LEVEL:14 私はムーンブルクの王女



   LEVEL:14 私はムーンブルクの王女



「きっと、国王様は御子を作れない体質なのよ」
 ふと、耳に入った不敬な言葉に足を止めた。廊下で立ち話をしている侍女達だ。此方には気付かない。饒舌に話を咲かせている。
「確かに変だものね。側室達も未だ誰一人、懐妊出来ないなんて」
「王子様ってさ、王妃がどこかで作ってきた子だったりしてね? 髪の色だって真っ黒よ」
「あら、王妃様だって黒髪だったわ」
「大体王族の方ってブロンドでしょう? 王妃も異端だったのよ。だから王子様の魔力だって」
「ちょっとッ! ――王子様、今日もいい天気ですわね!」
「うふふ、ご機嫌麗しゅう王子様」
 やっとこちらに気付いたのか、二人は慌てふためいて会話を切り、笑顔でへつらった。王子は心無い挨拶を一瞥し、素通りを決め込む。大分距離を開けた所で、ひそひそと再開される会話。
「……本当に無愛想ね。あーあ。サマルトリアの王子様は可愛らしかったわねえ、良く微笑まれて。同じ王子なのに大違いだわ」
「可愛らしいと言えば、ムーンブルクのルナフィーリア王女様も――」
 侍女たちの姦しさにはうんざりする。足速に部屋に引っ込んで、不意に鏡が目に入る。己の顔を見た。黒髪だ。
 先日顔を合わせたセシル王子も、ルナフィーリア王女も、見事なブロンドだった。サマルトリアのセシル王子様は可愛らしかったわねえ。良く微笑まれて。同じ王子様なのに大違いだわ。可愛らしいと言えば、ムーンブルクのルナフィーリア王女様も――
「――ッ」
 沸点に達した行き場のない感情のまま、力任せに姿見を殴り倒した。鏡が床で弾み、派手な音を立てて割れる。途端に騒がしくなる気配を感じながら、右の拳を握りしめた。
 散らばった破片に映る無表情な頬に、赤い雫がぽたりと零れる。




◆    ◇    ◆    ◇


 痛みを抱えて目覚めた。
 周囲はうっすら明るい。右手で額を押さえた。こんな沈鬱は何時ぶりだろう。細く長い息を吐き出し、まとわりついた不快を吹き飛ばす。
 冷たい水で口をゆすぎ、顔を洗い、髭と髪を整える。着替えに袖を通し、装備を一つずつ確認しながら身に着けていく。その終わりに、いつも通りではない違和感に辿り着いた。――腰が軽い。
 後ろ手でベルトに触れ、馴染んだあの懐刀が無い事を改めて理解する。僅かな重量だったが、片時も離さずにいたものだった。軽さと反比例して、心が沈む。
 あの懐刀は、唯一。自由に触れる母の形見だった。
 顔を上げ、不意に鏡と目が合いぎくりとする。フリーズブルーの双眸と、母譲りだというこの黒髪。
 母の顔は、肖像画でしか知らない。
 冷たく硬い、海の深淵のような視線だった。黒髪を結い上げたその頭上に戴いた、ローラの王冠。正装に身を包み、姿勢良く描かれていた。
 淋しさにかられた時は何度も見上げた。けして微笑むことはない。優しく抱き、温もりを分け与えてなどくれはしない。それでも側に居たかった。
(選択はあれでよかった)
 あの懐刀を抱いたまま泣き崩れた、シュゼット王女の華奢な肩を思い出す。王族として生まれたが故に、敷かれた石畳の上だけを生きる王女。
 たった一度で何が出来る訳でもない。ただ一時の気休めでも、あの懐刀が救いとなるのなら。
 無意識に左耳のピアスに触れた。己の体温と同化した、ソーダライトの小さな石。心の揺らぎを鎮める様に、一度目を閉じる。後悔など無駄だ。何時でも最善でなければならない。目を背ける訳にはいかない。
 目を開け、顎を引いた。
 この現実と向き合うしか道はない。




◆    ◇    ◆    ◇


 午前の陽光の中、ざわざわと活気づく街の中。
 目的を果たしデルコンダル城を辞した三人は、情報収集のため一時城下に留まっていた。
 気候は温暖で、人々の服装は露出が多い。肌の色も日焼けで浅黒い者が多く、どこか開放的な印象すら受ける国民の姿が印象的だ。だからこそ。だからこそ、白一色の邪神教徒一団は異質に浮いている。そんな彼らは何故か、今朝から列をなして港へ向かっているようだった。
「彼らがどこかへ向かうのか、知っています?」
 ルーナの問いに、果物売りの店主がさらりと答えた。
「巡礼なんだと。なんでも、邪神様を祭る聖地に向かうのだとか」
「聖地?」
「知りたければ教徒になればいいのさ。ほら、りんご三つ、お嬢さんの可愛さで二ゴールドにまけとくよ」
「ありがとう」
 金を払って紙袋を受け取り、ルーナは社交辞令的ににこりと笑んで戻ってくる。アスとセシルはそんな彼女を待ちながら、教徒たちの様子を探っている。
「聖地巡礼なんて初めて聞くけれど、誰に聞いても行先は喋らないね」
 歩調を合わせながら歩き始め、セシルが苦い顔で言う。
「具体的な場所を知らされていない可能性もある」
「デルコンダル王なら知っていたかな」
「知っていたとしても、あの王は喋らないだろう」
「それか、また無理難題な情報の対価を求められるに違いないわ」
「……確かに」
 うーん、と唸り、セシルは目を閉じて天を仰ぐ。
「とにかく。何か、重大な事が動いているのは確かよ」
 嫌な胸騒ぎがする。ルーナはそう呟いて紙袋をギュッと抱いた。それには同意で、アスは短く息を吐く。
「船を追跡してみるのも手かもしれないね」
「そうだな。有力な情報も無い今、それも視野に入れておく」
 ぽつぽつと会話を続けながら、日陰の路地に差し掛かった時だった。
「あら……そこの、異国のお兄さんがた」
 その暗がりから不意に話しかけられ、足を止めた。見れば、漆黒のフードローブに身を包んだ女。隙間から覗く目は黒曜石、くちびるは妖艶に赤く、水晶玉を乗せた手の爪は繊細に長い。どこか神秘的な空気をもつその女は、どうやら占術師のようだった。
「不思議な星を持っておられますね。占いはいかが?」
 薄く笑んで誘われる。アスはチラリと横目で流し、
「不確定なものは信じないと決めている」
 興味を示さなかった。それにぱちくりと瞠目し、声を上げたのはルーナだ。
「あら、アス。占いは馬鹿に出来ないものよ」
 ふと、文献を思い出す。ムーンブルクでは占術師を雇い、政治に強く反映させる事もあるのだという。ローレシアでもそのような歴史はあるにはあるが、近年では記録にない。
「確かにそうだねー。どうせ、次の行先も明確じゃないんだし。せっかくだから占ってもらうのもいいんじゃない」
 そう、気楽な様子で言うのはセシルだ。
「二人が言うのなら、好きにしたらいい」
 別段、どうしても嫌だと拒否するような案件でもない。アスのそれに、ルーナは頷いて占術師の傍に進む。
「見て頂いてもよろしいかしら」
「勿論。そちらへおかけになって」
 占術師はにこりと笑んで、卓の前に置かれた椅子をルーナに勧めた。ルーナは腰かける。セシルはその横に立った。アスはその場所から様子を窺う。
 状況が整った後、占術師はゆっくりと目を閉じ、水晶に向けて集中を始める。ややあって、彼女の口にした言葉は、
「――炎。貴女からは、燃え朽ちる背景が窺えます」
 その発言に、それぞれが息を飲んだ。占術師は続ける。
「そこは、月の名を冠した出会いの街。貴女の探し物はそこにあるわ。そして、そこが燃える暗示も強く出ています」
「……え、街?」
 ふと、ルーナは顔を上げた。アスも、セシルも同様だった。ムーンブルクの事ではないらしい。
「あの、過去の話ではないの」
「私の星見は先を見るもの」
 ざわりと、背筋に嫌な汗が浮く。ルーナが息を飲んだのがわかった。
「まさか、ムーンペタ」
 占術師は肯定をしなかった。一呼吸開け、
「貴女から見えたのはそこまで。……どうぞ、後悔の無い旅を」
「……ありがとう」
 ルーナは謝礼を払い、席を立つ。そして無言のまま、どこへとなく歩き出した。アスとセシルはその背を追う。
「ルーナ」
 ややおいてからセシルが声をかけると、ルーナは足を止め、暗く沈んだ不安の目で振り返る。
「気になるか」
 アスが問うと、ルーナは小さく頷いた。
「占いなんて不確定なもの、アスはそう言ったけれど――私は怖い」
「気になるなら向かえばいい」
「いいの」
「生憎、次の紋章への手がかりも途絶えた所だ。それに、あのように不安を煽られては、俺だって気にかかる」
 渋面で本心を述べれば、セシルも似たような表情で腕を組む。
「うん。行ってみて、何もなければそれに越したことはないよ。探し物がある、と言う情報も気にかかる所だしね」
「……ありがとう」
 ざわり、と一陣の風が吹き抜けてそれぞれを揺らす。巻き毛が流れた方角を見つめ、ルーナはキリリと唇を噛んだ。
 次の目的地は、ムーンペタ。


関連記事

コメントの投稿

Private :

カレンダー
11 | 2018/12 | 01
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
カテゴリ
掲示板
感想、連絡等、お気軽にどうぞ♪
個別記事拍手で頂いたコメントの
お返事もこちらにて!
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
カウンタ




2006.12.07開設

ここ創ってる人

Author:愛琳

このページのトップへ