LEVEL:11 自らの手を汚すか、我らに滅ぼされる様を見るだけか



   LEVEL:11 自らの手を汚すか、我らに滅ぼされる様を見るだけか


「そなた、死相がでておりますぞ」
「――ッ」
「突然何を、なんて不吉な事を言うの!」
 不意を食う物言いだった。言葉を詰まらせたセシルに代わり、ルーナが即座に抗議する。しかしその老人は怯まず、皺だらけの指でセシルの頬にぞっと指を這わせてくるのだった。
「とても邪悪なチカラが、そなたに憑りつこうとしておる」
「じゃ、あく」
 セシルがやっとの事で発せたのは、ひきつったその一言。老人は睫毛にまで指を伸ばし、そのオリーブグリーンの瞳を掴み掛らんばかりに覗き込む。
「ほ……ほほ……感じる。邪神様の御力じゃな……恐ろしや、恐ろしや……」
 不気味過ぎて最早、拒否の言動も出ない。老人は尚もぶつぶつと呟きながら後退るように雑踏に紛れ――
「あ、待ちなさい!」
 ルーナの鋭い制止は届かない。老人の纏っていた白いローブが、街角に翻り消えていく。怒声で集まった視線はすぐに散り、周囲には何事もなかったかのような静けさが戻ってきた。
 一瞬の間。質の悪い白昼夢か、あれは。
 ルーナは、次第にふつふつと湧き上がる嫌悪感に震え始める。
「な……何なのよ、あれはッ!」
「どうした」
 そこで声をかけたのは、少し遅れて到着したアスだった。二者其々の表情に、怪訝な顔で尋ねてくる。
「――あの服。邪神教徒、だよね、あのひと」
 虚を突かれた声で答えたのは、セシルだった。
「信じられない! 出会い頭で何が死相よ! 最低だわ!」
 対して、怒の形相なのはルーナだ。
「まぁまぁ。何かされた訳じゃないし、大丈夫だよー」
「されたじゃない! デローって顔を撫で上げられたじゃない!」
「落ち着け、ルーナ。――セシル、何があった」
 散らかった説明を広げられ、アスはますます怪訝な顔でセシルに問う。セシルは肩を竦め、
「なんかね。門をくぐった瞬間、おじいさんに絡まれたんだ。僕に死相が出てるって。そんで、こう、ぐいーって顔を撫でられて覗き込まれた訳」
「それは……不気味だな」
「うん、気持ち悪くなかった、と言えば嘘になるよ」
「最っ高に気持ちが悪いわよ! よく黙ってされるがままだったわね」
「いやぁ……びっくりしすぎると人って動けなくなる」
 ぽりぽりと頬を書きながら、苦笑するセシル。ルーナは柳眉を逆立てたまま、
「とても素敵な町に着いたと思ったのに。水を差されて嫌な気分だわ」
「ま、水の都、だけにねー」
「誰がうまい事を言えと言ったのッ」
 にこやかに茶々を入れる被害者本人に、ルーナはがっくりとうなだれた。
 状況を見逃したアスは、なんとなく蚊帳の外だった。

 ――世界を回れ。
 竜王の言葉通り新たな紋章を求め、三人は新天地へと降り立っていた。
 ラダトームから北へ進み、地図上では南西の大陸に存在する町、ベラヌール。ルビス信仰に厚い聖堂があるのだという。そのような場所であれば、紋章に関係する情報が存在してもおかしくはないと判断し、足を運んだのだった。
「それにしても白くて青くて、綺麗な町だよねー」
 歩きながら町並みを眺め、セシルが感嘆の声を上げる。
「ええ、水上に浮いているなんてやっぱり素敵だわ」
 次いで、ルーナが錦上に花を添える。アスも頷いた。確かに、美しい。
 ベラヌールの別名、水の都。冠する通り、湖上に作られた都市のようだった。けして大きくはないが、町中央の聖堂を中心に水路が静脈のように張り巡らされ、空と水の青に、白煉瓦の壁を基調とした町並みが映える。
 訪れる際、遠くから見えた町の風貌。その珍しさと美しさに駆け出し、先に門をくぐったセシルとルーナ。その出会い頭で不気味な目に遭い、ケチをつけられた格好になったが――それを帳消しにするほど、ベラヌールは美しかった。
 気を取り直し、三人は景色を楽しみながら、中心にある聖堂へと向かった。




◆    ◇    ◆    ◇


「精霊神ルビスの紋章……で、ございますか」
 聖堂にたどり着き、尋ねた第一声は色の良いものではなかった。
「ご存じありませんか。世界に五つあって、それを集めればルビス様の守りを得られるという――こういうもの、みたいなのですが」
 説明しながら、セシルの目配せでアスは荷物からあの、星形の結晶を取り出して見せる。それをしげしげと見つめながら、神父は首をひねるばかりだった。
「……申し訳ありませんが、このような類のものは存じ上げません」
「そう、ですかぁ」
 んー、と、セシルは渋い顔で唇を引き結ぶ。ルーナは眼前に聳える、荘厳で大きなルビス像に視線を向けて小さく肩を落とした。
「これだけ大きな聖堂なら、何か伝わっているかもしれないと期待したのだけれど」
「ご期待に副えず、申し訳ない。――ザハンの神殿でしたら、何か知っているかもしれませんが」
「ザハン?」
「聞いた事のない地名だわ」
「絶海の孤島にある、ルビス信仰の伝承が色濃く残る村だと聞き及んでおります。なんでも、ルビス様のご神体が祭られているのだとか」
「へえ……」
「行く価値はありそうだ」
 アスの言葉に二人は頷く。どんなに小さな情報でも、今はありがたい。次の目的地はザハンだ。
 情報を得て一息後。ふと、周囲を見渡したセシルが疑問符を浮かべた。
「それにしても。こんなに大きな聖堂なのに、参拝する人が随分と少ないですね」
 そう言えば、これほど大きな聖堂なのに人の気配は疎らで、よくよくみれば聖堂の掃除も行き届いていないように見受けられた。
 尋ねられた神父はその表情に影を落とし、苦笑めいた声で肩を竦める。
「実は近年、この町でもルビス信仰は衰退の一途にあるのです」
「そんな、何故」
 セシルは戸惑いの色を浮かべて尋ねる。神父は顔に落ちた影を一層深め、首を振る。
「ムーンブルクが落とされ、魔物が徘徊するこの危機的状況に、ルビス様の存在を信じられなくなってきた民が多いと聞きます。それ故ルビス信仰は、最近勢力を強めている邪神教なる新興宗教に押されつつあるのです」
「ここもなの」
 爪を噛み、ルーナは苦い顔で目を伏せる。
 神父はすがるような目で、ルビス像に視線を送る。
「……この危機に、ルビス様はなぜ我々を守護してはくださらないのでしょう」
 彼の嘆きは切実に、がらんとした聖堂の中に響いて消えていく。
 問われたルビス像は、何も答えない。




◆    ◇    ◆    ◇


「何が、守護してくださらないのでしょう、よ。」
 聖堂を出て開口一番、ルーナが呟いた。その頬は不満に膨らんでいる。
「神様を心のよりどころにするのは一向に構わないと思うわ。信仰は自由だもの。だけど、頼りすぎるのもどうかと思うのよ。自分で動いて、最後まで頑張って、どうにもならなくなるまで足掻き切った時に口にするなら別として、よ」
 説得力を帯びているルーナの言葉に、アスは頷く。
「祈るだけで何かが改善するなら、この世界に努力など必要ない」
「アスは、ルビス様を信じないの?」
 不意に、セシルに問われた。アスは僅かに間を置き、
「聖霊神の加護を得ようとしておきながら矛盾だが――結局、最後に信じられるのは神でも他人でもない。己だけだと俺は思う」
 まっすぐ向いて話すと、彼は苦笑して頷いた。
「なんか、その言葉はアスらしい。……みんな、アスみたいに強ければいいのにな」
「そうね。アスみたいに強い精神があれば、ルビス様を頼らなくても、まして、邪神教なんかに昏倒することもなく済むのでしょうね」
 ルーナも微笑みながらそう続ける。嫌味なく言われ、アスは思わず、羨望にも似た二人の視線を外す。
(――俺は多分、彼らが言うほど強くはない)
 思うが、口には出せなかった。
「行くぞ。ザハンまでの物資を調達しなくては」
「うん、そうだねー」
 気を取り直し、三人は商店の立ち並ぶ大通りへ抜ける。と――
「どこにも無ぇじゃねえか!」
 ふと、武器屋の方から聞こえてきた怒号。
「何の騒ぎかしら」
 覗いてみると、屈強な戦士がカウンターに詰め寄り、店主に何か文句をつけているようだった。
「俺はな、稲妻の剣を求めてはるばるデルコンダルから来てんだぞ!」
「そんなことを申されましてもぅ……この店に、そのような剣はおいておりませんよぅ~」
「うそを言うな! ここにあるって人伝に聞いたんだぞ」
「ですがぁ。店中ひっくり返してもなかったじゃありませんかぁ~」
「ちょっとちょっと、おじさん、落ち着いてー!」
 剣士の剣幕と困り果てた店主の顔を見かねたのか、セシルが仲裁に入ってしまう。
「出たわ、お人よし」
 呟くのはルーナだ。もう、彼の行動は見通しているのか、止める言葉はない。セシルはなんとか剣士の剣幕を抑えて、店主から自分の方に気を引く作戦に出た。
「ねえねえ。おじさんはどんな剣を探してるんです?」
「む。知りたいか、坊主」
 セシルの問いに、男はニヤリと笑んで頷く。知らずとはいえ、一国の王子に坊主呼ばわりとは。しかしセシルにはどうでもいい事らしい。こくりと頷いて、興味津々の目を向けている。
「それはな、……ふふっ。世界最強の、剣だ」
「世界最強の剣」
 勿体付けて話されたそれに、アスも思わず興味を示す。
「え、それってロトの剣、じゃないの?」
「いやいや、そんな英雄のか細い剣なんかじゃねえ。……その剣はな、魔剣だ。稲妻の剣と言うらしい。なんでもその剣を使えば、オレのように呪文を知らぬ男でも稲妻を呼べるらしいのだ」
「ええー。そんなすごい剣、ウチなんかで取り扱ってる訳ないじゃないですかぁ」
 うっとりと話された説明を聞いていた店主が、あきれたような声で抗議する。剣士はその顔をじっと見つめた後、肩を落として頷いた。
「確かに、そうかもしれんなぁ。やれやれ、他をあたってみるか。邪魔したな」
 一応の謝罪を述べつつ、剣士は店を後にしていく。その背を一瞥し、アスは剣士の話していた魔剣の名を反芻する。
「稲妻の剣」
「なんだか、アスの為にあるような剣ね。見つけられたらいいわね」
 微笑交じりにアスを見上げ、ルーナが言う。アスは小さく頷き、その世界最強の剣とやらに思いを馳せる。一体、どのような剣なのだろう。
「それよりお客さん。そんな、世界最強の剣もいいけど、この剣もなかなか優れものですよぉ!」
 そこで不意に、営業トークを織り交ぜてきたのは武器屋の店主だ。彼の方を見れば、満面の笑みで不思議な形の剣をカウンターに出してくる。
「この剣は。随分と変わった形をしているが」
 よく見ればそれは、手甲にはめるタイプの剣のようだった。
「ええ、ドラゴンキラーと申します。世界最強には及ばないかもしれませんが、これは、ドラゴンの鱗さえも軽々と引き裂くことのできる切れ味を持っておりましてね――」
 勧められたその武器を見て、アスはキラリと目を輝かせる。その気配を察したのか、セシルはバッとアスを見た。
 アスのフリーズブルーは、その手甲タイプの剣にくぎ付けだった。
「……ドラゴンキラーか」
 そして、武器の名をどこか熱っぽく呟いたりもしてしまう。
「出たなこの変わった武器マニアッ!」
「……セシル」
「解った、解ったけど! ダメ! 鈍器買ったばっかりでしょ! あー、もう、君はどうして普通の武器に目を留めないんだ。……しかも高いのばっかり。そりゃ、戦力は格段に上がるだろうけど今はダメ!」
「……」
「そんな、強請るような目してもダメ! 今回は盾にしておきなよ。ほらこれ、なんだか魔法の力を感じる」
「おお、君、なかなか目利きが鋭いね! これは力の盾、と言って、回復魔法が封じ込められた魔法の盾なんですよ」
「ほら、これこそアスにうってつけ!」
「……盾か」
 テンションアップでまくしたてるセシルに反し、盾を買うように勧められたアスは一気にテンションダウンする。それでも防御力の面では格段に上がると理解できたので、一応は承諾する。
「では、ドラゴンキラーは諦め、その盾を」
「よし!」
 きっと、表情が変わるセシル。
「それじゃ、お勘定! この鋼の盾下取りで、端数切り捨てでね」
「駄目駄目、鐚一ゴールドたりとも負けらんないよ?」
「知らないね、おじさん」
「なにがだ?」
「此処だけの話。この鋼の盾ってかの高名なロトの勇者、ローレシア王子も御用達の一品なんですよ! それに――」
 下取り交渉に熱を出し始めたセシルに思わず苦笑する。すっかり見慣れた光景だ。もうしばらく掛かりそうだと踏み、そう言えばルーナはと視線を動かした。
 ルーナはいつの間にか、向かいのショーウィンドウにくぎ付けのようだった。見ればそこは、貴族御用達の服飾用品店のようだった。鮮やかな色のドレスや帽子、靴が綺麗に飾られている。近づいたのが気配で分かったのか、ルーナは肩を竦めた。
「ドレスなんてもう、どれ位着ていないのかしら」
 呟いて、彼女は着こなれたローブの端をつまむ。丈夫な素材のそれは、ショーウィンドウの中にある絹織のような光沢も、デザイン性も皆無だ。
「……アスは、踊れる?」
 不意に、そんなことを問われた。
「嗜み程度に、基本は押さえてあるつもりだ」
「ふ……ん。優雅というより機能的に踊りそう」
「色気が無くてすまないな」
 淡々と話すと、ルーナはクスリと笑ったようだった。そして顔をこちらに向け、
「いつか……、私と踊って」
「御望みとあらば」
「ありがとう」
 今度は目元も笑みに変え、ルーナは嬉しそうにそう言うのだった。
 美しいハニーブロンドの髪を高く結い、ドレスを着飾ったルーナはさぞかし、フロアで華麗に咲くのだろう。そんな姿も見てみたい。素直にそう、思った。
「買えたよー」
 セシルの声だ。振り向くと、彼は満面の笑みで盾を持ちやってくる。おそらく、良い値で買うことができたのだろう。
「はい、アス」
「ああ、有り難う」
 差し出された盾を受け取った時だった。触れたその手が、思いの外熱い事に気が付いた。
「……セシル?」
 名を呼ぶトーンが神妙になる。見れば、セシルの顔色が少し悪い。
「うん、急に真顔でなにー?」
「どうかしたのか。顔色が、少し優れないようだが」
 尋ねると、ルーナも気づいたようだった。
「本当だわ。大丈夫?」
 二人に気遣われ、セシルはバレた、そんな表情で笑み、頬をぽりぽりとかく。
「んー……実はね、さっきから少し熱っぽいんだよね」
「珍しい、風邪でも引いたの?」
「ここのところ、根を詰め過ぎなのではないか」
「んはは、大丈夫だよ。少し休めばきっとよくなるから。でもその前に用事を済ませてしまおう」
 青白い顔で、セシルはそれでも心配かけまいと笑う。
 その後物資調達を済ませ早々に宿をとると、セシルはそのままベッドに倒れこみ、起き上がれない状態になってしまったのだった。



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