LEVEL:11 自らの手を汚すか、我らに滅ぼされる様を見るだけか 2

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   LEVEL:11 自らの手を汚すか、我らに滅ぼされる様を見るだけか  2



 その晩。セシルは、熱にうなされながら不思議と目が覚めた。
(なんだろう)
 喉は張り付いて吐き気を覚える程、乾いて息苦しい。けれどそのせいだけではなかった。何かが、おかしい。
 異質な気配に過敏なアスも、魔力の気流に聡いはずのルーナも起きている気配はない。状況に肌が粟立つ。色濃く立ち込めた気配と気流に彼らが気付かないのは、どう考えてもおかしかった。
 重い身体を何とか起こし、気付いて絶句、した。
 ルーナは向かいのベッドで、自分のベッドサイドの椅子ではアスが、不自然な程深く眠っている。そしてアスの前には半透明の何者か、が。彼を刺すような眼で見下していたのである。
「……誰」
 やっとの思いで声を出すと、その者はゆっくりとこちらを見た。
 薄青の肌。万年雪の結晶のような、零下色の眼。男はしゃらりと涼しげな音を立ててローブをさばき、礼をとって見せた。
「幻影で御会いする無礼を御赦し願いたい。サマルトリア王太子、セシル・レオン殿下――
 私は邪神教大神官、ハーゴン」
「――ッ」
 再度絶句、した。
 あまりの事に硬直するセシルに、ハーゴンは優雅な仕草でゆっくりと近づく。畏怖し、セシルは無意識にベッド上で後退りながら、それでも。
「な――何。二人に危害を加えるというのなら、赦さない」
 語調だけは弱めず、警戒の声を出す。しかし、ハーゴンは緩く笑んで首を横に振る。
「今は、彼らに危害は加えませぬ。用があるのは、貴殿一人」
「僕」
「そう……忌まわしきロトの性質をもっとも色濃く受け継ぐ末裔の、貴殿に」
 セシルは身動き一つできないまま、体中に浮き上がる冷や汗の感覚を知る。
「意味が、分からない。力も魔力も中途半端な僕を何故、そう推測するんだ」
「魂の質。内に秘めた光の強さが、闇の眷属となった我らを惹き付ける。――私はこれ以上、ロトに邪魔をされたくないのだよ」
 ハーゴンの眼がきゅっと窄まる。それと同時に、セシルは身体が見えない何かにぎゅうと締め上げられて行く感覚を覚え、耐えきれず蹲った。
「あ、うぅ……、これは……ッ」
「そなたを縛り上げるのは絆の鎖、と言う名の呪詛」
 言葉を耳に入れながらも、緩む事無く抉り込んでくる圧迫感で、セシルの額は次第にベッドへ落ちていく。
「思いが強ければ強い程、大事だと思えば思う程、その呪いは奥へ奥へと浸透し、締め上げる。待つのは死だ。助かる方法は、ひとつ。そこで眠る、絆の末裔達をその手に」
「――はッ――」
 あまりの苦しさに意識が遠のきかけたが、セシルは気力と意地で奥歯をかむ。
(これは、絶対負けられない!)
 顔を上げ、目前で薄く笑むハーゴンを力の限り睨みつけた。
「そんな事をする、位なら――ッ、僕は、喜んで死を選ぶ。ただし、貴方も道連れだ!」
 セシルの目が決意に濡れる。
「サマルトリアに伝わりし禁呪――か」
「彼らを護れる、なら、この命、惜しくはないッ」
 セシルは震える指を胸元まで上げ、呪印を組む。しかし、その決意を憐みの眼で冷やかに笑うのはハーゴンだ。
「ああ、止せ。私の本体は遠く離れた地、ロンダルキアにある。此処で唱えても無駄死に。命は大事になされよ」
「……よく言う。沢山の命を平然と奪い去っておきながら――ッ!」
 嫌悪の表情で言い放つその瞳は、強く煌めいたまま。それを受け、ハーゴンは顔から笑みを消して不快気に目を細める。
「どうも、身の危機だというのに余裕ですな」
「信じているから、だ。僕がいなくなったとしても、アスとルーナが貴方を止めに行く」
「貴殿を失った彼らが、正常に生けると御思いか」
「甘く、見るなよ……二人とも、そんなに弱くは、ない!」
「ムーンブルク王女の境遇を御忘れになられたか」
「僕がいなくとも、アスが支える」
「ククッ。随分と多大な信頼をおいておられる御様子。しかし肝心のローレシア王子は、果たしてそれ程強い人間なのか」
「え……?」
 それは、セシルにとって思いもよらない一言だった。思わず黙ると、ハーゴンは畳み掛けるように続ける。
「喪失感は等しく降り注ぐだろう。そのローレシア王子を支えられる者が、貴殿以外におられるのか?」
 セシルはその、予想にもない問いに目を見開いた。
(アス、だ。あの強いアスが、僕を失った喪失感なんかでどうにかなるはずが――)
 なぜだろう、そう思うのに、心拍数が乱れ始める。
「貴殿を失えば、王子達は間違いなく崩壊する。突き崩すのはさぞかし楽しいだろう。
 自らの手を汚すか、我らに滅ぼされる様を見るだけか。
 フフフ……せいぜい苦しみ、苦しみの果てに堕ちるが良い!」
「待――ウッ……あぅ……ッ」
 鎖の呪詛はますます強く、セシルを縛り上げる。
 遠のく意識の向こうで、勝ち誇った高笑いを聞きながら、セシルは。
 全身の糸を切られたかのように、その場に崩れ落ちた。




◆    ◇    ◆    ◇


「――ス、アス! 起きて!」
 身体を揺すられる感覚で目が覚めた。一体、いつの間に寝入ってしまったのか。
 薄く霞みがかった思考。まるで、睡眠呪文<ラリホー>をかけられた後のような不快感が残る。鈍痛の残る頭を片手で支えながら顔を上げれば、そこには顔面蒼白のルーナがいる。
「ルーナ」
「アス大変なの、セシルがッ!」
 只ならぬ剣幕だった。耳に入る呻き、見て、アスは挙措を失いセシルに駆け寄った。
「セシル!」
 床に蹲り、異常な汗と呼吸で苦しむセシル。抱き起し、アスはその顔を覗き込む。しかしセシルは消耗しぐったりとしており、反応は一切ない。
「何故、俺は寝ずに見ていた筈だった」
「私たちは相当強力なラリホーに掛けられていたみたいなの」
 やはり件の呪文。失態に歯噛みするが、今はそれどころではない。
「とにかく俺は医師を呼びに行く」
「ええ。私は回復呪文を試してみるわ」
 判断し、アスはセシルを抱き上げてベッドに移す。そのベッドサイドに移動し、改めてセシルを見たルーナは、そこで一歩後退った。
「な……なに、これ――ッ!」
「どうした」
 出がけに上がったルーナの悲鳴にも似たそれに、アスは振り返って問う。ルーナはセシルから視線を離さないまま、
「アス、医師では駄目。聖堂の神父を」
「何か見えるのか」
「呪いだわ。鎖の……こんな呪法を見たのは、初めてよ」
 呪い。
 その響きに背筋がぞっとする。
「アス急いで! 恐らく一刻を争うものだわ!」
「了解したッ」
 アスは取る物も取り敢えず明け始めた町を抜け、先日の聖堂に向かう。
 誰が、何の目的でセシルを。早鐘を打つ鼓動が、警鐘のように耳元で騒いでいる。


「ルビス様の御名において、この者に巣食う呪いを解き放つ――解呪、シャナク!」
 神父の祈りによって、セシルの身体が僅かな光でおおわれる。
 聖堂で神父を叩き起こし、四半刻もせず宿に連れ戻った。最初は迷惑そうにしていた神父も、セシルの様子を見て血相を変え、直ちに解呪の祈りを唱えてくれたのだが――。
 ややあって、セシルの体を覆っていた光が消えていく。しかし、目に見える変化はほとんど感じられない。
 アスは冷や汗を浮かべている神父を、半ば睨むような眼で見つめる。
「どうだ」
「……駄目です。微小の緩和はできたのですが、ここまで強い呪いでは。私などの力ではもう、これ以上はどうにも」
 しかし、返答は無情だった。
「そんな、では、後はどうすれば」
 戻るまでに何度も回復呪文を試したのだろう、表情に疲労を浮かべたルーナが震える。そしてぐったりとしたセシルの手を握った、その時だった。
「……セシル?」
 僅かに、その手が動いた。見ればセシルが、瞼を重そうに上げた所だった。
「ぅ……ル、ナ……?」
「セシル!」
「セシル」
 アスもたまらずセシルの傍に寄る。
「……アス」
 発せられたのは弱く、今にも消え入りそうな声だった。瞼の奥から現れたオリーブグリーンは、二人の姿を認めるとどこか切なそうに細くなる。
「は……はは……。僕はもう、駄目らしい。死相って、ほんとだったんだね」
「何を言うの! いったい何があったの!」
 セシルの呟くようなそれを一蹴し、ルーナは握ったままのセシルの手を強く握りなおす。問われた彼は視線を上にあげ、一拍後。
「大神官ハーゴンに、遭った」
 その口から発せられた単語に、アスもルーナも絶句する。
「おかげで、僕はこんなんになっちゃったけど、ハーゴンの居場所は、解ったよ」
 息を飲むアスを見上げ、セシルは
「ロンダルキア、だ」
「ロンダルキア」
 強い語調で発せられた地名。アスが反芻すると、セシルは頷いて身体の力を抜く。
「ところでね……ふたりにお願いが、あるんだ」
「何?」
「僕を、ここに置いて。二人で旅を続けて」
「――」
 まさか、セシルに二度も絶句させられる事になるとは思いもよらなかった。その言葉をかみ砕いて理解するまで、一体どれほどの時間を要したのだろう。
「何を言って」
 ようやく、そんな間でルーナが問う。セシルは力の抜けたルーナの手から手を抜き取り、その手のひらを見つめ、
「自分でわかるんだ。僕はもう、駄目だ。この呪いは間もなく、僕を絞め殺す」
 その眼は、どこか悟ったように決意の色を示す。その色を見つめ、アスは胸の内からふつふつと湧き上がってくる何かに襲われる。それが喉元まで沸騰しかけた、その時だった。
「ふ……、ふざけた事を言わないでッ!」
 先に強烈な拒否を示したのはルーナだった。
「貴方は私に嘘をつくの! 何を勝手に覚悟しているのよ。私のすべてを奪う代わりに、ずっとそばにいてくれるって言ったのは誰よ!」
 はっとした顔のセシル。ルーナは顔をそむけ、
「……私は――! 私は絶対にあきらめないわ! 大事な人が目の前で死ぬなんてもう、沢山なのよッ!」
 言い捨てると、ルーナは勢い良く部屋を飛び出して行った。
「ルー、ナ……」
 セシルの顔が、初めて悲痛にゆがむ。その顔を睨み、アスは出かかっていた罵倒のような言葉をのみ込んで静かに告げる。
「俺もセシルがここで死ぬ、など、絶対に赦さない」
「アス……」
 ここで、こらえていたものが僅かに出たのか。オリーブグリーンが濡れたように揺れる。
「ぼ――僕だって、志半ばで、死にたくはないよ。だけど……」
 セシルは、それ以上の言葉を紡ぐことはできなかった。くるりと背中を向け、震える。
 声無く、おそらく泣いているのだろう彼の背を見つめながら、アスは遣る瀬無さに拳を握りしめる。
「……何か、手立てはないのか」
 苛立ちが、言葉になって漏れた。
「あ、そうです!」
 そこで急に声を上げたのは神父だった。一部始終を見ていた彼は、何かを思いついたように手を打つ。アスが顔を向けると、神父は頷いて、
「これは賭けですが、もしかしたら使える手かも知れません。貴方は、世界樹、というものをご存知ですか」
「世界樹」
 反芻し、アスは知識の片隅を探る。以前、何かの文献で読んだことのある名だ。
「確か世界の果てに聳えるという、ルビスの加護を受けた神木の事か」
「そうです。何でも、その木に茂る葉は、死者をも蘇らせる程の回復力を持つとか。その様なものであれば、この呪いを解く鍵になれるかもしれません!」
「それはどこに」
 もしかしたら、僅かに見えた希望なのかもしれない。何でもいい、今はすがりたかった。乗り出すように尋ねると、神父は携帯していた聖書を開き、ページを探る。指が示した世界樹のページに、その場所はあった。
「世界の果て――そう、件のザハンから目と鼻の先にある島に」
「賭けてみる。そうと決まれば一刻も早く世界樹へ」
 頷き、アスは背を向けているセシルに向かい、声をかける。
「セシル。必ず助けてみせる。それまで堪えてくれ」
 セシルの、タンポポ色の頭が僅かに上下する。
「戻るまで、セシルの事を頼んでも宜しいだろうか」
「勿論です。どうぞ、無事のお帰りを」
 セシルの看病を神父に託し、アスは先に飛び出していったルーナの後を追う。




◆    ◇    ◆    ◇


 一体どこまで行ったのか、ルーナを探して走ると、肩を怒らせて早足で歩くルーナを見つけた。彼女は町を出るつもりだったのか、門へと向かっている。
「ルーナ!」
 名を呼ぶと、彼女は振り返らないまま立ち止った。その背に追いつき、アスは僅かに嘆息する。
「どこへ向かうつもりだった」
「……どこ。わからないわ。でもとにかく、セシルを助けなきゃ、動かなきゃ!」
 焦燥。動揺と衝動のあまり混乱しているのか、滅裂な答えが返ってくる。
「落ち着け、ルーナ」
「アス、アスどうしたらいいの。もしこのままセシルが死んじゃったら――ッ」
 ルーナの背が小刻みに震え始める。
「考えるな」
「でも怖い……怖いわ!」
 振り向いたルーナの目は、不安と恐怖に押しつぶされそうな色で濡れていた。
「どうしてそんなに冷静で――ッ、アスは心配じゃないの?!」
「こんな時こそ、冷静でいられなくてどうする」
 その言葉にルーナははっと息を飲み、改めてこちらを見た。アスは正面からルーナを見つめ、告げる。
「まだ助けられないと決まった訳ではない」
「……! たす――助け、られるの?」
「勿論だ」
 縋る様な眼のルーナに強く頷いてやると、彼女はもう耐えられなくなったのか。
「ああ……ううぅ~ッ!」
 涙腺決壊で顔を歪め、ルーナは力いっぱいアスにしがみついてきた。その勢いと行動に一瞬戸惑ったものの、そっと支えてアスは目を瞑る。しばらくその場ですすり泣いていたルーナは、ややあってからそっと離れて目元を擦った。
「……ごめんなさい。私は本当に駄目ね。アスの精神力には恐れ入るわ」
「唯の意地だ。俺まで動揺したら、ルーナはもっと不安になるだろう」
「アス」
 ルーナは何とも言えない顔で苦笑する。そんな彼女へ僅かに笑んだのち、その表情を引き締めた。
「必ずセシルを助けよう。彼は、こんな場所で死んでいい人間ではない」
「ええ」
 顔を合わせ、強く頷き合う。


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2006.12.07開設

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