。
「西の牢獄に行くにはあの海域を越えるしか、道はないんだよね」
 聞くと、シエンは頬杖をついて頷く。
「そ。あの岬越えない事には先に進めないってさ」
「……」
 成す術無いあたしたちは、それ以上先が思いつかなくて会話を切らせてしまう。
 そんな時、宿の主人が飲み物を持ってきてくれた。あたしたちの前に湯気の立ったカップを置きながら話しかけてくる。
「そんなに頭を抱えて……どうかされましたか?」
 聞かれ、答えるシエン。
「この先の海域を越えられなくてさー。困り果ててんです」
 シエンが言った瞬間、主人の表情が凍りついた。
「と言う事はあなたたちもあの海域であの人に……オリビアに逢ったのですか」
 その名前が出た事に、あたしは思わず立ち上がって尋ねた。
「何か知ってるんですか?!」
 主人は頷いた。
「あの海域は呪われているのです」
 主人の言葉の後、マーグが口を開いた。
「あの、オリビアの事――知っていたら教えて頂きたいのだけど」
「分かりました」
 主人は手に持っていたトレイを隣のテーブルに置き、椅子に腰掛けて話し始めた。
「オリビアはこの村に住んでいた網元の娘でした。情熱的で、唄う事が大好きで……そして、美しい女性でした。そんな彼女には、愛しあう男がいたのです。名はエリックと言うのですが、相手は彼女の家の使用人でした。身分や何かを重んじるオリビアの父はそれをよく思ってはいなかった」
「身分違いの愛ってやつだね」
 シエンが呟くと、主人は頷く。
「そんなある日、オリビアにとうとう子供が出来てしまった。それを知った父親は激昂し……オリビアからエリックを引き離す為に上手な事を言って彼を騙し、奴隷船に乗せた。でもオリビアはその事を知らない。仕事だから、そう言って出かけた恋人が港に帰ってくるのを、ただひたすら岬で待ち続けた。
 しかしある日、彼女はふとした弾みで知ってしまう。エリックが乗った船が実は奴隷船で、しかもロマリア近海に差し掛かった時に嵐に襲われ、船が沈没してしまったと言う事を」
 ……ッ。
「オリビアは嘆き、塞ぎこんでしまった。その時、身ごもっていた子供まで失ってしまい……彼女は、発狂した。父親をその手にかけた後、ずっとエリックを待ち続けた岬から身を投げた――。
 それからなんです。あの海域を通ろうとすると、唄が聞こえて通れなくなったのは」
 あたしは思わず、口元に手をやった。あのオリビアにはそんな、事が。だからあの唄を聴いた時、胸が張り裂けそうになるくらい悲しくなったんだ……。
「オリビアの唄には魔力が宿っているとしか思えない。女の方は気を付けた方がいいと思います。感受性の強い女性は、特に――。唄に心を奪われた女性があの岬で、理由もなく自殺をしてしまうという事件も何件か起こっているので」
 その話に、シエンは眉間にしわを寄せて息をつく。
「だからマーグはあんな風になっちゃったのか……。寸前で止められてよかった」
 それから何か思いついたらしく、あたしを見た。
「マーグはあんな事になっちゃったけどさ。どうしてセティは大丈夫だったんだろうね?」
 そう言えば。一応あたしも女だけど……感受性、弱いのかな。そんな事を思ってると、主人はあたしの方を見て何か考えた後、口を開いた。
「あなたは恋をした事がありますか」
「ッ」
 いっきなりなんつう事を聞いて来るんだ。あたしは一瞬言葉に詰まった後、半眼になって素直に認める。
「ないです」
「それは寂し――あ、いや、失礼しました。オリビアの唄に取り憑かれてしまうのは大抵、大きな恋愛を経験した事がある方のようなので……」
 反論するのも何か癪な気がして、とりあえずそれを無視する事にする。どうせ色恋沙汰とは無縁な生活を送ってきたよ。
「と言う事は。マーグは大きな恋をした事があるんだ?」
 急に瞳をきらきらさせたシエン。
「まぁ……ね。駄目になってしまったのだけれど」
 マーグは苦笑交じりにそう返した後、それには触れて欲しくないと言う様な感じで話題を切り替えた。
「オリビアを慰めてあげる事は、出来ないのかしら。凍てついたオリビアの心――溶かしてあげたい。あまりにも可哀想だわ」
「そうだね。なんとかしてあげたいと思うよ」
 マーグの呟きに同意して、口元で手を組むシエン。
「けど、どうやって? オリビアには何を言っても通じないみたいだし」
 呟くと、主人が急にこんな事を話し出した。
「……そう言えば、こんな話を聞いた事があります。エリックの乗っていた船が沈んだあたりの海域で、たびたび奇妙な船が目撃されていると」
「へ?」
 何を言いたいのか理解出来なくて、思わず主人を見た。主人は俯き加減になって続ける。
「何か、関連がある様な気がするんです。その噂が聞こえてくる様になったのは、オリビアの亡霊が海上に現れた頃とほとんど変わらない時期だったので」
「むー。それは、確かに何かありそうな感じ」
 あたしたちは顔を見合わせて考えた。
「けど行っても無駄足に終わらないかな。明確な情報ではないんでしょ?」
 シエンの問いかけに主人は頷く。
「それはそうですね。私もこの目で見た訳ではありませんし」
 決断に躊躇していると、ずっと黙っていたロウが口を開いた。
「行ってみないか。何か分かるかもしれねぇだろ」
 いつもなら、こんな話が出た瞬間に否定するロウなのに。思いがけない発言に戸惑った。……けど、そうだな。あたしは頷いた。
「うん。幽霊船なんてまるで雲を掴む様に信じられない話だけど、じっと考え込んでいるよりはずっといいかもしれない」
 あたしが言い終わると、シエンは一瞬黙った後、ため息混じりに頷いて同意してくれた。
「分かった。行ってみようか。いいよね、マーグ」
 問いかけられたマーグは、静かに頷いた。
「私は――あの海域を通る事も大事だけど、なによりもオリビアを助けてあげたい。あのままだと悲しすぎるわ。行きましょう」
 あたしたちはもう一度、頷き合う。次の行き先が決まった。
 ロマリア近海へ。




◆    ◇    ◆    ◇


 ロマリア近海に入った途端、霧がかかってしまった。それも、濃い。視界不良。一寸先は、闇。引き返すのも、進むのも危険だと感じ、霧が晴れるまではその場所にとどまる事になった。
 そんな時あたしたちは、とんでもないものを見つけてしまったと思う。
 闇の霧の向こうに、動く影。ぎぎぃ…ぎぎぃ…と、軋んだ音を不気味に響かせながら漂う、ぼろぼろな船の姿を。
 ――幽霊船。
 そう判断するには十分すぎた。あたしたちは早速船を横付けし、幽霊船の内部に乗り込む事になった。

「うわぁあ――!」
 船に乗り込んだ瞬間。ばりん! と派手な音を立てて一部床が割れ、同時に響き渡った悲鳴。あたし達は慌ててシエンに駆け寄った。
「だ、大丈夫?!」
「足が抜けないよ~助けて」
 あたし達は慌ててシエンを引き上げる。
「ふ、ふう……びっくりした。ありがと」
 額の冷や汗をぬぐいながらシエン。肩をふるっと震わせてなんともいえない笑みを浮かべる。
「嫌な予感。こんな風に落ちるとろくな事が無いんだ。特に亡霊がらみの場所だと」
 その言葉に思い出したくも無い事が思い出されて、あたしは背筋が一瞬で寒くなった。
「慎重に行こう」
 皆にそう声をかけてから、腐食している床に気を配りつつ中に進む。 船の中は、どうしてこんな船が海上に浮いていられるんだろうと思うくらい荒果てていた。
 そんな船の最深部まで進んだ時だった。目にしたのは、両手足を錘のついた鎖で縛られ、ぼろぼろの囚人服を身に着けた青年。気のせいじゃなく、彼はどこと無く透けて見えた。生気も感じられず、焦点のあっていないうつろな目で虚空を見つめて何かをぶつぶつ呟いている。
【オリビア……オリビア……】
 熱病にでもうなされているかのように何度も何度も繰り返して呼ばれているその名は。
「あなたは……エリック?」
 マーグが話しかけると、うつろな表情の青年はゆっくりとマーグの方を見た。
【そうだけど……?】
 返ってきた答えに、あたしたちは顔を見合わせる。
「私たち、あなたを探しにここまで来たの。一緒に来てくれる?」
【……なんでですか】
「オリビアのところまで」
 オリビア、その名前にエリックは表情を変えた。
【なぜオリビアの名前を――?!】
 問われて、あたし達は訳を話す。
 一通り話し終えた時、マーグが強い口調で言った。
「エリック。オリビアを救えるのはあなたしかいないわ」
【けど、僕はここから出る事が出来ないのです。僕の身体は、この船に縛られている。生身の身体さえあれば、こんな場所から抜け出す事が出来るのに。オリビアに……逢いにいけるのに】
 拳を握り締め、俯くエリック。
【――生身の身体、そうだ】
 俯いて、何かを思いついたらしく急に顔を上げてシエンを見た。
「ッ、何だい」
【あなたの身体、僕に貸してくださいませんか】
「っ嫌だ!!」
 これには過剰に反応したシエン。顔が、引きつっていた。
【お願いします】
「~~ッ! ぼ、僕じゃなくてロウのを使ってください!」
 相当嫌なのか。それはそうだと思うけど。シエンは真っ青になりながらびしっとロウを指差した。指差されたロウが反論しようとした矢先。エリックは思いがけず首をふり、こんな事を言った。
【彼は……僧侶か何か、ですね?】
 聞かれ、ロウは頷く。
「こうなる前は僧侶やってた」
【やはり。僕は怨念に引き寄せられた魂です。聖なる光に触れたら、消えてしまう――だから彼は駄目なんです。かといって女性のお二人に乗り移るのはさすがに抵抗が……だから、あなたにしか頼めないんです】
「ひ……ひえぇ。でもさぁ」
 あたしは思わず、シエンの腕を掴んだ。
「な、何セティ」
「……貸してあげてよ」
「! そんな簡単に――ッ」
 見かねたのか、ロウも口を開いた。
「何もエリックはシエンの身体を奪おうってわけじゃねえ。少し貸すぐれえいいじゃねえか。シエンがエリックの立場だったらどうする。好きな女に逢いてぇのに逢えねえんだぜ? そんなん、切ねぇだろ?」
 ロウの言葉が終わった時、シエンは心底驚いた表情をする。
「ロウの口からそんな言葉が出るとは思わんかった。でも、嫌なものは――」
「シエン、お願い。オリビアの為にも、協力して欲しいの」
 潤んだ瞳のマーグ。その表情を見て、シエンは言いかけていた言葉を飲み込んだ。
「……でも」
 そう呟いたものの。あたしたちに凝視される事に耐えられなくなったのか、泣きそうな表情で拳を振り上げた。
「もう、もうもうもう! 分かったよ。みんなしてそんな目で見なくたっていいじゃないか!!」
【そ、それじゃあ!】
 シエンの言葉に、ぱあっと顔を輝かせたエリック。それに対し、何もかもあきらめたかのような表情で、シエンは笑みを浮かべた。
「ああ、いいよぉエリック。この身体、確かに貸してあげる。貸すだけ。貸すだけだ。後遺症とかも残さないでくれな。んで。絶対……そのまま身体奪わないでな☆」
 そこまで言い、急に笑みを邪悪なものに変えるシエン。
「もし奪ったりなんかしたら、君もろともすべてを祟ってやるから。クク……クククッ」
 怖いよ。もしかしたら今回、一番怖いと感じた瞬間だったかもしれない。エリックすら引きつった顔で、それでも力強く頷いた。
【約束します。けして、そんな事はしませんから。それでは、お借り致します】
 ゆらりと、エリックの姿が揺らめいた。
「ぅッ」
 次の瞬間、シエンはうめき声を上げてがくりと膝をついた。
「し、シエン――ッ」
 思わず駆け寄って肩に触れると、シエンは顔を上げた。その表情や雰囲気が、いつもとは違ったからあたしは一瞬だけ戸惑った。
「シエンさんの身体、確かにお借りしました」
「それじゃあ、エリックね?」
 マーグが確認すると、彼は頷いた。
「はい。それでは、オリビアのところに連れて行ってください!」
 こうしてあたし達はシエンに乗り移ったエリックを連れ、オリビアの岬へと戻る事になった。




◆    ◇    ◆    ◇


 岬の海は、相変わらず荒れていた。あたし達がオリビアのぎりぎり傍まで船を寄せると、案の定彼女は此方を睨んできた。
【また――性懲りも無く!】
 叫び、思い切り腕を振り上げた。
【もう許さないんだから!】
 途端に轟く、波の音。いままでになく大きな波が――ッ!
「待ってオリビア!」
 その音にかき消されないよう、マーグが声を張り上げた。
「オリビアお願い、話を聞いて! あなたの大事な人を連れてきたの」
【えっ】
 マーグの言葉に一瞬動きを止めたオリビア。それを確認した後、マーグはそっと後ろを見た。
「オリビア」
 シエンの姿のエリックが、微笑んでオリビアを呼ぶ。海上に漂っていたオリビアはその声に反応すると、震えた。
 恐る恐る、視線をマーグからシエンのほうに移動させる。
【こ、この感じ――あなた、エリック……?】
「そう、僕だ」
【で、でも、その姿は……?】
「この人に身体を借りたんだ。こうでもしなければ、僕は君に会いに来る事が出来なかったから」
 エリックはそう答えた後、目を閉じた。すぅ…と、シエンの身体から抜け出るエリック。シエンの身体がまるで、糸の切れたあやつり人形みたいにがくんと崩れ落ちた。それに構わず、エリックは舳先まで行き、両腕をオリビアのほうに向かって差し上げる。
【おいで、オリビア】
【――――ッ! ああ、エリック、エリック!】
 オリビアは信じられない、そんな表情で頭を振った後、瞳を涙でいっぱいにしながら一目散に両腕へ飛び込んだ。その瞬間、荒果てていた海が静まり、空を覆っていた黒い雲が晴れ渡っていく。
 あふれる、ばら色の光。
【ああ、エリック、ずっと、ずっと待っていたの!】
【これからはもう二度と、離れない……君を離さない!】
 光の中で、二人は熱い抱擁を交わす。ひとしきり抱擁を交し合った後、こちらを見るエリック。
【ありがとうございました。またこうしてオリビアに触れる事が出来たのは、あなた方のおかげです】
 視線を倒れたままのシエンに向ける。
【シエンさんにも、ありがとうと伝えてくださいね】
「ええ、わかったわ」
 くすりと笑い、頷くマーグ。
【それでは、そろそろ逝きます。これでもう、思い残す事はありません】
 その口調は穏やかで、エリックに寄り添ったままのオリビアの表情は、これ以上ないくらい幸せそうだった。
 その二人の輪郭は、だんだん暈けていく。やがて光になった二人は、晴れ渡った空に昇って行き、――。
「よかったわね、オリビア」
 その様子を見つめて瞳を潤ませていたマーグが呟く。
「うん、そうだね……」
 あたしもそれに同意して、目を細めた。優しい光がまぶしくて、何かがこぼれそうになったから。
「うぅ……僕はどうなったんだ……?」
 余韻に浸っていたあたしたちは、シエンの声にはっとする。
「シエン、大丈夫?」
 すっかり元の笑顔で、マーグはシエンの方に向かう。あたしもシエンの方に行きかけて、ロウが何かを見つめているのに気がついて足を止めた。
「どうした、ロウ」
 話しかけると、ロウは視線で足元に落ちていたものを指した。
「あれ、そのペンダント」
 確か、二人がしていた対のペンダントだった。
「忘れ物かな」
「知るかよ」
 あっさりと帰ってきたそれに言葉を失っていると、構わずといった感じでロウが言う。
「物は思い出やなんかが溜まると、意思を持つようになるとか聞いたことが在る」
「へ?」
 疑問符を投げると、
「これ、対だろ。逢いたい、逢いたいって持ち主が思い合ったせいでこれも同調して、死にきれない二人をこの世に繋いでいたのは――とか思ってよ。真相はさっぱりわかんねぇけど」
 ロウは胸元の十字架に触れ、何かの詠唱を始める。
「今、闇の鎖を解き放つ。光となる魂に、永久の祝福を――」
 詠唱の後、ロウの手元が淡い光を放つ。その手で対のペンダントに触れた瞬間、音もなく崩れて風に乗った。それは混ざり合い、オレンジの夕日に輝きながら、海の上を流れていく。
 それはとても綺麗で、思わず見惚れてしまった。
 ロウはそれを見送りながら、深く息をついた。そして、
「なあ。エルフと盗賊、覚えてるだろ」
 あたしはその、唐突に吐き出された呟きのような言葉に顔を上げた。
「え、……アンさんとエディの事?」
 問うと、ロウは頷く。
「あの時俺があの盗賊、救えていたら――あのエルフも自ら命を絶つなんて事、しなかった筈だ。俺はあの時、俺の力じゃ足りねえと思った瞬間にあきらめた。あきらめねえでホイミを使い続けていたら、助けられたのかも知れねえのに。今思うとすげえ悔しい。だからたいした事はしてねえけど、今回はあきらめたくなかった。結果的にうまく行ったみてぇで……よかった」
 ロウはそこまで言って、目を細めた。
「セティオ、俺に言ったよな。魔法を使えたのは、誰かを助けたくて必死だったから――って。俺に欠けてたのは必死さや努力じゃねえ。お前の言う『助けたい、誰かの為』――そこだ。そこが欠けてやがったから、いつまでたっても上手くいかなかった」
 自嘲気味に言いながら、今度はあたしを見る。まっすぐ。
「俺にも助けたい誰か、そういうのがいる。俺はそいつの為に必死になる。この命、懸けられるくれえに。……それをはっきり判らしてくれたのはお前だ。ありがとな、セティオ」
 思いもがけなく言われたそれに、心がぐらりと揺れた。しどろもどろになってしまう。
「そ、そんな、あたしは礼を言われる程の事はしてないし……」
 そう言うとロウは苦笑交じりに息をついただけで、それ以上は何も言おうとしなかった。


 その後。あたしは甲板の掃除をしながらこんな事を考えていた。
 あのロウが、必死になってまで助けたい誰かって…誰なんだろう。
 ちらりとロウがいる方を見て、目が合いそうになって、慌てて目を逸らす。
気になったら止まらなかった。
 何でこんな事が気になるのか分からない。
 あたし、変だよ。何でこんなにロウの事を意識するようになったんだろ。
 ……もしかしてあたし――。そんなまさか。
 自分の考えを否定する。ない。あるはずない。ロウは仲間だ。仲間――けど、この気持ち……シエンやマーグに抱く気持ちと少し違うんだ。父さんや、母さん、じいちゃんに抱いてた気持ちとも違う。ましてやライラやサイシさん、ファスたちに感じてたものとも違う。
 感じた事の無い、異質な感情。
「……」
 あたしは、たまってきた物を一緒に、思い切り息を吐き出した。
 別に、急いで答えを出す必要…ないか。これからは、少なくとも旅が終わるまでは、一緒にいられるんだ。だってあいつは、二度と旅を抜けたりしないって言った。
 その間に、この気持ちが何なのか、考えてみればいい。
 人を思う気持ち。いろいろあって難しい……ね。

 夕日。あったかいオレンジ色の光。その光が、世界を優しく包む。
 あたしたちの船は、見違えるくらい穏やかになった岬の海域を進んで行く。




◆    ◇    ◆    ◇


 この島に上陸した時点で、あたしたちから会話は消えていた。
 生の息吹が感じられない孤島。岸壁、至る所に取り付けられた無機質な空間と鉄格子。鉄格子の中には、白骨化してから一体どれくらいの年月経ったのか。風化して、原形をとどめていない遺体がいくつも、いくつも放置されている。中には手錠で吊されたまま風化している白骨もあった。
 空間を流れていく海風が、白骨が身にまとっていた衣服の切れ端をかすかに揺らす。そのたびに漂う、死臭。
 あたしはにじんだ涙を必死でこらえながら、半開きになっていた鉄格子を開けた。
「セティ?」
 訝しむ様に、シエンはあたしに声を掛ける。
「あんまりだ。こんな風に吊されて死ぬなんて、あんまりだッ」
 言いながら、あたしは背中の剣を抜く。せめて、地に降ろしたかった。剣を振り上げ、手首を括っていた鎖を断ち切る。
「あ――ッ」
 あたしは思わず悲鳴を上げかけた。衝撃でぱらぱらと、あまりにも簡単に砕けていく骨。
下につもる、既に原形のない人だった物。
「ご、ごめ――ごめんなさい!」
 あわててかき集めた。どうしよう。壊してしまった!
 その行動は全く無意味だと知っていたけれど気が、動転した。
「よせ」
 見かねたのか、ロウがあたしの手を押さえて言った。
「こいつらは罪人なんだよ。こうされても文句の言えねえ事をしたから、此処に送られた」
「けど……けど! こんな扱いってないじゃないか。生きてたんだ! なのに、こんな風に吊されて死んじゃうなんて!」
 喰い掛かるように言ったら、心なしか厳しい表情で問いかけてきた。
「それじゃあそいつが、何人も何人も殺した殺人犯でも?」
「ッ」
 言葉が出てこなかった。
「いいか。此処は普通の牢獄では手に負えなくなった罪人を収容する為に作られた場所。
……そいつに殺された奴らは、そいつなんかよりもずっとひでえ殺され方をしたかもしれねえんだぜ。これぐらい、当然の報いなんじゃねえの」
 言い放たれた言葉にかっとなってしまう。
「当然の報いって……! 生前どうあっても、こんな風に命を終わらせるべきじゃないと思う!」
 あたしがそう言うと、ロウは呆れた様に肩をすくめた。
「奇麗事だな」
「ちょ、ロウ」
 戸惑ったように声を上げるシエンに構わず、ロウは続ける。
「魔物が出た。俺たちは何の躊躇いもなく剣を振るだろ。それとは違うのか?」
「それは、襲ってくるから応戦してるだけじゃないか! 今話してる事とそれ、何の関係があるんだよ!」
「こいつらも襲ってきて危険だったから、防衛策としてここに閉じこめた。――此処を作った奴らと俺らの行動、そう違わねえと思う」
 ロウのそれに、言葉を失った。違うと言いたかった。あたしたちは、襲ってくる魔物たちから皆を助けたくて戦って――ッ?! そこまで出掛かって、あたしは気がついてしまったから。
 あたしの変化にロウも気がついたらしく、軽く目を逸らす。
「な。……俺らも、みんな。所詮奇麗事でしかないんだよ」
 もう黙るしかなかった。
「ロウ」
 マーグが言い過ぎよ、とばかりにロウを呼ぶ。
「悪ぃ」
 ロウはため息混じりに呟いた。
 沈黙が包む。さっき崩してしまった人の破片が、牢獄の隙間を抜ける風に攫われていく。
 此処を作った人たち。
 犯罪者である此処の人たちから皆を守るために、この牢獄を作った――……。そう思ったら、ロウの言葉に反論できなくなった。
 死には死を持って償うしかない。
 正しいかも知れない。
 でも、あたしはこんなの、嫌だ。
 もっと他に償いの方法って無かったのか?
 ……そう考えたけど、あたしにもこれ以上、何も思い浮かばなかった。それどころか、やっぱり当然の報いかも、とまで。だってあたしもその意見と同じ事をしようとしてる。父さんや、魔物たちによって死んでいった人たち。敵を討つ、倒すって、つまりはバラモスを殺そうと考えているわけだから。
 やっぱりあたしの考えは「所詮奇麗事」でしかないのか……?
「とにかく。望み薄だけれど、勇者サイモンを探してみよう」
 シエンの意見に、あたしは無理矢理思考を中断させた。これ以上考えたら、気が滅入ってしまいそうだ。
 牢獄を更に進む。ひとつひとつ鉄格子の中を覗いて、生きている人がいないか探す。けど、そんな気配は既に皆無だった。
「やっぱり、こんな所で生きのびる事なんて出来なかったんだ」
 無念そうに呟くシエン。あたしは何も言えなくて黙り込む。
「……あら?」
 そんな時、妙な表情でマーグが首を傾げた。
「どうしたの?」
 聞くと、マーグはある方向を指さした。
「あそこを見て」
 指さされた方向を見て、あたしは思わず目を疑った。
 それは不思議な光景だった。一番奥にあった鉄格子の中。そこにあったのは一つの遺体。遺体は白骨化していたものの、今まで見てきた物の中では状態が一番いい。けど、それに驚いたんじゃない。
 岩と砂利ばかりで、一本の雑草すら見つけられなかったこの島。それなのにその白骨死体の回りには草が覆い茂っていて、花まで咲いていたのだから。
「不思議だね。ここだけ空気の流れが違うみたい」
 言いながら、まじまじと鉄格子の中を覗くシエン。不思議に思いながら鉄格子を越えると。
「ん?」
 いま、何かが。
 あたしは何かの気配を感じて、動きを止めた。皆も同じだった様で口を閉ざし、黙り込む。
「――?!」
 その時空気の変化に気がついて、思わず身構えた。あたしの目の前が蜃気楼みたいに揺れて、何かがぼんやりと浮かんだんだ。目の前に浮かんだ何かは、程なくしてゆっくりと形を形成していく。
「わわー?! なんだい?! また幽霊かい?!」
 あたしは過剰反応したシエンの方に驚いた。思わずシエンに非難のまなざしを送った後内心怯えつつ、その様子を見つめる。
 それは人の形を取って、あたしの方に近づいてきた。
【お……おお……この輝かしい光の気配はアリアハンの、オルテガ殿……!】
「?!」
 発せられたその言葉に、あたしは数歩後退った。なんで、父さんの名を――ッ
【すまなかった。貴方との約束を守れなくて】
 約束――もしかして、いや、もしかしなくても!
 あたしは思い切って話しかけてみた。
「貴方はサマンオサの、勇者サイモン殿……?」
 返ってきたのは、予想通りの答えだった。
【いかにも我が名はサイモン・デリーヌ。サマンオサの戦士】
 思わず皆と顔を見合わせてしまう。
【我が敬愛する陛下により此処に幽閉され、幾許の月日がたったのか……最早手遅れか と思ったが、またこうしてオルテガ殿に見えられるとは】
 ……?
 その発言に、あたしはつい首をかしげた。あたしのこと、もしかして父さんだと思っているのか?
「あの、サイモン殿。あたしはオルテガではありません」
 はっきり言うと、勇者サイモンの表情が怪訝そうに変わる。
【なんと……? 感じる光の質は同じだと言うのに。では貴方は誰だと言うのだ?】
「あたしはセティオ。アリアハンの、オルテガの娘です」
 あたしがそう答えると、勇者サイモンは驚いた、そういう表情をする。
【娘――? 言われてみれば、確かにオルテガ殿の光とどこか違う――。では、オルテガ殿はどうされた?】
 問われて、あたしは言葉を濁した。
「父は――父は、志半ばで命を落としました」
【なんと?! ああ、なんと言う事だ。やはり、私が約束を守れなかったばかりに――!】
「ッ、サイモン殿のせいじゃない!」
 悲痛な叫びに、あたしは慌ててそれを否定した。
【なんということだ。オルテガ殿までもがこの世を去ってしまわれていたとは。この世界はもう……魔物に蹂躙され、滅び去る運命にあるのか】
「――ッ」
 その言葉は嫌いだ。こんな風に絶望して欲しくない! あたしは条件反射のようにそれを否定した。
「させない。まだあたしがいる!」
 あたしは勇者サイモンをまっすぐに見た。彼はあたしの言おうとしている先を察したのか、目を見開いてあたしを覗き込んできた。
【まさかその、女の身でバラモスに挑もうと言うのか? 無茶すぎやせぬか?!】
「そんな事は在りません! 女であるとか、そういうのは関係ない。やってみせます! ……それに、あたしは独りじゃない」
 言いながら、半身をずらして皆の方を見る。
【仲間】
 あたしはこくりと頷く。
「皆がいるから、あたしは強くなれる。この強さがあれば、バラモスだって倒せるばず! ――だから絶望を口にするのは、やめてください」
 あたしが言い終わった後、勇者サイモンはしばらく呆然とあたしを見つめていた。
【まぶしい光だ……。目が、瞑れてしまいそうになる程、強く、そして】
 ようやく言葉を発した勇者サイモンはそこまで言い、辛そうな表情をした後。何かを決意したかのようにすぅ……と手を上げた。その動きにあわせるかのように、白骨死体の傍に埋もれていた一振りの剣がふわりと持ち上がる。
 その剣はあたしの目線の高さまで移動して、動きを止めた。
【オルテガ殿の娘――セティオよ。君にこれを託す】
「この剣は?」
 尋ねると、勇者サイモンは答える。
【オルテガ殿に渡すはずだった。私が以前国王陛下より賜った剣だ。この剣は、ガイアの道を復活させる為に必要になる】
「ガイアの道ですって……!」
 反応を示したのはマーグだ。
「知ってるの?」
 マーグは一つ頷いて説明してくれる。
「ガイアの道とは、壮大な剣山に囲まれたネクロゴンドの大陸に上陸する為の唯一の道だったの。けれどバラモスが現れて、ネクロゴンドの地形が歪められた時に破壊されてしまった」
 マーグの説明に頷く勇者サイモン。
【ネクロゴンドの遥か奥には、伝説の何かが眠っている。伝承によればそれは、大いなる空の神獣を呼び起こすために必要な物だと。しかし、ネクロゴンドに向かうにはガイアの道を復活させなければならない】
 大いなる空の神獣を呼び起こす……もしかして、オーブが?!
 あたしは思わず身を乗り出して尋ねた。
「その道、どうやって復活させるのですか」
 問うと、一つ頷いた勇者サイモンが答えてくれる。
【この剣、ガイアの剣は大地と怒りの楔を解き放つ鍵。剣を、霊峰ガイアーラの火口に投げ入れよ。さすれば道は開かれる】
「霊峰、ガイアーラ……?」
 声に出すと、代わりにマーグが答えてくれた。
「霊峰ガイアーラ。ネクロゴンド大陸にあって、今も尚噴煙を上げ続けている活火山よ。……そして、オルテガ殿が落ちたとされている火山の名前」
「!」
 その言葉にあたしはびくりと反応してしまう。
 父さんの、消息が消えた場所。手が震えているのに気がついた。
【オルテガ殿の娘、セティオ……。ガイアの剣をその手に。我等が悲願をどうか。どうか現実の物に変えてくれ。この世界をどうか――】
 あたしは震える手を押さえ、ガイアの剣を取った。柄が、吸い付くようにあたしの手に治まる。剣に秘められている熱い本流に、胸が動悸し始める。
 あたしは剣を胸に、真っ直ぐ勇者サイモンを見た。
「分かりました。あたしは、あなたの意思を無駄にしない。父さんの意思も。この悲願、必ず――――ッ!」
 誓うと、勇者サイモンは大きく頷いた後、ふと力を抜いてこんな事を話し始めた。
【君なら、君たちならやってくれると信じている。……最後にひとつ、よいか。我がサマンオサは今、どうなっているか知っているだろうか】
 尋ねられて、あたしは思わず微笑してしまった。
「サマンオサは心配ありません。国王に化け、悪事を働いていた者は討伐しました。
本物の国王も地下牢より救出されましたし。ファス……ファランクスが、サマンオサに平穏を取り戻しました」
 そう返すと、勇者サイモンは心底驚いたような表情になる。それからすごく嬉しそうに、ふふ…と笑った。
【……そうか、あの小さかったファランクスが。ふらふらと遊び呆けていたあの息子がなぁ】
 勇者サイモンはそこまで言うと、何かをこらえるかのようにぐっと顔に力を入れた後表情を戻し、あたしをまっすぐに見た。
【ありがとう。若い君に背負わせてしまい――すまないと思っている。ガイアの剣を渡せた今、私には最早この世に留まる理由はなくなった】
「!」
 その言葉に思わず顔を上げる。勇者サイモンは何か、安らかな表情だった。
【心残りは――平和になったこの世界を生きて見る事が出来なくなった事か】
 勇者サイモンがそこまで言うと、辺りが急に明るくなった。あたしはその光に、目を細める。勇者サイモンは光に包まれて、その姿をどんどん薄くしていく。

【セティオ…君は、死ぬな。生きて、必ず生きて悲願を――――!!】

「サイモン――…!」
 最後に発せられたその言葉に、思わず手を伸ばして叫んだ。けど。光が消える頃にはもう、勇者サイモンの姿はなかった。
「逝ってしまったのかな」
 シエンが呟く。
「きっとそうね。最後の表情、安らかで……まるで、テドンの皆と同じ」
 語尾のほうは聞こえないくらい小さな声で呟き、表情を曇らせたマーグ。テドンでの事、思い出してしまったのかな……。それを察したのか。シエンは黙ったままマーグの肩に触れた。
 ロウは……何か、不機嫌な表情で勇者サイモンの消えた虚空を見つめている。怪訝に思ったけれど、その理由を聞く事はできなかった。

 またひとつ、意志を継がなくてはいけなくなった。
 いろんな人たちの意志、思い。
 旅を進めて行くにつれてどんどん大きくなっていく。
 答えなきゃ。もっともっと頑張らなきゃいけない。
 あたしはガイアの剣を胸に抱いたまま、勇者サイモンの消えた虚空から目を離して背中を向け、皆の方を見た。
「勇者サイモンの為にもやらなきゃ。次の目的も決まった。行こう、ネクロゴンドへ!」
 言うと、皆頷き返してくる。
 次に向かうのは――ネクロゴンド。
 どんどん、バラモスに近づいている。

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