第十四章 極光、復活の時



  第十四章 極光、復活の時



 レイアムランドは、蒼と白の島だった。
 蒼い氷の山、抜けるような澄み切った空、一面見る限り白い平原、煌く空気。どれをとっても見たことが無いくらい綺麗で――。
 驚いたのは、太陽が地平線から一定の線を保って昇ろうとしなくなった事だ。
 ロウの話じゃ地軸がどうのこうのらしいんだけど、さっぱり意味が分からなかった。だってこの世界は丸いなんて……信じられるか? 立ってられなくて落ちちゃうじゃないか。どこに落ちるかわかんないけど。
 本人もある学者の本読んで考えた推測だって言ってたから、本当の所は全然分からない。まったく不可思議だとは思ったけれどこの薄暗い光に照らされた景色はとても幻想的で、理屈なんかどうでも良くなってしまうくらい――ここは、とても美しい島だと思えた。
 けれどこの島は、美しいだけじゃなかった。美しさの裏には刺が潜んでる。まさにそれだと思った。
 この島は上陸するかしないかの所からあたしたちに牙を向いてきた。気温は氷点下をあっという間に越えた。こうなってくると肌に感じるのは寒いじゃなくて痛いだ。
 そんな気温で凍り付いている海。氷に阻まれて進めなくなる事が何度もあった。船は凍り付いてあちこち故障だらけになった。絶えず動いている氷山にぶつからないようにする為に見張りは一時も欠かせない。それなのに吹き荒れるブリザード。
 そんな中とうとう、あたしたちの船は船底を氷にえぐられて大ダメージを喰ってしまった。それこそ修復不可能なくらい――。
 ライラからもらった大事な船だった。愛着……わいていないはずが無い。
 それでもあたしたちにはもう、船を諦めて先に進む選択肢を選ぶことしかなかった。幸い、船が故障した場所は岸辺だった。それだったら、いつまでも船の残骸を見つめていないで先に進まなくては。
 海を渡る唯一の移動手段を失ったんだ。此処から出るためには、不死鳥に望みを賭けて……進むしかない。
 何もかもが想像を絶する氷の孤島。
 あたしたちは確かに聖地と呼ばれても不思議じゃないその島を、クラーズさんに教えていただいた神殿目指して進んでいる。
 けれど……進んでいるはずなのに、景色は変わらない。それどころかブリザードが、時間がたつにつれて酷くなっていく。今じゃもう見渡す限り全部が白に包まれた。みんなの背中がかろうじでしか見えないくらい。
 まるで、白い闇だと感じた。
 目を閉じても、開いても闇。
 そして静寂。
 耳を掠めていく吹雪は轟音なのに――音がみんな、白に吸収されてしまうんじゃないかと思うくらいの静寂。
 そんな中で聞く自分の鼓動。耳元でやたらと大きく、激しく鳴り響いている。
 ……。
 みんなと一緒なのに、この心細さは何だろう。
 もし、今かろうじで見えているみんなの姿が、このまま白に溶け込んでしまったら――。
 そんな想像をしたら恐怖が襲ってきた。心底怖いと思った。こんな白い世界を独りで彷徨うなんて考えただけでも正気でいられないッ!
「みんな――大丈夫?」
 もう黙っていられなくなって声を出した。かろうじで見えていた皆が振り向く。その顔すら白い霞がかかっていて……余計不安になった。
「まだまだ大丈夫!」
「なんとかね。けれどこのブリザードじゃ方向を見失いそうだわ」
「それでも進まなきゃ! みんなはぐれない様に付いて来るんだぞ~!」
「わかった!」
 シエンの声に返事を返すと、みんなまた前を向いて歩き出す。
 皆の声が、壁一枚おいたような感じで聞こえた。
 ……
 消えない不安。どうしようもなくなってしまって、立ち止まってしまった。立ち止まっちゃいけない。はぐれるじゃないか。
 でも……ど、どうしよう。
 頭の中まで真っ白になったのか。
「置いてかれるぜ」
「!」
 急に鮮明に聞こえたロウの声に、心底驚いて顔を上げた。一度は前を向いて歩き始めたのに……?
「う、うん!」
 反射的に返事を返して一歩を踏み出そうとする。けど、なんなのか……何かが色々と入り混じった震えに足が、動こうとしない。そんな様子に見かねたのか、ロウは動こうとしないあたしの前まで移動する。それから、
「お前こそ、大丈夫かよ」
 聞かれてあたしは……俯いて、ロウの腕をぎゅっとつかんだ。
 腕が、細かく震える。
 それはあたしの震えが伝わってなのか、それともロウ自身のものなのかは判らなかった。それぐらい、感覚が麻痺したみたいにおかしくなっている。
 この行動に対してロウは何も言わない。この体制じゃ表情も見えない。
 それをいい事に、あたしは。
「……しばらく……しがみついて歩いてもいい」
「……」
 ロウは少しの沈黙の後、ぎっちりしがみついていたあたしの腕を解いた。
「っ」
 非難の目を向けようとして、やめる。
 そう、だよな、歩きにくいもんな。判ったけど……泣きそうになってしまった。
 けどロウはそこで予想外の行動に出た。
「わっ」
 解いた右手をそのまま掴んで歩き出したんだ。それに引きずられる様に、あたしも歩き出す。

 そんな状態に、妙に安心していく自分に気が付く。厚い防寒具の上。手の体温が伝わってきているわけじゃない。だけど――。
 白で何も見えない今は、ロウと繋いだこの手だけが、頼りだった。



◆    ◇    ◆    ◇


 それから何処をどう歩いたのかよくは覚えていない。白い視界の中を迷うことなく進み、辿り着いた場所は小さな神殿だった。
 オーブの導きだったのかも知れない。はっきりは分からないけれど……。

「お待ちしておりました」
 あたしたちが神殿の入り口に辿り着いた時、澄んだ声があたしたちを迎え入れた。そこにいたのは背格好も服装も同じ、顔さえも瓜二つな女性がふたり。
 流れる翡翠色の髪の毛、透き通った紅玉の瞳、純白の着衣から覗く乳白色の肌。耳が長く尖っている事や感じられる独特の雰囲気から、彼女たちはエルフだと言うことが分かった。
「あなた方は?」
 マーグが尋ねると二人は会釈をして、かわるがわるに自己紹介をはじめる。
「私はレイ」
「私はメイ」
「私たちは、ラーミアを守る双子の姉妹にございます」
「オーブを全て集めし勇者様、レイアムランドへようこそいらっしゃいました」
 恭しく礼をされ、あたしもつられるように頭を下げる。
「は……っ、はじめまして、あたしはセティオです。じゃあ、クラーズさんの言ってた神殿とはここで間違いないんですね?」
「はい。あなた方のことは伺っておりました」
「大変でしたでしょう? さあ、中でお休みになって下さい」


 ブリザードの中を歩いてきた身体は思った以上に疲労していたらしく、温められた部屋に通された瞬間眠気に襲われた。耐えられなくて、重装備だった防寒具を脱ぎ捨ててその場にばったり倒れてみる。
「あ~……あたしたち生きてるね」
 倒れこんだまま思わずそんな事を口走ると、同じくばったり倒れこんでシエンもこくこく頷く。
「そうだねえ。船が壊れてから今まで休憩っていう休憩もしなかったしほんとつかッ」
「は? シエン?」
 変に途切れた言葉に驚いて顔を上げると、シエンの背中に片足を上げたロウと目が合った。
「もう、ロウったら」
 苦笑混じりにロウの後ろに立っていたマーグが名前を呼ぶ。ロウは無表情なまま、
「入り口でふざけるシエンが悪ぃ」
一言言い放ち、シエンから降りて靴を履きなおす。シエンは自分の身が軽くなった瞬間起き上がり、ロウに思いっきり非難の目を向ける。
「踏むこと無いだろー!」
「だって邪魔だった」
「どいて頂戴★とか言ってくれたらすぐにどいたさ!」
「土足じゃなかっただけ優しいじゃねえか」
「ああ、それは確かに優しいや。って、そう言う問題じゃなくて!」
「いいじゃねぇかもう」
「よくない! 足蹴にするなんてあんまりだッ。もし踏まれた衝撃に臓器破裂したりしたらどーすんの?! 責任取れるかい?!」
「俺そこまで強く踏めねえし」
「うーぎー! いちいちずらすなよー!」
「――」
「――!」
 しばらく終わりそうも無い。いちいち解説するのもばからしいし、見てる方が面白いから傍観を決め込んでいると、いつのまにか隣に腰をおろしたマーグがくすくす笑っている事に気が付く。
「なんかひさびさだよね。二人のああいうやりとり」
 言いながら笑いかけると、マーグも笑い返してくれる。
「そうね、ここまで張り詰めてきたもの。せっかくだからしっかりと休みましょう」
「うん」
 ほんと、此処まで限界ぎりぎりと言ってもいいくらい神経を張り詰めてきたんだ。ひさびさにゆっくり休めるとあって、みんな緊張の糸はすぐにほつれたみたいだった。
 その後しばらく気の抜けたような状態で少し会話をした後、あたしたちはひさびさのベッドで眠りにつく事になった。




◆    ◇    ◆    ◇


 それぞれが毛布に潜り込んで何時間か過ぎた頃、ふと目が覚めた。誰かが部屋を出て行くような気配を感じたから。起きあがり、部屋の中を見渡してみる。隣のベッドのマーグはいる。向かい側のシエンもいる。
 窓側の奥のベッドは、空になっていた。
「ロウ、か」
 呟いて、黙る。
 また寝てもよかったんだけど、出て行ったのがロウだと分かった瞬間寝なおす気が失せた。自分がどういうつもりでこんな行動に出ようとしたのかいまいち理解出来なかったけど――とりあえずベッドから降り、脱ぎっぱなしにしていた防寒具を羽織って二人を起こさないように部屋を出る。
 と、部屋を出てみたはいいけど何処行ったか分からなかった。仕方なく、神殿の中をうろついてみる。入り口に差し掛かった時、外への扉が少し開いているのに気が付いた。
 もしかして外にいるのか? こんな寒いのに。
 怪訝に思いつつドアの隙間から外を覗いてみると……いた。
 ロウは階段に座り込み、手すりにもたれて俯いていた。
 何してるんだろう。
「ロウ……?」
 思い切って声をかけてみるとロウはあたしに気が付いていなかったらしく、弾かれたようにこちらを見た。それから、ため息混じりに力を抜く。
「……んだよ、セティオか」
「眠れないの?」
「ああ。お前も眠れねえの」
「多分……」
 別に眠れないって言うわけじゃなかった。……でも、眠れなくなったから此処に来たんだよな? 妙に引っかかって曖昧に頷いてしまった。
 それに対して、ロウは特に反応を返してこなかった。
 思わず、どうしたらいいものかと焦ってしまう。焦ったところで、謝らなきゃいけなかった事があることを思い出した。
 とりあえず、場を繋げるためにも謝っておく事にする。
「あの、ロウ」
「何」
「昼はごめん。手、引っ張ってくれて」
 言葉にするのはとても気恥ずかしかったけれど意を決して口に出したら、あっさりした言葉が返ってきた。
「怖かったんだろ。お前が身の危険感じた時何かにしがみつく癖ぐらい知ってる」
「ッ」
 そんな癖あったっけ……一瞬考えたけど身に覚えが無いわけじゃなくて、思わず赤面してしまう。
「ほんとにごめん。今度から気をつける」
「そうだな」
 謝ったらそんな返事が返ってきて、急に沈むような気分に襲われた。あたし、どんな言葉を期待してたんだ? 当然の反応じゃないか。なのに。
 訳も分からず動揺して、なんて返したらいいか分からなくなって、開きかけた口を閉じた。
 黙ると、ロウも黙ってしまった。
「……」
 また、沈黙。どうにも会話が続かない。
 話がしたいのに、何を話したらいいかが分からない。何度か話題を思いついて口を開こうとしたけれどまたそっけなく返されたら、そう思うとどうしても声が出てこなかった。
 表現できない苦しい気持ちをを引きずったまま、あたしはロウの背中から目を離す事が出来なくなっていた…。
 しばらくそのまま突っ立っていたら。
「他に用でもあるのか」
 振り向かないままだったけれどロウが口を開いた。沈黙が溶けてほっとする。けれど、これといった用なんてもう思いつかない。
「……無いけど」
「疲れてんだろ。戻って無理矢理でも休め」
「ん……ロウは?」
「まだいい」
 確かに疲れてるし、寒いけど――ロウが此処にまだいるって聞いたら戻る気になれなかった。さっきから自分の行動が訳わかんないよ。それでも自分がこうしたいって思ってる事に間違いは無いから、それに従っておく事にする。
 思い切ってロウの隣――少し距離を置いたところだったけど――に座り込む。彼はそんなあたしを怪訝に見た。心臓はばかみたいに早鐘を打つ。
「何座ってんだよ。戻れっつの」
「まだ此処にいたい」
 視線が怖くて、それでも俯いたまま答える。
「何でだよ」
「自分でもわかんない」
 思ったことを口にすると、ロウは一瞬黙った。その後、白い息を吹き上げながら呆れ混じりの声を出す。
「……訳わかんねぇな」
「うん」
 まったくその通りだったからそれに頷いたら、ロウはもう好きにすれば? そんな態度であたしから視線を外した。
 それを受けて、あたしは視線をロウへと向ける。
 長めの前髪からすぅっとのびた顔の線。その横顔からはやっぱり何を考えているのかなんて読み取ることは出来ない。
 思わず、ため息をついた。
 あたしはやっぱり変だ。皆と一緒にいる時はなんてこと無いのに、二人になると変になる。でもそれは心地よくて……ずっと感じていたいくらい。
 これ以上ロウを見つめていたら、もっとおかしくなりそうだ。直感でそう思い、慌てて視線を空へと向ける。
 吹雪が止んだ今、漆黒の空には無数の星たちが瞬いていた。
 冴えた空気を通して目に映るそれは、何処で見た輝きよりも強く、美しく感じられる。
 思わず目を細めてしまう。
 こんな時、あたしは旅の目的を忘れてしまう。
 魔物が潜んでいることなんて忘れてしまう。
 世界はなんて綺麗なんだろう。
 ただその言葉だけが、頭の中に浮かんでくる。
 アリアハンにずっといたら、こんなに綺麗な星や輝く空気なんて見ることは無かった。旅に出て2年と少し。その間にいろいろな物を見てきた。綺麗なものも、怖いものも、腹が立つようなものも、見たくないようなものも。
 その旅は、もうすぐ終わる。
 旅の終結、バラモスを倒す、もしくは敗れて死んだ時。
 ……勝てるのかな。
 あたしたちみんな、生きて帰れるのかな。
 誰かが死んだりしたらどうしよう。
 あたし、死んだらどうしよう。どうなるんだろう。
 でももしアリアハンに生きて帰れたとしても、それからあたしは何をするんだろう。
 ここまで、目標はどこまでもバラモス討伐。
 だけどそれからは? それからなんて、考えた事は一度も――
「セティオ?」
 急に話しかけられて、心臓がはねた。
 顔をロウの方に向けると、ロウは心配そうにあたしを見ていた。
「っぁ……?」
 ――。返事を返そうとしたのに、うまく言葉が出てこなかった。その代わり口から出たのは掠れた、変な声。
 そんなあたしを見るロウの眉間にしわがよる。
「なんて顔してんだよ、お前」
 今、どんな顔をしているのか大体想像は付く。
 言葉を返せなくて目を逸らそうとしたけれど、出来なかった。心配そうにあたしを覗き込むロウの顔が、目が、とても優しかったから。
 さっきまでの態度が嘘みたいで……あたしは多分、ほっとしたんだ。目が少し潤んだ。
 そんなあたしに、ロウは、
「まぁたなんかごちゃごちゃ考えてたんだろ」
 図星で答えられないでいるとロウは、ちょっと笑ったみたいだった。
「余計な事は考えるな。後のことなんて、そん時にならねぇと分からねぇんだから」
「ロウ……?」
「此処まであんだけ頑張ったんだぜ。お前なら、大丈夫だ」
「……」
 なんか、頭の中見透かされてるみたいだ。
 でも、あたしは単純だ。大丈夫って言われた瞬間、ごちゃごちゃしていた頭の中がすぅっと楽になっていく気がした。
 それが余計、涙腺に拍車をかける。
 今あたしは、怖いのか、嬉しいのか、切ないのか――訳の分からない変な感情にどうしようもなくなっていた。
 ロウはそんなあたしを見て、何か言おうとして、やめた。それから視線を彷徨わせ、ある一点でぴたっと視線を止める。
「――凄ぇ」
「ど、どうしたの」
 あまりに唐突なその行動を不思議に思って聞くと、ロウは視線で空を指した。
「空、見てみな」
「空……?」
 怪訝に思いながらも言われたとおり、顔を空に向けて、
「う……わ、ああああ――――!!」
 虹、じゃない。光のカーテンと言った方が近いかも知れない。
 角度の加減で緑や青、紫…赤や黄色に…とにかく多彩な色に輝く、美しい光の波。
 それが空の上でゆらゆら揺れている。まるで、ダンスを踊っているかのように。
 あまりにも幻想的な光景を目の当たりにしてしまい、思わず立ち上がった。
「凄い、綺麗だ……!」
 その美しさに興奮してしまい、今まであたしの頭の中を支配していた感情全てが吹き飛んだ。馬鹿みたいにはしゃぎながら取り憑かれたみたいに空を見上げる。
「ねえロウ、これはなんだろう?!」
 空を見上げたまま聞いてみると、同じく釘付けになったまま答えてくれる。
「多分、オーロラ……だと思うが」
「オーロラ?」
 名前は聞いた事ある。でも、ものすごく寒いところでしか見られないっていうことぐらいしか知らない。そうか……これが、オーロラって言うものなのか……!
「どういう原理なんだ?」
 ロウなら知ってるかも、そう思って問いかけてみたら。
「俺だってわかんねえよ」
「ロウにも分からない事ってあるんだ。賢者なのに?」
 ちょっと意外だった。だからついそう口にしたら――半眼で睨まれてしまった。
「ばかかてめぇ。俺は百科事典じゃねえんだぜ? 知らねぇ事だらけだっつの」
「そっか。そだよね」
 確かに、知らない事の無い人なんていないよな……。あたしの場合は知らなさ過ぎるだけなんだろうけど。
 とりあえずロウの言葉に納得しながらも視線は常に空。
 ロウはオーロラを見上げたまま、ふと表情を緩めたみたいだ。そして、ぽつりと呟く。
「こう言うの見せ付けられるとよ、――理屈とか、どうでもよくなる……な」
 同感、だと思った。それに頷いて、今の気持ちを正直に話す。
「うん。何悩んでたか忘れてしまうくらい。凄いね……。この世界は、あたしの知らない事が本当にいっぱいだ。旅を初めてから今まで本当に色んなものを見てきたけれど、もしかしたらまだ半分も見てないのかもしれないね」
 そこまで言って、ちょっと思った。それは、こんな事。ためらわずに、そのまま言葉にしてみる。
「あたし今思った。もしバラモスを倒せたら――今度は、平和になったこの世界を見て回りたい」
 そう言ったらロウは目を見開き、まじまじとあたしを見た。
「お前まだ旅続ける気でいんの?」
「……いけないかな」
 つい上目遣い気味に尋ねてしまう。そうしたら、ロウは何か気まずそうに眉を寄せて目を逸らした。
「……別に、悪ぃとはいわねえけどよ」
 そこまで言った後、ロウはちょっと黙った。
 その沈黙の後、何故か表情を崩してため息をはいた。
「何でため息つくんだ?」
 理由を聞くと、ロウはそのままの表情で視線を戻してきた。
「発想がらしいって思った瞬間考えるのも馬鹿らしくなった。いいんじゃね? お前の好きにしたら。多分、誰も止めねえと思うぜ」
「ははっ、そうかもしれない。……でもさ、ロウ」
「何」
「――ッ!」
 今、あたし何を言おうとしたんだろう。空気に流されて、何かとんでもない事を言おうとしたような。――なんて、本当はわかってるんだ。自分の言いたい言葉。
「何だよ」
 せかされる。意を決して、それを口に出そうと口を開く。
「もしそんな旅に出られる事になったら、その時」
「こんなところにいたのね」
「ッ?!」
 話してる途中だったのに、突然聞こえた声にびくりと言葉を止める。そちらの方を見ると、何処か安心したような表情の声の主が立っていた。
「……マーガレット」
 何処かトーンの落ちた声で名を呼ぶロウ。マーグは構わず、あたしたちに質問を投げかけてくる。
「起きたら二人とも姿が見えないんだもの。心配してしまったわ。……?」
 そこまで言い、彼女はふ……と、表情を変えた。
「――もしかして私、お邪魔だったかしら?」
「そっ、そんなこと無いよ」
 そう言いつつもあたしの心の中はなぜかちょっとだけ、がっかりしていた。そんな気分に苦笑しながら、とりあえず視線を空に戻す。
「それよりさ、マーグもこっちに来て空見てよ。凄いものが見られるから!」
「凄いもの?」
 きょとんとあたしの言葉を反芻するマーグ。その後言われたとおりに空を見て。
「――ッ、まあ……!」
 思ったとおりの反応に嬉しくなりつつ、マーグの顔を見る。
「ね、凄いでしょ?!」
「確かにこれは凄いわ……なんて美しいのかしら」
 マーグの目もオーロラに釘付けになった。あたしもロウもマーグの反応を見た後、すぐに視線を空に戻す。
そのまましばらく黙っていたら。
「み、みんな!」
「?」
 慌てた声がして振り向くと、何故か血相を変えたシエンが息を切らして立っていた。
「どうしたの」
「ど、どうしたのじゃないよ! 起きたら誰もいないんだもん。置いてきぼり食らったと思いっきり焦っちゃったじゃないか!」
 半分涙目になってそう叫ぶシエンに、思わず笑いがこみ上げてしまう。
「ああ、ははっ! ごめん」
 あたしの笑いに拗ねてしまったのか、シエンは少々ふてくされたような顔でそっぽを向いた。そんなシエンを見ながらロウは、何故かため息を吐く。
「んだよ。結局皆揃っちまったのか」
「多分オーロラに呼ばれてしまったのでしょうね」
 ロウの呟きにくすりと微笑みながらマーグ。
「へ? オーロラ?!」
「ええ。シエンもこっちに来て見なさいよ」
「え? ええ? 出てるの?!」
「うん! はやくはやく!」
「おたッ! 引っぱるなってばセティて、おおお~~~!!」
 こっちがひきそうになるくらいのオーバーアクションで感動を表現するシエン。彼はしばらくはしゃいでいたけれど、急に静かになった。どうしたのかと思いシエンの顔を見ると、彼はこちらを向いてにっこり微笑んだ。
「皆知ってる? オーロラってね、夜明けの女神様の名前なんだよ」
 あたしたちはシエンの方を見る。
「夜明けの女神様?」
 聞き返すと、シエンは頷く。
「うん。女神様はきっと、僕たちの歩く先には光があるって教えてくれてるんだ」
「光」
 反芻すると、シエンはもうひとつ頷いて視線を空に戻す。
「僕たちは、勝てるよ。絶対にね」
「随分自信過剰だな」
 何処か確信めいたその口調に、やれやれといった感じで口を挟むロウ。そんなロウに向かってシエンはにっと笑って見せた。
「そう言うロウだって今はもう負ける気はして無いんだろ?」
「まぁな」
 即答するロウ。意外だ、そう感じている間にもみんなの会話は続いていく。
「うふふ……頼もしいわね」
「へへ。でもマーグだってそうなんでしょ?」
「勿論そうよ。私たちの力をあわせて戦えば、きっと大丈夫」
「ね。セティもそうだよね?」
 問われて、あたしは即答することはできなかった。
 なぜなら、自分の中で起こっている現象に少し戸惑ったから。
 ……凄い。
 凄いよ。皆の力――!
 皆を見ていて、話を聞いて、弱気になっていた自分が一気に薄れていくのを感じた。
「……そうだ。あたしひとりで挑むわけじゃないんだ。皆がいる」
 皆に聞こえないくらい、小さな声で呟く。
 弱気な心が吹き飛んだ後にわきあがってきたのは抑えきれないほどの……闘志。
 もう弱気な事は言わない。
 前過ぎる先は考えない。
 余計な事は考えない。
 今するべき事は――そう、目の前に迫った敵を打ち倒す事だけッ!
 あたしはぎゅっと拳を握り締め、胸の辺りまで持ってくる。それからぐっと顔を上げ、真っ直ぐ前を向くと皆に注目された。

 シエン、マーグ、ロウ。

 一人一人の顔を見つめながら、あたしは胸に溜まっていた言葉を口にする。

「あたしは今まで、正直言うと凄く…凄く不安だった。
本当に旅なんか出来るのか。あたしなんかに何が出来るのか。
ずっと悩んで、考えて、どうしようもなくなるくらい落ち込んだ事もあった。
けれど、みんなが此処まで一緒に来てくれた。
落ち込むたびにみんな相談にも乗ってくれて、力になってくれた。
数え切れないくらい喧嘩もしたけど、そのお陰でいろんな事が分かった。
旅の目的はバラモスの討伐だけれど、この旅は目的達成以前に大事な事を教えてくれた。
シエンにも、マーグにも、ロウにも…とても、とても感謝しているから。
皆が一緒で本当によかった。ここまで一緒に旅をしてくれてどうもありがとうッ。
そして、もうすぐ旅は終わる。その結末をあたしと一緒に見て欲しい。
――誰一人欠けることなく!」

 そこまで言い、黙った。
 皆も黙ったままだったけれど顔つきが、変わった。
 あたしは、頷く。
 すると皆も頷いてくれた。それも、力強く。
 あたし達四人。
 青と闇と銀のこの地上で今、心は限りなくひとつに近づいていた。
 ここまで一緒に旅をしてきた。その間に作り上げた信頼関係、絆――そういうものが今、あふれ出してあたしたちを包んでいるようだった。
もう怖くなんか無い。皆と一緒にいられる限り、もう何も。
 ただ、行くだけ。前に――――ッ!
 オーロラの優しく美しい光は、あたし達を真っ直ぐ明日へと導いてくれているかの様だった。




◆    ◇    ◆    ◇


 翌朝のまだ日も昇りきらない時間。
 あたしたちはレイとメイに大きな扉の前に案内されていた。
「扉の向こうは、レイアムランドでもっとも神聖な場所」
「此処で、ラーミアは復活の時を待っております」
「さあ、中へ――!」
 ようやく、不死鳥に逢える。あたしは固唾を飲んで扉が開ききるのを見守った。焦らすようにゆっくりな扉が開ききった時、ようやく中が見えた。
 扉の向こうにはとても大きな――たぶん、形から言って卵。
 度肝を抜かれるくらい大きなそれが中央に安置されていて、ドーム型の天井から微かに降る光を浴びてきらきら輝いていた。
 部屋の中に足を踏み入れても、あたしたちは誰一人言葉を発さなかった。――発せなかったという方が正しいのかもしれない。
 この部屋の空気が、あまりにも厳かだったから。
 そんな中、レイとメイは真っ白な衣をきらきらと反射させながら卵の傍へと進む。 
「私たち……」
「私たち、この日をどんなに待ち望んだ事でしょう」
 その言葉には実感がこもっていて、とても長い間この日を待ち続けていた、そんな様子が伺われた。エルフの寿命は、あたしたちなんかと比べ物にならないくらい長いと聞いた事があった。だから多分、あたしなんかが想像も出来ないくらい長い間なんだろう。
 思わず目を細めながら、事が起こるのを待つ。
 深い瞑想に入ったかのように目を瞑っていた二人は、同時に目を開ける。
「さあ、オーブを祭壇へ――!」
 あたしたちは頷いて、オーブを祭壇へと運ぶ。

 グリーンオーブ。テドンで初めて手にしたオーブ。
 そこでは命を無くして尚、守り通す強い使命感を知った。

 パープルオーブ。ジパングで手にしたオーブ。
 力の求め方を考えさせられた。力とは何か、強さとはどんな事なのか考えさせられた。

 ブルーオーブ。ランシール神殿試練の洞窟、地球の臍で手にしたオーブ。
 自分の中にある勇気を試された。勇気って何なのか、考えた。

 イエローオーブ。ライラバーグで、ライラから受け取ったオーブ。
 どんなに足掻いても変える事は出来ない強い信念があることを知った。

 レッドオーブ。自分の信念を誇りにしてる女海賊頭シェリーンから預かったオーブ。
 自信が無い時は失敗続きになる。時には自信を強く持たなければいけないことを教えられた。

 そして、シルバーオーブ。ネクロゴンドの迷宮を抜けた先で手にしたオーブ。
 そこではみんなとの絆を考えることが出来た。

 今までの旅の事、全部、全部頭の中に甦る。
 オーブを集めて彷徨った旅。勿論、それ以前の事も。
 オーブとともに集めた、たくさんの出逢いと別れと、期待と――希望。

 最後のシルバーオーブをことりと祭壇に乗せた時、祭壇のわきに掲げられていた炎が大きくゆらめいた。同時に、すべてのオーブたちも光を放ち始める。

「……時は来たれり」
 高らかな声が空気を震えさせた。天上から微かに降り注いでいた光の雨が、まばゆいばかりに輝き始める。
 そんな光に包まれた大きな卵は、カタカタと振動を始めた。

 トクン、トクン、トクン、トクン――

 小さな鼓動が、聞こえた。
 それは次第に大きくなっていく。
 同時に卵の揺れも大きくなっていく。
 レイとメイは一心不乱に祈りの言葉を捧げ続けている。
 あたしたちはその様子をただ、固唾を呑んで見守る事しか出来ない。
 やがて、目に見えて変化が起こった。卵の殻がぱりぱりと音を立てて崩れ始めたんだ。
 とうとう卵が孵る――――ッ!

「六つの心の光において、今こそ甦る時!」

 砕けた卵の破片の間から姿を現したのは純白の大きな、大きな鳥。
 光が止む頃、生まれたばかりの鳥はその大きな翼を広げ、高らかに声を上げた。
 あたしたちはその大きさと神々しさに、しばらく言葉すら失っていた。

「不死鳥ラーミアは無事、蘇りました」
「ラーミアは神の僕。六つのオーブを揃えた心正しき者だけをその背に乗せるといわれております」
「さあ、傍へいらしてください」
 空間にレイとメイの声が響いた。それを聞き、張り詰めていた空気が少し和らぐ。
「なんて大きくて……綺麗な鳥なんだろう」
 シエンは夢見心地で呟きながら、ラーミアの傍へ歩いていく。
「驚いたわ。これなら、確かに何処へでも飛んで行けそう」
 続いてマーグ。ロウは無言のまま歩き出す。
 あたしも、ラーミアに向かって足を進める。

 変わらずとくん、とくんと、鼓動の音がする。
 自分の音なのか、それとも空気を伝ってラーミアの心音が聞こえているのか。分からなかったけれど、あたしは何か不思議な感じを覚えていた。
 恐る恐る手を伸ばし、真っ白な羽に触れてみる。触れた瞬間、ラーミアはあたしを見た。
 目が合って、衝撃が走る。
 動悸が激しくなる。
 ラーミアの瞳が、あまりにも深くて……吸い込まれそうに――。
 あるわけが無いのに、何故か前にもこうしてラーミアに触れた事があるような感覚に包まれた。同時に遠く離れていた友達に逢えたような、そんな気持ちになって少し戸惑った。たまらなくなって、その首にそっと腕を回す。
 手が回らない。とても大きくて――。
「ラーミア」
 名前を呼ぶとラーミアはその頭をそっと、あたしのお腹のあたりに擦り付けてきた。
 とっても、あったかい。
 その温もりになぜか、涙腺が潤んだ。
「ラーミア、あたしたちに力を貸してくれるかな……?」
 呟くと、ラーミアはクルルゥ、と歌うような鳴き声を返してくれた。
 否定には聞こえなかった。むしろ任せろといわんばかりの力強さを感じさせてくれた。
「ありがとう。これで…ようやく」
 嬉しくてあたしは、ラーミアの羽毛に顔を埋めた。

 広げられた大きな翼。
 力強い羽ばたきに粉雪が舞い上がる。
 それが昇り始めた太陽の光に照らされて、七色に輝いていた。
 
「大空はお前の物。舞い上がれ、空高く――!」

 ラーミアは飛翔する。そう、奴のいる場所へ向かって。
 長年其処に行く事だけが目標だった。
 とうとう、行ける。
 奴の居城へ。

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2006.12.07開設

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Author:愛琳

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