第十三章 仲間



  第十三章 仲間



 行く手を阻むよう聳え立つ岩肌の山脈。
 『火口にガイアの剣を投げ入れろ』というサイモンさんの言葉どおり、あたしたちは霊峰ガイアーラの火口を目指していた。
 道を選び、魔物と戦いながらの慣れない登山。ようやくの思いで火口付近に到着できたのは船を下りてから二日後だった。

 火山の火口。吹き荒ぶ熱い風。
 父さんの消息が途絶えた場所。
 火口を覗いて見る。吹き上がってくる煙で底の方は良く見えない。覗き込んで、むっとするような熱気に思わず眉をひそめた。
 ここに来て、微かに抱いていた『まだ生きてるんじゃないか』という希望はあっさりと打ち崩された。こんな所に落ちたんじゃ、いくら父さんだって生きていられるはずが無い。
「セティ、大丈夫?」
 少なからず落胆していると、シエンに声をかけられた。
「――大丈夫」
 震える声を何とか抑えてそれだけ言い、背中に背負っていたガイアの剣を抜いた。顔を上げて、前を見る。今は父さんの事を考えている時じゃない。
「ガイアの剣はここに投げ入れるんだよね」
「うん」
 ごくりとつばを飲み込み、頷くシエン。
「サイモンさんは確か、大地と怒りの楔を解き放つ――そう言っていたわ。それがどういう事なのか、いまいちわからないのだけど」
 少々不安げなマーグ。
「噴火でもすんじゃねえの」
 答えるように呟くロウ。
「ふ、噴火?!」
 ロウの発言に飛び上がるシエン。
「まぁ、何にせよいい予感はしねえな」
 ロウが言い終わった後、三人はちゃっかり火口付近から避難していく。
「さあセティ!」
 避難しきったところで、もういいよとばかりに手を振られた。――なんかずるいよみんな。けれどそれは口に出さず、頷くにとどまる。
「それじゃ、やってみるッ!」
 剣からは、打ち震えるような微動と熱さ。まるでせかすようなそれを腕にビリビリ感じつつ、火口の方に視線を向けてガイアの剣を掲げた。
 ――と、
「おっと、そこまでだぜぇ!」
「?!」
 今まさに剣を投げ入れようとしていたあたしは、その声に顔を上げた。聞き覚えがあったからだ。
「あッ――!」
 真っ先に反応したのは、シエンだった。彼は顔を上げ、前方に現れた人物を見て表情を凍りつかせる。
 前方に現れた人物。高い鷲鼻、不精髭、ごつい身体に厳つい顔。眼帯に覆われた左眼と、凶器のような鋭い右眼。この顔は、忘れ様にも忘れられない。忘れられるはずが無い!
「カン……ダタ」
 絞り出すような声で、シエンがその名を呟いた。
 カンダタ。バハラタ以来の再会だ。けれど、あの時とはずいぶん雰囲気が違うと感じた。カンダタを覆う空気が、魔物たちが持っているそれとほとんど変わらないものになっていたからだ。
 戦慄を覚えた。
 カンダタはにぃっと笑みを浮かべ、あたしを見る。
「オルテガの娘。俺様は今度こそ、お前を殺す。見よ、俺様の新たなる力を!」
 そこまで言うとカンダタは、その身に力をこめた。
「――ッ?!」
 思わず、後ずさりしそうになった。信じられないことが目の前で起こっていた。
 むくむくと、カンダタの身体が膨張する。顔が裂け、筋肉は倍以上に盛り上がる。肌の色も赤黒く変色して…カンダタは、どんどん元の姿をなくしていく。その変化が終わった後、そこに立っていたのはもうカンダタではなかった。
 斧手の怪人。姿は元の何倍も大きく、もう魔物そのものだった。
「何てこと」
 口元に手をやり、顔をしかめるマーグ。
 これが力を求めて闇に手を染めた、カンダタのなれの果て――?
 血走った目が、狂気的に嘲笑(わら)う。
 力に陶酔した眼。それを見ていると、酷く苦しい気分になった。
【どうだ、素晴らしいだろう? アークマージのおかげで俺様は素晴らしい力を手に入れた】
 言いながら、傍の岩に向かって斧を振るう。その一振りで岩は真っ二つに割れて砕けた。
 なんて、力だ。
【さあ小娘、どこからでもかかってくるがいい!】
 余裕たっぷりに嘲笑いながらカンダタ。
 太刀打ちできるか? そんな言葉が頭を掠めたけれど、指名された以上考えていたって仕方が無い。やるだけ。これ以上あんな悲劇を繰り返させない為にもここでカンダタを仕留めなければ!
 あたしはガイアの剣を鞘に戻して愛剣を抜き払い、いつでも応戦できるよう構えた。
「待ってセティ」
「シエン?」
 カンダタと向き合う姿勢になった時、シエンがあたしの前に腕を出したんだ。その行動に首をかしげると、シエンは前を向いたまま決意めいた声を出す。
「セティ、今回は僕が」
【俺様はオルテガの娘を指名したんだぜ? 手前はすっこんでろ。それとも何か? 手前に俺様が倒せるとでも?】
 カンダタが嘲るような表情をするのに対し、シエンはまっすぐな目でカンダタを見据えた。そして無言のまま、いつも使用している短剣ではなく後ろの方につけていた短剣を抜き払う。
 それは、初めて見る短剣だった。
 柄の部分は丸みを帯びていて短い刺がついている。伸びた刀身は、まるで光すら吸収するような深く鈍い黒。不穏な印象すら受けるその短剣を手に、シエンは深く呼吸する。
「『アサシンダガー』――全身に回れば死に到る毒が仕込んである。巧く急所を突けば即死させる事だって可能だ。……この旅の間に覚悟は出来た。僕が貴方を止める。この手にかけてでも!」
 カンダタはそんな短剣を抜いたシエンに、意外だとばかりに笑みを消す。
【そうきたか。いいだろう。それじゃ望み通り。まずは手前から始末してくれるッ!】
 言うか早いか、カンダタは斧を振り上げてシエンに向かい一直線に突っ込んできた。
「!」
 その巨体に合わずなんて――速さだッ!
 シエンは持ち前の素早さで間髪それを交わす。その勢いをつけたまま、シエンはカンダタの胸元めがけて短剣を突き出した。
 短時間で決着つける気だ、と感じた。
 シエンとカンダタの体力差を考えれば圧倒的にシエンは不利だ。……だから、『アサシンダガー』なんて武器を抜いたのか。
 けれどそんなにあっさりと決まるはずもなく、カンダタはそれを交わして次の行動に移る。シエンもひるまず、執拗にカンダタの急所を追い続ける。
「んん? その手にかけてでも俺様を止めるんじゃなかったのかぁ?!」
 斧がリボンの結び目を掠り、ぱぁっと広がった銀糸の髪。
「はあ、はあ……」
 さすがに動きつめで疲労してきているらしく、シエンの呼吸は明らかに乱れていた。
 加勢したい――ッ!
 けれど、それは出来なかった。なぜなら、シエンの瞳に宿っている決意はけして揺らいでいないから。シエン自身でかたをつけたいんだ。それが伝わってくるから、あたしは手を出せない。
 マーグも、ロウもきっと同じだ。じっとシエンをみつめたまま、ふたりともけして動かない。
 血まみれになり、髪を乱して、それでもシエンは一向にひるまない。振り下ろされる斧に何度掠っても、蹴られても立ち上がりカンダタに向かっていく。
 執念ともいえるその戦いぶりに、目を離す事は出来なかった。
 そんな姿を見ていると、加勢なんてしたらきっと後悔する――なぜかそんなことまで考えてしまった。
【なかなか……やるようになったじゃねえか】
 何度か斬りつけた箇所から体内に侵入していたらしい毒、それが全身に回り始めているのか、その巨体を苦痛に揺らしながらカンダタが呻く。
【く……目がかすんできやがったぜ】
 一瞬、そう呟いたカンダタの動きが不自然に緩まった気がした。
 シエンはその隙を見逃さない。
「――ッ!!」
 無言の気合の後、シエンは逆手に握っていた剣をカンダタのわき腹につきたてた。
【ぐはぁあ?!】
 カンダタの巨体がぐらりと崩れた。シエンはひるまない。二度、三度――体制の崩れたカンダタへ攻撃を続ける。とうとう、カンダタははっきりと分かるくらい致命的な隙を見せた。
 止めを刺す、絶好の好機。シエンは迷わずその短剣を振り上げた。
「育て親を手にかけるか。随分非情になったじゃねぇか」
 カンダタの囁き、けれどシエンは一瞬顔を引きつらせただけで怯まなかった。
 吹き上がる鮮血がシエンを汚す。その血が流れていくのと一緒に、カンダタの身体がみるみる小さくなっていく。そしてその姿が完全に元に戻った時、シエンは突き刺したままだった短剣を抜いた。
 短剣の抜けた傷口からはとめどなく血が流れ出ている。
「うぅう……ぐぐぐ、ぁ……ッ」
 苦しげな声に、シエンの肩が微かにゆれた。
 それから呟かれた消えそうな声。
「……こうすることしか……思いつかなかった。あなたを止める為にはもう、これしか」
 涙声になりながら、カンダタの身体に触れようと手を伸ばした時だった。
 びゅッと、何かが目の前を通り過ぎた。
「えッ?!」
 それはあたしたちの前を過ぎ、カンダタがうずくまっている地面に突き刺さる。
 途端、粉砕した地面。その衝撃に吹き飛ばされ、カンダタの身体は熱風が吹き上げてくる闇の入り口に躍り出た。
「あっ」
 シエンの短い悲鳴。
 シエンは手を伸ばす。自分の身が落ちそうになるくらい、遠くまで。
 その指先をすり抜けるかのように、カンダタの身体は急速に落下を始める。
「う、ウオオオオォォォ――――ッ!?」
 カンダタは絶叫を残しながら、深い深い火口に吸い込まれて、
「一体、何が」
 何が起こったのか理解できず、ただ呆然と立ち尽くしてしまった。よく知った気配が漂っていた事にも気が付かず、瞠目したまま動くことが出来なかった。
「……」
 しばらくしてシエンが動いた。
 すっと立ち上がり、顔を上げる。そして解けてばらばらになった髪を掴み、それを束ねて――
「シエン?!」
 リボンを結び直すんだと思ったのに、シエンは持っていた短剣を髪の根元にあてたんだ。そして、何の躊躇いもなくその髪をざっくりと切り落とした。
 手に載せられた銀糸の髪の毛が舞い上がり、火口に吸い込まれていく。
 思わず駆け寄ったけれど、ある一定の場所から先には踏み込む事が出来なかった。シエンの様子にかける言葉が見つけられなくて、その悲痛な表情に……胸が、痛くなった。
 シエンは、どうしてこうなんだろう。
 あの時もこうだった。
 笑う、泣く、怒るとかあふれる感情は我慢しないのに、それに対して他人から言葉をかけられることを拒むような態度をとる。
 いつもの裏側に潜む暗い顔の部分。それは自分の中にだけ留めて、絶対に踏み込ませてくれない。
 一番大っぴらな様で実は一番閉鎖的。
 シエンのそんな部分はこんな時、実感する。
 髪の短くなったシエンの横顔を見つめていると、シエンはあたしを見て無理矢理だって分かるくらい悲しい微笑を浮かべた。
 その後、きっと表情を引き締めて前を見る。
「行こ。僕たちはもう、立ち止まってはいられないんだ」




◆    ◇    ◆    ◇


「それじゃ今度こそ、剣を火口へ投げ入れるッ」
 言いながらもう一度ガイアの剣を鞘から抜く。
「いくぞッ……!」
 念をこめ、天に掲げた後にガイアの剣を火口に放り込む。ガイアの剣は紅い照り返しを受けて輝きながら、弧を描いて火口に吸い込まれていった。
 ……。何の代わりも、無い?
 あたしたちは火口の様子を、しばらく固唾を呑んで見つめていた。
 少し経つと、ぐらりと足元に、何か不自然な脈動を感じた気がした。
「なにかしら」
 マーグの呟きの後、今度ははっきり分かるくらいの振動が足の裏に感じられた。それはどんどん大きくなっていくような――?
「ッ、やっぱ噴火すんじゃねえか?」
 はっとした顔でロウが言う。
「う、ええぇえ!?」
 ロウのそれに驚きを返した途端。地面が縦横関係なくぐらぐらと揺れだした。
「う、わ、わわ、わ、これってまじッめにやばくないか?!」
「やばいなんてものではないわ! とにかく下山よ。此処を離れましょう! 一刻も早く!」
「け、けどこの揺れで歩けるう? 下山なんかとっても間に合わないと思うーッ」
「ではどうすればいいのよッ!」
「わっかんないよおぅッ。ロウ、何とかしてー!」
「何で俺だよッ!」
 激しく揺れる中、みんなの会話を聞きながらおろおろと混乱してしまう。それぞれ頭をひねりながら対策を考えた。
 冷静に思えばとにかく何が何でも火口から離れろと浮かぶはずなのに、混乱するとそんな簡単なことも思い浮かばなくなってしまうらしい。
「――ッ、そうだセティオ、アストロン使え」
 唐突に顔を上げ、ロウがそんなことを言ってきた。
「は、アストロン? 何だっけ」
 思い出せず聞くと、
「ばかかてめえ、こないだ教えただろうがッ」
 うあ、なんかこう言われるの久々。って、今それどころじゃなくて。
 教えただろうがって――あ、そういえば!
 アストロン、確か、鉄化する防御魔法。最強の防御っていえば最強だけど、その代わり鋼鉄と化した身体では身動きが取れなくなってしまうって言うあれだ!
 思い出して、頷く。
「分かった! みんな、あたしの傍に!」
 みんなをそばに呼んで、あたしは精神集中を始める。
「セティオ早く!」
「やってるよ黙ってて!」
 どんどん迫ってくる熱く紅いうねり。急かされて更に焦りつつとにかくもう必死で思い浮かぶ構成を編み続けた。
「焼け死ぬうううぅッ」
「鋼鉄変化、アストロン!」
 ようやく解放の言葉を紡ぐ事が出来た! と、見る見るうちに身体が動かなくなっていくのを感じた。すぐ目の前まで迫っていた溶岩はそんなあたしたちに被さるように――ッ!
 ……と、思ったあたりで一度、意識が途切れた。


 それからどれぐらい経ったのか。
 再び呼吸をはじめた時に見た景色は、最後に見たものとあまりにもかけ離れていた。
 まず、あたしがいた場所はなぜか海辺。
 目の前にはさっきまでいたはずのガイアーラ。山頂は吹っ飛んでて、火口からは溶岩らしき赤黒いものがうごめいているのが見える。
 けど、なんで山頂にいたのに砂浜に転がっていたんだろう。溶岩に流されて、どこか岩とかにぶつかってここまで飛ばされた――とか?
 うっわ、なんか考えたくない。
 自分の体を見て心底安心する。火傷無し、欠けてるとこ無し五体満足。
 すごいよ、アストロン。
 感心しながらふとみんなのことが頭に浮かんで、慌てて周囲を見渡す。で、ほっとした。みんなすぐそばにいたから。
「よかった、みんな大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。一時はどうなる事かと冷や冷やしたわ」
 起き上がりながらマーグ。ロウも無事らしく、あたしの方を見て片手を挙げる。
 シエンは? 見つめて、思わず首をかしげた。なぜならシエンだけ、俯いて顔を上げなかったんだ。
「シエン、どうした……?」
「……腕が」
 恐る恐る尋ねると、彼は顔を上げて死角になっていた方の腕を――?!
「うわああああシエン――――片手が無い!?」
「きゃあああああ!」
「なーんてね★」
 にょきっと袖から腕を出し、してやったというような満足そうな表情でシエン。
 ……
「馬鹿馬鹿! 心配したじゃない! こんな時にそんなダークな冗談止めて頂戴!!」
「シエンの馬鹿! 馬鹿!!」
「うあ、そんな馬鹿馬鹿言わなくても……ほんのお茶目なのに。ね、ロウ」
「寄んな馬鹿」
「酷ッ」
「馬鹿はほっとくとして。向こうすげぇぞ、見てみろ」
「ん? ……うわあああ!」
 ロウが指差した方向を見て、あたしは思わず歓声を上げた。それはもう、大自然の驚異? そんな言葉でしか表現できない自分がもどかしい。
 火口から流れ出る溶岩が海に流れ込み、みるみる冷え固まっていく。それは信じられないほどの速さで向こう岸まで到達して、どんどん道を形成していくんだ!
「すごいわ……!」
「これが、ガイアの道!」
 呟いて、あたしはつばを飲み込んだ。大地と怒りの楔を解き放つ鍵――こういうことだったのか。
「これで、ネクロゴンドへいける」
 真顔で呟き、拳を握り締めるシエン。
 あたしたちはそれに頷いて、ガイアの道の先を見た。
「ネクロゴンド。最後のオーブが、そこに在る――!」




◆    ◇    ◆    ◇


「フロストギズモ見たらねー、奴と一緒にお風呂入んなきゃいけないんだよ」
 道中、シエンが急に呟いた。
 頭にはてなマークが現れた。思わず彼の方を見てしまう。
「なんで」
 隣を歩いていたロウは怪訝な表情で聞き返す。それに対してシエンは、
「風呂一緒ギズモだから」
 ……?
「意味わかんね」
 同じく。
 シエンは不適に笑い、説明を始める。
「ふろすとぎずも、ふろぉいすとぎずも、ふろぉいっすょぎずも――ふろいっしょぎずも。ね?」
「あんた馬鹿だろ」
 ロウはシエンが答えた瞬間さらりといい、すたすたと先に行ってしまう。
 その様子を見ていたあたし、全身凍りつくかと思った。
 取り残されたシエンはあたしに気がつくと、にいっと笑った。その笑みにおびえつつ、笑い返す。
「奴はきついね」
「は……はは。そうだね」
「面白いと思ったのに」
 その言葉にはただもう、乾いた笑い声を上げることしか出来ませんでした。
 シエンはあれ以来異常だ。壊れてる。
 あたしたちに心配をかけまいとしてあんな態度をとっているんだろうけど、それは全部裏目に出まくってる。しかも無理に明るく振舞おうとしているもんだから行動全てがわざとらしい。
 あんなので巧くごまかせてると思ってるんだろうか。
 あたしたち、どれくらい一緒に旅をしてきたと思ってるんだ?

 ガイアの道を越えてから数日。
 ネクロゴンドの洞窟へ行くには更に山脈と森林の険しい道を越えなくてはならなかった。この大陸はさすがバラモスの居城近くとあって、魔物の数も質も半端じゃない。
 火球魔法メラミを駆使し、更に吹雪を操る外見からは想像も出来ない攻撃力を秘めたミニデーモン、巨体から繰り出される爆発的な破壊力で攻撃を仕掛けてくるトロル、そしてこちらも吹雪を操るフロストギズモなど、多数の魔物が行く手を阻む。
 そんな魔物たちと地形に苦戦しながら進んでいくと、今日も日も傾いてきた。
 と言う事で、この大陸に入って何度目かの野営をする事になった。

「あれ、シエンどこ行った?」
「ちょっと独りになりたい病中よ」
 水汲みから戻り、姿が見えないのに気が付いて尋ねるとマーグがある方向を指す。指された方を見ると、木に寄りかかってぼーっと空を見上げたまま硬直しているシエンの姿が確認できた。
「あんな彼を見ているのは辛いわ。ねえ、私たちで何とかできないのかしら」
 夕食準備の手を止め、あたしとロウに向かってそんな問いかけをしてくるマーグ。
「けどよ、ああなったあいつは何言ったって空返事しか返って来ない」
 荷物整理の手を止めないままロウ。
「シエンってさ、人の相談聞きたがるくせに自分となると絶対話してこないよね」
 しゃがみこみ、嘆息交じりに言うあたし。
「そうなのよねぇ」
 それに、ため息交じりで同意したマーグ。
「……」
 沈黙。ついに三人のため息が重なる。
 その後特に案もなく、ため息と沈黙の繰り返しになる。
 そんな時、妙に芳しい臭いが鼻についた。
「マーグ、焦げ臭い」
 あたしが呟くとシエンを見たままぼぅっとしていたマーグははっと我に返り、慌てて鍋の中を覗きこんだ。
「あッ! ……ごめんなさい。ちょっと焦げてしまったみたい」
 マーグの言葉に思わず、ロウと一緒に鍋の中をのぞきこんでしまう。そこで見た物は、――。思わず顔を見合わせた後、二人でマーグを凝視する。
「これ、ちょっと……?」
「ちょっとっつうレベルじゃないと思うが」
「……うふふっ」
 ロウはジト目でマーグを見つめる。マーグは誤魔化すようにニッコリ笑って鍋の底をぐりぐりかき混ぜた。
「でもほら、美味しそうじゃない?」
 鍋からはがりがりと妙な音がする。
「食えんのこれ」
「死にはしないわ、大丈夫よ」
 マーグの返答に、手に持っていた小瓶を取り落とすロウ。小瓶は転がってあたしの足元でとまる。
「ロウ、落ちた」
 小瓶を拾い上げ、ロウに手渡す。
「悪ぃ」
 ロウは小瓶を受け取ろうと手を伸ばし、
「ふぁ……くしゅんッ!」
「あ」
 なぜかこのタイミングでくしゃみをするマーグ。
 それに驚いて渡す前に手を離してしまったあたし。
 慌てて落下を防ごうと手を伸ばしたロウ。
 小瓶はその指の間をすり抜けて――。
 ぼちゃん、と音がした後、一瞬時間が止まる。
 小瓶が落下した鍋の中は、何かがじわぁ……と広がっていく。
 数秒、鍋を見つめたままあたしたちは動くことが出来なかった。
「こ、小瓶の中身は?」
 時を動かす為に尋ねてみた。
「……満月草から作った特効薬」
「そ、それならきっと大丈夫ね。薬膳料理に大変身だわ!」
 んなばかな。
「貴重な食料だもの。捨てるなんてとんでもないわ」
 そりゃそうだけど、
「……」
 再び重なる沈黙。
 必死で何とかしようとしているマーグを見てて、何か切ない物がこみ上げてきた。マーグに此処まで言わせてしまうなんて……。シエンがいたら、何かとてつもなくありがたいフォローを入れてくれるのに。
「駄目ね……調子が狂ってしまうわ」
 肩を落とし、マーグはかくんとうなだれてしまった。
「いつもはあいつ一人で騒いでるからな……」
 シエンの方を見て、ため息混じりにロウ。あたしもつられるようにシエンの方を見る。
 シエン本人は、というとあたしたちの事なんて意にも介さず、自分の世界に入り込んでいるように思えた。
「セティオ」
 そんなシエンを見ていると、ロウは何か思いついたらしくあたしの方を見た。
「ん?」
「お前シエンと話してこい」
「へ、何であたし?」
「お前が正面から話せば何とかできるかも知れねぇ」
 ロウのその言葉に、何故かマーグは納得したように頷く。
「そうね。セティオの真っ直ぐな目には力があるわ。それならなんとかなるかもしれない」
「あたしの目?」
 よく分からなくて首を傾げてしまう。
「本人は自覚無しなのね」
「ま、そうだろうよ」
 マーグとロウは何か意味ありげに顔を見合わせた。ますます不可解になる。
「とにかくシエンと話をしてみて。作らないで、思ったことを素直に」
「素直に」
「とりあえず行って来いよ」
 ……。訳も分からないまま、あたしは何か期待されている、らしい。正直あたしなんかに何が出来るか不安だったけれど、でもシエンには元気になってもらいたいのは確かだ。
「分かった。やってみるッ」
「頼んだわよ」
 二人に頷いて、マーグとロウに背中を押されるような形でシエンのいる方に向かう。


「シエン」
 思い切って声をかけると、シエンは慌てて笑顔を作った。――ように見えた。
「どうしたんだ~い、セティ」
 その笑顔に痛さすら感じつつ、彼の隣を指差す。
「うん?」
「そこ、いい」
「ああ、いいよ」
 シエンは身体を半分ずらして場所を譲ってくれる。素直に腰をおろして、とりあえず落ち着く。
「どしたのセティ?」
「うん」
 不思議そうに話し掛けてくるシエンにとりあえずなんと答えたらいいか迷いつつ、目に入ったのはシエンの髪の毛だった。
 背中で揺れていた銀糸の髪、それはさらさらしていてとても綺麗だった。今はすっかり短くなってしまって――寂しい。
「……髪の毛、もったいなかった」
 思ったことを告げると、シエンは吹きだした。
「僕もそう思った! もったいなかったよねぇ。衝動的に切るなんてばかなことしちゃったよ」
 自分の後頭部に触れながら続ける。
「おかげで今は頭軽くてしょうがないんだよね」
「でも、短いと頭洗うの楽だよね」
「そうだね~、乾くのも早いし楽だね」
「うん」
「うん」
 頷きあった後、ぱったりと会話が途切れる。
 どうしよう。何をどう話したらいいんだ? そこをちゃんと考えないで勢いで来ちゃったから……うおぁ、困ったぞ。
 沈黙にそわそわしていると、シエンが苦笑する。
「……こんなこと話しに来たんじゃないんでしょ」
 シエンの顔を見ると、彼はすまなそうに笑った。
「自分でもわかってるんだけどね」
 そう言いながら、彼の表情がどんどん曇っていくのが見て取れた。
 相当無理してるんじゃないかって思った。
 あたしもじっと、シエンを見つめる。
「シエン、何でもいいから話して。たいした事はできないけれど、聞くことなら出来る。話すだけで楽になるかもしれないんだよ? ……正直、あたしたちもそんなシエンを見てるの辛いんだ。だから、あたしを柱かなんかだと思って溜まってるの話してよ」
「セティ」
 シエンはじっとあたしの顔を見つめた。あたしは目を逸らさないように、シエンをじっと見つめる。やがてシエンはため息をつき、曇った顔を自嘲の笑みに変えて視線を空に移した。
「ほんとはね、あの髪に願掛けしてたんだ」
「!」
 シエンの口から出てきた言葉に胸が高鳴った。
 何か話してくれるかもしれない――ッ!
「それは、どんな?」
 続きを促すために問いかけてみる。シエンは頷いて答えてくれた。
「カンダタが元に戻るように……ってさ。後ろ髪を切るのは願いがかなった時、もしくは潰える時。そう決めて、ずっと伸ばしてきた。結果は、潰えた。僕自身で消してしまったのかも知れない。他に方法があったかもしれないのに。でも僕は馬鹿だから、ああするしかもう思いつかなかったんだ」
 口を挟まないほうがいい、そう感じた。今は黙ってシエンの話を聞いていよう。そう思い、話に集中する。
「火口に落ちる瞬間、ほんの一瞬だったんだけどね……カンダタ様の瞳が、昔のように輝いた気がしたんだ。爆音で聞こえなかったけど、口の動きが僕の名前で――。それ見て慌てて伸ばしたこの手は、届かなかった」
 自分の手のひらを見つめ、しばらく唇をかみ締めたまま沈黙が流れる。その沈黙が終わると、シエンはまるで堰を切ったかのように言葉を溢れさせた。
「なにがいけなかったんだろう。発端になったエディとアンが悪いのか、それとも夢見るルビーなのか、ルビーの魔力に依存して力に執着したカンダタ様が悪いのか、それにつけこんだアークマージが悪いのか、カンダタ様を、育ての親でもあるあの方をこの手にかけようとした僕が悪いのか。……僕はこれ以上どうすればいいんだい。誰を憎んだらいい。ぶつけるやり場の無い怒りとか、虚しさとかッ! それ考えてたらもう、なんか、も……やりきれなくなっちゃ……ッ」
 一気にまくし立てたシエンは、とうとう詰まったような声を出す。
「でも、こんな……話したってしょうが、ないし、心配かけたくなっ……いし、一生懸命誤魔化そうと、してるのに空回りで……僕、僕はも……――ゥ……」
 うわ……っ、つ、つられそうになってあたしは慌てて鼻を抑えた。
「ごめ……泣きそ」
 もう止められなくなったのかしゃくりあげながら途切れ途切れにそう言う彼に、あたしも自身から溢れ出そうとしている感情を必死にこらえてシエンの正面に移動した。
 それから、思ったことを素直に話す。
「泣いていいと思う。泣いたって変わらない事は知ってるけど、痛みが和らぐ事も知ってるから」
 あの、雨の日のことを思い出しながら話した。
「ライラがああなった時あたし、とにかく泣きまくってしまった。そしたらさ、胸の痛みが収まった。それはほんの少しだったけれど、それでも随分楽になったんだ。あたしじゃシエンの悲しみを支えることなんて出来ないかもしれないけれど、少しでも軽くしてほしいから……。だから、今は泣いちゃえ」
「――ッ、セティ……ッ」
 あたしが言い終わると、シエンは瞳からだーっと涙を溢れさせた。いつもからは想像できないくらい、ぐしゃぐしゃな顔で――。
 大の男が泣くなんて情けない、なんて言葉は出てこなかった。
 男だから泣くの我慢しろ、なんて変な話だ。あたしは、やりきれなくてどうしようもなくなってしまった時は誰だって思いっきり泣けばいいと思ってる。
 感情を我慢してなんになるんだ。我慢して、我慢して、我慢した先には何があるって言うんだ?
 ……自分もたまにそういう事をするから強くは言えないんだけれど……。
 でも、今は。今はそう思ったし、感情を誤魔化さないで素直に出してるシエンの姿にとても、安心した。安心してつられて泣いた。
 シエンの涙が収まった頃、彼は急に照れくさそうに話し出した。
「……僕が泣いたの内緒ね。マーグには心配かけたくないし、ロウに知られたらまーた泣き虫って馬鹿にされるから」
 まだ涙で濡れている瞳を悪戯っぽく笑わせながら、立てた人差し指を口元に持っていく。その仕草が可笑しくて、思わず笑みをこぼしてしまう。
「うん、分かった」
「セティは口が堅いから、こういう約束は安心して出来るよ」
「そうかな? どういたしまして」
 あたしが礼を言うと、シエンはどこか晴れたような表情で空を見上げた。それから、改めてこんな事を言い始める。
「ありがと。君がそばにいてくれてホンッと助かったよ。確かに泣けばすっきりするけれど、一人で泣いてたらきっともっと辛かった」
 その言葉にすごく嬉しくなって、あたしは多分、満面の笑みだったと思う。
「そっか。シエンが楽になってくれたんならあたしはそれで満足だよ! いつまでもへこんだシエンの冴えない駄洒落なんか聞きたくないしね」
「あはは、冴えなかった?」
「あ、普段も冴えないか」
「言うね君」
 シエンは苦笑しながらあたしの頭をこん、と小突いた。その頭を抑えつつ、あたしはどうしてもシエンに言いたかったことを口に出す。
「シエン、ひとつだけ約束してくれるか」
「なに?」
 頭から手を離し、真っ直ぐにシエンを見つめる。
「――もう、無理して笑わないで」
 あたしの言葉に、シエンの表情がびくりと硬直した。
「お願いだから。辛かったりきつかったりしたら言って。あたしだけじゃ頼りないけど、マーグも、ロウもいるんだから」
 あたしが言い終わってから少しの、間。シエンは真剣な顔で頷いてくれた。
「分かった。もうしない」
「うん!」
 その返事が心から嬉しくて、大きく頷き返した。
 シエンは目を細めてあたしを見つめた後、やわらかく微笑する。
「それじゃあ、戻ろうか。泣いたらお腹が空いた」
「そうだね! 食事……今夜は凄いから」
 いろんな意味でね。
「ほんと?! マーグの作る料理はいつでもおいしいからね。楽しみだな☆」
 あたしの意中などつゆ知らず、シエンは嬉しそうにそんな事を言っていた。


 マーグとロウのところに戻る途中、こんな事が頭の中をめぐる。
 シエンは一人で泣いてたら辛かったかもしれない、そう言ってた。
 あたしも、あの時一人だったらあんなふうに思いっきり泣けなかったと思う。
 あの時は多分、ロウに支えてもらってたから思い切り泣けたんだ。あそこでロウがああしてくれたから安心して泣けたのかも。
 雨の中は刺すように冷たくて痛かったけど、背中に回された腕の温かさはとても……。
 もし、ああしてくれなかったら――。
「――!」
 そこまで思い返したら一気に顔が熱くなった。今鏡を見たら茹蛸が一匹現れるに違いない。自分でもわかる。それを必死で振り払い、なんとか頭を切り替える。
 支えあえる仲間がいるあたしは、もしかしたらすごくすごく、幸せなのかもしれない。




◆    ◇    ◆    ◇


 洞窟に入ってから、もう何日が過ぎたんだろう。日付の感覚は麻痺しかけていた。それぐらいこの洞窟の中を彷徨っている。上を見上げても岩壁の天井が続くばかり。行けども行けども出口が見つけられない。
 そして地上より遥かに手ごわい魔物たちとの戦闘。
 一瞬とも気が抜けない。神経が切れそうだ。早く此処から出たい。
 それなのにオーブなんてどこにも見当たらない。
 本当に、此処にあるんだろうか。
 そんな疑問で頭の中がいっぱいになる。
 こんな事は思いたくない。情報をくれたサイモンさんが、あんなになってまで嘘なんかつくはず無いんだから。
 でも、これだけ探してもないなんてやっぱり――でも!
 ……そんな葛藤を繰り返し繰り返し続けているせいか、時間が経つごとにイライラが募っていた。
「あれ。此処さっきも通らなかったっけ」
 ポツリとシエンが呟いた。
「そんなッ。私たちは真っ直ぐ歩いてきたはずよ?!」
 こんな状況で、流石にマーグもイライラを抑えきれなくなってきてるらしい。少々ヒステリックな感じで怒鳴る。
「無限回廊か」
「ッ、何それッ」
 ロウの言葉に声をあげるシエン。
「セティオは地球の臍の最初の回廊、何とも無かったか?」
「あー、あそこ? 歩いても歩いても同じ道が続いて、ちょうど今みたいな」
 あたしの答えに頷いて、ロウ。
「どんな原理の仕掛けかはわからねえけど、此処も同じなんだと思う」
「ひー、何なんだいこの洞窟ッ。無限回廊っていうのはどうやったら抜けられるのさ?!」
 頭を抱えてシエン。
「来た道を少し引き返せば抜けられるはずだよ」
「ほんとなんだよね?」
 答えると、不安なのか念を押してくる。
「此処が地球の臍と同じならな」
 あたしの代わりに答えながら、ロウは方向転換して歩き出す。
「……もう、無駄なのではないかしら」
「へ?!」
 続いて歩きかけた矢先だった。驚いてマーグを見つめると、彼女は目を伏せてもう耐えられないとばかりに先を続ける。
「ここには無いと思うの。これだけ探しても見つからないのよ? もう、誰かに持ち去られてしまったのかもしれないわ」
「……」
 あたしが、――たぶん、あたしだけじゃない。みんな考えていたことだと思う。でも、それを口に出すことは駄目だと思ってた。出してしまえば、何かが無駄だったと感じてしまうから。
「でも、もうちょっと探してみようよ」
 無駄にしたくなくてあたしがそう言うと、マーグは深く息をついて首を横に振る。
「これだけ探しても無いのよ。もう、無駄に決まっているわ」
「でも、サイモンさんは確かにネクロゴンドに最後のオーブがあると言っていた。だから、きっとここにあるんだよ! まだ行っていない場所があるかもしれないし!」
 何とか説得しようと思って力いっぱいそう言ったら、マーグは呆れの混じった声になった。
「でもでもってセティオ……これ以上無駄なのよ。無い物をいつまでも探しつづけるなんて馬鹿げているわ。それより一度此処を出て、他を探しましょう」
「……でも」
 それ以降言葉が出てこなくて黙ると、今度はシエンがすまなそうに口を開く。
「……ごめんだけど、僕もマーグに賛成だよ。サイモンさんがああなってまで嘘を言うとは思えないけど、此処まで探したのに気配すらないなんておかしいじゃないか。もしかしたら、マーグの言うように誰かに持ち去られてしまった後なのかもしれないし」
「そんなッ、ふたりとも……」
 二人の意見に押されて、救いを求めてまだ意見を言ってないロウの方を見る。あたしの視線に、ロウは少し困ったような表情を浮かべて、
「俺もどっちかっつうとマーガレットの意見に賛成なんだけどよ……」
 ……。
 でも。
 サイモンさんはここだって言ったんだ。
 考えを変えられないあたしは頭が固いんだろうか。
 でも、きっと此処なんだよ。なんとなくそんな気がする。五つのオーブたちだって近い、そう言ってる気がする。
 ……でも……これ以上みんなをつき合わせるのは、確かに無駄なのかもしれない。気力も体力も、食糧すらつきかけてるんだ。
 あたしはひとつ決心して、みんなに言った。
「それじゃ、みんなは洞窟出て他を当たってみて。あたしはサイモンさんを信じてもう少し探してみる事にするから」
 そしたら途端にみんなの表情が変わった。
「はぁ?!」
「何を言ってるの!?」
「だって、あたしは此処だと思うから」
「そんな事いったって独りじゃ危険だよ! 第一、ロウがいなくてどうやって戻るっていうんだい?」
「戻りは大丈夫。あたしもリレミト教わった。危なくなったらすぐ脱出できるから」
 そう帰すと、シエンは頭を抱えて言う。
「ああもう、そんな問題じゃないだろー?!」
 ああ言えばこう言う状態が平行線気味に続く。おかげで此処までずっと我慢していた何かが、とうとう切れた。
「じゃあどうしろって言うんだよ?!」
「分からないわね……此処にはもう見込みが無いから他の場所を探しましょうといっているのよ」
 思わず怒鳴ると、聞き分けの無い子供に言い聞かせるようにマーグ。
「あたしは此処だって信じてるからそれは嫌だ!」
 返すあたしの言葉は駄々っ子みたいだと頭の端でちょっと思った。
「信じたってない物は無いのッ!」
「それじゃ此処以外見当つく場所でもあるって言うのか?!」
「それは無いけれど、とにかく此処を出て情報を集めるのよ」
「どこから? どうやって?!」
「ああもう二人とも落ち着いてよ! こんなところで口論したって何にもならないだろ?!」
「――ッ、お前らちょっと黙れ」
 あたしたちが言い争ってる間口を閉じたままだったロウが唐突に口を挟んで来る。
「黙っていられるかッ! 大体――」
「いいから黙れつってんだッ!!」
「ッ」
 反論しようとした瞬間一蹴された。その剣幕に思わず口を噤む。
 シーンとなった時、どこからともなく声が響いた。
【ククク……もっと続けたらどうだ? 憎しみ合う心、我々には大変心地が良い】
「!」
 聞き覚えのある声と気配を感じた瞬間、全身の肌が粟立った。なのに感じるのは気配だけで、姿は見えない。
「ど、どこなの?!」
「どこにいるッ?! 姿を見せろ!」
 叫んだ瞬間、前方の闇が不自然に揺らいだ。闇はどんどん集まり、形を形成していく。そして現れたのは赤黒いローブの、フードの隙間からどす黒く濁った眼を覗かせた魔導師。
「アークマージ」
 名を呟くと、アークマージは喉の奥で笑いながら、あたしたちを見回した。
「人間とは愚かな物だ。一時の感情に、今まで築きあげてきた信頼や絆すら忘れる事が出来るのだから」
「ッ?!」
 その言葉に気付かされる。
 今あたしは、自分の考えを分かってくれないみんなが凄く腹立だしかった。意地でも突き通そうとすることばかり考えて、怒鳴り散らた。マーグの考え、みんなの考えを完璧に無視して――ッ。
 後悔のような感情が頭の中を駆け巡っていく。
 悔しいけど奴の言うとおりだ。反論できなくて奥歯をかみ締める。
 そんな間も、アークマージは続ける。
「あの男も愚かだった。つまらん情に流されて我の命に背いた。素直に従っていればよかったものを……」
「あの男……まさかカンダタ様のことか?」
 シエンの表情が険しくなる。アークマージは答えすらしなかったが、その沈黙は肯定にしか取れなかった。
 あの時のことを思い返す。
 崩れたカンダタ、不自然な衝撃、爆発――ッ!
「あの時の衝撃波、まさか貴様が」
 シエンが震える声を抑えて問うと、アークマージはにぃ……と笑みを浮かべた。
「使えぬものは排除する。合理ではないか?」
「!?」
「赦せない――!」
 このカっとなりやすい性格はもうどうしようもないらしい。気が付いたらシエンより先に飛び掛っていた。振り上げた剣は確かにアークマージを捕らえた。斬るッ! 渾身の力を込めて剣を振り下ろす、だけど
「ッ、あれ?!」
 あまりにも軽い手ごたえに声をあげてしまった。確かに当たったと思ったのに。なのに剣は虚空を切っただけだった。
「セティオ危ねぇ!」
「えッ?!」
 ロウの声にうろたえ、アークマージの姿を探そうとしたその時。
「愚かな」
 後ろから声がして驚愕した。
 首筋に感じた冷たい感触。
 吹き出た汗が、頬を伝って落ちる。
 う……動けない。少しでも動いたら殺される。直感で、そう感じた。息すら出来ない――。
 かつて無い緊張に、喉が痛みを発するくらいの渇きを訴えてきた。その、気が遠くなるような緊張の中不意にアークマージが……嘲笑った。
「ククク……まさか此処まで成長するとは思いもよらなかったぞ? やはり最初のうちに息の根を止めておくべきであった」
 言葉とは裏腹で、何処か楽しげな口調だった。
「しかし此処までの足掻きはなかなか興味深いものでもあった。お前たちがどう足掻こうと、例えバラモスを打ち倒そうとも闇は消えぬというのに」
 そして最後の方は、あたしの耳元で囁くように低い声で――ッ。その圧倒的な圧力に負けそうになりながらも、勇気を振り絞って声を出す。
「ど、う……いう、意味だ」
 声は震えた。あたしの様子に、アークマージは更に楽しそうに笑う。
「クク……クククク……この世界はいずれ、お前たちなど手も出せぬ暗黒の闇に覆われる」
「ッざけてんじゃねえ」
 アークマージの発言後、ロウが声を上げた。アークマージはロウの方に視線を移し、表情を変えないままで続ける。
「ほう、あの時の。今度は失望させてくれるな?」
「――ッ!」
 ロウとの会話中、アークマージの拘束する力が緩んだ。不可解に思いながらもあたしは慌てて其処から逃げ出し、ロウとアークマージの方に視線を向ける。
 ロウはあたしが完全に魔法の範囲から抜け出した事を確認した後、解放の言葉を口にした。
「――風よ、悪しき者どもを裁く輝きの刃となれ。白き真空、バギマ!」
 瞬間、風が変わる。微かに流れていた洞窟の風が、どんどん突き出されたロウの手のひらに集まって――これは、あの時ロウが使いこなせなかった、風の呪文!
 今度は完璧だと思った。強い輝きの白い疾風が、刃となってアークマージに襲いかかる。
 ――けれど。
 バギマで得られた結果は、奴の衣の端が千切れただけだった。その結果に、ロウは動じた様子はなく舌打ちしただけだった。
 アークマージは喉の奥で笑う。
「少しはましになったようだな。こうでなくては面白くない。さぁて、つぎは我の番だ。いでよ、誇り高き地獄の騎士たち――」
 あたしたちは反射的に身構えた。
 アークマージはまた魔物を召喚したに違いない。その証拠に、殺気を感じる。
「! 下から何か来るッ」
 シエンの声。殺気はバハラタの時と同じ、地中から発せられていた。
「最後のオーブが欲しくばこやつらの屍を超えて進め。人間風情がどこまで出来るのか……もっと足掻き、我を楽しませてみせるがいい! ククク……クククク……!」
 アークマージは戦闘体制に入ったあたしたちに向けてそんな言葉を吐き捨てた。そして闇にとけ込むかのように、その姿を眩ませる。不気味な耳に残るような笑い声だけを残して――。
 また――逃げられた。
 そのおちょくるような態度に、苛立ちは頂点に達する。けれど、今は。
 地中から次々に現れる、六つの腕を持った骸骨の騎士たちを相手にしなければならない。
 目の前の騎士たちを見据えて声を張り上げる。
「やるぞみんな。こいつらを片付けるッ!」


 長い激戦の末、なんとか地獄の騎士たちを片付ける事が出来た。
 それぞれ思い思いの場所で息を整える。
 その時、会話は、出なかった。
 そんな空気に耐えられなくてあたしは、呟く。
「……ない」
 出た声は、震えた。
「え?」
 一番近くにいたシエンが聞き返してくる。
 あたしはちゃんと言いなおす。
「負けない!」
 声を張り上げると、マーグとロウもこちらを見た。
 まだ駄目だ。勇気が足りない。気合を入れるためにも、怖さを振り払う為にも、続ける。
「そんな闇になんか負けない! 絶対に負けない! 負けてたまるかああぁあ――ッ!」
 決意を絶叫する声が、洞窟の中に反響した。おっしゃ気合入った! それが収まりきらないうちにあたしは、凄い勢いでみんなに頭を下げた。
「何?!」
 あたしの奇行に驚いたのか、シエンが声を上げる。マーグとロウはぽかんとしたままあたしを見てる。構わずあたしは勢いに乗って続ける。
「さっきはごめんなさい! アークマージの言うとおりだった。上手くいかないイライラとか焦りで、みんなの気持ちなんかどうでもよくなってた。あたしは自分の考えを突き通すことしか考えていなかった。みんなの意見もちゃんと考えて行動しなきゃいけなかったのに――だから本当にごめんなさい!」
 頭を下げた姿勢のまま、みんなが反応を返してくれるのを待つ。その間、緊張で心臓の音が大音量で耳元に聞こえていた事を告白する。
 長い長い沈黙の後。
 やがて、一つ息をついた後マーグが口を開いた。
「……貴女を責める事はできないわ。私も同じだもの。もうここにはないのだと決め付けていた。まだ行っていない場所があるかもしれない、それも分かっているのだけれど、これ以上はもう、この洞窟にいたくなかったの……。そんな気持ちが優先されて、あなたを傷つけたわ。セティオ、本当にごめんなさい」
「マーグ」
 顔を上げると、マーグは力ない笑みを浮かべかけて俯いた。
 続けて、シエンも話し出す。
「僕も。絶対に話を聞こうとしない君に、どうしようもなく腹が立った。あんな事言ってごめん、セティ」
 しゅんとしてシエンも頭を下げてくる。
「……俺も同じ。悪かった」
 ロウは言葉は少なかったけど、目を見たら後悔してる――そんな感じが見て取れた。それ感じたら、なにか目頭がじわぁ……と熱くなってくる。
「みんな……ッ!」
 それを誤魔化すために、あたしは笑顔を浮かべた。みんなはますます呆気にとられたような顔になった。そんな反応にあたしは右手を差し出して首を横に振る。
「お互い謝ったしもういい事にしよう。んで、仲直りの握手しよう!」
「セティオ」
「だって、そうしなきゃ先に進めないよ! いいよね?」
 何を甘いこと言ってるんだろう。手を差し出したまま我に返って、あたしはこんな自分に嫌気が差してきた。
「……なんて。ごめん。こんなのですむはずが無いよな」
 手を引っ込めようとしたら、その手をぎゅううっとつかまれた。
「いいえ。私も、これでいい事にしたいわ」
「マーグ」
 驚いて顔を上げると、ロウがマーグの手の上に手を重ねる。
「俺も。引きずっても仕方ねえだろ」
 ロウが言い終わった後、残ったシエンは両手で包み込むようにあたしたちの手を握り、にこぉ! っと盛大に笑った。
「みんなの気持ちは通じ合った。これでいい事にしちゃお☆」
 ――瞬間、こわばっていた空気が解けていくのを感じた。
 ああ、大丈夫だ。
 あたしたちは、大丈夫だ。
 絆、ちゃんとある。
 対立したって、ぶつかり合ったって、ちゃんと話せば分かり合える。
 そう感じたら、肩の力がすぅ……と抜けた気がした。
 自然に笑顔がこぼれる。
「見たかアークマージ! たとえ一時忘れようとも、僕たちの絆はそう簡単に壊れたりしないのだ! あっはっはっはっは――!」
 握り合っていた手を解くと、シエンはそんな事を叫びながら笑い出す。
 思わず、マーグの顔を見た。
「なにかめちゃくちゃ恥ずかしい気がするのは何でだろう?」
「……そうね。あんな風に言葉にされると少し照れくさいわ」
「恥じることは無いよ☆ああ、仲間っていいなあ☆」
 スキップ混じりの軽快な足取りでシエン。
「……」
 ロウは言葉を発しないまま、他方を向いてこっそりため息をついてた。
「さて! 話はまとまったわけだけど……どっちに行って見ようか?」
「アークマージの言い方では、此処にオーブがあると見て間違いはなさそうよね……ん?」
「どうしたのマーグ?」
「セティオ。その荷物、どうしたの?」
「荷物?」
 マーグに荷物の荷物を指差されて、何かと思い見てみると。
「あれ? これってひ……光ってる?!」
 あたしの荷物から、なにか光が漏れていたんだ。驚き慌てふためいて荷物のふたを開けると、
「五つのオーブが!」
 シエンが驚きの声を上げる。そう、中に入れていたオーブたちが洞窟内を照らし出すくらい強い光を放っていたんだ。オーブの光はやがてひとつとなり、ある一方向に向けて銀色の筋を作る。
「もしかして何かを指してるのか?」
 思い立って荷物の位置を変えてみる。けど、光が示す方向は同じだった。
「これは、最後のオーブへと導く光だったりして?!」
「わからない。けど、光の指す方向に向かってみる価値はあると思う!」
「行って見ましょう!」
 あたしたちは光の指し示す方角に向かって進んだ。
 やがて、周囲が明るくなっていく。まちがいなく、地上の光――!
「見て、出口――!」
 走り抜けて浴びる、光。
「ゥ――」
 久々の太陽の光に、眼がつぶれるかと思った。
 オーブの光はまだ、消えない。
「一体どこを示してるんだろ?」
 洞窟を抜けても、光はまだどこかに向かって伸びている。それを追うようにして進むと森の中に入った。
 まるでノアニール西の森に似た、神聖な雰囲気の漂った森。森の中をしばらく進むと、祠がひっそりと佇んでいた。
「光はあの場所を指してるみてぇだな」
「ん」
「そうか、あそこに行けば最後のオーブが手に入るんだね!」
「おそらくそうだと思う。けど、何があるか分からないから慎重に行こう」
 本当は走って行きたかった。けれど、此処で油断して何かあったらそれこそ馬鹿だ。はやる気持ちを抑えて、何が起きてもいいよう構えながら祠の中に足を踏み入れる。

「よくぞ……よくぞ此処まで来られました。5つのオーブに導かれし勇者よ」
 あたしたちを出迎えたのは、黒い法衣を身に纏った老人だった。どこか神聖な雰囲気さえ感じる老人は、あたしたちの姿を認めると微笑んで声を詰まらせた。
「貴方は?」
「私はクラーズ。最後の宝珠、シルバーオーブの守り手です」
「シルバーオーブ……じゃあ、やっぱり此処に!?」
 あたしの問いにクラーズさんは頷いて後ろの祭壇に置いてあった箱を手に、あたしの前に立った。
「五つのオーブを集め、ネクロゴンドの洞窟を抜けることが出来たあなたはまさに勇者。最後のオーブを手にする資格は十分にあります。さあ、お受け取りなさい」
 クラーズさんは箱を開け、中身を見せてくれる。
 そこから溢れるのは、銀色の光――!
 恐る恐る、それを手に取る。独特の、仄かな暖かさと質感。
 間違いなく、オーブ……ッ!
「ありがとうございます!」
 いままでの道のりを思い出してつい、感慨深くなって涙ぐみながら礼を言うと、クラーズさんはにっこりと微笑んでひとつ、頷いた。
「これから私たちはどうすればいいのでしょう?」
 マーグが問うと、クラーズさんは頷いて答えをくれる。
「聖地レイアムランドへ向かいなさい」
「レイアムランド?」
 反芻すると、シエンが地図を開く。
「此処から南下した氷の島……だね」
「そう、一年中氷に閉ざされた極寒の地。さあ、お行きなさい。其処にひっそりと佇む神殿で、不死鳥はオーブを待っているのです!」

 ついに揃った六つのオーブ。
 胸が、激しく動悸する。
 湧き上がってくる希望に、あたしは動悸を抑える事が出来なかった。
 バラモスに手が届く。
 とうとう、その目前まで辿り着いたんだから!

 もうすぐ。もうすぐだ――バラモス。

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2006.12.07開設

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Author:愛琳

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