第十八章 暗黒の異世界



  第十八章 暗黒の異世界



 バラモス城東の孤島を目指して、数日後。あたし達は、それらしき孤島を発見する事が出来た。
 その孤島は見るからに薄気味悪く、島中妙な色の沼で埋まっていた。孤島全体を包み込む空気も澱んでいて、近付く事すらためらってしまう程。その澱みの中心が、孤島の真ん中にぽつんと存在している洞窟だと言う事に気がつく。洞窟の中から溢れる澱んだ空気が、島中を汚染しているとしか思えない。だとすれば地下世界に続くというギアガの大穴は、あの洞窟の中……?
 そう予想を立てたあたしたちは早速、その孤島へ降り立つ準備に入る。
「この感触、なんとも言えないわね」
 二、三歩歩き、顔をしかめたマーグが小さく呟いた。着陸出来た場所は結局、足首まで浸かるくらいのぬかるみだった。
「此処から先、ラーミアは一緒に行けなさそうだよね」
 肩を竦めてそう言うシエンに、ラーミアは悲しそうにくるる……と小さく鳴いた。
「早く此処から飛び上がった方いいよ。この島、なんか身体に悪そうだしさ」
 ラーミアの首元を撫でてやりながらそう言ったら、ラーミアはあたしに頭をすり寄せて来た。いつに無く甘える様なその仕種に首をかしげたけど、一時の別れ。あたしも淋しい事に偽りは無いよ……。
 一緒にいた期間は短かったけれど、それでも……ラーミアは、あたし達の仲間。そう思ってもいいよな……? だからその首をしっかり抱きしめて、しばし羽毛の暖かさに浸る。
「ラーミア。戻ったら真っ先に呼ぶから……待っててくれる?」
 つぶらなラーミアの瞳を見つめて、告げた。ラーミアは頷く様に小さく声を上げてくれる。そして、ラーミアはあたしから離れて飛び立つ準備に入った。
「此処までありがとう!」
 翼を広げたラーミアにお礼を叫ぶと大きく鳴き声を上げ、そのまま大空に向かって羽ばたいた。その姿が見えなくなるまで手を振って見送った後、みんなに声をかけて歩き出す。
 沼の浅い場所を探しながら、それでも膝の辺りまでくる泥水をかき分けて進んだ。ようやくの思いで洞窟の入り口まで辿り着けた時、あたしたちはすっかり泥まみれになっていた。
 なんか……かなり体力が減った気がするのはなんでだろう? 泥に体力を奪う様な成分が混じってたりしてな。この場所だったら、あり得ない事じゃ無いかも。そんな事を思いながら、気を改めて顔を上げる。
 あたし達の前で、ぽっかりと口を開けている洞窟の入り口。流れて来る冷気に眉を潜めた。
「この先から地下世界に行けるのかな……?」
 呟いて、入り口から洞窟の中を覗き込んでみる。けれど洞窟の中は暗い上に薄靄がかかっていて、視界はあまり良く無かった。
「行ってみようか。足下に、気を付けて」
 明かりを灯しながら言うシエンに頷いて、あたしたちは洞窟の中に足を踏み入れてみる。
 まっすぐ道にそって進んで行くと、すぐにただっ広い空間に辿り着く事が出来た。そしてその場所で目にしたのは、信じられない光景。
「……」
 誰かが、息を飲む音がした。
 地面に走る亀裂。そして亀裂の向こうに見えたのは、表現出来ない程深い闇。
「凄まじい力で地表に穴を開け、地下に降りた……か」
 竜の言葉を反芻しながら、シエンは穴の縁ギリギリまで進む。中を覗き込んで、何故か鼻を押さえながら顔を背けた。
「……怖……ッ」
 シエンの様子に首をかしげながら、彼の隣に立ったロウとマーグ。視線を降ろして、その表情を固める。一時置いた後、マーグが顔面蒼白でこちらを見た。
「なんて深さなの」
「そ……そんなに怖いの……?」
 その様子に思わず後込みしつつマーグの隣に立ち、視線を落とす。
「――」
 強烈な寒気が一気に背筋を駆け抜けて行った。あまりの事に悲鳴すら出て来ない。黙って立っているだけで目眩が、目眩が……。
「……どれ」
 足下に落ちていた石を放り投げてるシエン。思わず心の中で数を数え、50くらいまで数えた頃。
「はは……ははは……命綱、足りないかもねぇ……」
 ぼそりと呟かれたそんなシエンの言葉を最後に、会話が途切れた。
 それ程、会話が途切れてしまう程凄まじい穴だったのだ。この、ギアガの大穴は。とにかく深い。底が見えない。手にしている灯りすら、吸い付くされてしまいそうな程……。
 怖い。
 怖過ぎる。
 かつてゾーマがこじ開け、竜がその身を持って封印していたと言う場所。
 竜が扉、そう言うから、旅の扉の様になっているものだと思っていた。……まさか本当に、こんなふうに穴だとは思わなかった。一応あたりを見回してみたけれど、この穴以外に気になる場所は見つからない。
 改めて穴を覗き込んで、もう一度駆け抜けていく寒気。
 此処から降りて、もしも地下世界とやらに辿り着く事が出来なかったら……。
 そう思い付いたら足が竦んで、ますます震えが走った。どうしようもなくなって途方に暮れそうになった時、あの言葉が脳裏に浮かんでくる。
 必ずゾーマを倒さなくてはいけない、と。
 穴の底を見つめて、拳を握る。怖いなんて言ってられない……よな。行かなきゃ、やってみなきゃ何も始まらないんだ。顔を上げ、大きく息を吸う。
「ねえ、みんな」
「何?」
 竦んで震えていた足を押さえて――それはなんとも情けない格好だったけれど――言ってみた。
「とッ。飛び込んでみよう?」
 あ、声が上ずった。それを誤魔化そうと笑って見せたら、みんな脱力したみたいだった。
「……相当怖いのな、セティ」
「どどうしてそう思う、思う?」
「どもってるし。顔引きつってるし。その格好おかしいし」
「震え、止まらないんだから仕方ないだろ。でもこのまま此処で黙ってても、仕方無いし」
「んー……それもそうなんだけどね」
 言いながらちらりと穴の方を見て、再び震え上がって鼻を押さえるシエン。
「……ふふっ」
「何?!」
 あたしたちは突然の笑い声にぎょっとして一斉に、笑ったマーグを注目した。注目された彼女はと言うと、笑みをこぼしながらこんな事を口にする。
「誘いの洞窟を思い出したの。あの時も私、今と同じくらい怖かったわ」
「ああ……そう言えばあの時、一番怖がってたっけ」
「ええ、怖くて仕方なかった。だってみんな、得体の知れない泉に平然と飛び込もうとしているんだもの。けれど、飛び込んだら別の場所に辿り着く事が出来た。時には思いきる事も大事だと言う事を、あの時実感したわ。だからね、考えてみたら今回も同じかしら、そう思ったの。私達の目の前にあるのは、得体の知れない穴。けれど、此処に入れば別の場所に行けるという情報はある。あの時とやる事は同じだと思わない? ただ、飛び込むのが泉では無く穴になっただけで……ね?」
「……それは、確かに」
 マーグの意見に納得して、思わず頷きあってしまった。その様子に彼女は、ますますあたしたちの緊張をほぐす様な笑顔を浮かべてくれる。
「あの時も飛び込んで旅が始まったのよ。今回も飛び込んで旅が始まるかも知れないわ。だから思いきって飛び込んでみましょう」
 考える、間。それを一番先に破ったのはシエンだった。
「うん、そうかもしれない」
「そうだな」
「あたしも、賛成」
「ふふっ。それじゃあ、早速飛び込んでみましょう?」
 やけにやる気なマーグ。そんな彼女につられる様に、あたし達はもう一度、穴の縁に立つ事になった。
 穴はやっぱり、何度覗いても背筋に寒気が走る程、暗くて深い。決意はしたものの、恐怖はどうしても拭えない。
「……あのさ」
「何?神妙な声で」
 声をあげると、隣にいたシエンがこちらを向いた。あたしは俯いたまま、自分でも情けないとは思ったけど消え入りそうな声になって、こんな事を口にしてしまう。
「その……手、繋いでいいかな……?」
「……はぃ?」
「はぐれたら嫌だから」
 俯いたまま恥ずかしくなって目を閉じた時、あたしは左手に重ねられる温もりを感じた。突然のそれに驚いて顔を上げて、そこにあったのは微笑みを浮かべたシエンの顔。
「繋いでおけば安心だもんな。だったらマーグもどう?」
「そうねえ。ふふ……そう言う事なら。誰かと手を繋ぐなんてとても久しぶり」
 マーグは差し出されたシエンの手をとる。
「これぞ両手に花ってやつだね。うらやましいかい?」
 何故か得意げにロウへ問い掛けたシエンに、彼は深い深いため息を付いた。
「気がすんだならとっとと行こうぜ」
「あ、駄目だって。ロウも手を繋がないと」
「はぁ?俺は別にいらねぇよ」
「君じゃ無くてセティの為だって。そっち側固めてあげてよ」
 シエンはあたしを指して促した。けど、ロウは平然と断ってくる。
「だったらマーガレットがこっちに来ればすむだろ」
「あ、僕は両手に花がいいからそれは駄目」
「まぁ……うふふ」
「……」
 シエンの発言に笑っているのはマーグ。無言で彼を見るのはあたしとロウ。シエンはあたしたちの視線なんてものともせず。
「いいからほら、繋ぐッ!時間勿体無いだろ?!」
「付き合ってられっかよ」
 冷たく言い放ち、視線を外しかけたロウにあたしは、思わず訴える様な目を向けてしまった。……やっぱり、反対がすーすーしてると落ち着かなかったし……。何より、これでロウだけはぐれる様な結果になってしまったら。そう思うととても怖かった。だから、あたしはじっとロウを見つめて訴えた。何も言わなかったのは、単になんて言ったらいいか判らなかっただけだ。
 その体制で、しばらく。ロウはやがて、諦めた様に深く息を付いた。それから移動して、力が入ったままのあたしの右手に触……わッ……。
 思わず身を竦めてしまった。顔、紅くなってるかも知れない。
 でも、ロウに手を繋いでもらったら、大分恐怖心が何処かに行った様な気がした。不思議に思って穴の底を覗いてみる。やっぱりさっき程怖いとは思わなかった。
 ……なんて単純なんだろ。手に誰かの温もりを感じただけで、こんなに安心するなんて。
「ちゃんと繋いだ?」
 小さく頷くと、シエンはにっと笑って大きく深呼吸する。
「よし。それじゃ行くぞ、せぇのッ!」
「――ッ!」
 シエンの号令で同時に地を蹴った。空に身が踊った途端に襲って来た、落下重力。あまりの早さに、絶叫しようにも声が出ない――ッ。
 それでも、握りあった手だけは放さない様思いっきり握り締めた。
 目に映るものが、信じられない早さで流れて行く。それに耐えられなくなって目を閉じた時、ぐぅん……と、引っ張り込まれる様な、変な感覚に襲われた。




◆    ◇    ◆    ◇


 寒気を感じて意識を取り戻した時、あのまま転落死してしまったんだ……なんて、本気で思った。
 薄く目を開けて、飛び込んで来たのは暗闇だった。肌に感じるのは、底冷えしそうな冷たい空気。暗くて、寒くて……「暖かい」とか、「光」とか言う単語が一切無い空間だったからだ。
 これが「死後の世界」ってやつなんだろうか?
 けれど、すぐにそれは違うって事に気が付いた。
 その根拠は自分の鼓動と吐息、そして、両手に感じている体温。
 死んじゃえば心臓も呼吸も止まってると思うし、あったかさなんて感じないんじゃないかなぁ……なんて思ったんだ。……想像だけど。だから多分、死んでない。
 顔を動かすと、頬にざらりとした感触が走る。……砂。薄目で見ていたのは、どうやら地面みたいだった。
 ……って事は、ここ……穴の底なのか?
 それに気が付いた瞬間、ぼんやりしていた頭がはっきり覚めた。顔を上げて、まずみんながちゃんといるか確認する。右手にロウ、左手にシエン、シエンの向こうにはマーグ。ちゃんと傍にいた。
誰もはぐれなかった事に心底安心して、肩の力を抜く。
 それから繋いだままだった手を解いて体を起こし、みんなを起こす事にする。

「もう夜なのね……。私達、どれくらい気を失っていたのかしら」
 一息ついた頃、マーグがぽつりと呟いた。
「来る時はまだ朝方だったから、かなり長い事転がってたんじゃない? ……でも、ここは何処なんだろう」
 マーグの呟きにシエンはそう返し、その後に自分自身の疑問も口にする。それに対して、今度はあたしが答えた。
「まだ判らないんだ。でも地面があるって事は、穴を抜けられたんだと思う」
「穴……確かに僕達はギアガの大穴を抜けてきたんだよね?じゃあ、どうして空があるんだろう。僕はてっきり、地底の洞窟みたいな場所に降り立つんだと思っていたから……」
 言いながらシエンは、心底不思議そうな顔のまま空を見上げた。つられてあたしも空を見上げ、黙る。確かに穴の底だったら、こんなにすぐ空があるなんておかしい。壁が無いのもおかしいよな……。
 この場所は、どう見たって外だ。一体、どうやってここに辿り着いたんだろう。空には穴や空間の歪みとか、そう言ったものは全く見当たらない。
「この空……変だ」
「え?」
 唐突に呟いたのはロウだった。疑問符を投げると、彼は空を見上げたまま目を細める。
「なんかおかしいと思わねぇか」
「あ……?」
 ロウに言われて、初めて気が付いた。それは夜、雲が無ければ見えるはずのもの。……星の存在。目を凝らして空を見上げる。浮かんでいる雲は、風で動いている様子が判る。けれどその隙間から見える空には、星や月と言った【空に輝くもの】が全く見当たらない。
 そして……空の色。目を覚ました時見上げた空の色は、夕刻を過ぎた辺りの色だった。太陽の影が消えて、真っ暗になる少し手前の空の色。
 この時間はあっという間に過ぎて真っ暗になるはず。なのに、いくら経っても変動しない。無気味に青暗いまま暗くも、ましてや明るくもなろうとしない。
「闇の世界」
「――ッ」
 シエンがぽつりと呟いたそれに、ぞくりとする。
 ここに来る前に想像してた、闇の世界。太陽の光も、月の光も、星の光すら届かない世界。自分の住んでいる場所がそうなったら、耐えられないとさえ思っていた世界。
 それが、本当に存在していたって事なんだろうか。
 ……いや。というか今、実際に体感しているじゃないか。此処は、今まであたし達がいた場所とは明らかに違う。空気が酷く冷たくて、重い……。
「この様子では、私たちは無事に地下世界へ降り立つ事が出来たと見ても、まず間違いないわね」
「恐らくな」
「だとすれば、ラダトームと言う街を探さなきゃいけない……か。まぁ、とりあえず場所を移動してみないかい?いつまでもここで考えててもしょうがないと思うんだ」
「ん……確かにそうだよね」
 頷いて、それぞれしゃがみこんでいた場所から立ちあがる。周囲の様子を確認しようと目を凝らしてみた所、この場所はどうやら小さな島になっているみたいだった。
 あたしたちがいるこの場所は小高い丘になっていて、島の全景が見渡せる。島の周囲は真っ暗な海。時折白い飛沫が上がるのを見る限り、波はかなり荒れている様子。海の向こうにはぼんやりと大陸らしき影も見えているけど、暗いせいでよくわからなかった。
 そしてこの丘の下には一軒だけ家があって、入り江には船が一艘止められている。シエンはその家を指し、
「あそこで話を聞かせてもらおうよ。場所とか、何か判るかもしれない」
「うん」
 その提案に頷いて、あたしたちは丘を下る事にした。


「ごめんくださ~い!」
 見えていた家にたどり着き、呼びかけながらドアをノックして、しばらく。奥でがちゃがちゃ音が聞こえた後、少しだけドアが開く。その隙間から顔を出したのは、中年の男だった。警戒しているらしく、鋭い目つきであたしたちを睨みつけた後、低い声を出す。
「……誰だ」
 問い掛けられて、答えてくれたのはシエン。
「旅の者です。突然で申し訳無いんですが、ここが何処なのか教えて下さいませんか?」
「……見ない顔だな。どこから流れてきた?」
 尋ねたつもりが逆に質問されて、なんて答えたらいいか迷った挙句、あたしはとりあえず故郷の名を口にする事にする。
「アリアハンです」
「……聞かない地名だな。もしかしてあんたら、上の世界からやって来たってクチか?」
「え……ッ」
 思いがけない事を言われて、驚いた。
「そうです。私たちはギアガの大穴という場所を通り抜けて、気が付いたら此処にいました。……ではやはり、此処は地下世界……そう呼ばれる場所なのですか?」
 男は、マーグの問いに頷く。
「そうだ。ここは地下世界、またの名をアレフガルドという。……どういう訳か、この場所には上の世界から落ちてきた、そういう奴がよく現れるんでね」
 ますます、吃驚するような事を話す男。
「どう言う事ですか。私たちの他にも、ここに辿り着いた人がいるのですか?」
「ああ。前はそうでもなかったんだが、ここ数年頻繁でね。つい最近も、上から落ちてきたという男が庭先に現れたばかりだよ」
 思わず顔を見合わせてしまった。
「どういう事だろう。僕達の他にも、こっちの世界に来る事ができる人が……?」
「竜の力が衰えるにつれて、結界も緩んじまってたんじゃねえの。ありえない話でも無いと思う」
「それは、確かにそうかもしれないわね」
 話し込み始めた、そんな時。
「お父さん!」
「……ん?」
 話の隙間に幼い声が割り込んでくる。見ると、扉の向こうから男の子が様子を伺うように顔をのぞかせていた。
「おう、ハル。どうした?」
 男が子供に向き直って尋ねると、彼は少し焦ったように用件を口にする。
「う、うん。あのおじさんなんだけどね、また熱が上がったみたいで苦しそうなんだ」
「そうか……まずいな。解熱剤、まだあったっけか」
「昨日使い切っちゃった」
「そうだっけか、やべぇなそりゃ……」
 困ったような様子で話されるそれに、思わず尋ねてしまう。
「あの……病人でもいるんですか」
 そしたら、男は苦い表情で此方を向いた。
「ああ。酷い火傷を患っている男がいてね。助けてから数ヶ月前看病を続けているんだが、何時までたってもよくならない。……もう、歩く事すらままならないみたいでな」
 不憫そうに、ドアの奥へ視線を向ける男。
「なあ、ロウ」
「ああ」
 呼びかけただけなのに言おうとした事が分かったのか、ロウは頷いて男に向き直る。
「会わせてもらえないか」
「どうする気だ?」
「上手く行けば、治療できるかも知れない」
「……お兄ちゃんが、おじちゃんを診てくれるの?」
「ああ」
「本当か?! ……助かる。是非頼みたい」
「それじゃ、中に入って!」


 そんな訳で通された家の中は、薄暗かった。部屋の中央に置かれているランタンの炎は、今にも消えてしまいそうなぐらいに細い。そんな光に照らされた空間に来て、初めて気がついた。……男の、異常なまでの肌の白さに。
 体つきは屈強そうなのに、肌の色は気味が悪いぐらい生白いんだ。
 見ると、男の子も同じように肌が白い。なにか……病気、なんだろうか。そう思ったけど、太陽が出ていないんだから、日焼けなんてする事も無いんじゃないか……と、そこに行き着いて、思わず息を付いてしまった。
「お兄ちゃんこっちだよ、早く!」
「急かすな。……と、重病人だったらぞろぞろ行くのもまずいだろ。そっちで待っててくれ」
「わかった」
 あたしたちが頷くと、ロウは男の子と奥の部屋に入っていく。
「それじゃあ、終わるまでこっちにかけているといい」
 その背中を見送った後、主人はあたし達を食卓のある部屋に招いてくれる。
「ありがとうございます」
「いや、礼を言うのはこっちだよ。場所を教えるはずだったのに、ウチの病人を診てくれるって言うんだからな……」
 主人に進められるまま、テーブルについて一息ついた頃。
「そういやお互い自己紹介がまだだったな。俺はランテ。息子の名前はハルだ」
「あたしはセティオです。あっちに行ったのはロウで、こっちが」
「僕はシエンです」
「私はマーガレット」
 一通り名前を告げると主人、ランテさんは会釈してくれる。
 紹介が終わったあと、先に話し出したのはマーグだった。
「ランテさん。……ロウが終わるまで、よろしかったら先程の続きを。こちらの世界について、お話しを聞かせていただけないでしょうか」
「ああ。そうだな……何から話せばいい?」
「私たち、聖霊神ルビスがこの世界を創造したという事、そして此方の世界は、大魔王ゾーマに支配されている……という事ぐらいしか知らないのです」
「そうか。その二つさえ知っていれば、そう戸惑うことも無いと思う。この世界は貴女が言った通り、聖霊神ルビスに創造された大地。何十年も前から大魔王ゾーマの支配に苦しめられてきた事も事実。奴に日の光を奪われたのは……そうだな、二十年は前の話だ」
「二十年、ですか?!」
「そう。二十年前にルビス様がゾーマに囚われてしまい、この世界は光を失った。そして文字通り、あれから二度と太陽の昇らない闇の世界となった。……だから俺の息子は、太陽の光を知らないで育っている」
「……」
 なんて言えばいいのか、分からなかった。
 ……二十年。あたしが生きた時間よりも長い年月。とすれば、あたしもこちらで生まれていたなら、陽の光を知らずに育っていたかもしれないと言う事。知らないなら知らないで別に支障はないかとも思うけれど、光を知って育ったあたしが今思うから、それはとてもとても考えられないし耐えられない事だと思った。
 やっぱり朝は、日の光を感じて目覚めたいと思うし……。
 ゾーマを倒す。それは、分かってはいた事ではあったけど、そう簡単にはやり遂げられそうもないと思った。相手は、太陽の光を奪ってしまうような力を持っている。
 そんなのに太刀打ちできるんだろうか。
 ……でも、やらなきゃいけないんだ。一瞬でも弱気になりかけた自分に気合をかけて、拳を握り直す。
 この世界の闇、なんとかしたい。そう思うから。あたしたちのいた場所も、こんな風になってしまったらと思うと、嫌だから。
 だから、やれる事があるうちは動かなくちゃ。怖気づいてる暇は無いんだッ。
 改めて思い、心の中で頷いていた、その時。ロウが、ハルと一緒に此方の部屋に戻って来た。
「どう。大丈夫そう?」
「ああ、出来る限りの処置はした。ただ火傷の程度が酷ぇし、何時悪化するとも分かんねえ状態なのも確かだ。どこか、ちゃんとした場所に運べれば安心なんだが、……」
「そうなの……。それは、困ったわね」
「それだったら、ラダトームへ向かうのが一番いいだろう」
「え、ラダトーム?!」
「ん、知っているのか?」
「名前だけなら。私たちはその場所へ向かわなければいけないの」
「そうなのか。ラダトームは、このアレフガルド唯一の王都なんだ。……しかしこのところ、海の魔物たちが急激に増え始めて、実は船を浮かべることすらままならないんだ。此処数ヶ月、満足に買出しすら行けなくなってしまう程……な」
「それじゃあ私たちが一緒だったら、海を渡れるんじゃ無いかしら」
「え?」
「海の魔物を撃退すれば渡れるのでしょう? だったら、私たちが適役よ」
「しかし、強いぜ? マーマンダインだの、テンタクルスだの……」
「それなら、地上でも戦ってきた。……もともと魔物はこちらから上に来た、とも聞いたし、要領は同じだと思うんだ。だから、きっと大丈夫です」
「……本当か?」
「どの道、ラダトームへ行かなければ行けないのだもの。他に方法はないのでしょう?」
 あたしが説明して、マーグが決断を迫ると、ランテさんは意を決めたように頷いた。
「分かった。それじゃあ、海を渡る。……しかし、今日はもう遅いからな。明日一番で出航する事にしよう」
「へえ、ずっと暗いのに、時間の区切りって分かるものなんですか?」
 シエンが、もっともだと思うような質問をしてくれる。それに対して、ランテさんは時計を示しながら答えてくれた。
「空の変動が無くとも時計は動くからな。ほら、今は丁度夜の七時を回ったところだ」
「お、時計の文字盤……二十四までなんだ」
「暗くなってから改良されたんだ。十二じゃあ、混乱してしまうだろ?」
 そりゃそうだよな。ただ七時ったって、こう暗くっちゃ朝か夜か区別付かないもん。こうやって環境に適応していくんだ……。なんて、ちょっと感心してしまった。
「それじゃハル、客間の用意をするから手伝ってくれ。あんた達は部屋が出来るまでゆっくりしていてくれればいい」
「すみません、ありがとうございます」
 礼を述べると、ランテさんとハルはこの部屋を出て行く。
「……よかったねえ、話の通じる相手で」
 二人が言った後、シエンが心底安心したように呟いた。
「そうね。邪険にされたらどうしようかと思っていたのだけれど」
「うん。とりあえず、ここが地下世界だという事が分かったし、次に向かわなきゃいけないラダトームという場所の事もわかったしね」
 同意し合って、あたしたちは此処に来て始めて、安堵の表情を見せ合った。ロウを、除いては。
「ん……あれっ、なんで俯き加減なんだい?」
 シエンに声をかけられて、何かを考え込んでいるようだったロウは顔を上げる。その表情は、何故か深刻な雰囲気で。
「……どうしたの?」
 マーグに問われたのに、ロウは、何故かシエンを見た。
「ん、どうかした?」
 ロウは視線で奥の部屋を指して、口を開く。
「顔に酷い火傷してて確信持てなかったんだが、奥で寝てる奴、もしかしたら、……」
「……?」
 いつもはっきり言うロウが言葉を濁しているその様子に、シエンの表情が怪訝なものに変わる。
「何、言いにくい事? はっきり言ってくれないと分かんないよ」
 問われて、ロウは意を決したように、シエンを真っ直ぐに見て、
「もし違ってたら、謝る。あいつ……カンダタ、じゃねえかと」
「は……ッ?!」
 その瞬間、シエンは椅子を蹴るようにして立ち上がって絶句した。あたしもあまりに意外な人物の名前が出た事に驚いて、声を出す事が出来なかった。マーグも同様、驚きを隠せていない。
「ロウ、間違いじゃないの? 本当に、……なの」
「俺も確信は持てないつった。……でも、奴は左の隻眼だったろ。背格好とかも、最後に見た姿に酷似していた。他人と決め付けるには、あまりにも似すぎている」
「何、言って……そんな、そんな馬鹿な話が……ッ!」
 動揺したシエン。滅多に出さないような声を上げて、額を押さえる。
「だってカンダタ様は――んだはず、だろ……? 火山に……、僕が、この手で――ッ!」
「シエン」
 動揺していたあたしは、名前を呼ぶ事しかできなかった。シエンはあたしの呼びかけの後、ぐっと顔を上げる。
「確かめる――そっちの方がすっきりするッ!」
 言うなり、シエンは奥の部屋へと続くドアに向かって駆け出す。
「行きましょう」
 席を立ちながら促すマーグに頷いて、あたしとロウもシエンの後を追う。


 食卓にあったランプより、さらに光を弱められた薄暗い部屋。その部屋の隅に、ベッドがひとつ置いてある。そこに横たわっているのは、人。
 顔全体に、目だけ出されて巻かれていている包帯、それが首、肩へと続いている。それがやけに真っ白に浮き上がっていて、まるで、ピラミッドで見たミイラ男みたいだと、そう思った。
 シエンは酷く緊張した面持ちのまま部中へ進んで、男が横たわっている枕の傍にしゃがみ込む。そして、恐る恐るといった風に声を、かけた。
「……カンダタ様……?」
 シエンに呼ばれた男はぴくりと反応し、包帯の隙間から見えていた瞼の片方、右目を、ゆっくり開いた。そして何かを探すように目を動かして、声を出す。
「ぅ……その――声、……シエン、か……?」
「あ」
「……シエン……?」
「――ッ!」
 その言葉で、誰もがカンダタだと確信する。あたしも、ロウも、マーグも、言葉が出ない。シエンすら、返事が出来なくて沈黙が落ちる。
 ゆるゆると伸ばされた包帯だらけの指が、シエンに触れる。
「おぅ、やっぱりそうじゃねえか……何で、ここにいるんだ、……?」
 シエンの肩が、びくりと揺れる。後姿で、彼の表情は見えない。
「……どう、して、……?」
 シエンが絞り出した言葉のその先は、言葉にならず空気にかき消えた。そのかわりに、シエンは頬に触れた指を握り締める。カンダタはシエンの顔を見つめたまま、ぼんやりとした口調でこう、話した。
「……よくわかんねえ。あの後、火山に落ちて、落ちて……炎に包まれて、気ぃ失って。……死んだ、そう思ったのにな……次に気が付いた時にゃ、この有り様でよ……ん?」
 カンダタが言い終わる頃にはもう、嗚咽が聞こえていた。
「シエン……?」
「…………ッ」
 名前を呼ばれてもう、言葉にならなかったのか。崩れるように、床に座り込む。……カンダタの、指を握り締めたまま。
「おいおいなんだァ? まぁだその泣き癖、直ってねえのか……?」
 そんなシエンにカンダタは、どこか懐かしそうに笑いながらもう片方の手を伸ばし、シエンの頭をぐしゃぐしゃ撫でた。
「――-ぅあッ……」
 その時、包帯越しに見たカンダタの表情が、今までで見た事も無いぐらい穏やかで優しげに緩む。その光景を見ていたあたしは、一言も発せなかった。それどころか後退りまでしてしまう。
 シエンとカンダタ、二人を取り巻く空気が穏やかに震えている。
 ……あの時、カンダタを失った時のシエンを思い出す。やりきれない何かが爆発して、泣きじゃくったシエン。
 けれど、今のシエンはあの時みたいにやりきれなさを抱えて号泣しているんじゃない。……嬉しくないはずがない……きっと、嬉しくて号泣してるはず。ずっと、逢いたくて逢いたくて仕方が無かった人物と、再会できたんだ。長い間思い続けて、願掛けまでして逢いたいと願っていた人と、ようやく。
 死んだと思っていたはずの、相手と。
 あ……駄目……なんか駄目だッ。視界の歪みを押さえきれなくて、あたしはシエンとカンダタに背を向けた。
「セティオ?」
 急に方向転換したあたしに、マーグが声を掛けて来た。あたしはそちらの顔を見ないようにして、小さく呟く。
「ごめ……。あたし、――――ッ」
「あ……、セティオ?!」
 急なあたしの行動に、マーグの戸惑ったような声が背中で聞こえる。それでも、振り向けなかった。あたしは逃げるように部屋を後にした。
 いてもたっても居られなくなった。シエンを見ていたら、どうしようもない感情が胸の中に沸き上がって、動揺したのが判る。
 押さえきれなくなって、叫んでしまいそうな自分が怖かった。




◆    ◇    ◆    ◇


 カンダタが、生きていた。火山の火口から落ちて、死んだはずなのに。
 それに物凄く動揺した。動揺して、何がなんだか判らなくなりそうなくらい、頭の中が混乱した。
 あたしは足を止め、思わず、しゃがみ込んで頭を抱えた。そうでもしないと耐えられなかった。
 何故だろう。
 何故カンダタは死ななかったんだろう。
 何故こっちにいるんだろう。
 何故……?
 もしかしてガイアーラの火口はギアガの大穴と繋がっていて、火口に飛び込んだとしても此処に辿り着ける様になっているんだとしたら……だとしたら……ッ!?
 そこまで思い付いて慌てて頭を振り、服の裾を握る手に力を込める。考えを押し出そうと無駄な努力をする。その先を考えるのが、口から出すのが、……期待をするのが、何故だかたまらなく怖かった。
 それでも、怖くてもどんどんどんどん期待が膨らんで行く。どんなに押しつぶそうとしても一度生まれた期待は破ける事も無く拡大して行く。
 あたしは、その夢の様な妄想を断ち切るのに必死になっていた。期待すればした分だけ、あり得ないと思う気持ちも強くなって……。
「……、いた、セティオ……」
「……」
 ふと聞きなれた声が耳に入って、あたしはのそのそと顔を上げる。そこに立っていたのは、ロウだ。走って追いかけてきたのか、かるく息を切らせて、
「どうした、急に」
「……」
 これを、話してもいいものか……少し考えた。考えたけれどロウに問い掛けられたら、どうしようも無くなっていた胸の中を話したくなって、
「あたし……父さんもカンダタと同じ様に……だったら、なんて、夢見てた」
「セティオ、……」
 ロウはあたしの名前を呟いた後、言葉を飲み込んだ。その反応はある程度予想出来ていたから、気にする事も無くその先を続ける。
「夢見過ぎなのは判ってるんだ。でも、もしかしたらって思ったら……なんか止まらなくなって……」
 駄目だ。それ以上言葉が続かなくなって黙った時、ロウは静かな声色でこう尋ねて来た。
「そんなに、逢いてえの」
 聞かれて、思わず立ち上がって当然だと頷いてやる。
「逢いたいッ。……ロウは、もう一度ご両親に逢いたいって思わないの?」
 そしたら、彼は少しだけ間をおいてこんな事を口にした。
「……。お前はさ。その目で確認してねえから、諦められねえんだと思う」
「……確認……?」
 反芻すると、ロウは目を細めて視線を海の方に移し、こう続ける。
「俺はこの目で両親の最後確認してっから、仕方ねぇって諦めが付いてんだ」
 ――。
 最後……。
「……違うか……?」
「……」
 そう……かもしれない。あたし……確認してない。父さんが死んだって証明出来る物は何一つ見ていない。全て口伝てだ。実際火山は見たけれど、落ちた瞬間を見た訳じゃ無い。
 葬式の時だって、父さんの棺は空だった……。
 ばあちゃんの葬式の時は、その顔を見ながら献花出来たんだ。死んじゃったんだ、もう動かないんだって、凄く悲しかったけど納得して、あたしが死んだらまた逢おうねって挨拶が出来た。
 でも父さんの葬式は空の棺で……幼心で何処か変だと感じながら、それでも何も言えないまま献花した。姿も無くて、挨拶も出来ないまま。
 ……死んだなんて信じられなくて、何年経った今でも信じられなくて。
 いつか帰って来るんじゃないかと、心の何処かでいつも思っていた。旅をしていれば、何処かですれ違えるんじゃないかと夢見てた。
 父さんは死んだと人に話す時だって、心の何処かでは思いっきりそれを否定してたのも事実。
 最後を見てない。姿が見えないまま、ただひとづてに死んだなんて聞かされただけじゃ、実感がわかない。だから、ちょっとした切っかけがあればいつも、父さんは……なんて、夢を見るんだ。今だって……。
 あたしは、いつまでこんな風にあり得ない夢ばっかり見てるんだろう?
 馬鹿みたいだ……。
 胸が苦しい。鼻がツンと来て、目がじりじり熱を持ちはじめる。
 だからあたしは、シエンに良かったねって思う反面、物凄く羨ましいとも思った。いいなぁって思った。……ずるいって、思った……。
 あんな形だったけど、死んだと思ってた相手と再開出来たから。ほんとにいいなぁ……って……、思っ――……
 あたしもあんな風に父さんと再開出来たら……どんなに、どんなに……。


「……セティオ」
 名前を呼ばれて、顔を上げる。
「ロウ……ッ」
 いつもなら堪えられるのに、絶対堪えるのに、こんな時に限って押さえが効かない。ロウの気遣った様な声が耳に入った途端にどんどん視界が歪んで、見つめていた地面もふにゃふにゃになって……。あたしはそのまま、すがりつく様にロウの服を握り締めた。
「……」
 ロウはそんなあたしを、払いのけたりはしなかった。
 そうして少し経った頃、ロウの右手があたしの背中にそっと添えられる。ふわりとかかったその暖かさに顔を上げた時、目の中でゆらゆらしていた一滴が、落ちた。
 ロウは小さく嘆息した後、今度は両手で、包み込む様にして抱きしめてくれた。
 ロウはどうして、いつも……。
 いつも、気持ちが辛い時決まって、傍にいてくれるんだろう。
 あたしはなんで、涙を堪えきれなくなるくらい気を緩ませて、おとなしくしてるんだろう。
 どうして、安心し始めてるんだろう。あんなに混乱していたはずなのに。
 さっきまで頭をぐるぐるまわっていたしょうも無い考えが、こうしてもらって泣いてたら少しずつ、奥の方に引っ込んで行く気さえ、して。この状況に、動揺する。
 けれど……あたしはしばらくの間そこから動く事が、出来なかった。
 冷たい風が、泣いたせいで熱くなっている瞳にしみる。鼻をすすりながら、あたしはしばらくその場所で、しがみ付いたロウの肩越しに海を見てた。
 その間ロウは変わらず、あたしの背中を抱いたままでいてくれた。
「……ロウって、不思議だ……」
「……あぁ?」
 思わず呟いた一言に、返事が返ってくる。だから、先を続けた。
「最近ね、傍にいると……落ち着く」
「俺は落ち着かねぇよばか」
 思った事を素直に呟いたら、あたしの呟きと同じぐらいの声量でそんな言葉が返って来た。それがくすぐったくって、つい表情を緩める。「ばか」って言われるのは嫌だったはずなのに、今は……嫌いじゃない。
 ばかにされてるのに嫌いじゃないなんて、やっぱりあたしはばかかもしれない。
 ……でも、あの時。ミリックバーグで、気が付いてしまったから。今とおんなじように、優しい顔してる事に気が付いてしまったから。
「ごめん……。あたし、落ち着き無いしな。突発的にこうだし」
 そう返したら、ロウは全くだ、なんて言いながら、ちょっと笑ったみたいだ。それに思わず苦笑を返した時、もうだいぶ混乱と動揺が静まっていた自分に気が付く。だから、自分からそっとロウの身体を離した。
「もういいか」
「うん。もう、大丈夫。……みっともないとこ見せて、ごめん」
「気にすんな。お前がどれだけ父親の事思ってるか、分かってるつもりだから。……俺こそ、辛い事聞いて悪かった」
「ロウ」
 思わず、目を細めてしまう。そしたらロウは、少しだけ表情を緩めてあたしを見た後、
「戻ろうぜ。マーガレットが心配してる。……シエンも気になるしな」
 ……そう言われて、はっとする。そうなんだよな。今一番混乱してるのは、きっとシエンなのに。なのにあたしはシエンを思うよりも自分を優先して、飛び出すなんて。
 自分の事ばかりで、周りに気が回らない行動するなんて……。そこまで考えた時、ふいにロウの溜息が耳に入って顔を上げたら。ロウは何故かあきれたような表情で、こんな事を口にする。
「まぁた、なんか妙な事気ぃ回してるだろ」
「え……?」
「すぐ顔にでんだよ、お前のは」
 鼻先を指で示されて、思わず眉間にしわを寄せたらロウは、苦笑して、
「シエンならマーガレットに任せてっから大丈夫だよ。どうしても気になんなら、さっさと戻ればいいだけだろ。考える前に、動け。得意だろ」
 言い放つと、ロウは踵を返して歩き出してしまう。
「あ……、うん!」
 あたしは少し慌てて、返事を返した後に歩き出す。
 その時あたしは、自分ってそんなに顔に考え事が出てるのかなぁ……なんて、首を捻っていた。だからこの頃にはもう、父さんに馳せるどうしようもなかった思いは、すっかり息を潜めていた。
 気持ちが押しつぶされそうになってたのが楽になったのは、やっぱり話を聞いてくれたロウのお陰でしかない……よな。
 ありがとう。いつも、助けてくれて。
 口の中で背中に呟いて、あたしは隣に行く為に歩調を速めた。




◆    ◇    ◆    ◇


 そして、翌日。あたしたちはランテさんを手伝い、出航の準備をしながら船に乗り込んでいた。
 結局昨日はもう、シエンと話は出来なかった。何故なら、二人にしてあげようと配慮した、マーグの提案があったから。シエンはカンダタのいた部屋で、あたし達は用意してもらった客間で別々に一夜を過ごす事になったんだ。
 ……一夜を過ごした、そう言っても、目が覚めた時に太陽の姿はやっぱり無かったけれど。
 昨日寝る前に見た空と、同じ色の空。そのせいでなんとなく晴れない気分になりながらも、あたしたちは出航の準備を一通り終わらせる事が出来た。
「しかし、おどろいたよ。あんた達が、あの男と知り合いだったなんてな」
 一息ついた頃、ランテさんが苦笑交じりに話し出す。それに答えるようにマーグが続く。
「私たちも驚きました。まさか、こんな場所で再会できるなんて……ね。あの人は火山から落ちて、亡くなってしまったとばかり思っていたので……」
「そうか……。まぁなんにせよ、よかったじゃないか。あの兄さん、泣く程再会を喜んでたんだしな」
「……そうですね」
 昨日のシエンの様子を思い出して、あたしたちは目を細めあう。
「で、そのシエンはまだなのか?」
「ああ、それなら今、ハルが呼びに行ってる……と、来たみたいだぜ」
 ランテさんが示したとおり、シエンはその背中にカンダタを背負って、ハルに誘導してもらいながら船上にやって来るのが見えた。
 シエンはあたしたちを見つけた瞬間に苦笑いを顔に貼り付けて、一言。
「おはよ、みんな」
「おはよう。よく眠れた?」
 努めていつもどおりに挨拶を交わしたら、シエンも同じように反応を返してくれる。
「うん、けど。暗いのにおはようって奇妙な感じだねぇ?」
 空を見て、ぼそりと呟かれたそれについ笑いながら、頷く。
「そうだね。やっぱり、おはようって言うのは朝日と共に言うべき言葉だよね」
「全くだね」
 うんうん頷いて、真っ暗な空を見つめては溜息を吐きあう。その後、シエンは苦笑したままで真っ赤な目を軽く伏せ、話を続ける。
「……昨日はごめんな。予期しないで再会したからさ、もーう吃驚しちゃって取り乱したりして」
「そりゃ、あたしたちも吃驚したもん。当然だよ」
 そう返したらシエンは苦笑し、背負っているカンダタを見る。カンダタは薬の影響なのか今はぐっすり眠っているらしく、呼吸をする以外ぴくりともうごかない。そんなカンダタを見つめるシエンの表情は、今までに無く穏やかなように感じられた。
「あの後ちょっとだったけど、話が出来たんだ。話なんてもう二度と出来ないと思ってたから……やっぱり、嬉しかった」
「……そっか」
「……うん。……あー、どうしよ、みんなに話したらまたじわじわこみ上げるものが」
「それ以上泣いたら顔、もっと面白ぇ事になりそうだな」
「ふふっ。それ以上腫れたりしたら、きっとしばらく外を歩けなくなるわね」
 さらっとからかうように言うロウと、追い討ちをかけるようにマーグ。
「あっ、煩いなッ!」
 シエンは怒鳴って、それでも、目は潤んでいたけれど表情は明るいままだった。
 カンダタに対するあたしの思いはやっぱり今も複雑だけれど、でも、……考えない事にする。だって、シエンが嬉しそうに笑うから。もうそれでいいやと、そう思うことにしたんだ。
「ランテさん。カンダタ様、どこに連れて行けばいいですか?」
「ああ、そっちの船室にベッドが置いてあるから」
「わかりました」
 シエンがカンダタを船室に運び終わった後、ランテさんは気持ちを切り替えるように表情を引き締めた。
「それじゃあ、そろそろ出発するぜ」
「はい!」
 碇を上げると、船がゆっくりと動き出す。あたしは、船の進む先を見た。先に見えるのは、真っ黒な海。そして、大陸の影。
 風が、頬を鋭く撫でていく。
 こんな風が吹くあの大地で、あたしたちは何を見て、何を聞いて、何をするんだろう。
 何と闘って、どんな手段を使って最終目的まで辿り着くんだろう。
 ちゃんとゾーマまで、辿り着けるだろうか。
 いや……辿り着いてみせるさ。絶対に――ッ。
 強い決意を胸に、第一歩を踏み出す。
 飛び込んで、目を開けば旅の始まり。
 そんなあたしたちのもう一つの旅が、これから始まる。

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