雪だるま


  雪だるま


 湿り気を含んだ大きな雪粒が、次々に重なり景色を白く染めて行く。

「積もりそうー?」
 暖炉の前を陣取り、毛布を頭からかぶり、それでも尚寒そうに震えながらセシルが呟く。
「そうだな。しばらくは下手に動かない方がいいだろう」
 窓の側で腕を組み、アスは静かにため息をついた。
「雪が止むまでジッと待っているだけなんて苦行だわ」
 気怠そうに呟くのはルーナだ。彼女も毛布をかぶったスタイルで、セシルの隣にぴたりと沿って震えている。
 暖炉の火で照らされた、二人分のこんもりとした山。不意にそのシルエットを目にしたアスは、思わず眉間にしわを寄せて笑う。
「そんなに寒いのか?」
「寒いよ!」
「寒いわ!」
 問うと二人は火から振り返り、間髪入れずに返答を飛ばしてくる。ついでに、
「カーテン閉めて。窓のすきま風が余計寒いから」
 そんな指示まで飛んできた。アスはやれやれ、と肩を小さくすくめ、カーテンを引いた。その足で戸口に向かいながら、
「暖かい飲み物でも入れてこよう。何がいい」
「ハニーミルク。蜂蜜はスプーン三杯希望。ミルクは泡立てたやつで」
「私はジンジャーティね。シナモンとお砂糖たっぷり、あとレモンの輪切りを一つ添えて頂戴」
 また手間のかかるモノを。しかし慣れたもので、
「了解」
 アスは頷いた後、部屋を出て行った。パタン、と閉じたドアから襲う僅かな風圧。その冷たい空気に二人で身震いした後、
「こんなに寒いのに、アスは何故平気なの」
「心頭滅却なんとやら、の精神じゃないか」
「そういえば、あの砂漠でも一言も暑いなんて言わなかったものね」
「弱音言えない、我慢強すぎる、ってのも考えものだけどね。……あー、それでも寒い。そういえば、ムーンブルクって雪、降るんだっけ?」
「降るし積もるわよ。ロンダルキア山の側だもの。サマルトリアは?」
「んー、多少は降るかな。でも滅多に積もったりはしないよ。だから、積もると大はしゃぎした記憶が有るなー。妹と部屋着のまま外に飛び出して遊んで風邪引いて怒られたりして……今だと考えられない」
 ククッと苦笑いで肩を揺らす。ルーナは暖炉の火を見つめたまま、
「私は、小さな頃から冬は大嫌いだったわ。長いし、とにかく寒いし、空気は乾燥するし、景色はモノトーンで無機質。退屈だわ」
「それじゃ、雪遊びはした事が無い?」
「無いわね」
「へー、それはそれで残念な気も。じゃ、今から外に出て雪だるまでも作ろうか?」
「雪……だるま?」
「あれ、知らない?」
 きょとんとルーナの顔を見れば、彼女は同じきょとん顔で視線を合わせ、小さく頷く。
「雪玉をね、こう、雪の上で転がして大きくしてねー、それを大小二つ作る」
「それで」
「うん。それで、小さい方を大きいのに乗っけて、顔付けて、バケツ乗っけて帽子にしたり」
「うんうん」
「木の枝を二本、腕に見立てて大きい方にさしたり、松ぼっくりでボタンを作ったり、首にマフラー巻いてあげたり」
「つまり簡易雪像的なものを作って愛でる、な遊びなの?」
「そんな感じ。割と楽しいよ」
「へえ……」
「やってみたい?」
「……少し」
 ルナフィーリアは興味に顔を紅潮させて小さく頷き、立ち上がって窓に向かう。セシルもその後を追って窓にたどり着き、アスが引いて行ったカーテンをそっとめくった。そして、
「……」
「……」
 二人は無言でカーテンを閉め、先ほどの定位置に戻った。
「それにしても寒いね」
「ええ。アスはまだかしら」
 先ほどの会話は無かった事になったようだった。
 しばらく空間が、暖炉の中の木がパチパチと燃える音に支配される。
 ややあって、ドアがノックされた。そして、
「手が塞がっている。開けてくれないか」
 ドアの向こうからアスの声がした。
「セシル開けて」
「ルーナの方が扉に近いよ」
「嫌よ寒いもの。もう動きたくないわ」
「僕だって寒いよ。距離的に近いんだからお願い」
「ひどい、女性を立たせるの?」
「こう言うときだけ女を主張するの止めてくださいー」
 二人で押し付け合っていると、ドアは結局ひとりでに開いた。そこに立っていたのは困り顔のアスだ。手には湯気立つカップを三つも持っている。
「……ドアくらい、開けてくれてもいいだろう」
 静かに抗議される。
「ごめんね」
「ごめんね」
 二人は全く同時に心ない謝罪をし、ごまかしのような笑みをにっこりと向けてきた。そして、
「早く入ってドア閉めて」
「暖かい空気が逃げてしまうでしょう」
 そう付け加えるのも忘れなかった。アスは諦めた。足で押さえていたドアを離し、中に入る。
 無言でセシルとルーナに、入れたての飲み物が入ったカップを差し出した。
「どうも」
「ありがとう」
 それぞれに礼を述べて受け取り、彼らは早速カップに口をつけた。
「あっつ」
「火傷するなよ」
 二人は素直に忠告を聞き、それぞれにゆっくりと飲み物を楽しみ始めた。それを目にしてアスは表情を緩め、暖炉の側にあるソファに腰掛けて自分のカップに口をつけた。
「あ、そういえばアスは何飲んでるの」
 アスは無言で、先の言葉を予想したようにセシルへ差し出す。無言の了解か、セシルはそのカップを手で支えて口をつけた。そして一口後。
「……っ」
 目を見開いてアスを見た。そして、そのままカップをルーナに渡す。ルーナは首を傾げつつも自分のカップを置き、それを受け取った。
「いい香り。ココアね」
 そっと香りを確かめてから彼女も口をつけ、そして。
「……にっがッ!」
 表情はセシルと同じだった。
 アスは薄く笑み、
「そういえば砂糖を入れていなかった」
 そう一言呟き、ルーナの手からカップを取り戻した。
 アスは勿論、二人が極度の甘党だと熟知している。
「うー、喉に張り付く苦クリーミー」
「もう、苦いなら苦いって先に言ってくれる!」
「ちょっとした仕返しだ」
 苦悶するセシルと抗議するルーナにそう返して、アスは優雅に笑んでみせる。
 まぁ、これくらいならば許されるだろう。現に二人はそれ以上何も言わず、口直しとばかりにそれぞれの飲み物を喉に流していた。
 その姿を見やった後、アスは視線をココアの波紋に落とす。ゆらゆらと揺れるバイオレットブラウンの温かな色身が目に優しい。
 そういえば、こうしてゆっくりと時を過ごすのは何時ぶりなのだろう。
 三人で旅をはじめ、繰り返す日々はいつも生死を掛け合う魔物との戦い。特に最近は魔物の数が目に見えて増え、落ち着く暇などなかなか取る事が出来なかった。
 ちょっとした感慨を覚えながら、アスは静かにカップを傾けた。甘い香りと苦みが喉に広がる。
「ん……流石に少し苦いな」
 一口すすって思わず呟くと、セシルとルーナは吹き出した。
「ぷっ。自分まで犠牲にしてどうするさ」
「報復なんて慣れない事をするからよ。変に不器用よねえ」
「そんなつもりは無かったのだがな」
 すっかり笑い転げてしまった二人へ、アスも脱力しながら苦笑する。
「あーあ。あったかいの飲んで笑ったらあったまったし、雪だるま作りに行こうか!」
「いいわね」
「何……雪、だるま?」
 先ほどのルーナよろしくきょとんとしたアスに、ルーナは半眼で、
「知らないの?」
  そう尋ね、彼女は得意げに、先ほどセシルにしてもらった説明をするのだった。


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