寝顔の君(ロレムン)



   寝顔の君(ロレムン)



 チュンチュンと可愛らしくさえずる小鳥の声を憎々しげに聞きながら、私は親指の爪を噛んだ。一番ドア側のベッドは既に空。ご丁寧にきっちりと整えられている寝具が、今は心底腹立たしい。
 そう言えば私は、アスの寝顔を見た事が無い。
 それだけの理由で私はここ数日、こっそりと夜更かしをしている。けれどアスはなかなか寝ないので、私は悔しくも睡魔に負けてしまう。それならば、と、今日は早起きを決行してみたのだけれど、結果はこの有様だった。
「本当にもう、いつ寝起きしているのッ」
 独り言を吐き、苛立ちを鎮めようと鼻からゆっくり息を抜いた。彼を責めるなんてお門違いも甚だしい。すぐ眠くなる私が悪い。もっと早く起きられない私が悪い。それでも苛立つわがまま気分を落ち着かせるように深呼吸していると、隣のベッドで眠っていたセシルがもぞりと動いた。
「ん~……ルーナぁ?」
「……おはよう、セシル」
「おはよー……今日は、早いね」
「ええ、目が覚めてしまったから」
「アスはー?」
「もういないわよ」
「……ええッ!」
 セシルはそこでがばっと起き上がり、
「なんで、昨日一緒に起こしてって言ったのに!」
 彼はそんな事をぼやきながら、着替えもそこそこに部屋を飛び出て行く。そう言えば、朝の訓練を一緒にしよう、みたいな話をしていた気がする。ドアが閉まりきるのを見届けて、私はぼすん、と、アスが使っていたはずのベッドに腰掛けた。もう冷たいシーツ。何気なくばしばしと叩いて、私は一瞬の後に硬直した。
「――」
 思いがけず、わずかに何か香りが立ち上がったので――心音が跳ね上がる。
 確かに彼が、ここにいた証拠。私は、慌てて立ち上がりその場を離れた。窓の下を見ると、合流を果たしたらしいアスとセシルがいる。
 やっぱり本当に腹立たしい。いつもの朝だわ!


 それから何時もの様に町を出て、次の目的地に向けて旅を続ける。
 私は今日、気が立っているので、出会う魔物にはいつも以上に苛烈だったかも知れない。そんな私に、アスもセシルもどこか引いていたけれど、構わない。憂さ晴らしの矛先が向かなかっただけ感謝してほしいくらいだわ。
 それから昼を迎え、私たちは昼食の為に休憩を取る。
 清らかな川のほとりで簡単な食事を済ませ、それぞれ思い思いに過ごしていた。
 今日の食事当番はセシルだったので、彼はいそいそと後片付けにいそしんでいる。私はそれを手伝いながら、目はアスを探していた。彼はさっきあの丘に登って行ったのを見たので、おそらく今はあの向こうにいる。
 無意識にそこを睨んでいると、どこか心配そうに、セシルが声をかけてきた。
「ねえ。アスと何かあったの?」
「何故?」
 流石に感情が丸見えだったものね。少し反省しながら、私は苦笑する。
「別に、大したことはないの。ただの私のわがままみたいなものだから」
「ふーん……? よくわからないけど、気になるなら彼のとこに行っておいでよ。片付けは大体終わったし」
「別に、いいのだけど。でもそこまで言ってくれるなら仕方がないわ」
 私は大手を振って彼のもとに行ける理由を得て、少しだけ喜んで立ち上がった。セシルはふきだして、手を払うように振る。
 私は早速、アスを追いかけて丘を登ったわ。上に辿り着くと、柔らかい日差しで匂い立つ緑の、緩やかな斜面。そこに、彼はいた。
 ゆったりと寝そべり、ぼんやりと空を眺めているので、
「アス、何してるの」
 見下して尋ねてみた。そしたら彼は動じた様子もなく視線を私に向けて、
「あまりに好い陽気だからな。少し、空を見ていた」
「そう。昼寝はしないの」
「したい所だが、寝ると後に支障が出そうだからな」
 起きられなければ困る、なんて呟いて、アスは視線を空に戻した。私はふーん、なんてから返事を投げて、彼の隣にそっとしゃがみこむ。
「ねえ」
「なんだ」
「いつ寝ているの」
「突然何だ」
 唐突な私のそれに、アスは怪訝そうに眉間を寄せてこちらを見た。
「だって私、一度も貴方の寝顔を見た事がないの」
「そうなのか?」
「そうよ!」
 人の気も知らないで、アスは読めない表情のまま私を見上げている。
「大体、二人が就寝した後だが……何を苛立っているんだ、貴女は」
 それには答えられなかった。つんと他方を向けば、アスは困惑したようだった。半身を起して、じっと私を見つめているのがわかる。わかっているわよ、私の態度が理不尽だってことくらい。
「何を不満がっているか解らないが、仕方ないのではないか。貴女も、セシルも、MPの回復をしなければならない。その分、俺より多く眠る必要があるのだろう」
 確かに、その通りだと私も思う。呪文を使うと、体力の他に魔力も使う。夜はものすごい疲労感で、目を開けている事すらできない日だって多々ある。
 ……それが、悔しいのよ。
「じゃあ、朝はどうしてあんなに早いの」
「長年の習慣、と言うやつだな。朝に少し身体を動かすことが癖になっている」
 剣の鍛錬を欠かすと、一日が締まらない。そう付けて。私はもちろん面白くない。もう質問するのも嫌になって、軽くくちびるを尖らせて黙った。彼は少し笑った。
「……正直に言うとな、俺は、人に寝ているところを見られたくない」
「……え?」
 ふと、思いがけない事を言う彼に、私は弾かれた様に顔を上げて彼を見た。アスは私を少し見つめた後、視線を空に上げて呟くように言う。
「睡眠中は無防備だろう。そこを付かれて、寝首を掻かれるような事態を警戒して生きてきたせいか。俺は、眠りが浅いんだ」
 確かに、覚えがあった。以前、寝ていると思って近づいた時、ものすごい警戒を向けられたことがあったから。
「……嫌ね。私も、セシルも、寝ている貴方を殺したりなんかしないわよ」
「それはわかっているんだがな」
 長年のそれが抜けない。苦笑交じりに呟いて、アスは肩を竦めた。その仕草がなんだか切なくて、……私は胸に右の拳を当てて唇を少し噛んだ。
「ルーナの膝を借りれば、ぐっすり眠れるかもしれないな」
 けれど、アスはそこで空気を換えるように、冗談めかしてそう言った。ばか。
 私はそんなアスをキッと睨んで、
「そう……なら貸してあげるわ」
 思い切って言った。ええ、言ってやったわよ。正座して、自分の腿をぽんぽん、と両手で示しながら。アスは相変わらず、表情を変えずに私を見ている。不思議がっているのは察する事が出来たので、
「眠れるかもしれないんでしょう! 貸してあげる。何か来ても私が護ってあげるから、眠ったら?」
 ――ここまで言わせないでよばかっ、ばかっ!
「ルーナ」
「なによ」
「真っ赤だぞ」
「ッ、あんまり見ないでよ」
 たまらなくなって顔を背けたら、
「何故」
「何故って――は、恥ずかしいでしょう!」
 理由を話したら、アスが小さく笑ったのを感じた。ああ、もう嫌。
「やっぱり貸すのはやめだわ!」
「駄目なのか?」
 なんなの、このやり取りーっ! アスはしれっとした顔のまま。
「だ、だ……駄目ってことは、ないけれど」
 詰まりながらも言い直したら、アスはちょっとだけ口角を上げて私の側に来た。かがみ込んで、目線を揃えられて、
「なら、少し貸してくれ」
 言葉が出てこなくて頷くだけにとどめたら、アスは帽子とゴーグルを外して、私の膝に頭を乗せて来た。
「重くないか」
「へ……、平気よ」
 自分から申し出たけれど、頭がぐらぐらする展開だわ……。どきどきしながら、そうっと髪を撫でてみた。硬質で、しなやかな黒髪。切りたてだからか、先が少しちくちくする。
 アスはどういうつもりなのか何も言わず、されるがままになっていたけれど。
「アス……?」
 あるとき不意に、膝に乗せていたアスの頭に重みが加わった。
「……寝たの?」
 返事は返ってこない。顔を覗き込んでみると、ほんの僅かに寝息のような、静かな息づかいを感じて――私は思わず、安堵なのか、喜びなのか、とにかく良く解らないけれど温かいものに胸が満たされる感覚を知った。
 初めて見る彼の寝顔は、年相応、なのかしら。幾分、幼く感じたのがなんだか、嬉しかった。
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