午後の陽光

 晴れの日の午後は、午前よりも時間がゆっくりだと思う。マイラはことさら、どこよりもゆっくり。そんな午後の露天風呂は、なんだか贅沢だった。
 さらさら、さわさわ……いろんな音が聞こえる。流れるお湯の音、緩やかな風が木々の葉を揺らす音。
 お湯をそっとすくってみると、手の間からあふれてこぼれた。
 そのしずくも、水面に描かれた波紋も、陽の光に反射してきらきら煌めく。
 ……きれい。
 まるで、宝石の中にいるみたいだ。


  午後の陽光
  side:セティオ


「ただいま」
 一声かけて開けたドアの向こうは、静かだった。出かけたのかな、そう思いながら、風を感じてふと見た場所で。
「……」
 思わず、目を細めた。
 開け放たれた窓から入り込む風、光で茶色に透けた髪の毛がさらさら揺れる。午後の木漏れ日が優しく影を作る窓際に、ロウはいた。そっと近付いてみたけれど、寝入っているようでぴくりとも反応しない。
  様子に顔が綻ぶのを感じながら、名前を呼んでみた。
「ロウ」
「……」
 眉がわずかに反応する。その肩に触れて、もう一度呼んでみた。
「ロウ、起きて」
「……ん」
 今度はもう少し大きな反応があった。ゆっくり瞼を上げて、何度かまばたきする。それからけだるそうにあたしを見上げて、
「……あぁ、戻ったのか」
 寝起き特有の少し掠れた声。穏やかなそれに、少しだけ嬉しくなる。かがんで目線を揃えて、尋ねてみた。
「うん。ずっと寝てた?」
「いや――なんか、本読んでたら眠くなって」
 残りの眠気を払うように伸びながら答えて、深く息を吐く。その後改めてこちらを見て、……何故か眉間を寄せた。
「どうかした?」
 反応の意味が判らなくて尋ねたら、彼はあたしが肩にしていたタオルを掴んだ。そしてなにをするのかと思ったら、そのままあたしの頭上で広げてばふっと被せて来る。
「わっ、何?!」
 更に謎の行動を受けて声を上げたら、彼は呆れ混じりに、
「なんで頭ちゃんと拭かねーんだよ。雫滴ってんぞ」
「……、あー」
 指摘されて気が付いた。そういえば肩がなんとなく湿っぽい。半眼になってしまった彼に誤魔化し笑いを浮かべて、内心ため息をついた。またやってしまった。今までならちょっと拭いて放置ですぐ乾いてたから、その癖の延長でだ。
「ったく。手のかかる」
 ロウはため息混じりに呟いた後、あたしの身体ごと側に引き寄せてごしごし拭きはじめた。
「わっ、いい、いいよ自分で出来るからッ」
 予想外な行動に吃驚して声を上げ、押さえ付けている手をどかそうと抵抗したら、
「出来てねぇからやってんだろ。いいから大人しくしてろっつのッ」
「は、はい」
 一喝されてしゅんとする。怒らせちゃッたのかな……。恐る恐る、がさがさ動く隙間から見上げてみた。そしたらなんか、優しい目をしてた。呆れは見えるけど、怒ってはいない様子。その事にほわっと安心したので、軽く目をつむって終わるのを待つ事にする。
 それにしてもなんか……気持ちいい。こんなの子供の時以来だ。思い出したら、全身がふんわりした幸福感に包まれていく。
 ややあってから手が止まり、瞼の向こうが少し明るくなった。目をあけると、そこにはいつも通りの顔に戻ったロウがいる。
「忘れんな」
「うん……ありがと」
 頭に乗ったままのタオルを引きおろして礼を口にすると、彼は小さく息を付く。そしてちょっとだけこちらを見つめ、おもむろに伸ばされた手。
 指先は頬を掠め、する……と髪を一房絡め取った。けどしっとりしたままの髪はその指に絡まる事無く、スルスルと間を通り抜けていく。
 今度はなんだろうと見つめたら、ロウはちょっとだけ目を細めて、
「髪、だいぶ伸びたな」
「あ……うん」
 頷いて、少し笑った。
 ずっと短かった髪だけど、二人旅を始めた頃から伸ばしはじめた。その髪の毛は、最近初めて肩の線を超えた。
 ロウはそのまま、拭いたときぐしゃぐしゃになってしまった髪を指で梳きながら、
「こんなに長くしたのは初めてだよな」
「うん……あの。似合わない?」
 我ながら、らしくない台詞を口にしたモノだとぼんやり思った。問いに対し、ロウは動きを止めてこちらを見つめた後、
「いや、わりと好きだ」
「……」
 真顔で答えられたので、嬉しいのと照れくさいのが一緒になった。だんだん頬まで熱くなってきたのがたまらなくてうつむくと、それが気になったらしい。
「ん、何」
「……なんか」
 それ以上は詰まって出てこなかった。
 大変だ。たった一言がこんなに嬉しいなんて。
 勝手ににやける顔を見られたくなくて、そのままくるっと背中を向けた。そんな態度をとられたロウはと言うと、何故かちょっと笑ったみたいだった。
 そしてその後、
「……っ」
 背中にふわっと伝わった、重みと体温。腰から腕が回されて、手はお腹のあたりで組まれた。それだけでもどうにかなってしまいそうなのに、彼はそのまま肩にもたれてきた。
 抱き込まれて一気に消えた距離、包むような暖かさを意識する。
 ただでさえドキドキしてて苦しかったのに……
「お前、いい香りがする」
「あ、せっけん。なんか匂いするやつ借りたから」
 耳もとで話されてますますドキドキしていたら、それが伝わってしまったらしい。
「……すげぇ音」
 反応を返せないあたし。
 ロウはその後体制を少し崩して、肩ごしにあたしの顔を覗き込んでくる。……何となく分かった。目を閉じると案の定、そのまま唇が触れあう。
 その間2、3秒――軽くて短いキス。
 それ終わって、至近距離で見つめあって、ますますどきどきしてくる。
 キスは、何度しても慣れない。胸が壊れそう。初めてした時から……ずっと。
「あの、覚えてる」
「何を?」
「初めての。アリアハンの、凱旋夜会の夜」
 照れを隠すように聞いてみた。そしたら、ロウは一瞬息を詰まらせて。
「――。なんで、そーいう昔の事掘り返す」
「気になってたの、思い出しちゃったから。あの時、どうしてしたの」
「……さあ」
 誤魔化そうとしてる。軽く目をそらされた。それでも勢いで聞いてしまった手前、もう引き下がる気にはなれなくて、
「ちゃんと教えて。あたし、それ考えてたせいで一時期ロウの顔見られなくなったんだよ」
「は……あれで?」
 そう言ったらきょとんとされたので、ちょっと怯んだ。
「前にこの村で相性の話した事あったでしょ。あのあたりから、しばらく」
「……マジで」
「嘘言ってどうするんだよ」
 少しの、間。
「へえー……」
 ロウは呆然としていた顔を、次第にあの意地悪い笑みに変えて行く。
「な、なんでそーいう顔するんだよ?!」
「だってお前それ、あ~……、ククッ、やばい」
「ぃっ、ひゃあ~ッ」
 そのままがっと抱き締められた挙げ句押し倒されてあああ、死ぬ、恥ずかしすぎて死にそうだ。対するロウはあたしの上で声を押し殺し、やたらと肩を震わせている。照れまくっていたあたしだけど――あんまり酷いのでだんだん腹がたってきた。
「笑い、過ぎだッ」
 怒鳴って押し返した顔は、……目に涙まで溜めてやがった。しかもこっちの顔見たら押さえられなくなったらしくて、とうとう声上げて笑い始める。
 ひとしきり笑った後、ふーと長い息をついてる姿がなんか悔しかった。たまらなくてむくれたら、すまなそうに苦笑して、
「悪ぃ、あの時真剣に悩んでた分まで可笑しくてよ」
「……。それで、理由は」
「しつこいなお前」
 むくれたままで尋ねたら、手の平で額を押さえられた。
「言うまでしつこく聞いてやる」
 額の手をどかしながら精一杯低い声を出したら。やっと、折れたみたいだった。仕方無さそうに肩を落とした後、少しだけ目を逸らして、
「……理性切れたんだよ」
「理性?」
「ああ。お前あんな顔で泣くから。こんな答えで満足か?」
 今度はあたしがきょとんとする番だった。じわじわ当時の事を思い返したら、……一気に顔が熱くなった。なんか、今なら思い当たる。
「だ、……だから舌……?」
 恐る恐る聞いたら、
「抵抗しねぇからつい……って、お前それ明け透けに言ってんじゃねぇ」
 ロウは途中まで答えてはっとしたみたいだった。言い放った後軽く赤面して顔を逸らし、何か言い訳まで始める。
「大体反則だったんだよ。いきなりドレスなんか着て来るから」
「やっぱりあれ、変だった」
「ばかかお前。変で切れるか。……すっげ可愛いかったんだよ。アレで泣かれてんのに押さえろって方が無理だ」
「嘘」
「嘘言ってどうなる」
 さっきとは逆の台詞を言い合って、……なんか、奥からむくむくした何かが込み上げてきた。一日にこんなに嬉しい言葉、立続けに貰ってしまっていいのか。
 たまらず口元押さえて、――声が震える。
「……それ、あの時言って欲しかった」
「ざけんな。言える訳ねぇだろッ」
 ロウは失言だった、とばかりにそっぽを向いてぶっきらぼうに言い捨てる。その横顔すら嬉しくて、
「でも今言ってくれたよ?」
「っ」
「ふっ、ふふふ……っ、ロウの顔赤い」
「耳まで真っ赤にしてるお前にゃ言われたくねえ」
「だって、へへへ……っ」
「あー、気持ち悪ぃ笑い方してんなッ。もう黙れお前」
「わっ、ん――……」
 笑ってたらキスで口を塞がれた。柔らかい感触が唇を撫でて行く。 唇の間から舌がすべり込んでくる。さっきとは違って、深い……だんだん息が苦しくなる。
「ん、ぅ……ッ」
 詰まる吐息の合間にたまらず洩れた声。薄目を開けてみるとあちらも開けていて、目が合うとなんだか照れくさそうに閉じて、少し激しくなった。
 髪の毛に指をくぐらせて撫でるように、頭が空っぽになるくらい長い間、そのまま交わして、……。
 どれくらいしてたのか、ようやく離れた唇は混ざり合った唾液で濡れてた。その様子はいつ見ても、なにかやらしい感じがしてしまう。
 余韻でもう、身体が溶け始めている。力が入らない。ロウは無言のまま服に手をかけて来た。身体も軽く拘束されている状況で身動きがとれない今、……この状況じゃ、あれ、しかないよな。
 理解して、顔がますます熱くなる。
「待って……まだ、明るい」
「構わねぇよ」
「でも、ん」
 言葉を遮るように落とされるキス。敏感になっている感覚、鼻にかかったような甘い声が抜ける。
「は……ッ、せめて、カーテン――」
「駄目。この光で抱きたい」
「……ッ」
「セティオ」
「――」
 物凄く近い位置で、しかも欲情にしっとり濡れた瞳で囁かれた。名前を囁かれてしまったらもう、有無は言えなくなって諦めた。
 微かに抵抗してた肩の力を抜いたら、……あとは波に身を任せるだけだった。
 ゆっくりお湯に浸かって来た身体はまだ火照っていて、熱いのに。どういう訳かロウの方が体温高くて、熱い。のぼせそう……。
 さらさら、さわさわ降り注ぐ木漏れ日の午後。
 柔らかな風、光る木の葉、隙間の白い空、逆光の彼、――目の裏がちかちかする。

 穏やかに流れる時間の中で。
 幸福感が、ゆったり満ちて行く。

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