セシルメモ:01


  セシルメモ:01


 ぱち、ぱちんと薪の爆ぜる音が聞こえる。
 火に向けた背中は暖かい。だけど、身体は震えて止まらない。目を閉じれば何かの悲鳴が、断末魔が呪詛のように絡み付く。目を開ければ僕の影、暗い木々――生き物のように揺らめく黒が、怖いと思った。
 どうにも出来なくて、毛布を握りしめて途方に暮れる。
「寝付けませんか」
 のろのろ視線を上げると、たき火を挟んだ向こう側。声と同じく穏やかな目をしたアスティアが、こちらを見ていた。
「駄目ですね。眠らなきゃと思う程、神経が尖ってしまって」
 身体を起こして苦笑してみせると、アスティアはゆっくり瞬いて同意を寄越して来た。 
「この辺りの魔物は強い。熱が引かず、気が立っているのは私も同じです」
「――そうは見えないけれど」
 眠れない苛立ちをぶつけてみたけれど、相変わらずのポーカーフェイスで受け流された。アスティアは火にかけていたポットを目で指し、
「白湯でも如何ですか」
「ん、欲しいです」
 応えると、彼はカップに注いで手渡してくれた。黙礼して受け取り、一口流して息をつく。その間、アスティアは眉ひとつ動かさずにこちらを見たままだった。
 僕は彼のこの、しれっとした無表情が苦手だ。
「時々、思うんですけど。アスティアって王族っぽくないですよね。どちらかと言えば軍属将校のような」
 崩してみたくて、わざと意地の悪い言葉を投げかけてみた。受けたアスティアは多少の沈黙を置いた後、結局そのままの表情で答え始める。
「言い得て妙だ。確かに私は、王宮でも浮いていたように思う。御覧の通り、武技しか持っておらぬ故」
「嫌ですね。謙遜しちゃって」
 あまりにもつまらない返答だったので悪態を付いたら、アスティアはそこでようやく表情を崩す。軽い苦笑いだ。
「今夜は随分と突っかかる」
「だってですねー、アスティア? なんかこう、交渉のやり取りみたいな会話が嫌なんですよ。言葉遣い、なんとかしませんか」
「では、もっと気楽な言葉で話したいと」
「ええ、僕はそうお望みでございますよ」
 腕を組んで偉そうに言ったら、アスティアは何かを思い出すように目を閉じた。
「以前、友人に似たような事を言われた記憶がある」
「何て」
 ぽつりと呟かれたそれに興味津々で尋ね返すと、彼は目を開いて一言、
「固い」
「ぷっ」
 的を得過ぎている一言に吹き出したら、アスティアは苦笑いを一層深めて左の耳に触れた。その指先には、青い石のピアス。
「……ねえ、一つ聞いてもいいですか」
 好奇心に勝てず尋ねたら、アスティアは無言で質問を承諾する。
「そのピアス。そこだけ、君のイメージじゃないんだけど」
「これですか」
 そう。出逢った時から気にはしてたんだ。
 この真面目で無駄を嫌いそうな男が、ピアス。しかも左耳に一つだけ、とか。お洒落なのか、はたまた何か深い意味があるのか。
 わくわく答えを待っていたら、
「大した事は無い。小さな反抗期だ」
 目を眇めて笑われた。此処で初めて年相応な顔が見えた気がして、嬉しくなる。
「な、近くで見てもいい」
「構わないが」
 許可が下りたので至近距離まで近づいて見て、うわ、なんかドキドキしてきた。流石王子様、と言うべきなのか、凛然って言葉がぴったりなその横顔が格好よくてさ。今まで付き合って来た友人たちとは格が違いすぎる。
 同性相手にときめいてしまったとか笑えるけれど、努めて平静を装いながら彼のピアスを見て、気が付いた。
「あれ、これってソーダライト? 一国の王子が身に付けるにはまた随分安い」
「そうだろうな。城下の友人から貰ったものだ。……これは、気持ちに価値がある」
「ふーん」
 意外だ。誰に対しても無関心そうなイメージだったのに。
 なんか、深く付き合って行けば相当面白いかもしれない、なんて希望が出て来た。
 残っていた白湯を飲み干した後、僕は姿勢を直して申し出てみた。
「もう眠れそうも無いしさ、見張り変わろうか」
 するとアスティアは表情一変、僅かに眉を潜めて、あろう事か首を横に振られてしまった。
「いや、相当御疲れだろう。今夜は大人しく休まれた方が良い」
「何故」
「全て顔に出ている。呪文を多発した日は特に酷い」
 指摘されて尚、素直に顔をしかめる僕は子供か。
 アスティアは苦笑したものの、そのまま説得を続けてくる。
「目を閉じているだけで十分休息になる。どうか、素直に横になって頂きたい」
「でもアスティアだって疲れて」
「でははっきりと申し上げる。足手まといになりたいですか」
 ちょ――そこ言われたら立つ瀬無いって!
「解りましたよーッ」
 吐きかけた言葉を飲み込んで、僕は半ば拗ねながら毛布を被った。アスティアはそんな僕に微笑の一瞥をくれた後、遠くに視線を移してしまう。その横顔を隙間から睨みながら、何とも言えない気分になって顔を背けた。
 なんだよ。疲れてるのはそっちだろ。僕の倍以上動いてるのに疲れてない訳が無いじゃないか。
 どんな時でも涼しい無表情な彼は、なんてむかつくんだろう。

 突っ込もうとする僕に彼は、無理はするな、直接攻撃は任せてサポートに徹してくれればいいと言う。確かにそう言うだけあって、彼の剣捌きは鋭く疾い。そればかりか、日を追うごとに進化しているのが見て取れる。その証拠に、一度苦戦した魔物には二度とはやられない。色々、分析しながら戦っているのかも知れない。
 どれだけストイックに剣技を追求しているのか、僕には計り知れないと思った。
 確かに今の僕は、そんな彼の足手まといでしかない。解ってるさ。だけど――。
 戦う事を決めたのは僕自身だ。それを曲げる訳にはいかない。
 どんなに気持ちが痛くても、今はやり遂げるしか無いんだ。
 これ以上、彼の足手まといにはなりたくない。

 数日寝食を共にしてみて、少しずつ彼が透けて見えるようになって来た。
 アスティアは、印象通り真面目で冷徹。言動も確かで信頼できる。
 最初は取っ付き難すぎてどうなるかと思ったけれど、大分打ち解けて来た今は、この人の真面目さが割と好きだと思えるようになった。

 もっともっと、この人を知りたい。本質を知ってみたい。
 夢に落ちる少し前に、そう思った。

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