LEVEL:12 誰も護れない博愛なら 3

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   LEVEL:12 誰も護れない博愛なら 3



 船を北に進め、目的の島に辿り着いた。そこは、祠がぽつんとあるだけのごく小さな島だった。
「ここに、太陽の紋章があるんだね」
「セシル、笛を」
「うん」
 アスが促すと、セシルは山彦の笛を取り出して唇に当てる。オカリナのようなそれは不思議なメロディを奏で、ややあって同じ旋律のそれが、どこからともなく反響する。
「お!」
 もう一度吹いても、同等の旋律が返ってくる。
「山彦きたね」
「早速探してみましょう!」
 三人はそれぞれに手分けして、隅々を探し始める。
 その祠は、三つの旅の扉を有していた。それぞれの行く先は分からないが、長い事使われたような形跡は無い。あるものはそれと、三つの扉を照らすように設けられた照明が同数。建物自体は小さく、それだけだった。
 それ故かさほど時間もかからず、それらしきものを見つけたのはルーナだった。
「不思議な松明だわ。恒久的な呪文で灯された炎のよう。この下に、星の紋章と同等の魔力も感じる」
 話しながら、松明が掲げられた台の裏を調べる。目的のそれはルーナの手に触れると、一瞬発光してその存在を主張した。
「あったね」
「ええ。きっと間違いないわ」
 触れた後、地面にコトリと落ちた紋章を丁重に拾い上げ、ルーナはアスへ手渡した。太陽を模したそれは、手の上で仄かに熱を持つ。星の紋章と同じ波動の輝きだった。
「これが、太陽の紋章」
「こんなものがまだ三つもあるのね。先は長そうだわ」
 肩でゆっくりと息を吐き出し、ルーナ。セシルはふふりと笑み、
「けど、もう二つ。確実に進んでいるよ」
 いい方に考えよう、そう付けて、セシルは手にしていた荷物を目線に掲げる。
「無事見つかったし、お昼ご飯にしようか。船から下りる前、長くなったら辛いと思ってお弁当作ってきたんだ」
 そして指差したのは、海の見渡せる場所に立つ、大きな木だった。
「あそこで食べよう」
「賛成!」
 ルーナの同意。勿論異論は無い。移動し、早速準備にかかる。それぞれが腰かけたところでセシルが並べたものは、ライ麦パンにたっぷりのレタスと、イワシとオリーブのオイル漬けを挟んだサンドイッチだった。
「お茶もあるからねー」
 さっと水筒を取り出しカップを並べ、芳香高いそれを注いで準備を整える。
「それじゃ、いっただきまーす! へへっ。ザハンを出てまだそう経ってないし、まだレタスシャキッとしてるねー」
「本当! 私、オリーブの実が好きだわ。美味しい!」
 パンに塗られた粒マスタードも効いていて、予想以上に美味だった。一つを無言で平らげた後、たまらず、アスは呟いた。
「……随分」
「ん?」
 聞き返されたので、セシルの顔を見て話し直す。
「随分、上達したものだな。有り合わせの具材でよく、ここまでやれる」
 飾らずセシルへの賞賛を口にすると、彼は少し照れた。
「ははっ。口に合った?」
「ああ、美味い」
「よかった! そう言えばアスは、魚好きだもんね。……旅を始めるまで、料理なんて一切したことなかったのにねー。凝り性だからかな? 美味しいもの大好きだし」
「良い事よね。私も、美味しいものを食べられて嬉しいわ」
「んふふ。やっぱり美味しいものは人を幸せにするねー。僕、もっと頑張ろうー!」
 腕まくりしてウインクするセシルに、アスとルーナは、
「それは楽しみだわ!」
「期待している」
 三人で笑いあい、セシルの持ってきた箱が空になるまで、食事を楽しんだ。
「はー。それにしても、今日はぽかぽかしてて気持ちいいねー」
 食後の茶も済み。セシルはぐっと伸び上がった後、その場にゴロンと寝転がった。ルーナも目を輝かせ、それに倣ってコロンと横になる。
「ふふ……本当に。草が柔らかくて絨毯みたいね。いい匂い」
「ねー。アスもちょっと横になってみたら?」
 誘われたが、軽く目元を緩めて断わりにする。セシルは眉を上げて笑んだだけで、なにも言わず視線を空に戻した。それを見やり、アスは木の幹を背もたれにして、軽く目を閉じた。
 瞼の裏に、木漏れ日の残光がゆらゆらと微睡む。空の高いところで、鳥がさえずっていた。風とともにざわめく木の葉の音に耳を傾けていると、セシルがポツリと呟いた。
「世界樹。僕も見てみたかったなー。どんな木だったんだい」
「暖かい気を持った、常識を超える巨木だった」
 目を開け、簡潔に思った事を伝えると、セシルは空想でもしているのか、目を閉じたまま口角を上げる。
「旅が落ち着いたら行きたいな。葉を分けて貰ったお礼もしたいしさ」
「そうだな。あの場所には、俺ももう一度行きたいと思う」
「じゃあ、ハーゴン討伐終わったら三人で行こうよ。ね、ルーナ……ルーナ?」
 同意を求めて声をかけたが返答がない。見れば、彼女はいつの間にかすっかり寝入っているようだった。スースーと柔らかな寝息を立て、どこか幸せそうな顔だった。
「寝てる」
 セシルは体制を反転して頬杖を付き、片手でそっとルーナの髪を撫でながら、緩やかな口調で話し始める。
「……ルーナさ。最近、よく笑うようになったね」
「そうだな」
 ルーナを見つめるセシルの目は、強い慈愛に満ちている。その、前と変わらない彼の様子に少し安堵しながら、アスは尋ねた。
「セシル。身体はもう、大事無いのか」
「呪いの後遺症の事? それならもう、平気だと思うよ。普段の生活に支障は感じなくなったし、前の通り動けるようになってきてるから」
「そうか」
 僅かな沈黙の、後。セシルはルーナから手を離し、グッと拳を握って話し始める。
「……僕。あの時さぁ。ハーゴンに、こんな事を言われたんだ。助かりたかったら、君たちをこの手に掛けろと」
「……悪辣だな」
「だろ? 冗談じゃない」
「俺たちを手にかけて、助かろうとは思わなかったのか」
 ふと思い、聞いてみた。セシルは考える間も開けず、即答してくる。
「正直に話せば、何度か思った。けどやっぱり、僕はそんな事までして生きたくはなかった。第一、君を欠いたら全てが終わるだろ。僕だったら、いてもいなくても旅に支障はないし」
 セシルは自虐的に笑って一息抜いた後、ふと尋ねてきた。
「逆に聞くけどさ。もしアスが僕の立場だったら、どうしてた?」
 動揺した。二人と、己の命を秤にのせる、などとは。アスは一瞬躊躇ったのち、
「生き残ろうとしただろうな」
 迷いの素振りを消すため、しれっと答えてみせた。セシルは吹き出した。
「あっはは。アスならやりかねない。……だから僕は、君達の為に死ねるなら本望だと思ったんだ」
 己とは逆に、セシルの瞳は何処までも真っ直ぐで迷いは見えない。その強さに僅かながら畏怖を覚える。
「……無意義だ。セシルは他者の命を尊ぶくせに、己の命は粗略に扱う傾向がある」
 視線を外し、呆れ混じりの嘆息で切った。セシルは頷いた。
「そうだね。自分を大事にしない駄目な発言だと思う。だけど僕にとっては、それだけの価値があるって事。……僕、わかったんだ。この剣が今、僕の手にある理由」
 セシルはゆっくりと、腰に帯刀しているロトの剣を指して呟いた。
「……っ」
 逸らしたはずの視線が、強制的に戻される。彼の表情はいつもと同じはずなのに、アスの口から動揺の息が漏れるほど、今までの彼とは何かが違う。
 セシルは柄に刻まれたラーミアの紋章を指でなぞり、
「ルーナにも話したけどね。君にも聞いてほしい。君とルーナに貰ったこの命。これからの僕は、君と、ルーナの為にある」
 小さく、でも強く。そう呟いた彼は空を仰いだ。
「何があっても護って見せるよ。君と、ルーナと、君たちと生きるこの世界を。必ず」
 アスは目を離せなかった。そのオリーブグリーンの瞳は真空を映し込み、深く澄んでいた。――その深淵は、眩しすぎる程に。
 セシルこそ、勇者<ロト>の再来なのかもしれない。
 アスは、何故かそう思った。
 気圧され動けないでいると、セシルは不意に、悪戯を思い付いた子供のように笑んだ。そして起き上がり、
「セシ――」
 名を呼び掛け、アスは息を止めた。何が起こったのかと言うと胸倉を引かれ、彼の顔が異様に近づいて距離が消え――とりあえず状況を整理する。いや、整理するまでもなくセシルに口づけされている訳だが、意味が分からない。流石にどう反応するべきか考え倦ね黙っていると、目前でぼやけたセシルの目は笑みを形作り、伏せられた。
 思考は常軌を逸脱して停止したが、突っぱねる事はしなかった。彼の事だ、何か意味があるのかも知れない。
 時間にすると数秒か。離れたセシルが口にした第一声は、
「……どんな感じ?」
「は?」
 自分から出したとは思いたくないような、素っ頓狂な声が出た。
「いや。ルーナがさ、アスにもしておいてって言ったから実践してみたんだよね」
 流石に絶句し、アスは横目でルーナを睨んだ。首謀者は知らぬ顔で、安らかに寝息を立てている。
「僕さ。死にかけてた時にこうも思ったんだ。これからは一瞬たりとも後悔しないよう、思うがままに生きようって!」
 セシルは悪びれた様子も無く、むしろ満面の笑みで頷いてみせ、
「同性としたのは初めてだけど……とりあえず、生きてるって事は感じるな!」
 深読みはしない方がいいらしい。
「ふッ!」
 セシルは身体をくの字に曲げ、苦悶した。とりあえず、鳩尾に軽く一撃叩き込んでおく事にしたアスだった。
「ゲホッゴホッ、こ、殺す気――」
「これも生きていなければ感じられない痛みだろう」
「だからって殴る事ないだろ!」
「顔ではなかっただけ良心的だと思え」
 拳を握り目を眇めてみせると、セシルは引きつった顔で首を縦に振る。
「そうだ、セシル」
「うー?」
「先程の話、ひとつだけ間違いがある。いてもいなくても旅に支障はない、と言ったな」
「うん」
「それだけは訂正してくれ。セシルのいない俺とルーナは、支障だらけだった」
「……ごめん。ありがとう」
 セシルはすまなそうに苦笑したのち、どこか嬉しそうに目を伏せた。それを横目に、アスはふと思う。
(――も、という事は、彼らも既に)
 とは推測してみたものの、別に何もわき上がらなかった。あの親密度だ。今更すぎて嫉妬もない。そしてセシルの行為も特に悪い気はしなかった。驚きはしたが。
 もしや道徳感が薄いのだろうかと一瞬不安にはなったが、たかがこの程度でと考えを改めるアスだった。
 ふう……と柔らかな寝息が聞こえ視線を下げると、実に無防備で、どこか幸せそうな顔で眠るルーナ。底の底まで落ちていた彼女を、こんな表情レベルまですくい上げたセシルはやはりすごい。
 不意に沸いた、ふわふわのハニーブロンドを撫でてみたい衝動を抑えつつ。一時の余暇に目を閉じた。
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