LEVEL:02  いやー、探しましたよ



   LEVEL:02  いやー、探しましたよ



 唸りをあげ、風を斬り裂く剣。
 その長身から振りかざされた一撃は、鉄の皮膚を持つと言われる魔物、アイアンアントを両断して地を掠る。その体制を整える間もなく飛びかかってくる二体目、鋭い牙を盾で防ぎ、跳ね返る身体をカウンター気味に薙いだ。粘質な緑の体液が目前でびしゃりと飛び散るが、気に留めない。もう一体潜んでいる。
「――!」
 気合閃光、叩き落とした身体はぼたりと地に落ち痙攣する。止めを突き立て注視しながら、周囲に意識を張り澄ます。
 ――数秒後。止めていた息を静かに吐き出し、ゴーグルを上げた。剣を引き抜き、血痕を振り払って鞘に戻す。今度の襲撃は、ひとまず収まったようだ。
「ッ」
 僅かに緊張を解いたその瞬間、ビッと引きつるような痛みが走る。見れば、右二の腕に裂傷。舌打ちし、薬草を取り出して処置を始める。

 ローレシアを発ち、数日が過ぎていた。
 その間。アスティアは昼夜を問わず襲い来る魔物達と戦い続け、やや辟易していた。
 加えて、慣れない野営。夜間は魔物が嫌う聖水を振りまいて仮眠を試みたが、万が一を想定すると神経が尖り、ろくに眠れてもいなかったのだった。
 魔物と戦う事は、これが初めてではなかった。近隣を荒らす魔物を駆逐する為、何度も小隊を指揮し剣を振るって来た。
 魔力が宿らなかった代わりに、彼には天賦の才とも言うべき格闘センスが備わっていた。中でも剣技の上達は目覚ましく、軍強国ローレシアにあって最早最強と謳われるまでに至っている。
 その為力ばかりの筋肉脳と嘲る輩もいたが、その頭脳的な戦闘展開を目の当たりにすれば閉口せざるを得なくなると言う。王子を持て囃す為の諂いなどでは一切ない。
 白兵戦に限れば、それ程までに完璧だった。
 勿論、才だけで実力は付かない。魔力が皆無だと知らされた幼少時、ならば武技を極める、そう心に決めた。それから今まで、日々向上心のままに鍛錬を重ねてきたのだった。
 そのアスティアを、辟易させる程の魔物達――。
(凶暴化……か)
 肌で感じた今、納得する。魔物たちは以前に比べ、明らかに強くなっていた。その上数まで増している。
 現状なら、まだ何とか出来るレベルではある。が、更に強くなって増えるのだとすれば、対策の仕様など無くなりかねない。
 危機感を覚え、眉をひそめた。やはり、出来る限りハーゴン討伐を急がなければならないようだ。
 怪我の処置を済ませ、再び歩き出す。あちらこちらで、丈の短い麦がゆるやかに揺れる光景が目に付き始めた。
 サマルトリアの街は、もうすぐのはずだ。




◆    ◇    ◆    ◇


 緑の風が微風(そよ)ぐ国――サマルトリア。
 この地方は肥沃で、昔から農業が盛んに行われてきた。故に、この大陸で口に入る食料品といえば大半がサマルトリア産なのである。
 ローレシアは港町故に、大抵の人々は漁業で生計を立てている。それ故なのか気性も荒い。街並みも機能的に洗練されており、どことなく硬派だ。
 サマルトリアの街並みは季節の花で彩られ、隅々まで丁寧に整備された道が続いていく。そこを行き交う人々は素直な笑顔に弾けていて、明るい。
 幼い兄弟が笑い声を上げて横切って行く。連日の疲労でささくれ立った気持ちが休まるような光景に、アスティアは目元を和らげた。
 初めて訪れたここは、自国に比べて幾分も柔らかな空気が流れる土地のようだった。そんな異国の街並を関心深く観察しながら、彼は王城へと足を進める。
 ――その道中に、ふと。アスティアは、自分に集まる視線に気がついた。ある者はこちらを見た途端に息を詰まらせ、またある者は奇異の目でひそひそと話し込んでいる。……内容も聞こえる。職業柄、割と地獄耳だ。
 どうやら、容姿に問題があるらしい。大きなガラス張りの店先を見つけ、姿を確認する為覗いて――僅かに眉を動かした。
 そこには、見るもむさ苦しく人相の悪い男が立っていた。おまけにガラスの向こうで、ひぃ、と口の形を悲鳴に歪めた女も見えた。
(成る程)
 納得して触れた顎は、無精髭でざらついている。旅装束は魔物から浴びた体液で染み付き、所々鉤裂きになっていた。日焼けで褐色だった肌は、汚れで地が分からない。
 極めつけはこの人相だ。目つきが鋭いのは元々なので仕方無いが、それに汚れと傷と髭が相まって最悪だった。
 これでは注目されても仕方が無い。そう思える程、今の姿はサマルトリアの空気にそぐわっていなかった。
 国の名を背負った者が、このような出で立ちのまま他国の王に謁見するというのは如何だろう。
 しばし考え、踵を返した。向かう先は、数件前で目に留めた宿。
 今後の外交の為にも、これでローレシアのイメージを下げる訳にはいかないと結論を出したアスティアだった。
「いらっしゃいませ、……!」
 ドアを開けるなりにこやかな挨拶を寄越した宿の女将は、アスティアを見て硬直した。態度に内心苦笑しつつ――表情はそのままで――カウンターに進み出る。
「井戸を貸しては貰えないだろうか。これから謁見に望む故、身なりを整えたい」
 ゴールドを数枚置きながら話すと、女将は引きつった笑みで戸口を示した。
「い、あ、井戸なら裏にありますよ。どうぞ」
 示された戸口から外に出ると、すぐに見つける事が出来た。
 早速荷物を降ろし、ヘッドギアを外して装束を脱ぐと埃が舞った。アンダーウェアは、血が乾いた時に肌へ張り付いた箇所があるらしい。それを剥がしながら脱ぐのは割と不快だった。
 とりあえず下着だけの格好になり、汲み上げた清涼な水で身体の汚れを落としていく。なんとも心地いい。ただあちこちに滲みる為、何度か眉を潜めた。
(これ程手傷を喰らっているようでは駄目だ)
 苦い思いで先程負傷したばかりの右腕を押さえ、更なる鍛錬を心に誓いふと見た水面。自分の顔が映っている。汚れが落ちた分ましになったが、やはり人相が悪かった。原因は分かっている。
(迫力は出るが――伸ばすのはまだ止めた方が良いかも知れんな。印象が悪い)
 やはり背伸びはしたい年頃。こちらの現実にも気落ちする、アスティアだった。
 そうやってあらかた汚れを落とした――勿論髭も剃った――頃、気配を感じて振り向いた。戸口に、先程の女将が立っている。
「あの。タオル、お使いになります?」
「これは――心使い感謝する」
 礼を取り差し伸べられたタオルを受け取ると、そのさり気ない所作の洗練度合いに驚いたのか。女将は微かに頬を染めて照れ笑いを浮かべた。
「あらあら……汚れが落ちたらとんだ男前さんだこと。どちらからいらしたの?」
「ローレシアより」
「道中、魔物が出て大変でしたでしょう」
「ふ……お陰で先程の有様だ」
 苦笑まじりに答えたら、女将は声を上げて笑った。警戒を解いてもらえたようで多少安堵する。
 そこでアスティアは、少々気兼ねていた事を尋ねる好機だと察する。
「一つ、尋ねてもよろしいだろうか。この国の王子――セシル殿下とは、どんな御方だ」
「まあ、セシル様」
 女将は頷き、快く話してくれた。
「とても御優しい方ですよ。私たちにもよくして下さいますし。ただ、知り合いから聞いた話しなのですけれど。何でも不幸事があったそうで、この所塞ぎ込んでいらっしゃるそうですよ」
「不幸事」
「ええ。詳しくは知らないのだけれど……心配だねえ。早く、立ち直って下さればいいのですけれど」
「――」
 やはりムーンブルクの事だろう。
 人間性を聞き、少しだけ安堵したアスティアは頷いて着替えを済ませる。
「有り難う。そろそろ行かなければ」
「今度は泊まって行って下さいね」
 営業スマイルを浮かべた女将へ微笑で返して、宿を後にする。

 セシル・レオン・リリスレイ=サマルトリア。
 彼とも同年代で、ルナフィーリア王女と同じ日に面識を持った。あれはもう、十年も前だったか。やはりというか、こちらとも挨拶を交わす程度の接触だった。
 その時の印象は、髪の色のせいなのだろう。幼心にタンポポのようだと思った。
 挨拶時に絡めたオリーブグリーンの瞳は静かに凪いでいて、何故か気持ちが安らいだのを覚えている。
 そして、幼い妹姫を大事そうに抱え、両親と幸せそうに笑っていた顔がしばらく忘れられなかった。
 上手くやって行けるといいのだが。
 期待と多少の不安を抱えながら、彼の待つサマルトリア王城へと足を運ぶ。




◆    ◇    ◆    ◇


「一足違いであった」
 城に上がり、謁見に望んだアスティアを待ち受けていたのは、思いもかけないその一言だった。
「と、申されますと」
 思わず聞き返すと、サマルトリア王はその柔和な顔を困ったように歪めて頬をかく。
「実はのう。我が息子セシルは、そなたを待ちきれず旅立ってしまったのじゃよ」
「な――、それは、何時」
「昨日の事じゃ」
「殿下は既にローラの門へ赴かれたと」
「いや。まずは伝承に従うと申しておったのお」
「では、勇者の泉へ」
「恐らくそうであろうのう」
 多少焦って矢継ぎ早に尋ね、得られた情報に愕然とする。
 確かに道中、襲い来る魔物の相手をしながら進んで来た為思いの外時間が掛かった。それでもまさか、先に旅立たせてしまう程待たせてしまっていたとは――。
「御足路頂いたのに、すまんのう」
 サマルトリア王の気遣うような声が耳に入り、アスティアは首を横に振る。
「いえ、間に合わなかったのは私が至らなかったせいだと。これより急ぎ追います」
「そうして頂けると助かりますわい。あやつは剣も魔法もそこそこ使える。が、あの性格なのでなあ。一人では何かと危なっかしいのじゃよ。アスティア王子のように高名な剣士が一緒ならば安心できますわい。どうか、息子を頼みましたぞ」
「承知致しました」
 丁重に告げられた願いに、アスティアは最敬礼で承諾の意を示した。
 その後直ぐに踵を返し、城を辞す。なんて事だ。




◆    ◇    ◆    ◇


 城下で切れかけていた薬を補充した後、休む間も置かずサマルトリアを出発した。
 向かう先は、サマルトリアより東に位置する勇者の泉。
 勇者の泉とは、清浄な地下水が湧き出す聖なる洞窟の事。この大陸には古より、戦に旅立つ者はまずその泉で祝福の洗礼を受け、身を清めなければならない、という風習があった。
 相変わらず襲い来る魔物達を蹴散らしながら、半ば走るようなスピードで進む。間に合わなかった罪悪感に突き動かされているようだった。

 そして、辿り着いた目的地。
 この洞窟へは、遠乗り等で何度か足を運んだ事があった。迷い無く奥まで進むと、泉の湧き出る広い空間へと辿り着く事が出来た。その岸辺には神官法衣を纏った老人が立っており、アスティアを見るなり笑みを湛えて迎えてくれた。
「おお、ローレシアの。アスティア殿下では御座いませぬか」
「久方ぶりだ。息災か」
「御陰様で。殿下も御元気そうで何より。今日は、祝福を?」
「それもあるのだが、今は人を探している。こちらに、サマルトリア王子殿下が見えられた、という事は無かっただろうか」
 手短に挨拶を済ませた後、用件を尋ねる。それを聞いた神官は惜しい、とばかりに眉を潜めてこう答えた。
「それは一足違いでしたな。セシル殿下はここで身を清めた後、既に旅立たれておりますぞ」
「何時だ」
「半日程前、でしたか」
「――そうか」
 多少落胆したが、立ち止まる訳には行かない。ここで会えないだろう事は承知の上だ。それよりも、距離を半日に縮められた事を良しとするべきだ。
「これからどこへ向かう、等聞いていないか」
「確か……同士を求め、ローレシアへ向かう――と、申されておりました」
「ローレシア」
 すると、向こうも迎えに行くつもりなのか。これならば、今から急げばローレシアで合流できるかもしれない。




◆    ◇    ◆    ◇


 勇者の泉でセシル王子の行方を知り、祝福を受けた後。アスティアはやはり休みを置かず、ローレシアへの旅路に着いた。
 その道中、次第に効率の良い戦闘方法を身に付けて行くアスティアは流石というべきか。始めは苦心していたこの辺りの魔物達は、今では唯の障害物程度になった。ほぼ一太刀で切り捨てながら、急ぐ。

 そして、数日ぶりのローレシアだった。本懐を全うするまで戻るつもりはなかったのだが、こればかりは仕方がない。
 見れば、昼ならばいつも開かれているはずの城門が閉じられていた。見張りの兵も立っている。どうやら、旅立ち後に本格的な防衛対策が発動されたらしい。
 アスティアは、見張りの兵に近づいた。
「御苦労」
「え……はっ、アスティア殿下!」
 思いがけない人物に話しかけられ、兵士達は多少慌てたようだった。膝を付こうとする彼らを手で制し、用件を告げる事にする。
「尋ねたい。こちらに、サマルトリア王子殿下が見えられた、という事はなかったか」
「あ、はい、御出でになられました」
「それで」
「陛下に謁見された後、すぐに御立ちになられております」
「何時だ」
「二時間程前になります。一度、サマルトリアへ戻ると申されておりました」
 また入れ違いか。それでも距離は、確実に詰められている。
「有り難う。励め」
「はっ、殿下の御武運を御祈り致しております!」
 敬礼する兵士達に頷いて、アスティアは踵を返した。向かう先は、またもサマルトリア。この時点でやや堂々巡りな気もして来たが、致し方あるまい。
 悪いのは、待たせたこちらだ。




◆    ◇    ◆    ◇


 早く追いつかなければ。その一心で、再びやって来たサマルトリア。
 その頃にはもう、身なりを気にする余裕は無くなっていた。ほぼ不眠不休で進み続けて来た故に、目の前に黄色い浮遊物がチカチカ舞っている。疲労はピークだったが、それに甘んじて休む訳には行かなかった。
 そんな状態で挑んだ二度目の謁見は、今しがた終わった。
 そこで。とうとう、こめかみが微かに疼いた。
 立つ瀬が無い。全く立つ瀬がない。
 必死にセシル王子を追いかけ、一周した。そこでサマルトリア王に『戻ってはおらんよ。何処で道草を食っているのかのう……?』などとのんびり言われては全く立つ瀬が無い。
 セシル王子は、ここに戻っているはずではなかったか?
 一体、いつの間に追い越してしまったのだろう。
(今度は何処へ行った。何故こうも動き回る。彼はタンポポから綿毛に成長してしまったのか? あちこちふらふら彷徨う様が実にそっくりだ)
 なかなか会えない焦りが、この事態で苛立ちになったようだ。妙な例えまで浮かびはじめ、振り払うように首を振る。
(――いや。そもそもは俺が待たせたのだ。苛立つなど筋違いだろう。大人しく戻って探すしか無い)
 思いを寸前で押し留め、来た道を引き返すべく大股に歩いていた、そんな時。
「アスティア様」
 声をかけられた気がして、アスティアは周囲を見回した。しかし肝心の姿が見当たらない。
「……?」
 幻聴か。そろそろまずいと思いつつ、再び歩き出そうとした所で。
「アスティア様、下よ、下!」
「下?」
 言われるままに視線を下げると、そこには年の頃十二、三程の少女が一人。やや垂れ気味な緑の目元を悪戯っぽく笑わせて、こちらを見上げていた。
 明るい金糸の髪には若草色のリボン、身にまとうのは上等な生地を使った真珠色のドレス。
 どことなく見覚えはあるものの、身元を瞬時に判断してしまう事はできなかった。
「貴女は」
「こうしてお話をするのは初めてですね。セシルの妹の、ユシカにございます」
 少女――ユシカはドレスの端をつまみ、可憐な仕草でお辞儀をする。
 その名乗りで、この少女がかつて、セシル王子に抱かれていたあの幼い王女だと認識する。記憶を一致させ、アスティアは丁寧に謝罪で返した。
「これは、気がつかず失礼を」
「ふふっ。アスティア様は背が高いですものね」
 ユシカ王女はアスティアを見上げ、屈託無く笑う。
「私に、何か御用ですか」
 視線を合わせる為に片膝を付き、呼び止めた意図を尋ねると、彼女は少し恐縮したように肩を竦める。ひどくませた仕草だった。
「ええ。兄の性格の事、なのですけれど」
「セシル殿下?」
「はっきり言うと、のんき者なんです」
「のんき」
「はい。のんきなのに時々すごく行動的で、頑固」
「――」
 のんきなのに、時々すごく行動的で頑固。
 思わず脳内で反芻して、やや矛盾を感じる三つの言葉に思考を回す。一体、どういう意味なのだろう。反芻すればする程、その言葉が妙に突き刺さった。
 思案の顔で固まったアスティアに、ユシカ王女は申し訳無さそうに話を続けた。
「だから、急に寄り道したがったりすると思うの。……途中の街、とかに」
「とすると、……リリザ」
「その可能性は凄く高いです。まだ探して頂けるのでしたら、試しに行ってみてはいかがですか」
 やや不安を覚えたものの、考え倦ねていても仕方ない。
「有り難う、ユシカ殿下。次の宛も無かった事ですし、早速行ってみる事にします」
「よかった……。アスティア様、頼りないかもしれないけれど、どうか兄をよろしくお願いします」
 深く頭を下げるユシカ王女へ礼を返し、アスティアはサマルトリア城を後にする。




◆    ◇    ◆    ◇


 商業都市、リリザ。
 ローレシアとサマルトリアの中間、更にムーンブルク大陸への関所、ローラの門の近隣にある為、三国を繋ぐ重要中継地点として発展する中立の街だった。
 サマルトリアより南下しこの街にたどり着いたのは、翌日の宵。
 夕闇が落ち切った街角は、料理と酒の香りに包まれている。そういえば、最後にまともな食事を採ったのは何時だったのだろう。遠い目で思い返したが、極限を超えたせいかもう食欲すらわかない。今はただひたすら、ゆっくり眠りたい。欲はそれだけだった。
 それでも、此処まで来て最後の糸を切らす訳には行かなかった。もう、入れ違いになる訳にはいかない。
 望みの綱に気合いを入れ直し、さてどう探そうか、と、ひとまず覗いた宿屋で。
 アスティアは、その遭遇に目を見開いた。
 戸口から見えた、ダイニングスペース。真っ直ぐ奥の窓際。椅子に腰掛け、のんびりティーカップを傾けている同年代の男。明らかに、彼の周りを包む気流は普通ではなかった。
 身に付けているのは、黄みを帯びた深緑の僧衣。その中心には、ロト王家の者だけが身につける事を赦される血筋の絆――神鳥ラーミアの紋章が翼を広げていた。
 そして、アスティアの目を引き寄せたのは何よりも。
(タンポポ)
 頭だった。彼の頭には昔と変わらず、その花の色をした髪の毛がツンツン咲いている。
 見つけた。タンポポは何年経ってもタンポポだった。
 確信して、アスティアは彼の前へと進み出た。
「失礼仕る。サマルトリアの、セシル王子殿下では」
「?」
 問いかけに、彼はきょとんとした顔でこちらを見上げてきた。
 その眼差しも変わっていない。静かに凪いだ深いオリーブグリーンの瞳が、アスティアの目を覗きこむ。絡めた視線の先で見たその目元は、ユシカ王女とよく似ていると思った。
 彼はしばしの沈黙後、察したようだった。ガタンと椅子を引き、立ち上がる。
「君はローレシアの、アスティア王子」
 確認を問うのは高くも低くもない、落ち着いた柔らかな性質の声だった。肯定を示すため頷くと、その顔にぱあっと明かりが灯るように笑顔が弾けた。
「やっぱり! お久しぶりです。いやー、探しましたよ!」
(探した?)
 アスティアは、その物言いに一瞬詰まった。突っ込んでも良いのだろうか。腑に落ちず思ったが、顔にも口にも出さなかった。
 非は、こちらに在るのだと判断していたからだ。
「恐縮至極に存じ上げます。此処で追いつく事が出来てよかった」
 変わりに詫びを述べると、セシル王子は表情を引き締めて首を振る。
「いえ、僕がせっかちだったのだと思います。殿下も立つ事を決意されたと知らされた時、心強く思いました。そうしたらいても立ってもいられず、気が付いたらサマルトリアを飛び出していました。何にせよ、ここでお会いできて安心しましたよ。顔を合わせるのは十年ぶり、ですか」
「そうなります」
 さり気なく差し出された手を条件反射気味に握り、少しの間見つめ合う。ニコリと微笑されたので、僅かに口角を上げて答えた。
「場所を変えましょうか。色々お話ししたい。今後の事も」
 無言で頷き手を離すと、セシル王子は椅子を直して勘定に向かう。

 その後部屋を取り移動する、途中で。
 アスティアは、どうしても腑に落ちなかった疑問を尋ねてみる事にした。
「何故、この街に居られたのですか。ローレシアでサマルトリアへ戻る、との言付けを残されていたようなのですが」
「ああ。なんだか途中で気が変わりました。ここにいればローラの門も近いし、サマルトリアまで戻らなくてもそのうち会えるかなぁ……? なんて思って」
「……」
 ユシカ王女の言う通りだ。行動的なくせに急にのんきだ。
 表情に出さす絶句していると、セシルはふふりと柔らかく微笑んだ。
 悪びれた様子は全く無い。彼は素だ。
 そう理解してしまった瞬間、力一杯気が抜けた。ラリホー(催眠呪文)にかかったのではないかと錯覚する程、とんでもない睡魔が意識を奪い去る。
「あれ――あ、アスティア殿下?」
 グラリと傾き、壁に手を付いた。膝が面白い位小刻みに笑っている。
「どうしたんです? 大丈夫ですか」
「失礼……殆ど、眠らずにいた故。今ので気が抜けた」
「どれくらい、眠っていないんです?」
「ローレシアを発ってこの方、満足に休んだ記憶が無く」
「すると十日以上ですか? 無茶しますねえ」
「だ、――」
 誰のせいだと思っている!
 沸騰するように弾けた衝動を抑える為壁に当てた指先に力を込めると、ぱらりとどこかの破片が欠け落ちた。

 ――こうして。
 鋼柱のごとく真っ直ぐ生真面目王子アスティアと、タンポポの綿毛のごときのんびり王子セシルの合流が、果たされたのだった。

関連記事

コメントの投稿

Private :

カレンダー
11 | 2018/12 | 01
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
カテゴリ
掲示板
感想、連絡等、お気軽にどうぞ♪
個別記事拍手で頂いたコメントの
お返事もこちらにて!
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
カウンタ




2006.12.07開設

ここ創ってる人

Author:愛琳

このページのトップへ