第十七章 光の伝説



  第十七章 光の伝説



 風が耳もとを高速で通り抜けて行く。
 見下ろす景色は至って穏やかで、あの夜の出来事は本当にあった事なのか疑問に思ってしまう程。空は変わらず青い。空気も清浄。
 言うなら、静かすぎる……と言う事。風景は一見穏やかでも、何かに怯えて息を潜めているような、そんな静けさに被われていた。
 そんな空の下あたしたちは、ある目的地を目指して飛んでいる。
 あの後ロウの提案で、アリアハンの教会にある書庫を調べる事になった。旅立つ前に、幾らかでも情報になりそうな何かを調べた方がいい。いくらさっぱり分からない敵を探すとは言え、さっぱり分からないまま宛も無く旅をするなんて時間の無駄だ。だったら、望みは薄くても少しぐらい調べてから旅立っても遅くは無いだろう。そう、言うから。確かに、その通りだと思った。
 アリアハンの街に戻ってみると、街中気味が悪いくらい静まっていた。ゾーマの一件はその場に居た者たち全員、けして他言にしないと言う事で収まったらしいけど、いくら他言厳禁と言ったってあれだけの騒ぎだったんだ。死者も出たのに漏れない方がおかしい。それでも他言厳禁を貫くのは、バラモスを超える魔王が出現した事を教えて大きな不安を抱えさせたら国中、もしくは世界中がパニックになるかもしれない、と言う配慮。陛下はそう考えられて、こんな対策を取られたんだと思う。
 だったら、あたしたちの手でゾーマに宣告された事、「無かった事」にするしかない。そうすれば知らない人は何が起こったか判らないまま暮らしても問題無いし、知っている人もそのまま何も起こらなかったら、不安も消えていくと思った。
 相変わらず短絡的思考で状況に酔っているとしか思えない自己犠牲発言。――自己犠牲発言とか浮かぶ時点でなんか可笑しいか。完全に酔っているな、あたしは。
 それでも、今は自己満足でかまわない。やるしかない。
 話を戻そう。アリアハンの教会、そこであたしたちはいろいろな手がかりを得ることが出来た。
 何故教会に書庫があるのかというと、なんでも神父さんの趣味が本集めなんだとか。その書庫は地下にあって、その中は幅広い種類の書物が全体を埋め尽くしていた。その数は本棚からあふれて床に詰まれているくらい。
 ロウの話だと旅立つ前より更に本が増えてたそうで――ちょっと、びっくりした。あそこにある本を読みつづけていたら確かに、ロウみたいな人間が生まれても可笑しくない――なんて妙な納得までしつつ、とにかく片っ端から書物をあさって数日後、ようやく手がかりのようなものを得ることが出来たんだ。
 その手がかりというのが、覚えているだろうか。あの時、ゾーマが確かに口にした【竜】と言う言葉。書物を調べているとき偶然、この世界を守護していると言われる【竜】という存在を見つける事が出来たんだ。
 その二つの存在が一致するなら、その【竜】を探してみたらどうかと言う話になった。もしその【竜】と接触できたなら、ゾーマに関係する何かの情報を得られるかもしれない。そんな期待を込めて関係しそうな書物を調べた結果、神の住まうもうひとつの聖地とされる場所を発見することが出来た。
目的地、それはダーマ神殿より遥か北に位置する山脈。
 御伽噺のような話だったから不安と言えば不安だったけれど、でも可能性がある内はただ走るしかない。例え無かったとしても、きっと何かが得られると信じて。


「本当に、黙って来てしまってよかったの?」
 黙りこくっていたあたしを気づかってくれたのか、マーグが問いかけて来た。
「うん」
 それに短く答えて、また空を仰ぐ。
 母さんとじいちゃんには黙って来てしまった。だって、じいちゃんは多分止めようとする。母さんは多分止めようして、でもあなたの好きにしなさいって無理矢理笑う。もうそれを見たくなかった。帰ってきたときの様子を思い出したら、尚更。
 でも、振り返ったら駄目だと思った。折角固めた決意が、後ろ髪引かれる思いに脆く崩れ去ってしまいそうな気がしたから。
 ちゃんと帰ってこれた時、その時にちゃんと怒られようと思う。
 今はただ、まっすぐ前を見て進むしかないんだ。
 ラーミアは目的地に向けて、何処までも続く水平線と地平線を追いかけて空を飛んでいる。




◆    ◇    ◆    ◇


 風は、相変わらず耳元を高速で過ぎている。
 目的地はまだ、見えない。空の旅は船に比べれば確かに早くて快適だけど、ラーミアから落ちないようにしがみついてなきゃいけないから身動きが取れない上に――その、用も足せないし。
 最初のうちは流れていく景色とか、近い空とかに何度も感動してしまうけれど、だんだん慣れてくると疲れるのも早くなる。
 更に、あたしたち四人を乗せて飛ぶラーミア。賢いから、気を使いながら飛びつづけてくれているんだと感じる。いくら不死鳥とか言ったって疲れるに決まってる。実際、飛び始めた頃に比べたらはばたきも弱くなってきている。
 お互いそんな疲れの限界を感じた頃、あたしたちはそんな疲れすら吹っ飛びそうになるくらい凄い物を見つけた。
 それは、一瞬山かと思った。首がつりそうになるくらい見上げてもてっぺんが見えない。
 船でこの周辺を通った時は海がずっと時化ていて、しかも漂流しかけていたから、こんなものがあったなんて気がつかなかった。
 何を見たかというと、それはとてつもなく大きな樹。樹ごときでなんだよ、なんて思わないで欲しい。そんな、樹ごときなんてレベルじゃなかったんだ。
 ラーミアを休ませたかったし、あたしたちも少し休憩を取りたかった。それにその樹をもっと傍で見てみたかったから、意見一致でその樹の根本に降りてみる事になった。
「立派な樹ねぇ……」
 上を見上げながら、目を細めてマーグ。
「テドンも森深い場所にあるから樹齢の高い樹もたくさんあったけれど、これほど見事な樹は見たことが無いわ」
「僕もこんなにでっかいのははじめてみた。すごいなぁ……何人ぐらいいたら囲めるかな?」
 樹の傍により、両手をいっぱいに広げてシエン。あたしもシエンの隣に立って同じように手を広げてみる。
「うーん……百じゃ足りないかもね」
 囲むのにはもう、気が遠くなるくらい足りない。それくらい、立派な幹。幹に触れてみると樹皮はごつごつしてて、それでいて仄かに暖かいような。
 生まれてはじめて見た常識はずれの巨木に感動しっきりでシエンとはしゃいでいたら、耳に手を当てて黙っていたマーグが何かを感じたらしく、目を開いてこんな事を言って来た。
「ちょっと耳を澄ませてみて」
「え?」
「風の音がする」
 言われて少し黙ると、辺りは微かなざわめきを残してシーンと静まり返る。それから数秒後、身体に微かに感じられるくらいの微風が頬をくすぐった。同時にさわさわ……さわさわと音を立てはじめる木々。その心地よい音に思わず小さく息を付いた次の瞬間、さっきよりも強い風が舞った。
 途端に、森中が歌い出す――。
 それはまるで、漣の音を聞いているような音。
 風が吹くたびに枝に茂った掌のような形の葉っぱが擦れ逢い、音を奏でる。
同時に光を反射させ、木漏れ日となってきらきらと輝く。
 樹海、なんて、その言葉の意味が実感できるような、そんな瞬間。
 光と音と風が作り上げたその空間は、言葉では表現できない程――自分の感情どころか存在すら一切忘れてしまいそうになるくらい、心を奪われた。
 あまりにもその光景が神々しくて……あたしたちは言葉も出せない。四人そろってしばらく、馬鹿みたいにぽかーんと立ち尽くしてしまっていた。
「……世界樹」
 それからどれぐらいしてか。不意にロウがそんな一言を呟いた。
「せかいじゅ?」
 聞き返すと、ロウは頷く。
「この世界と一緒に生まれて、それからずっと世界を見て来た樹が何処かにあると言われている。それが多分、この樹なんだ」
 ロウが説明してくれた後、マーグが続ける。
「世界樹の話なら私も知っているわ。なんでも、その樹の葉は【奇跡の葉】と呼ばれているとか」
「奇跡?」
「ええ。確かそうよね、ロウ」
 問われて、ロウは頷く。
「薬として用いれば病気は勿論、死者すら蘇らせてしまうという。それが、【奇跡の葉】と呼ばれる所以」
 死者すら――その話に、あたしは思わず身を乗り出した。
「それほんとなの」
 震える声で尋ねたら、マーグは苦笑して首を横に振った。
「本当だったら、今ごろはこの樹に葉なんて一枚もついていないと思うわ」
「そっか、……そうだよね。もしそれが本当ならもう一度父さ――っ、……ごめん」
 言いかけて、途中で慌てて止めた。もう遺体すら無いと言うのに、あたしは何を考えているんだろう。それでも、それでも……。一瞬見えた期待と、瞬時に帰ってきた現実の感覚に動悸が収まらなくなった。
「気持ちはわかるさ。僕だって、出来るならもう一度逢いたい人達が居るから……」
「当然よね。私も、出来ることなら……そう思うもの」
「……」
 会話が途切れた。その間も、木々は絶えずざわめきつづける。
 顔を思い浮かべようとした。……父さんの顔……。
 ……。
 やっぱり、駄目だ。最後に父さんの顔を見たのは何年も前。もう、ぼんやりとした輪郭しか思い出せない。雰囲気とか漠然とした感覚のようなものはちゃんとあるのに、その姿だけ、霞がかかったかのように薄れてしまって来ている。
 思い出そうとすればする程、自分の中で美化された思い出ばかりが想像を膨らませて、本当の顔なんて出てこない。
 こうやって忘れて行くのかな。そのうち輪郭すら思い出せなくなって、……存在もあやふやになって。あの人はすばらしい人だった、偉大な人だったなんて、それだけの存在になっちゃうのかなぁ?
 そんなの、嫌だ。
 嫌なのに、なぜかどうしても思い出せなくて……。
 少しだけ前が、滲んだ。
「もう死んじまった奴の事なんか思い耽ってたってしょうがねえだろ」
 沈黙を裂いたのはロウだった。まるで突き放すようなその言い方に、シエンは眉を潜める。
「それはそうだけど……。ロウはいないのかい?死んでしまったけど、もう一度逢いたい人」
「もういなくなった奴なんて関係ない」
 問われて、ロウは即答する。そんな彼にシエンはもっと眉をひそめて向き直った。
「関係ないって」
「シエン」
 もっと何か言おうとしたシエンの言葉を遮るように、マーグがシエンを呼ぶ。
「人それぞれだもの。ロウのように考える人がいてもおかしく無いわ」
「……そっか。ごめん」
「いいよ」
 そっけなくそれだけ返して、ロウは樹から視線をそらした。
 ……関係ないなんて嘘だ。絶対嘘だ。だって気付いてしまった。視線をそらしたその時に、諦めにも似た淋しそうな表情をしたのに。こんな表情もするんだ――そう、思って見入ってしまう。
 誰を思ってそんな顔をするのか少し気になったけれど、そこまで突っ込んだ質問なんてできるはずが無い。
 じっと見ていたら、視線に気が付いたらしくこちらを見た。それに慌てて目を逸らして、なんで逸らしてしまったか判らなくて後悔して、溜め息を付く。
 みんな理由はそれぞれだけど、できるならもう一度逢いたい人がいる。
 病気とか寿命とかで命を失ってしまう事に関しては、何も出来ない。けれど大事な人が魔物に襲われて命を落とした、そんな事で悲しむ人がこれ以上増えないようにする事はできるはず。
 ……頑張らなきゃ。
 決意して、顔を上げる。
「そろそろ出発しよう」
 声をかけるとそれぞれ思いに耽っていた皆はあたしの方を見て頷いて、出発する準備に取りかかった。


 歩き出したみんなの後を付いて歩きかけてふと、頭上の枝が気になった。
 手を伸ばせば届きそう……。そう思い付いたら、いても立ってもいられなくなった。馬鹿な事だって言うのはわかっていたけれど、手に入れずにはいられなかった。
 皆に気付かれないように手を伸ばしてそっと葉を摘み取り、手にした葉を見つめてみる。
 瑞々しくてとても綺麗な碧い葉っぱ。
 これがあれば、もしかしたら。
 あたしは捨てきれなかったそんな期待と一緒に葉を荷物の中へしまい込み、だいぶ先へ行ってしまった皆の後を追いかけた。




◆    ◇    ◆    ◇


 通り抜ける風がだんだん冷たくなって来た。
 下を流れる景色はだんだん色気のない岩肌が目立つようになって来て、目的の山脈に近付いて来たと言う事がうかがえる。ここが本にあった前人未到の地だとすれば、その意味が何となく判る気がする。こんな険しい岩山を昇るのは流石に無理だ、そう思ったから。
 けれど、あたしたちにはラーミアがいてくれる。その大きな翼で難無く越える事が出来てしまう。人が翼を欲しがるその訳は、こんな時に実感できる。
 そんな場所の上空をゆっくり旋回しながら見渡す。雲の中を出たり入ったり繰り返しながら根気良く探し続けていた時、とうとう山間に隠されるようにひっそりと建っていた神殿を見つける事が出来た。
 あたし達は早速、その神殿に降りる為の準備をはじめた。


 その建物は意外と大きく、神殿と言うより城、という印象を受けた。
「人の気配が全く無いわ」
 マーグが言うように、神殿からは人が生活しているような気配は全く感じられなかった。その代りに、どこか動物に似たような気配がいくつか感じられる。
「ねえ。竜ってどんな生き物なんだろ……なんかだんだん不安になって来た」
「そうね。無我夢中で此処まで来たけれど、話の通じる相手なのかしら」
「……」
一瞬沈黙が包む。……そんなの、考えたってしょうがないじゃないか。
「逢ってみればわかる」
 そう一言だけ言って沈黙を破ると、苦笑するシエン。
「まぁ、それもそうだね。入ってみようか」
「くれぐれも気を付けて。何があるか判らないわ」
 マーグの忠告に頷き、あたし達は神殿の中へと脚を進める。
 神殿の中はとても明るく、高い天井の広々とした空間が迎えてくれた。そこは水のせせらぎが聞こえる程静かで、足音をたてる事すら躊躇われてしまう。
「凄いところだな……」
 天井を見上げてシエン。それに頷いてふとこちらに何かが近付いて来る何かの気配を感じて、視線を戻す。
「……?」
 近付いて来たのは、一匹の茶色い馬だった。注目すると馬はあたし達の前で止まり、そして……
「ここはもっとも天に近い聖なる神殿……。あなたがたを、お待ちしておりました」
 一瞬、言葉を失った。今の声って、馬から聞こえて来た。思わず辺りを見渡したけど、声の主になるような者は他に見当たらない。
だとすれば、今の声はやっぱり――
「……喋った……?」
 思わずそう呟いてしまったあたしは間抜けだろうか? だって、今まで生きて来た常識だと馬は喋らなかった。皆を見れば、驚いたのはあたしだけじゃなかったと言う事が判る。
 怪訝眼差しを向けたら、馬はバツが悪そうに首を下げながら話を進める。
「竜の女王様があなた方と接触を望んでおります。こちらへいらして下さい」
「あ、ちょっと待って。待っていたってどう言う事なんだ?」
 いきなりそれだけ話して歩き出した馬に慌てて、尋ねてみる。馬は振り返り、そっけない態度でこう返してくる。
「時間がないのです。今は黙って私について来て下さい」
「……」
 思わず顔を見合わせてしまったけれど、その間にも馬はずんずん先へ行ってしまう。もしかして喋ったなんて呟いたのが気に触ったのか? だとしたら悪い事をした。
 そんな事を考えながら馬の後を歩いている途中、ふと彼方此方から視線を感じて思わず周囲を見回す。
「……?」
 あたし達を見ているのは、不思議な雰囲気を持っている人……いや、人と言うより種族と言った方がいいかもしれない。何度か会った事がある、尖った耳と猫のような目が印象的なエルフと、ずんぐりした身体で背は子供くらいの、大きな鼻が特徴的な種族たち。あたし達は互いに珍しい物を見る視線を絡ませ合いながら、馬について歩いた。
 やがて、大きな扉の前に辿り着く。
「女王様はこの部屋にいらっしゃいます。どうか、話を聞いて下さいませ」
「分かった。案内ありがとう」
 あたしはそう馬に告げ、みんなに目配せしてから扉に手をかけた。ぎぃぃ……と巨大な蝶番が音を立て、扉が開く。
 その扉の向こうに姿を現したのは、銀色の鱗に被われた大きな生物だった。胴はずんぐりしていて、背には大きなツバサを持っている。腕は太く、指先から繋がる爪は太くて鋭い。そんな生物が部屋の奥で蹲り、空気が振動するくらい荒い呼吸を繰り返していた。
 あたしが想像していた竜は蛇のように長い胴に大きな長い鬚を持った、そう、言うなら魔物のスノードラゴンやサラマンダーと言った種類の竜。目の前に横たわっていた竜はその想像とは全く違う姿で、竜じゃないのかと一瞬考えてしまったけれど、よく見ればあの本についていた想像図によく似ている事に気がついた。
 決意して部屋の中に脚を踏み入れた時、臥せっていた竜はその首を持ち上げてこちらを見た。開かれた金色の瞳は驚く程澄んでいて、とても優しい光をたたえている。その目があたし達を捉えた時、何処か安心したように目を細めてその口を開いた。
「良く来てくれた。そなたが来るのをずっと待っていた……」
 喋った……ッ。その事に驚きつつも、待っていたと言う言葉が気になって、黙って竜の次の言葉を待つ。
「本来ならばこちらから出向かねばならぬ所だったのだが……もうそんな力は残っていなかった。そなたが此処へ来てくれるのを待っている事しか出来なかったのだ……すまぬ……」
「何故謝るのですか」
 いきなり低姿勢で謝られ、意味が分からずそう尋ねると、竜は長い睫に縁取られた瞼を下げて答えた。
「礼を言わなければならなかったからだ。バラモスは、この世界を守護する者として私が倒さなければならなかったというのに……そなたたちに、任せてしまった」
 そこまで言い、竜はもう一度目を開いてあたし達をまっすぐに見た。
「よくぞバラモスを倒してくれた。改めて、礼を言う」
「そんな……礼なんていりません。それに、もっと凄いのが出て来てしまったし……」
 思わず本心で礼をはね除けて呟き、此処に来た目的を話す好機だと思って竜に向き直った。
「それより聞きたい事があって此処に来ました。大魔王ゾーマと名乗る者について」
「何」
 ゾーマと聞いた途端に竜は表情を変え、横たわっていたその身体を起き上がらせた。立ち上がったその大きさと迫力に少し怯んだけれど、話を進める為に拳を握りしめる。
「何故そのような事を」
「少しでもゾーマに関する情報が欲しい。ゾーマを、倒す為に」
「馬鹿な事を……そなたら、アリアハンであやつの力を見たはずであろう?!」
「それじゃあやっぱり、あの時ゾーマの攻撃を止めてくれたのはあなただったんですね」
 一瞬声を荒げた竜に、実は物凄く怯えた。開かれた口から見えたのは太くて鋭い牙で……あれに噛まれたらひとたまりもないなんて想像が頭を過るから。それでも話を聞きたくて、とにかく必死に冷静を装ってそう聞いてみたら、竜は怒らせた肩を落としてそれに頷く。
「……いかにもそう。だが、そのせいで力を使い果たしてしまい、ギアガの大穴の封印が解けてしまった……」
「ギアガの大穴?」
「この地上と、ゾーマの住まう地下世界を繋ぐ扉の事」
「……!」
 竜の口からその名を聞いた瞬間、胸の中に炎が宿るのを感じた。
「その話、詳しく教えて下さい!」
「何故そこまで熱くなっておるのだ。そなたは、アリアハンでの惨劇を見た時恐怖しなかったのか……?」
 そう聞かれて、生まれた炎がどんどん身体を熱くさせて行くのに気がつく。質問に答えず、黙って竜を見つめる。答えられないわけじゃなかった。でも上手く言葉に出来ない。だから、下手に答えるよりこうした方がいいような気がした。
 暫く見つめあって、先に折れたのは竜の方だった。長く息を吐き、張り詰めさせていた表情を少しだけ崩す。
「では、ゾーマについて話そう」
 竜は大きな瞳を伏せ、呟くように話しはじめた。
「遥か昔、この世界は神竜族と聖霊たちに守護され、病気も……死すら魔法の力で超越しようとしていた。話は、そんな時代にまでさかのぼる。
その頃は過度な人口増加のため、この大地に住む者たちの土地争いが深刻化していた。
魔力によって死が少なくなろうとも、新たな命は生まれ続ける。その結果、世界に生物が溢れるのは当然の事だったからだ。
……そんな時現れたのが、ルビスと言う名の聖霊だ。彼女はかつて無い程強大な魔力を秘めた聖霊だった。先に上げた事態に危機を感じはじめたルビスは、その増えすぎた民が住まう土地を確保する為、異空間に新たな世界を作る事を決意した。そして生まれたのが、地下世界と呼ばれる場所。その時私は地下世界に移り住んだルビスに、他の聖霊達と共にこの世界を守護する事を命じられた」
「……」
 そこまで聞いて……思わず、隣にいたシエンの顔を見た。あたしの視線に、シエンは額を押さえて苦い顔をする。次にシエンの隣にいるマーグを見る。マーグはどこか遠い目で虚空を見つめて固まっていた。最後に逆隣のロウを見てみる。ロウの事だから涼しい顔してるかと思ったら、そうでもなかった。眉間にしわを作ったまま考え込んでいるようだった。
 そんなあたし達をよそに、竜は信じがたい話の続きを話している。
「それから幾年月が流れ、ある時。世界が急激に廃れ始めた。その理由を追求して行くと、一人の人間の存在に行き当たる事が出来た。それはかつてルビスが地下世界を作ろうとした折、その計画を邪魔する為、禁断の呪文に手を染めようとして封じられた魔導師だった。
奴は時と共に衰えた結界を破って復活を果たし、一度は阻止された呪文の研究を知らぬ間に完成させていたのだ」
 そこまで話し、竜は一度息を付く。
「禁断の呪文……?」
 そう訪ねるのはロウだ。竜は頷いて答える。
「ダーマで学んだ者なら知っているだろう? けして使ってはいけないとされる禁断の呪文がいくつか存在しているのを」
「ああ」
「奴はその中の一つ、【マホトラ】を拡張する研究に成功した」
「あれ。マホトラなら経験した事もある。確か、サマンオサの祈祷師の洞窟でシャーマンとか言う魔物に」
 竜の言葉に思い出した事を話すと、ロウがこう答えてくれる。
「魔物達の中に使う者がいてもおかしくない。それ程高等な呪文じゃねえんだ。俺でも使おうと思えば使える呪文だからな」
 それを聞いて頭を抱えたのはシエンだ。
「じゃなんでそれが研究する程の呪文なんだ?」
 そう問うと、竜がその理由を答えはじめる。
「拡張する研究と言ったであろう。もしマホトラを強化させ、更に世界中全てのあらゆる生物を対象としてかける事が出来るようになったとすればどうなる?」
「マホトラは対象にした者の魔力を奪う呪文…………ッ」
 はっとしたように顔を上げるロウに、頷く竜。
「その通りだ。奴は世界中全ての生き物からから魔力と言う魔力を奪いつくし、全て自分の物にしてしまった。だから、魔力で成り立っていた当時の世界が衰退するのは必然だったのだ」
 思わず息を、飲んだ。
「我々神竜族も聖霊達も慌て、再び魔導師を封印しようとしたのだが、我らの魔力はすでに吸い付くされていた後だった。しかもその魔導師は巨大な力を手に入れた後。……既に手には負えなかった。
そうして奴は魔力を失った聖霊達を残らず抹殺し、我ら神竜族をも壊滅寸前まで追い込み……更に地下世界にいるルビスにまで復讐する為、凄まじい力を用いて地表に穴を開け、地下へと続く封印を解いて降りて行ったのだ。
それを阻止するために動いたのは、ルビスの側近である三賢者と戦士だった。
彼らと魔導師は激しい攻防を繰り返した後、辛くも相打ち、と言う形で魔導師の暴走を食い止める事が出来た。
その後しばらくは平穏な時代が流れたが、今から数十年前。魔導師が地表に開けたかの穴より異形の魔物が姿を見せ始め、バラモスと名乗る者が出現して終わりを告げた……」
「あれ……、ちょ、ちょっと待って下さい。今の話だと、ゾーマは」
「そう。その魔導師の事だ。つまり奴は、元は人間だった……と言う事になる」
「――ッ」
 あまりにも衝撃的な事実に、あたし達は言葉を失った。そんなあたし達に苦笑するような仕種を見せ、竜は大きく息を吐き出しながら話の閉めに入る。
「奴は、死んでなどいなかったのだ。蘇った奴はこの世界の全てを闇に返す為、まずは手始めにルビスを封じ、闇で得た力を使って魔物を作り上げた。そして地上にバラモスを送り込み、ネクロゴンドの土地を奪わせ、魔物たちを使って侵略を始めた。
本来ならば、地上を守護する者として私自ら奴等を倒さねばならなかった。しかしゾーマの開けた穴はどんどん広がり、そこから魔物たちが次々に送り込まれて来る。私はこれ以上穴が広がらないよう食い止めなければならなくなった。――その結果、どちらも野放しにする事になってしまった……と言う訳だ。後は、知っての通りだ」
「……」
 竜の話が終わっても、すぐに言葉は出てこなかった。あまりにも現実とかけ離れた話の内容に、頭がついて行かない。それでも、竜はあたしをまっすぐに見据えて口を動かし続ける。
「セティオ。そなたが相手にしようとしているのはそう言う存在なのだ。しかもそなたは奴の重臣であったバラモスを倒した。わざわざ幻影を使ってそなたに遭いに行く程、計画を狂わされた奴の怨念は深いと見える。アリアハンでの出来事はそなたに対する挑戦ととって間違いはないだろう。行けば確実に標的になる。……それでもやれるか?」
 脅すように問う竜に、思わずカッとなった。俯きかけていた頭を上げ、拳を握る。
「それじゃあ、あたしはどっちみち狙われる訳だ。だったらその挑戦、受けてやるッ」
「私でも幻術を破るだけで精一杯になる程の魔力の持ち主だ。死ぬ確率の方が遥かに大きい。それでもか?」
 どんなに恐いと思っても、言葉で脅されても、あたしの中の決意は絶対変わらない。意地でも変かえられないッ。そんな気持ちを込めて真直ぐに竜を見つめると、彼女はとうとう黙った。
「あたしは絶対にゾーマを倒す。元は人間だと聞いたら尚更だッ。お願いします。あたしに少しでも希望が見えるのなら、どうかゾーマの居場所を教えて下さいッ」
 少し、沈黙が流れた。その間も変わらず力を込めて見つめ続けていたら、竜はとうとう、折れた。
「そうか……やはり、呼び合っているのだな……」
「……?」
「走り出したそれはもう、誰にも止められぬ。セティオ、手を」
 竜はあたしの手を取り何かを握らせ、そのまま包み込むように握る。
「これをそなたに託す」
「これは」
「【光の玉】だ。ここまで穴の増幅を防いで来れたのはこれの力だ。そなたがこれを使えば、もしかしたらゾーマを包む闇を振払う事ができるかもしれぬ」
「……」
「だが、私にはどうしても見えぬのだ……。そなたが【光の玉】を使う日が」
「可能性は変わる。変わらないならこの手でねじ曲げてみせる。今までだって無理だと言われ続けて来た事をやり遂げて来れたから!」
「ふふ……頼もしいな。その意志があれば、可能かも知れ……――ゥッ」
「ど……どうした?!」
 急に体制を崩した竜に慌ててその身体を支えようと手を伸ばしたけれど、その大きな身体は支えきれず、そのまま膝を付く形で崩れ落ちてしまった。
「ハァ……ハァ……、すま、ぬ……少々無理を、し過ぎたようだ……」
 今までの様子がまるで嘘だったように、竜は力なく崩れ落ちた。それでも竜は話すのを止めようとしない。その口からは真っ赤な鮮血が溢れ、床を、支えるあたしを染めて行く。
「血……ッ?!も、もう喋らない方が」
 慌てて休ませようとしたけれど、竜は全く聞く耳を持たず話を続ける。
「よいか……ネクロゴンドの、バラモス城の東にある孤島に、向かえ。そこに、地下世界へと続く扉、ギアガの大穴がある……」
「ギアガの大穴」
「そう……だ……。その穴より、暗黒に閉ざされた土地、地下世界アレフガルドに降り立つ事ができる……。下りたらまず、ラダトームという国の、ヴェリスという者に会え……」
「ヴェリス」
「後はその男が……やるべき事を話してくれるであろう……うぅ、ググ……ッ!セティオ…………」
「は……はい」
 身体をぶるぶると震わせてながら、竜はあたしの手を取る。
「セティ…………いや、内に眠る……ロ……ト、よ……―――」
「え……?」
 突然の事態に困惑しきったまま苦しそうに喘ぐ竜の瞳を凝視すると、竜はあたしの手を握る手に力を込めた。
「ぃっ……」
 そのまま潰されてしまうんじゃ無いかと思うくらい強く握られて、とうとうその爪が手の甲を突き刺す。あふれる血、そして痛みに顔をしかめてしまう。それでも竜はあたしを凝視したまま、力もこめたまま……
「お願い、だ……、どうか、……ゾーマ、……を……」
「―――」
「ル……ビスを、……救い、この……為……も――ウグ……グアアア――――――!!!」
「?!!」
 あまりにそれが唐突で、身動き一つとれなかった。
 耳を劈く咆哮を上げ、竜はそのまま―――――。

 心臓が、音を立てて脈打つ。竜の手がずるりと下に落ちて、その感触にびくりとして、震える唇を動かす。
「……どうし、何が…………?」
 動揺を必死に押さえてそう声を出すと、先程あたしたちを案内してくれた馬がこちらに歩み寄り、目に涙をためながらあたしを見据えて来た。
「ゾーマがアリアハンを襲った時、女王様はご自分の命も幾許と言うのに最後の力をふしりぼって幻影を振払って下さったのです。ゾーマを止められるかも知れない可能性を持った、あなたを護る為に……そしてあなたにゾーマの話をし、光の玉を渡す為に、ぼろぼろになった身体のまま休みもせずずっと此処で待ち続けておられたッ。みんな、あなたの為だけに!」
「そんな……なんで……ッ?! あんなに止めようとしていたのに!」
「あなたにゾーマを倒す意志が本当にあるのか見極めたかったに決まっているじゃないですか! ……そして、女王様はあなたに光の玉を託された……。あなたは、必ずゾーマを倒さなくてはならない。女王様の為にも必ず! 出来なかったら承知しません!!」
「――ッ」
 気迫に飲まれそうになり、動揺して顔をあげると視線の先に、先程すれ違った種族達が集り、それぞれ馬と同じような眼であたしを見つめていた。
 ……全身が、震えた。
 ぽた……ぽた……と手の甲から血が滴り落ちて行く。その痛みすら忘れてしまうくらい――。あまりにも強いプレッシャーに、動く事が出来なかった。
 胸が詰まる。溢れそうになった涙を、唇を噛み締めて堪え、ぐっと前を向く。
 目の前には、あたしに光の玉を託してくれた竜の亡骸。
 ……これくらいで泣いてたら、駄目だ。駄目だ!
 ここで涙は見せられない。掌に握りしめたままの光の玉をもっと強く握りしめ、あたしを見つめる沢山の眼に向かって強く誓う。
「約束する。あたしは必ずゾーマを倒す! やってみせる!!」
 自分に言い聞かせるように強くそう叫ぶと、集っていた者の何人かが泣き崩れた。その様子を見つめながら、誓いを何度も何度も胸の中で繰り返す。
「……あれ」
 その空間の中で決意を固めていた時、急に何かを見つけたらしいシエンが声を上げた。
「どうしたの」
 聞き返すマーグに、シエンは竜の亡骸を指してこんな事を話す。
「あの身体の下に、なにかがある」
「なにかって……え」
 そこを見て、その場にいた者達は息を飲んだ。
「おお……まさか……卵か?!」
「そうか、女王様が言ってた、身体の中で燻っていた命ってこの卵の事だったんだわ!」
「光の玉を託せる相手を見つけられて、安心されたから今まで胎内に護っていた子供を産み落とされたんだ……」
「女王様の忘れ形見……ッ」
 シーンとしていた空間が急に沸き立った瞬間だった。竜の死に嘆きつつ、竜の残した卵に沸き立つ異種族の姿を見つめながら、話す言葉を聞きながら、呆然としてしまう。
 命がけでこの世界を護っていた竜。最後までぼろぼろになりながらも世界を按じて、自分の事なんか顧みないで戦って、そして命を終わらせた。しかもその竜は、子供まで身籠っていて、その子供を自分が安心できる状態になるまでずっと胎内で護り続けていたという。
 ということは、あたしに光の玉を渡して安心したって言うんだろうか。そう思うと、なんともいえない気分になる。
 でも、凄い……。凄いとしか言い様のない、何かを護ろうとする強い意志!
 あたしに、ここまでの意志が持てるだろうか。――いや、持てるだろうかじゃ駄目だ。持たなきゃいけない! 頑張らなきゃ……ッ!
「この世界、必ず護り抜きます。貴女の子供の為にも、必ず……ッ」
 誓いを口に出し、竜の亡骸に背を向けて皆を見る。
「ギアガの大穴に向かうッ」
 一言告げ、反応を待たずに歩き出す。
 背中に、異種族達の熱い視線のエールが贈られている事に気がつく。前を向いて歩く事がそれの応えになる気がして、しっかり歩いた。
 皆は足音で後を付いて来るのが分かったから、絶対に振り返らないで前を向いたままラーミアが待っている神殿入り口の方に向かう。

 身体が熱い。どうしようもなく熱かった。
 そして、竜が口にしたルビスと言う名前。ルビスを救え、竜は確かにそう言った。それを聞いた時体中が化学反応を起こしたみたいに、更に熱くなった。何処か懐かしさすら覚えるそのルビスという名前。この気持ちにはどんな意味があるのか。
 無性に気になったけれど、今のあたしはそんな判らない事を考えるより、やらなくてはいけない事を見て行動する以外無いと思った。
 余計な事を考えないようにする。この感覚が大事な意味を持っていたなら、いずれまた考える時が来るだろうから。
 今はただ、真っ直ぐ前を向いて進む。

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