LEVEL:15 何でもない



   LEVEL:15 何でもない



 その日は、不透明にやんわりとした薄雲の広がる、気だるい天気だった。
 午前にしては弱い光の差し込む謁見の間にて、アスは一年にも近い月日を越えて再び、父王との謁見を果たしていた。
「よくぞ戻った、アスティア」
 威厳のある声が、緊張感漂う謁見の間に響く。アスは王の前に跪き、頭を垂れて返答とする。
「セシル王子も。無事で何よりだ」
 セシルも同様、アスの半歩後ろで頭を下げた。王は頷いて一呼吸置き、そして、二人の後ろに控えて跪くルーナに視線を向けた。
「ルナフィーリア王女。さあ、顔を」
 ルーナは畏まり、伏していた顔を上げて見せる。王は感嘆に目尻を下げて玉座を降り、アスティアとセシルの横を抜けてルーナの前に立つ。
「アスティアからの報告を受けて驚いたぞ。よく、存命で」
「はい。アスティア様と、セシル様のお陰でございます。お二人と、陛下のご英断。心から感謝しております」
「ムーンブルクの事は誠に残念だったが、そなただけでも無事でよかった。ルナフィーリア王女。これからは我がローレシアを自国と思い、まずはその身を休めなさい」
 王はルーナを慈しむ気遣いを見せる。そこで感極まったのか、ルーナは一度声を詰まらせた。そしてややおいてから、小さく頭を横に振って心境を訴えた。
「お心遣い、大変嬉しゅうございます。しかし、陛下。私はこのまま、アスティア様、セシル様とともに。ハーゴンを打ち倒す旅を続けたいと思っております」
 ルーナのその発言には、謁見の間がどよめく。
「しかし、かような女の身で」
「私にはムーンブルク最後の王族、並びにロトの末裔として、ハーゴン討伐を成し得る使命がございます。そして、ムーンブルク再建の悲願を……!」
 頑として譲らない気丈な立ち振る舞いだった。
 ルーナの姿にざわついたままの謁見の間。しかしこの返答を僅かに予測していたのか、王は深い嘆息を零し、そして苦笑してみせた。
「――やはり、若き末裔たちの揃って頑固な事。王女よ、無理だけはなされるな。アスティア。王女を、くれぐれも」
 王の一言に、アスは頭を垂れて承諾する。ルーナも恐縮したそぶりで礼を取り、その後しっかりと顔を上げて王を見た。
「ありがとうございます、ローレシア王陛下。……そして、ご無礼承知で一つ、謹んでお願いがございます」
「申してみよ」
「ムーンペタの守護を、お願いしたいのです」
 王は錫杖を揺らし、半眼になる。
「……ふむ。確かに、このローレシア近辺も魔物が蔓延り、満足に出歩く事もままならぬ。サマルトリアと共に、領土を護る事で手一杯になっておる有様だ。故にローラの門以降、ムーンブルクを欠いた領区の守備が後手になっておったのだ。――無念な事にムーンペタも、そなたらの尽力がなければ完全に落ちる所であった。
たってもないムーンブルク王女の頼みとあらば。サマルトリアとも協議し、早急に兵を配備させよう」
「――ありがとうございます!」
 その返答に、ルーナはほっと胸を撫で下ろす。王はそれに頷いたのち、表情を厳しいものに戻してアスを見た。
「報告を受けるに各地、もはや一刻の猶予もないほど疲弊しておる。そなたらの首尾はどうだ」
 それを受け、アスは顔を上げて告げる。
「大神官ハーゴンの目的は、この世界を破壊すると言う邪神の降臨。その生贄として集められていたのが、邪神教徒。現在、各地の教徒達が聖地と呼ばれる、テパ族の海底洞窟に集結していると聞き及んでおります。我々は、まずは邪神降臨を阻止するべく、海底洞窟を攻略する。
 その情報収集の為、次はテパへ向かおうと考えております」
「そうか」
 相槌を打った後、王は一度目を伏せて間を取る。そして、
「引き続き、事態の収束に向けて尽力せよ」
「御意に」
 短いその言葉に、アスは礼を取って応じる。


「――ほんとに素っ気ないんだね」
 謁見の間を出て、しばらく。セシルが唐突に呟いた。何かと思い彼を見やれば、セシルは頷いて続きを口にする。
「ローレシア王陛下さ。アスに事務的すぎるな、って思ったよ」
「そうね、久々の再会だというのに。随分と淡々としておられたわね」
 同意するのはルーナだ。
「私には、あんなにも手厚い慈しみのお言葉を下さったのに」
「もっとこう、息子との無事の再会を喜ぶリアクションがあってもいいのにねえ」
「家臣の手前、控えたのかしら」
 口元に手を当て、ルーナはクスリと笑む。二人の無邪気なそれに、アスは僅かに肩を揺らし、首を横に振る。
「それはないだろうな」
 陛下はああいう御方だ。そう小さく付け、アスはそのまま歩き出す。
「ふうん……?」
 その背を追いながら、各々複雑な表情で追いかけてくるセシルとルーナ。二人の足音を聞きながら、アスは前を見据えて眉間を寄せる。聞く隙を見い出せなかった、ヴィンフリートと言う者の話。――いずれ改めて訊けばいい。
 それ以外は粗方予想通りの謁見だった。何も期待していない。




◆    ◇    ◆    ◇


 ギィ、ギギィと、鈍く軋む船体の音。
 ローレシアを出航し、地図を頼りに進むこと幾日か。テパは、大陸の内部に存在する小さな村のようだった。航路は入り組んだ川沿い。水流に逆らうそれはスピードを殺し、急く心とは裏腹にゆっくりと進んでいる。
 生温い風が吹き抜けていった。湿度の強いそれが玉のような汗を誘い、下着をじっとり張り付かせる。帽子とゴーグルをむしり取る様に外して、セシルは髪をがしがしとかき混ぜて不快を露わにした。
「あー、もう、気持ち悪い」
「本当ねぇ」
 酒樽に腰を下ろして本を読んでいたルーナも、流石に蒸すのかフードを外し、髪を一つに束ねたスタイルで頷いた。
 セシルは法衣を脱ぎ、さらに張り付いた黒のアンダーウエアの上も脱ぎ捨て、身軽になって天を仰ぐ。
「ふー。砂漠の暑さとはまた違った暑さだよねぇ」
「湿度がある分、こちらの方が不愉快だわ」
 半裸のセシルからそっと視線を外し、ルーナは息を抜く。堂々と簡単に脱いで涼を取れる彼を少々妬ましく思いながら、張り付く胸元に、はしたなくもこっそりと空気を入れた。
「ところでさ、ルーナ」
 くるりとセシルがこちらを向いたので、ルーナはサッと衣服を正して何事もなかったかのように首をかしげる。
「なあに?」
「最近、根を詰めて魔導書と格闘してるみたいだけれど。次は何を習得するつもりなんだい」
 脱いだ服を肩にかけ、片手は腰に当てて見上げてくる。ルーナは一つ頷いたのち、ぴょんと酒樽から降りて手にしていた魔導書を開いて見せた。
「この呪文よ」
「どれどれ」
 すい、と、セシルは覗き込むように魔導書に近づく。そのタンポポ色の髪が鼻先に迫り、ルーナは若干の動悸を覚えつつ、コホンと咳払いして示した。
「私、イオナズンを習得したいの」
「イオナズン……!」
 その項とルーナの声の響きに、セシルは反芻して興奮気味に目を輝かせる。
 ――イオナズン。かつて、魔法が盛んだった頃の遺産の様な呪文だ。あの勇者ロトやブレードでさえ扱う事の出来なかったと言う、魔法使い、そして賢者たち最大級の攻撃呪文。
「イオナズンを習得できれば、今まで以上に旅が楽になると思うの」
 ルーナは頬を紅潮させ、ポピーレッドの瞳に強い意志を宿らせながら言う。
「そうだね。ルーナの魔力があればきっとできると思う。協力は惜しまないよ」
「ありがとう。……と、そう言えばセシルも最近、なにかを研究しているじゃない。今度は何を?」
「うん? 僕は秘密」
「ええー。私にだけ話させて、酷いわ」
「僕の場合ルーナと違って確率五分五分なの。出来なかったら恥ずかしいからねー」
 ふふん、と自慢できないことを自慢げに言い切り、セシルは笑う。そしてふと、マストの向こうを横切った青い影に気付いた。
「あ、アスだ」
 ルーナも一緒にその姿を見つけ、目で追う。
 彼は相変わらず、率先して船の仕事にも精を出している。いつ休んでいるのか不安になるほどの働きぶりだ。
 そんな彼を数秒無言で、目で追った後だった。
「……最近さ。アス、少し変だと思わない」
 ぽつんと、セシルが呟いた。その言葉に合点した様に、ルーナはぱっと顔をセシルに向ける。
「セシルも? 私も、なんだか様子が変わったと思っていたの」
「見た目はいつも通りなんだよね。相変わらず何でも完璧にこなすし、口数少ないのも変わらないんだけれど、なにか、こう……違うっていうか」
「笑わなくなったわ」
「そう、それ」
 指をさし合い、頷く。
 アスが、笑わなくなった。今までなら、多少の冗談を交わしても薄く笑むような柔らかさがあった。それが、ある時を境にぴたりと消えた。話には混ざるが、気のないような相槌をされる事が増えた。
 お互いに違和感を持っていたとすれば、それは気のせいではない。
「いつ頃だろう。でも最近だよね」
「ムーンペタあたり、かしら……」
「話してくれればいいんだけど、胸の内なんて滅多に話してくれないからね」
「気になるわね」
 黙々と仕事をこなすアスは、こちらの事など全く意に介したそぶりも見せない。隙のないその様子に、二人は顔を見合わせて小さく息をつく。

 マストの向こう。こちらを見やった後、顔を見合わせてため息をつく二人が視界に入った。気付かないふりを決め、アスは黙々と手を動かす事にする。
 会話は聞こえなかったが、二人の間に飛び交うのはいつも魔法の会話だ。未知のそれは、知識としては頭に入れておきたい。けれど、必要なのは呪文の効果と対策のみ。それらと状況のシミュレーションさえ済めば、理論などは不要だ。
「……」
 運んでいた積み荷を多少乱暴に下し、息を付く。ここの所、妙な苛立ちを抑えきれていない。何に対してなのかは解らない。ただ今は、とめどなく流れる汗が不愉快だった。帽子を脱ぎ、張り付く前髪を払う。髪の先から汗の雫が跳び、デッキに小さな水滴が落ちる。それを靴の先で踏み消し、仕事に戻る。


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