第二十四章 約束



  第二十四章 約束



 ぱきぱきと枝を踏み折る音が微かに聞こえて、身構えた。
 いる。林の中。
 目配せする間でもなく、それぞれが気配に気付いて襲撃に備え息を整える。
 そしてすぐ、がさっと音を立てて茂みから姿を現したのは三匹のスカルゴンだった。元はドラゴンか何かだと思う。それが骨格だけになりながらもまだ動いてるという、なんともいえない無気味な姿の魔物。奴らは狂ったような雄叫びを上げながら、こちらに敵意剥き出して襲い掛かって来る。
 まっ先に動いたのは、やっぱりシエンだった。手にしていた鞭をしならせ、一体に鞭を絡めて動きを封じる。
「マーグよろしくッ」
「任されたわ!」
 そこに剣を閃かせ、飛び掛っていくのはマーグだ。二人は連携してスカルゴンを追い詰めていく。
 あちらは任せて大丈夫と判断して、あたしは残りの二体に目を向けた。横目でロウに合図すると、意図を酌んでくれたらしくそれに頷いた。そしてすぐに呪文の詠唱を始め、
「――、ベギラゴンッ!」
 ゴゥ……ッと炎が上がり、二体のスカルゴンを包んだ。炎に包まれ混乱したような咆哮を上げながら尚、奴らはこちらへ攻撃を仕掛けようとするそぶりを見せている。その姿を見逃さず剣を握り直して、まだ炎の残る中へと駆けた。体力を削ってもらえれば、あたし一人でもとどめはさせると踏んでの作戦。
「ぁああ―――ッ!」
 気合いを込め、今まさにブレスを吐き出そうとしている一体を剣で打ち、止めを喰らわせる。その一撃を受けたスカルゴンは打った場所から脆く崩れ、残りの炎に焼かれていく。それを尻目にもう一体へ目を向け、体制を整える勢いで剣を突き出し、腹部あたりの骨をなぎ払った。
 そしたら思いもがけずスパッと斬れ、スカルゴンは半分になってカラカラと音を立てながら地に落ちて崩れていく。これで、二体。
 顔を上げると、ロウと目が合う。
 終わった事を知らせるために胸元で小さくこぶしを握ったら、彼は頷いて視線を他へ向けた。その先は、シエンとマーグ。あたしも視線を向けた時、丁度あちらも終わったらしくこっちを見た。
 それぞれ体制を整えて様子を伺い、周囲からあたし達以外の気配が消えた事を確認してから、はじめてゆっくり息を付く。
「とりあえず落ち着いたね。お疲れー」
「お疲れ。こっちの地方は魔物の数が多いね」
「そりゃ、大魔王様の居城近くだし。お膝元がガラ隙じゃ逆に怖いだろ?」
「それもそうだよね」
 同意して笑ったら、シエンもそーだろとか言いながら笑う。
「それにしてもセティオ。その剣、やはり物凄い切れ味ねぇ」
 マーグはあたしが手にしている剣を見つめ、惚れ惚れと呟いた。
「うん」
 頷いて、そっと手にしていた剣を掲げてみる。
「何度見ても格好いい剣だねぇ」
 シエンが明かりを掲げると、反射してキラリと輝く刃。たった今魔物を斬った後だと言うのに、その輝きは少しも曇っていない。
 この剣は、とんでもない業物だった。銘は『王者の剣』と言う。剣を打ってくれた鍛冶屋の主人がつけてくれたものだ。
 翼を広げた鳥の紋を象った金の鍔。その中央には赤い宝玉が埋め込まれてる。刀身は真っ青で、自分の顔が映るぐらい滑らか。見た目も豪華で格好いいと感じたけれど、実際握ってみての使い心地も半端なかった。
 まるでずっと昔から使い続けていたかのように、しっくりと来た柄。はじめて握りを確かめた時は、震えが走る程の衝撃を受けた。
 凄い剣。あたしなんかが使ってもいいんだろうか――と、尻込みしそうになるぐらい、凄い。
「鎧も盾もお揃いってのがまた、格好良く見える要素だよね」
 シエンはあたしが今装備しているものを指して、そう続ける。
 マイラで剣を受け取った時、一緒に光の鎧と盾も受け取った。剣が揃ったら本来の光を取り戻すと言うヴェリスさんの言葉は、嘘じゃなかった。今は盾も鎧も、目の覚めるような青色に鈍く輝いている。
 これら『光の武具』を身につけているとなにか、懐かしい感じに包まれる。やっぱり、昔ロトが着ていたものだから――あたしも、そういう気がするのかな。
 そこに思い付いて、思わず苦笑してしまった。
 掲げていた剣を戻して鞘にしまい、ふと、まだこちらをまじまじと見つめるシエンに気が付いた。
「どうかした?」
「んー。なんかさ、セティってばすっかり雄々しくなってるなと思って」
「え?!」
 思ってもない事を言われて声を上げたら、マーグがちらりとあたしの頭を見て、後を継ぐように声を出す。
「髪型のせいじゃないかしら?」
「ッ、へ……へへ」
 口調に少々怯えつつ、ごまかし笑いを浮かべながらそっと目を逸らした。
 実はマイラで剣が出来上がるのを待ってる期間に、ここ数カ月ほったらかしていた髪をばっさり切った。その後にマーグと顔を合わせた時から、彼女の視線が怖い。
「それが原因なのかもな」
「あー、だね。僕やロウより短いもんねー」
「そうでしょう? もう。せっかくいい感じに伸びてきていて、似合っていたのに」
「まあさっぱりしてていいとは思うけどさ。でもさセティ、たまには伸ばしてみたら?」
 口々に言われて思わず、今は五センチもないだろう自分の髪を指で梳いた。
 今はぱさぱさしてる。コレ伸ばしたら、やっぱり邪魔だと思うけどな?
「ゾーマ倒したら、考えてみる」
 とりあえずそれだけ答えて話を区切る事にした。そしたらみんなして苦笑しあった後、前を向いて足を進め始める。
 あたし達が今向かっているのは、聖なる祠。もちろん、大賢者ラシエルに会って虹のしずくを手に入れる為だ。




◆    ◇    ◆    ◇


 その部屋は天井が高く吹き抜けになっていて、丸く切り取られた空が見えた。その空の真下、中心に置かれた祭壇の前に、誰かが立っている。
 後ろで一本に束ねた銀色の髪と、切れ長の赤い瞳を持つ男性。雰囲気はやはり、ヴェリスさんやジェードさんのものとよく似ている。赤い宝石が埋め込まれた金のサークレットも一緒。
 白で統一された着衣に身を包んだその姿からは、何処か神経質そうな印象も受けた。あたし達が入り口で足を止めるとその人はこちらを向き、口を開く。
「ようこそ。勇者、セティオ」
 涼やかな声が木霊する。
「あなたは」
「ラシエル・ダェグ=ケーナズ。この祠の主」
「では、あなたがヴェリスさん達の言っていた大賢者」
「そう言う事になる」
 大賢者と言うからもっと年を取った姿だと思っていただけに、正直またも先入観がふっとんだ。どう見てもこの人は、ヴェリスさんやジェードさんよりも幼い顔立ちをしている。
 賢者の人達は、やはり若い姿の方がお好きなんだろうか。そんな事を勝手に思いながら次の言葉を待っていたら、彼はこう、話し出した。
「君達の事は兄達から聞いている」
「兄達?」
「ヴェリスと、ジェード。聞いていなかったのか?僕たち三賢者は兄弟だ」
「……、そうだったんですか」
 道理で、雰囲気がよく似ている訳だ。納得して頷いたけれど、それに構わず、そんな雰囲気でラシエルさんが動いた。
「では早速取りかかる。……太陽の石と雨雲の杖を、こちらへ」
「わかりました」
 言われた通りに太陽の石と雨雲の杖を取り出し、ラシエルさんに渡す。それらを受け取り、彼は確認するようにふたつの宝を見定めた。
「紛れもなく、太陽と雨」
「はい」
 返事を返したら彼は頷いて、祭壇の上に太陽の石と雨雲の杖を置く。
「これより、虹のしずくを精製する」
 一体どんな風に出来るのか、あたしたちは固唾をのんでラシエルさんの姿を見つめていた。
 厳かに唱えられる詠唱に共鳴するかのように、太陽の石と雨雲の杖が少しずつ輝き出す。
その光はラシエルさんの言葉と力の増幅で、どんどん強くなって行く。
「今こそ、太陽と雨が合わさる時……ッ!」
「ゥ……ッ」
 とうとう、目を開けていられる限界を超えて、目を閉じた。

 少しして、まぶたの向こうの眩しさがおさまった。だからそっと目を開けたら、
「――ッ」
 そこには、あまりにも。あまりにも幻想的な情景が広がっていて、声が出せなかった。皆も同じなのか、誰も声を出さない。動けない。
 切り取られた空からきらきらと降り注ぐ光と、ともに降り注いでいる虹色の、雨。雨はラシエルさんの手のひらに吸い込まれるように流れて、凝縮して行く。
 その雨と淡い光も消えた頃には、ラシエルさんの手のひらに瑠璃色をした涙型の宝石が出来上がっていた。
「これが、虹のしずくだ」
 ラシエルさんは手のひらの宝石――虹のしずくをあたし達に見せながら、口を開いた。
「とても綺麗だ」
 思わず素直な感想を述べたら、ラシエルさんは虹のしずくをあたしの手に、そっと握らせた。しっとりと重く、ひんやりしていて、とても手触りがいい。
 しっかり受け取ってラシエルさんの顔を見ると、彼は真直ぐにあたしを見て、
「これを持ち、リムルダールの街北東に位置する魔の島へ一番近い岬へ。そこへ向かい、岬の先端でしずくを天にかざせばいい。そうすれば魔の島へと続く架け橋が出来上がる。それを渡り、ゾーマの城へ」
「わかりました。ありがとうございます、ラシエルさん」
「いや。それより、必ず光を取り戻すと約束してくれ。僕と兄さん、そして……姉さんの、為にも」
 言葉にしっかりと頷いて、約束する。
「はい。きっと、アレフガルドに光を取り戻して来ますッ」
 強く答えたら、ラシエルさんはずっと無表情だった顔にはじめて色を見せた。どこか寂しそうな、胸が切なくなるような――そんな表情で、すこしだけ微笑んで、
「……信じている」
 それには強く頷き返すだけで、言葉はもういらなかった。あたしたちはラシエルさんに頭を下げ、聖なる祠を後にする。


 少し遠回りもしたけれど、これで必要なものが全て揃った。
 とうとうこれで、魔の島へ――ゾーマの元へ行ける。そう思うと緊張と、微かな期待で胸が一杯になるようだった。




◆    ◇    ◆    ◇


 魔の島へ向かう前に、あたしたちは島に一番近い町リムルダールで宿を取った。
 リムルダールは湖に浮かぶ浮き島にある町で、空が青ければとても綺麗な所なんじゃないかなと思った。湖面に映るもう一つの空と町――なんてのを想像したら、なんだか幻想的だな、と感じたから。
 宿に荷物を預けた後、あたしたちはいつものように早速食堂へと向かった。
「考えてみれば、これが最後の町休憩、って事になっちゃうんだよねー」
 椅子に腰掛けながら、シエンが言う。
「そうね。これから先は、人が踏み入れる事のない未到の地になるはずだから」
 それに答えながら、椅子に腰掛けるマーグ。
「だとしたらさ、ここでちゃんと英気養って行かないと駄目だよねー。マーグ姉さん?」
「うふふ。響いたらまずいから少しだけよ」
「ぃやった! お姉さんこっちよろしく~っ!」
 小さくガッツポーズを取り、彼は早速注文してた。それに合せてあたしたちも食べる物も幾つか頼み、それらが大体テーブルに揃った頃。
 瓶の栓を開けてふと、シエンが顔を上げた。
「――な。みんなもちょっと飲まないか?」
「そうね……少し頂こうかしら」
 その発言に微笑み、自分のグラスを差し出すマーグ。シエンはそのグラスに瓶の中身を注いだ後、何故かあたしのにも瓶を傾けた。
「あ!」
 思わず声を上げたら彼はにやりと笑い、
「勝利の祝盃前夜祭って事で一杯つきあう。ロウも」
 その後有無を言わさず、ロウのグラスにも中身を注ぐシエン。その光景を見つつ、ロウは困ったように、
「いいけど俺、飲んだら寝るかもしんねぇ」
「いいんだって。とりあえず形だけでもグラス持って」
 シエンは半ば強引に注いだ後自分のグラスを手にして、それぞれに持つよう促す。あたしたちが言われた通りにしたのを確認した後、一つ咳払いして、
「じゃあ、乾杯といこうか」
 その言葉の後、そっとグラスを掲げる。マーグとロウも同じようにする。最後のあたしはグラスを握りしめたまま、みんなの顔を見た。
 旅を始めて数年。その間ずっとつき合わせてきた、見慣れた三つの顔。
 彼らを見つめながら、思う。
 悩みごとが少し解決して気分的には楽になったけれど、それでも不安が完全に消えた訳じゃ無い。アリアハンで感じた、ゾーマのあのとてつも無い力は今でも鮮明に覚えている。
 あの力に、あたし達だけの力で打ち勝つことが出来るんだろうか。生きて戻れるんだろうか。
 対抗する為の武器や防具は揃った。あとは、虹のしずくを使って魔の島へ向かい、ゾーマを打ち倒すだけ。
 勝つ気は揺るがないけれど、でも時々、こんな風にどうしようもなく不安になる事も確か。
 そこまで一気に考えて、前にもこんな気分に陥った事があったのを思い出した。バラモスと闘う前もこんなだった、と。
 思い出して、つい苦笑する。あの時も不安で、怖くて、どうしようもなくなりそうだった。
 だけど、それを崩してくれたのはみんなだった。
 旅の間に見つけた、何にも変えられない、失いたくないみんなの存在。
 改めてもう一度、三人を見る。
 あたしは、シエンと、マーグと、ロウと四人で、最後までやり遂げたい。バラモスの時思ったあの気持ちは、今でも変わらない。
 息を抜き、ようやくあたしもグラスを掲げた。そして、
「あたしたちが向かう終着の、無事を祈って」
 そう口にしたら彼らは力強く頷き、そっとグラスを揺らして乾杯する。中身に少しだけ口をつけると、少しぴりっとするような味が口の中に広がり、喉の奥が少しだけ熱くなった。
 それぞれグラスを置いたところで、シエンはふー……と長い息を吐いた後、笑う。
「たまにはこういうのもいいでしょ。気が引き締まる感じで」
「ふふっ、そうね」
 マーグが答え、つられたように笑うあたしたち。シエンは満足そうに一度頷いた後、食器に手を伸ばしながら、
「さーさ、さめないうちに食べようか!」
「うん!」
 その後、和やかに流れはじめる空気。
 これ……旅が終わったら味わう事が出来なくなってしまうかもしれない。そう考えたら、少しだけ淋しいような、変な気分に襲われた。




◆    ◇    ◆    ◇


 明日の為草々に食事を切り上げ、各自自分の時間を過ごしていた。部屋に戻ったのはあたしとマーグだけ。シエンとロウは出かけていて、部屋にはいない。
「……」
 外を眺めるふりをして、マーグの横顔を眺めていた。鋭い目で、剣の細部まで整備している。
 手元の照明に照らされた彼女の顔。光に透けた髪がきらきらしていて、とても綺麗だ。
 ふと、そんな視線に気が付いたのか。
 マーグは手を止めて、不思議そうに尋ねて来た。
「どうしたの、じっと見たりして」
「うん……やっぱり、マーグって綺麗だなと思って」
 正直に思っていた事を話したら、マーグは一瞬きょとんとした後、苦笑する。
「ふっ……どういった風の吹き回し? 何も出さないわよ?」
 笑ったマーグにつられるように笑い返して、改めて思う。
 マーグはやっぱり、美人だ。
 ルイーダの酒場で初めて見た彼女は、奥の席で静かにワイングラスを傾けていた。戦慄を覚える程の気迫を漂わせていた、美しい女戦士。近寄り難さすら感じたあの時の女戦士が、今はすぐそこで笑ってる。
 この旅の間で、ますます綺麗になった笑顔で。
「ねえ、マーグ」
 みとれながらも引っ掛かりを覚えて、思わず呼んだ。
「なあに?」
 聞きかえしてくれる彼女に、思いきって聞いてみる。
「あの……あたしってそんなに雄々しいかな」
「あら、そんな事を聞いて来るなんて珍しいわね。もしかして気にしていたの?」
「ちょっと」
 シエンに言われて、実は胸の中で燻っていた言葉だった。あれが燃え出す前に何とかしたくて頷いたら、マーグはふふっ……と笑う。
「安心して。今の貴女はどこから見ても女性だわ。その証拠に、間違われる事なんてなくなったでしょう?」
「あ。――言われてみれば」
 旅を始めた頃は何度か間違われていたのに、最近は無かった。
「なんでだろう。同じ顔なのに」
 少しは顔つき変わったかも知れないけれど、そう大きい変化は無いはず。違いが分からなくて窓に映る自分の顔を見たら、マーグは何故かわざとらしい口調で、
「さあ、なんでかしらね?」
「ええ?!」
 まるで茶化すみたいにそう言われて、驚いて振り向いた。そしたら彼女はちょっと楽しそうに目許を笑わせて、
「よく覚えておいて。見かけなんて、自分の気持ちと努力次第でいくらでもかわれるはず。貴女は、もう少し自分に自信を持った方がいいわよ?」
 助言をくれるマーグに素直に頷きつつも、ますます苦笑してしまう。
「ね……マーグ」
「なあに?」
「こういうの、もっと早く話せばよかった」
「うふふ。これからだって話せるじゃない?」
 微笑して、『これから』――そう話してくれたマーグに、嬉しくなる。だからあたしも自然に溢れた笑顔を彼女に向けて、頷いた。
「そうだね。ありがと、マーグ」




◆    ◇    ◆    ◇


 しばらくマーグと話をした後、散歩しようと外へ出た。
「あれ――シエン?」
 見覚えのある後ろ姿を見つけて、思わず声を掛けた。そしたら彼はくるりと振り向いて、あたしの姿に目を止めて笑みを浮かべる。
「お、セティ」
「何してるの?」
「ん、これ? 鍵作ってんの」
「なんで鍵」
「いや、ここの主人とちょっと話してたら盛り上がっちゃってさ」
 そう言って、シエンはカウンター向こうに座っている老人を指す。あたしがその人と軽く会釈しあった後、シエンは話を続ける。
「ほら、世の中物騒だろ? だから頑丈でちゃんとした鍵を作りたいんだって」
「それ……鍵開け大好き盗賊の台詞とは思えないんだけど」
「あははー、頼むからそれを言わないで下さい。それはそうと、セティはどうしたんだい?」
「ん、眠れないから散歩中」
「そっか。やっぱり眠れないよな。いろいろ考えちゃうとさ」
 シエンは苦笑まじりに呟きながら、手にしていた金属片を指先でいじってた。その器用に動く指先を何の気無しに見つめていたら、シエンはこんな事を尋ねて来た。
「なーセティ。ちょっと聞いていい?」
「え?」
「最近、ロウとはどうなんだい?この所なにか吹っ切れてるみたいだけど。自分の気持ちとか、上手く話せた?」
 あ。相談して、それっきりだったからきっと、心配かけてたんだ。すまなかったなと、そんな気分になりながら素直に話す事にする。
「上手くは話せなかったけど、思いは全部伝えたよ」
「そか。それで、どうだった?」
「うん。……そしたらロウの告白まで貰って、吃驚した」
 そう答えたら彼はちょっと意外そうな表情をする。そして、
「へえ。それじゃアイツも話したのか」
「え?」
「あ」
 まるで知ってるかのような口調でそう話したので、驚いた。思わず疑問符を投げたら、シエンはしまった……そんな顔をして、ごまかし笑いを浮かべる。
「シエン、”も”ってどう言う意味」
「ああ……ははっ」
「もしかして、何か知って」
「あー、んー、まあね。ロウの君への気持ちは旅に出る当初から知ってたからさ。ようやく言えたんだなーって感心して、つい」
「えぇ!? なんで知ってたの?!」
 ますます吃驚して声を上げたら、シエンは椅子ごと後ずさりしながら理由を話してくれる。
「だってあいつさ、態度とかで凄い分かりやすかったんだって。ロウの、君への思いに気付かなかったの、もしかしたら君だけかもよ? ってぐらい分かりやすかった」
「えーッ、嘘だッ!」
「いーや、バレバレ。言わせてもらえば君のも分かりやすかったよ? 肝心のロウは気が付けなかったみたいだけどな。ははっ。まさに知らぬは当人たちばかりなり……だね。ばーか」
 シエンは早口気味にそう吐いた後、にやぁと、小馬鹿にしたような目で笑う。
「ば……、なんでばかって言うんだよッ!」
「ばかにばかって言って何が悪い~?」
「うああ、シエン~~ッ!」
 何だかよく分からない照れの極地で怒鳴ったら、シエンは唐突に他方を向いてぽん、と手を打った。
「あ。そういえばさっきアイツさ、武器屋に向かったみたいだぞ?」
「え?」
「ひひ……っ」
 居場所を聞いてつい、怒りを引っ込めて聞き返したら。シエンは、妙な笑みを浮かべてあたしの背中を突き飛ばした。
「え、うわッ?!」
 突然の奇襲に対処出来なくて、なす統べなく外まで飛ばされてしまったあたし。
「ふん。これからは喧嘩するなよ? 仲裁はもうしないからな」
「な……なんだよそれッ! 突き飛ばす事ないだろ?!」
 体制を崩してよろけてたあたしに、シエンはしっしと手を払う仕草をしながら、
「さーさ、作業の邪魔だから出て行け~ッ。そしてさっさと寝てしまえ~!」
「うっわッ! シエンこそさっさと寝てしまえ!!」
 から口を叩きあって、最後にもう一度笑う。
 シエンがいなければ、あたしは自分の気持ちに気が付けなかったかもしれない。だから……とても、感謝してる。
「……ありがと、シエン」
「うん」
 去りぎわに小さく口にしたら、シエンは優しく笑って受け止めて、その後作業に戻って行った。その後ろ姿にもそっと会釈して、その場を離れた。




◆    ◇    ◆    ◇


 シエンに教わった通り、武器屋の方角に歩いている自分が悔しい気もしたけれど。武器屋に辿り着き、中の様子を伺う。――と、本当にいた。
 まだ買い物中らしく、陳列されている剣をじっと品定めしてる姿があった。
「ロウ」
 思いきって声を掛けてみたら、ロウは振り向いてくれる。
「セティオ。どうした?」
「ん……散歩中に見かけたから。それより、ロウが武器屋にいるなんて珍しいね?」
「あー、やっぱり新しい武器買っとこうと思って」
「え? ……あれ」
 今更になって気が付いた。示された場所に、そう言えばいつも下げていたはずの剣が見当たらない事に。使う頻度もそうないから、たいして気にした事もなかったけれど。
「前使ってた剣、どうしたの?」
「……。折れた」
「えッ」
 一体どんな使い方をすれば折れるんだろうと不思議にも思えたけれど、聞いて欲しく無さそうな顔したから聞けなかった。
 少しの間の後、ロウは手にしていた剣に視線を戻してこう続ける。
「丸腰のまま向かうのは流石にまずいだろ。なにがあるかわかんねえし」
「そう……だよね。じゃあ、探すの手伝うよ」
「頼む」
 それを受けて、店内に陳列されている幾つかの武器に目を向けた。
 戦斧や、マーグが使いそうな大振りの剣。短剣や杖を置いてある棚の前を通り過ぎてふと、目に止まった一振りの剣。細身の刀身で、柄には翼を象った金のレリーフが付いてる。
 目に止まったそれを何となく手に取ってみて、少し驚いた。重さが殆ど感じられなくて、凄く軽い。普通の剣で一回振ってる間に、もう一回振れそうな感じ。
 鞘から刀身を引き出してみた。刃は真直ぐで、青々と艶めいてる。切れ味もありそうだと思った。ロウにはこれが、軽いから邪魔にならなくていいかもしれない。直感でそう感じて、決めた。
「ね、ロウ」
「ん?」
「これ、どうかな」
 言いながら手渡す。受け取ったロウは握りや刀身を確かめて、頷いた。
「へえ……扱いやすそうだな。これにする」
「うん」
 気に入って貰えたみたいでほっとした。ロウは早速、会計に向かう。
「こちらになりますと、二万五千ゴールドになります」
「馬鹿高けぇよ。なんとかなんねえのか」
「いえ、これは結構な代物で、銘は隼の剣と申しましてね――」
 値段交渉を始めたロウを待ちながら、とりあえず店内を見てまわる事にする。
 ――そこで、あたしは思いもがけない物を目にしてしまった。
「ッ、これ……?!」
 思わず声を上げて、目を見開いた。
 あたしが目にしたのは、指輪。鈍い銀色の輪に深紅の石がはめ込まれ、ある紋章が刻まれている指輪。突然声を上げたあたしに、ロウと主人が注目する。あたしはその指輪を示し、主人に尋ねた。
「あの、この指輪、一体どこで手にいれたんですか?」
「その指輪ですか? とある旅人が、旅の資金が尽きてしまったからと売られていった物です。どうかなさったんですか?」
「あの、これ、アリアハンの紋章――見覚えが」
「!」
 その一言で察してくれたのか、ロウの顔色が変わる。
「買い取ったのは何時だ。どんな風貌の奴だったか、詳しく教えてくれないか」
「えっと――そうですね、一月程前でしたか。随分旅なれた感じの中年の剣士で、……そうだ、そちらの貴女によく似た瞳をしておられましたよ。もしかして御親族か何かですか?」
「父さんかもしれない……ッ、あの、行方とかは御存じですか?!」
「さあ……確か、魔の島の方角へ向かったとは聞きましたが、その先は判りません」
「魔の島ッ?!」
「ええ。けれど、あの海峡は船があったとしても渡る事は出来ないでしょう。勿論、泳いで渡る事など論外。おそらく引き返された事とは思いますが」
「そう、なんですか」
 返事に、落胆してしまう。行き先がわかったかなと、一瞬期待したのに。
「ああ……何か、お役に立てなかったようで、申し訳ない」
 あたしがそんな顔をしたせいなのか、主人にまでしょんぼりした顔をさせてしまう。だから慌てて笑顔をつくって、首を横に振った。
「いいえ、そんな……足取りが少しでもつかめただけでもありがたいです」
 この街に立ち寄ったかもしれない事がわかった。こちらに来て、最初だけで途絶えてしまっていた父さんの情報。ようやくつかめたそれに、胸はどうしようもなく踊る。


 買い物を済ませ、更に指輪まで譲って貰った後、少し遠回りで宿に戻る道を歩いていた。
 譲ってもらった後からずっと握りしめていた指輪は、自分の熱が伝わってて仄かに暖かくなってる。手を開いて指輪を見つめて、思わず表情を緩めた。
「よかったな、足取りつかめて」
「うん。一月前って事は、もしかしたらすぐ側にいるかもしれないよね」
 嬉しくて満面の笑みで返事を返したら、ロウもちょっと笑った。それもやっぱり嬉しくて笑顔なまま前を向いて、足を進める。
 会話は、一言二言交わして、黙る。さっきからこれの繰り返し。それでも、全然苦には感じなかった。二人で街を歩くとか、散歩するとかなかなか無かった事だから……こうして側にいられる事が、今はただ嬉しい。
 ロウの側にいる時じゃなければ感じる事の出来ない、この独特の浮遊感がたまらなく心地いい。そんな気分で、歩く事を楽しんでいたのに。
「もう、一体何時間待たせるのよーッ!」
「!?」
 突然辺りに響いた怒号に、一気に浮遊感がすっとんだ。驚いて何かと顔を上げる。声は、道の先にいた女性が発した物らしかった。
「五時間もおくれるだなんてどう言うつもり?!」
「うわあああ、ごめんよー。待ち合わせ場所間違えて他のトコで待ってたんだよ~ッ」
 何やら揉めてる様子の男女がいる。……でも、足を止めて様子を見るのは失礼だと思ったので、止まらずに歩き続ける事にする。
「はあ?! 街の外れって言ったらここしかないじゃない!」
「な、なんだよ、大体君だってさ、外れって言っても東西南北どこの外れか詳しく言って無かったじゃないか!」
「まあ…ッ、開き直りなんて最低よ!」
 ぅひゃあ……。
 どんどん熱が上がって過激な罵声が飛び交い始めた現場。呆気に取られて怯えつつ、横目で見ながら足早に通り抜け、かなり離れた辺りでようやくロウを見た。そしたら、ロウもあたしを見る。
「ね。今更言うけど、止めた方がよかったかな」
「当人同志の問題だろ。俺らにどうこうできる事じゃねえよ」
 確かにそうだけど、……でも、あたしが入ってますます混乱しても困るよな。
 他人事なのになぜか、ごちゃごちゃ考えてしまった。
 だって、ずっと積み上げて来た関係でも、本当に些細な事で拗れはじめる。またすれ違って、あんな風に喧嘩する事になるのは、……もう、嫌だと思った。
 あの人達はあそこから仲直り、出来るのかな。出来なかったらどうなるんだろう。
「ロウ」
 そこまで考え、切なくてたまらなくなって名前を呼んだら、ロウは立ち止まってこちらを見た。
「ん?」
「あの……繋いでもらって、いいかな」
 言いながら、おずおずとロウの手に触れた。
 返事は返って来なかったけれど、ロウは触れていたその手をぎゅっと握ってくれた。夜風で少し冷たくなってた手。ロウの手も、冷たかった。
「手、冷てぇな」
 苦笑まじりに言われて、思わずあたしも苦笑する。
「ロウもだよ」
 そう言い返した後、手を握り返した。触れあっている部分からじんわりと暖かくなる、冷たかった互いの手。溶けて行くみたいなその暖かさに、何故か深い安心感を覚えた。
 なんとも言えない気持ちになって、ロウをじっと見上げて、……でも言葉は出て来なくて、黙ったまま。
 そうなったあたしを見つめるロウの目が、少し熱を帯びる。繋いだままの手にも、少し力がこもる。気が付けば間近に迫った顔、黒い瞳……吸い込まれそうになりながら少しの間見つめあった後、もっと顔が近付いたので、思わず目を閉じた。そしたらすぐ、唇に柔らかい何かを感じた。その温度に体の中心が緊張する。
 その間四、五秒……暖かさが離れていくのを感じて、恐る恐る目を開けたらまた、目が合った。そのままもう一度至近距離で見つめあって、ますますどきどきしてくる。
 ああ。頭が、ぼやーんとする……。
「――……」
「……。セティオ?」
 夢見心地で硬直していたら、名前を呼ばれた。
 それではっとして、状況に心底慌てた。
「あっ、あー……そっ、そうだ! 寒いって言えばさ、きき、綺麗だったよね?!」
 極限に恥ずかしくて妙に高い声が出た。それでもいい。恥ずかしくてもう耐えられない。必至の思いでそう問いかけたら、ロウはくっと吹き出した後、聞き返してくる。
「何が?」
「ほら、レイアムランドで見たオーロラ!! ここでも見られたらいいのにね?!」
「そうだな」
「ね!!」
「……。セティオ」
「はい?!」
「わかったから、少し落ち着け。……な」
「……はい」
 ば……馬鹿過ぎる。
 でも、どうしたらいいかわかんなくなった。引かれたかな……と思ってしょんぼりしつつ、しばらく項垂れてぐったりしていたら。
「そう言えばお前さ、あの時何か言いかけてた事あったよな」
「え?」
 その問いかけに顔を上げたら、ロウはこんな事を口にする。
「覚えてねぇか? マーガレットが来て、中断した話」
「あ……覚えて、たんだ」
「途中だったしな。結構気になってた」
 まさか覚えていてくれたなんて。嬉しくて、胸が一杯になる。しょんぼりしてた事を忘れて顔を上げたら、ロウはもう一度尋ねてくれた。
「何話そうとしてた」
「うん。その……。また一緒に、旅を続けてくれるか、って聞こうと思った」
「そうだったのか」
 そう返事をよこした後、ロウは何かを考えるように、少し黙った。
 あたしも黙り、思う。
 この事は、頭からすっかり消していた事だ。
 ゾーマに出逢った事が衝撃的だったし、終わるまでは世界をゆっくり見てまわる旅なんてしてられないと思ったから。
 ……。だけどやっぱりこれは、諦めきれない思いだと、感じる。だって、もう一度オーロラや世界樹を見に行きたい。他にもあるかも知れない『何か』を、この目で見てみたい欲求があるから。
 決意して、顔を上げた。
「ロウ。もう一度聞いてもいい?」
「ん?」
「あたしやっぱり、世界を見て回りたい。このアレフガルドも、地上の世界も。それが出来るようになったら、ロウは一緒に来てくれるか? 勿論、何かあるなら、遠慮なく断ってくれていいから」
 尋ねたらロウは少しだけ考えた後、しっかり頷いてくれた。
「構わない」
「ぅ、あ、ほんと?!」
「……二回も言わすな。一回で納得しろよばか」
 何故か照れくさそうにそう言い捨てた後、目を逸らされた。
 それでも、あああなんか、なんか嬉しいし。
 まさか同意までしてくれるとは思って無かったから、すごく嬉しかった。
「ありがとう!! ロウが一緒だと思うと、すごく心強い」
 心からそう告げたら、ロウは視線を戻して、
「一人じゃ心配だからな。それにお前、父親も探し出さなきゃなんねえんだろ?」
「うん。父さん……でも、逢えるかな」
「きっと逢える。絶対探し出して、それでいつか、……一緒にアリアハンへ帰ろう」
「――、うん……ッ!」
 もう駄目だ。
 あんまり嬉しくて、あたしは半分泣きながら笑って、大きく頷いた。ロウはそんなあたしに小さく笑いかけた後、視線を空に移して表情を変える。
「その為にはまず、邪魔な事片付けねぇとな」
 それに同意してあたしも表情を引き締め、空の闇を睨んだ。
「うん。今度こそ、終わらせるんだ……ッ」
 唇を噛み締めて、改めて決意する。
 朝日を護りたくて初めた、あたしたちのもう一つの旅。
 それももうじき、終りを迎えようとしている。
 ゾーマはすぐ側にいる。
 初めは糸を手繰るような情報だけで進んで来たけれど、今はちゃんとここまで辿り着けたんだ。
 ここまで来たらもう、全力で闘うしか無い。迷いは全て捨てて挑む事にする。
 希望を託して、信じてくれた人達の為にも。
 そして、生きたい。生きてみんなで朝日を浴びたい。
 思いを噛み締めながら、見上げた真っ黒な空に、告げる。
 きっともうすぐ、その邪魔な闇を剥がしてみせるから。

 明日は、魔の島へ向かう。

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