LEVEL:14 私はムーンブルクの王女 2

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   LEVEL:14 私はムーンブルクの王女 2


「……ッ」
 現状に言葉を失い、ただ戦慄に震えるルーナの肩を抑えるのはセシルだ。
「落ち着こう、ルーナ。まずは現状を知ることが第一だ」
 ムーンペタの街門をくぐり、見知った光景が変わり果てていた惨状。整然とした街並みは廃墟の様にそこにあるだけ。往来の多かった通りには人影がほぼないと言っていい。代わりにあるのはフィールドと変わらない濃さの、魔物の気配。
 それぞれフードと帽子を目深に被り、歩き始めたその時だった。
「キャーッ!」
 その絹を裂くような悲鳴に三者三様、顔を上げる。
「向こうだッ」
 三人は反射的に声の方角へと路地を駆ける。小路を曲がった所で目にしたものは、女性に襲い掛かる魔物の光景だった。
「危ない!」
 セシルの声が上がる前に、アスは武器を抜いていた。背中の獲物を振り抱え、今まさに襲い掛かろうとしている魔物――通称ベビルの横腹にその一撃を振りかざす。小柄なその魔物は言葉にならない悲鳴を上げて、ドサリと地に落ちた。
「大丈夫ですか!」
 その横を抜け、セシルは襲われていた女性の救出に専念する。彼女はあぐあぐと絶句したまま腰を抜かしていたが、窮地を脱したと知るや、その目に涙を浮かべて大きく息を吐いた。
「助かった……」
「なぜ、街中に魔物が」
「も……もう、ずっと前からこう。あの魔物がこの街を支配してから」
「あの魔物?」
「……、――ッ」
 彼女はその先を告げられなかった。手で顔を覆いガクガクと震え怯える姿に、セシルは質問を止める。
「ごめんなさい、怖いわよね。もう話さなくていいわ」
 ルーナは落ち着かせるよう、その背を撫でて宥めた。セシルは渋面になり、魔物の遺骸処理をしているアスを見上げる。アスはそれを軽く見遣ったのち、他者が接近する気配に勘付く。
「貴方たち、大丈夫!」
 声がした方に目をむければ、反対側の小路から兵士のなりをした男と、軽く武装した女が現れた。その見覚えのある二つの顔に、アスは構えかけていた武器を下す。
「確か、エリノルと……ベルントと言ったか」
「まあ、貴方がたはあの砂漠で……!」
 向こうもこちらの顔を覚えていたらしい。表情が驚きに代わる。
 偶然の再会だった。以前、砂漠で世話になったムーンペタキャラバンの一員、エリノル。そして、ムーンブルク城陥落時、唯一の生き残りとしてこの街で出会った兵士、ベルントだ。
「悲鳴が聞こえたから助けに来たのだけれど、無事だったみたいね」
 エリノルはほっとした表情で、長く下がる栗色の前髪をかきあげた。
「ああ」
「とりあえず、他の魔物に見つかる前にこちらへ。話はそこで」
 何かを交わし合う前に、エリノルは厳しい表情に戻りそう言った。確かに、探れば魔物の気配ばかりが目立つこの街では、状況を知る者に従うのが早い。導かれるまま路地を巡り、地下の部屋に引き入れられた。
「戻ったか。エリノル、ベルント」
「ええ、無事よ」
 地下の部屋で待っていたのは、こちらも見知った顔だった。砂漠で世話になった剣士、マリオンだ。無事を確認し合った後、エリノルは改めて、襲われていた女性に目を向ける。
「貴女、どうして街に出たりなんかしたの」
「魔物の襲撃で逃げてしまった飼い犬が心配で、その……ごめんなさい」
「そう……探したかったのね」
 エリノルは女性の背を慰めるように撫でた後、ベルントに目配せする。彼はチラリとこちらを見やったが、何も言わずに彼女を伴い、奥へと続く通路に消えていく。
 その一連後。エリノルはマリオンに向き直りながら、控えていたこちらを示した。
「それはそうと、マリオン。彼女を助けたのは彼らよ。覚えている」
「勿論だ。久しぶりだな、アスティア」
 こちらを認め、マリオンは精悍な顔をくしゃりと笑ませて手を差し出した。それを躊躇いなく握り、アスは頷く。
「ああ。無事で何よりだ」
 短く挨拶を交わし、マリオンはセシルとも握手を交わす。その後ろで、エリノルは恥らうように小さくなっているルーナに声をかけていた。
「貴女にも。また、会えて嬉しいわ」
 にこりと、あの時と変わらない笑顔だった。ルーナは差し出されたその手をそっと取り、
「……私も。お世話になったのに、ろくなお礼もできなくて、ずっと引っかかっていたの。改めて、あの時はありがとう」
 その様子に、エリノルはまじまじとルーナを見つめた。そして、
「貴女、感じ変わったわね」
「そうかしら」
 ルーナは苦笑して、肩を竦めた。エリノルはクスクスと笑った後、
「けど、あたしもずっと気になっていたの。あれからどう、足の具合」
「ずっと快適よ。靴もすっかり馴染んだわ」
「本当、随分クタクタになったわね。沢山歩いたのね」
「ええ」
 これには自信をのぞかせるように強く頷いた。その表情に、エリノルは満足そうに何度も頷いた。
「――それはそうと。この街の現状を聞いてもいいかな」
 気を取り直し、セシルが本題を切り出す。途端に、エリノルは表情に影を落として頷いた。
「ええ。……今、このムーンペタは壊滅状態よ。私たちキャラバンがムーンペタに戻った、ある日。魔物を伴って、邪神教徒の一団がやってきたの。そして彼らは言った。助かりたければこの地を明け渡し、教徒となって我らに身を捧げよ、と。人々は恐れ救いを求めて、次々と邪神教団に身を捧げたわ」
 そこまで話し、エリノルは唇を噛んだ。継ぐようにマリオンが口を開く。
「そして、教徒になる事を拒否した者たちは、魔物たちによって皆殺しに遭った。その時にキャラバンの仲間もほぼ亡くなった。……そして、なんとか逃げおおせた俺たちは、この街を支配しはじめた魔物――デビルロードに怯えながら、息をひそめてなんとか暮らしている」
「肝心の教徒たちはどこへ。話の割に、姿が無いようだけれど」
「邪神教徒となった者たちは数日前、船に乗せられてどこかへ向かった」
「ここでもか。どこへ向かっているかはわかるのか」
「行先はわからない。聖地巡礼、とだけ聞いたのだが」
 デルコンダルと同様か。やはり大きな何かが動き始めていると知る。それぞれが思考に沈む中で、
「――もう、この街はダメなのかしら」
 ぽつん、と、エリノルが呟いた。それは、今まで明るかった彼女の声からは想像もできない絶望だった。こく、と、ルーナが息を飲んだのがわかった。
「残っている住民も多くない。いつまで隠れていられるかわからないし、もう……いっそ、私たちも邪神教徒として身を捧げた方が」
「それだけは駄目だ」
 重い空気を引き裂いたのはセシルだった。
「まだ諦めるのは早いよ。現状要するに、まずはそのデビルロードを倒せばいいんだよね」
 その率直な発言に狼狽したのはマリオンだ。
「そうだが、奴は普通の魔物など比ではないくらい、強い」
「戦ってみなければわからないさ。僕たちは世話になった貴方たちと、この街を救いたい。――ね、アス」
 そして、強い口調で同意を求められた。アスは僅かに間を開けた後、頷いて継ぐ。
「ああ。見過ごす訳には行かない」
「ね、ルーナも……ルーナ?」
 そこでふと、ガタガタと震えていたルーナに気付いた。その顔は怯えのような、怒りのような、戸惑いのような――多数の感情が綯交ぜになった壮絶な表情だった。
「ルーナ」
 重ねて呼んだアスに、しかし彼女は答えなかった。右手の親指を唇に当て、その震えを殺す様に爪を噛む。そして、
「……恥ずかしい」
「え?」
「此処の状況を知らずにいて、私は恥ずかしい!」
 何かを振り切る様に頭を振り、声を上げた。ルーナは目深にかぶっていたフードを勢いよく取り、髪をほどいた。そして、熱に煌めくポピーレッドの瞳で、目の前の絶望を見据える。
「貴女、一体」
 突然雰囲気を変えたルーナに、エリノルも戸惑いを見せる。
「ま、まさか――王女様では!」
 そこで思いもがけない声が上がり、アスは僅かに警戒する。しかし、その声の主はベルントだった。こちらに戻ってきた彼はルーナの姿に瞠目し、立ち尽くしている。
「王女……?」
 マリオンが小さく反芻する。ルーナはもう隠そうとはしなかった。毅然と前を向き、姿勢を整え、それを肯定する。
「ええ。私はムーンブルクの王女、ルナフィーリア」
「――ッ!」
 空間がざわりと沸き立った。奥で此方を窺っていたであろう者たちの視線が集中する。まさか、と、何故が綯交ぜになったその中で、ルーナは慌ててひれ伏したベルントの傍に膝を付き、労わりの声で囁きかけた。
「貴方の事は覚えています。よく、無事でいてくれました」
「わ……私は!」
 受けたベルントの声はもはや、震えを超えて涙に濡れている。
「私は陛下や城の者たちをおきざりにして……なんという情けない兵士なのでしょう。王女様にはもう、顔むけなどできませぬっ」
「顔を上げて。あの状況では、誰もあなたを責める事などできないわ。忌むべきは邪神教――大神官ハーゴンなのだから」
「王女様……ッ」
 そのまま泣き崩れたベルントに、ルーナは小さく微笑んで見せた。
「何か、貴族の令嬢様とは違うと思っていたけれど、まさか、まさか、貴女――ムーンブルクの王女様だったなんて……!」
 エリノルは恐縮しきった態度で呟いた。
「今まで、言えずにいてごめんなさい」
 ルーナは素直に謝罪する。受けたエリノルは卒倒しそうな勢いだった。
「い、いえ……私こそ、なんて不敬な……っ」
「やめて。私、貴女には感謝しているのよ」
 恐る恐る顔を上げるエリノルに、ルーナはにこりと笑んで見せ、
「それに、約束したでしょう。ムーンペタを訪れたら、私に靴を作ってくれるって。……その約束の為にも、私がこの街を取り戻して見せる」
 エリノルはその瞳に涙を浮かべて頭を垂れる。
 絶望に満ちていた空気が、次第にほぐれていくのを感じる。やがてふらりと光に集まるように、奥で覗いていた住民たちも現れルーナを囲んだ。その中心でルーナは一人一人を見るように、そのくちびるを、意志を開いて見せる。
「ムーンブルク、ムーンペタ。愛する全民の仇は必ず討ち取ってみせる。
 そして、街を、人々を取り返しましょう。ロトの末裔の名において、必ず。私たちが現状を変えてみせる。これ以上、この地を汚させはしない……!」
 強い決意の瞳だった。その僅か下、胸に当てているルーナの右手が、指先が微かに震えていることにも気が付く。
 ルーナの王女としての姿勢を傍らで見つめ、セシルは軽く頭を垂れ、敬意を示す。同じく、アスも敬意を表して一度軽く目を伏せた。
 彼女と、このムーンペタの為に、出来る限り尽力する。決意して顔を上げた。
「ムーンペタ奪還の手筈を整える」
 アスが告げると、ルーナとセシルは体制を切り替えて強く頷いた。




◆    ◇    ◆    ◇


「――私は王女、それでよかったのよね」
 各々が準備を整えている時間の隙間、小さな声でルーナが呟いた。
「重荷?」
「……かなり」
 ルーナはふぅ、と目を細め、伸びた前髪を指に巻く。
「強く言ったけれど、私個人としては、……重圧で、怖くてたまらないの。まだ迷いも消えない。けれど、王族としての姿勢はあれでよかったのよね」
 つい、と、ルーナは髪を離してアスを見た。その視線を受け、アスは肯定する。
「彼らの希望となられた。貴女の姿は、賞賛に値すると俺は思う」
「……貴方にそう言って貰えると嬉しいわ」
 ルーナは肩を竦めてはにかみ、表情を改めて前を見る。
「言葉にしたからには、やらなければならないのよね」
 覚悟を決めるくちびるが、ぎゅっと引き結ばれた。それでも尚震えるのは華奢な指先。それをさっと救い上げるように、セシルはルーナの手を取った。
「でも、気負い過ぎは駄目」
「俺たちもできる限り協力する」
「そうそ。だから、まずは三人でさ。目の前の事を一つずつクリアしていこう」
「……ありがとう」
 ルーナは頬を染めながら、花がほころぶように笑った。



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