LEVEL:16 これ以上俺を



   LEVEL:16 これ以上俺を


 体液飛沫の中を駆け抜ける、フリーズブルーの残像。
 手甲の竜が低い唸りを上げ、次々に魔物を襲う。大金鎚とは一転、俊敏な格闘スタイルでドラゴンキラーを操るアスは、今まで以上の集中力で魔物たちと対峙していた
「ス――スクルト……ッ」
 放たれたのはパペットマンの呪文。守備力を増加しながら逃げるが知った事ではない。その肩を引き掴み、怯んだ背中に渾身でドラゴンキラーを突きたてる。ぐにゃりと肢体を弛緩させ、動かなくなったパペットマンを蹴り飛ばして刃を抜き取った後、アスの眼光は次を射る。
「ギラ! ギラッ!」
 グールはアス目掛けて次々にギラを繰り出し、距離を取った。こんな魔物でさえ、魔力を有している事実――どいつも、こいつも、……ッ!
「――ァアアアッ!」
 アスは真正面にギラを浴びながら尚も動きを止めない。怯んだグールに飛びつき、首を薙ぎ切り息の根を止める。転げた頭部を膝で潰し、更に横にいた悪魔の目玉に左の拳を打ち付けた。悪魔の目玉は渾身の拳と壁に挟まれてブチリと潰れる。ぼた、だらりと崩れ落ちる肉塊。
 最後の一体を殴り殺した後、長い息を吐き出して体制を整える。
「……アス」
 急にしんと静まり返った空間で、恐る恐る、そんな声で誰かが呼んだ。ゆるりと振り向けば、ルーナが青白い顔で此方を見上げていた。彼女は息を詰まらせた後、僅かに後退る。その横でセシルが向けてきたのは、完全に非難の眼だった。
「やりすぎだよ、アス」
「そうか」
「そうだよ。逃げる奴まで殺す必要なんかない」
 意に介したそぶりもなく、アスはドラゴンキラーに張り付いた魔物の一部を振り払う。
「最善を尽くしているだけだ」
「最善? 連携なく単独、力押しなそれのどこが最善な訳?」
 その指摘に肩を竦めた。一体、どれくらい斬り続けていたのだろう。見れば、周囲には相当数の魔物の無残な屍骸が転がっている。こみ上げるのはよくわからない笑み。裂傷、火傷、右指は既に感覚がない。そう言えば痛い。確かに最善とは程遠い。
 喉の奥で小さく笑い、台座の上で煌めく月のかけらを掴みとる。それを数秒見つめた後、セシルに向けて放った。
「目的は達した。それでいいだろう」
 セシルはそれを受け止め、深い嘆息と共に首を横に振る。
「あ……アス、傷を」
 我に返ったルーナはアスに駆け寄った。治療のためにそっと手を伸ばすが、アスはそれを避け、頬に負った傷を無造作にぬぐう。
「構うな」
 そして、それ以上を拒んだ。ルーナは宙に浮いた指をそのままに、呆然と背中を凝視する。セシルは硬直しているルーナの肩に手を置き、
「――とにかく戻ろう。もう、ここに用はないよ」
 そして、空間離脱(リレミト)の準備を始める。

 水門の鍵を取り返しテパに戻った三人は早速水門を開け、満月の塔を攻略した。
 不穏なバランスの中、それでもそれぞれの役目をこなしながら、三人はようやくの思いで、月のかけらを手に入れる事が出来たのだった。




◆    ◇    ◆    ◇


「明日には仕上がりそう、なんて話だったけれど……」
 モハメ宅を辞した後、ルーナは渋面で呟く。セシルも腕を組み、
「こればかりは焦っても仕方ないよ」
「そうね」
 かたとん、ぱたとんと途切れる事なく響く機織りの音を背に、二人はとぼとぼと歩き出す。急く気持ちとは裏腹に、事は思い通りに運ばない。
 満月の塔から帰還したのは、昨夜遅く。昼まで休憩を取りモハメ宅を訪ねたが、空振りに終わった。月のかけらを入手して戻っても、水の羽衣はまだ仕上がっておらず、テパに滞在する事を余儀なくされていた。職人の丁寧な作業が、ありがたくも歯痒い。
 脱力しつつ二人はそのまま、村内を散歩する事にする。アスは宿だ。
 長閑な街並み。喧騒とは遠い緑あふれた村は、空気も澄んで清しい。木陰の中を進んでいくと、ぴーぴーと小鳥がさえずりながら小枝に留まる。セシルはそれをぼんやりと眺めながら、
「……どうしたものかな」
 そう、呟いた。それが何に対してなのかは言わなくてもわかる。ルーナは俯いて、ブーツの爪先に目を落とした。少し馴染んだそれは、やはりいつ見ても素敵な赤。一瞬そんな逃避をしつつ、
「アス、よね」
 セシルは頷いて、手近な場所にある樹にもたれた。
「私たち、何か気に障る事でもしてしまったのかしら」
「うーん」
 その発言に、セシルは何とも言えない顔で唸る。出来れば同じく唸りたい所を押さえて、ルーナは爪先から顔を上げる。セシルはそれに視線を合わせて、
「例えば……こうして二人でいる事、とか?」
「何それ。意味が解らないわ」
 セシルの返答は予想外だった。理解しがたいとばかりに、ルーナは渋面になる。セシルはルーナを見つめ、言葉を探し、そして。
「憶測だけど。アスさ、君の」
「え?」
 しかしそこで止めた。難しい顔をして黙り込んだ後、首を横に振る。
「――やめとく。僕が言うべき事じゃない」
「何よそれ」
 まったく腑に落ちない発言に、ルーナは半眼になる。セシルは肩を竦めて苦笑し、
「一度しっかり話し合う必要があるのは明白だね。とりあえず夕食の準備をしよう。今日は出来あいでもいい?」
 昨日の疲れがまだ抜けないんだ、そう付けて話を切った。はぐらかすようなそれにルーナは不満だったが、頷くことにする。
「ええ」
「じゃ、僕は何か調達してから戻る。君も一緒に来る?」
「いいえ。先に戻るわ」
 少し考えをまとめたい。そう話すとセシルは頷いて、商店の並ぶ方角へと歩いて行ってしまう。
「もう。全然解らないわよ」
 歩幅に合わせてゆらゆらと揺れるオレンジのマントを見つめながら、ルーナは心底そう思った。手に触れたスカートを両手でギュッと握り、胸の中の不快を押さえつける。あんなセシルを好きなのはなぜだろう。――もちろん、その包容力と芯の強さ、優しさに他ならないのだけれど。
 小さくため息をつき、力を抜いてのろのろと帰路につく。
 そう。セシルに抱く好き、は、自覚済みなので問題はない。問題はこの、アスに向けて膨れ上がった謎の熱の方。
 アスのせいで、胸の奥がざわついて落ち着かない。彼らしくない行動が気になるせいで最近の目は、気づけばアスを追いかけている。以前はあんなにもセシルばかり追いかけていたのに、だ。
 あの、ペルポイの夜に。熱のこもった声で名前を呟かれた事。恐らくあの夜が最大の理由になっている。
 頭痛すらしてくる額を手で押さえ、どんな顔でアスの顔を見ればいいのか悩みながら、宿への道を進む。
 いずれにせよ、彼の変調をこれ以上見過ごすことはできない。何でもいいからまず、話をしなければ。腹をくくって、ルーナは顎を引いて前を向く。




◆    ◇    ◆    ◇


 血錆びを削り、丁寧にオイルを散布する。エッジのこぼれ、角度――ドラゴンキラーを無心に点検しながら、空いた時間を潰していた。
 手元に伸びてきたオレンジの光、窓に目を向ければすでに斜陽の刻。アスは調整の手を止め、息を抜く。セシルとルーナは昼過ぎに、ドン・モハメの所へ行くと残して外出したまま。同行を拒んだのは単純に嫌だったからだ。
 胸に開いた穴を、己で大きくこじ開け続けている。何をしても埋まらない。焦りと、虚脱感と、魔力という未知の脅威に押されて、その奥へと追い立てられるような感覚に陥っている。
 思考を正常な方向へ。軌道修正を試みてはいるが、一度ズレを覚えたそれは思うように進まない。
 セシルと、ルーナと、自分。二人は大切な存在だと感じていたはずだった。しかし、彼らと自分を隔てる見えない線のようなモノ。それを意識し始めた途端、幼い頃から抱いていた劣情が壁のように眼前に聳え立った。こんな心境で上手く行くはずがない。これ以上、三人で旅を続ける事はできるのだろうか。
 そもそも何故、旅に出る事を決意したのか。ハーゴンを倒し、平和を取り戻す。それは世界の為か? 己の為か? 本当の目的は、この旅の動機は、――。
 無駄に巡る思考を遮断し、もう一度ドラゴンキラーに目を向けるが、もうやれる事はない。新品以上に研いでしまったそれを鞘に戻した所で、ドアの向こうに誰かの気配を感じる。視線をやれば、ドアを開けたのはルーナだった。
「ただいま。セシルは夕食の調達をしてから戻るそうよ」
「水の羽衣の進捗状況は」
「明日には仕上がる、そんな話だったわ」
「そうか」
 短く済ませ、アスは目を瞑る。ルーナは僅かにその場に立ち尽くしていたが、ややあって。
「アス」
 靴音を立てて向かってきた。怒気すら含んだその気配に視線だけ上げれば、ルーナは何とも言えない表情でアスの前に立ち止る。そして、
「単刀直入に言うけれど。最近の貴方は少しおかしいわ」
「俺もそう思う」
 無表情のまま肯定すると、ルーナは厳しい表情のまま、
「自覚があるの。質が悪いわね。挙句あんな無茶な戦い方を続けられては、もう……流石に黙ってなんていられないわよ」
 彼女が指すのは、先日の満月の塔攻略を含めた戦闘全般だろう。こちらの態度に憤慨しながらも、ルーナは努めて冷静を装う。
「何故、あんな戦い方をするの」
「俺はいつも通りのつもりだが」
「違うわ。全然冷静じゃない。私たちに指示もなく置き去り、治療の拒否、そして何より、魔法を使う魔物に対して苛烈」
 ルーナは羅列した後。言い難そうにトーンを落とし、
「……もしかして、ムーンペタでの事を気にしているの」
 指摘を受け、アスはその表情からスッと温度を抜いた。
「だとしたら」
「あの怪我は私を庇ったせいよ。私を庇わなければ、アスだって避けられたはずだわ」
「……。それを気にしているのは、ルーナの方ではないのか」
「……そうね。私が動けず至らなかったせいだもの。気にするに決まっているじゃない。何度も言うけれど、ああやって身を犠牲にしてまで私を護る必要なんかないわ!」
「以前にも言ったはずだ。貴女を護る事は、俺の義務だと」
「義務だなんてッ」
 ルーナは心底嫌そうに吐き捨てて、頬が紅潮するほど高まりつつある感情の息を抜く。会話の切れ目を見つけ、アスはそれを切るためにソファから立ち上がる。
「もういいか」
「駄目よ。終わりじゃないわ」
 しかし、ルーナは進路をふさいでそれをさせなかった。
「もう一つ聞きたいの」
「なんだ」
「ペルポイよ。あの夜は随分遅い帰りだったけれど、どこへ行ったの」
「息抜きに飲みに出ていただけだが」
「本当にそれだけ」
 ルーナは追及の手を緩めない。その強さにアスは不快を覚え、語調が低くなる。
「それを知ってどうする」
「……私だって子供じゃないのよ。あんな香りをさせて帰ったんじゃ、気になるに決まっているでしょう」
 じり、と詰め寄るルーナ。起きていたのか、アスは口の中でそう呟いた後、ふ、と肩を竦めてさらりと吐いた。
「察しの通り女と寝た。それが何か」
 全くいつも通りの顔で、しかしそれが発言の異常さを際立たせる。ルーナは愕然とこちらを見上げていたが、ややあって。
「なんで、そんな事」
「ただの性欲処理だ。ルーナに咎められる所以は無いはずだが」
「性欲処理って」
 ルーナはかっと頬を染めて、口元に手を当てる。アスは苦笑する。その目は冷たいまま動かない。ルーナは僅かの合間に思考を巡らせた後、罵倒を上回る予想外の言葉を吐いた。
「そ……それなら! 私と――私を使ったらいいでしょう!」
「何を言うのかと思えば。正気の沙汰じゃないな」
「至って正気よ。 前にも言ったけれど私となら、ロトの血筋の、ムーンブルクの世継ぎが欲しい私の理にも叶うのよ!」
「落ち着け、ルーナ。自分が何を口にしているか、理解しているか」
「しているわよッ! とにかく私は貴方が他の見知らぬ者とそういう事をするなんて嫌だわ。私にして!」
「セシルはいいのか」
「どうして彼の名前が出るの。今は関係ない。私と貴方の話だわ!」
 ルーナは勢いのままフードを解き捨て、髪を解放する。
「ねえ、貴方は私に二度も恥をかかせるつもりなの」
 逆光を背に、ハニーブロンドの髪の毛がきらりと揺れる。表情は、くちびるは激情に濡れて震え、その大きなポピーレッドの瞳が残照に揺らめく。
 ややおいて。アスは、無言で右手を差し出した。ルーナはそれをたぐり寄せるように掴んで近づき、吐息が解る程側で視線を絡めた。
「……貴女にここまで誘われて、乗らない馬鹿がいるのならば見てみたい」
「自虐のつもり」
「そうだな」
 あの時、素直に乗っておけばよかった。そうすれば、愚かな幻想に捕らわれる事も無かった。ここまで拗らせる事も。アスは応え、震えるルーナのくちびるに吐息を重ねる。合間で僅かに開いた奥へ即座に舌を差し込み、絡め捕り――次第に溺れる。
 空気を求めて身じろいだ彼女から一瞬離れると、とろりと光る瞳がこちらを見上げていた。頬を掠めて耳元の巻き毛に指を通すと、柔らかく艶めくそれが甘美に絡み付き――その先から気分が高揚する。これに触りたかった。違う。やはり違う。代用なんて無い。欲しいのはルーナだけだ。そのままソファに引き倒して組み敷いた。
 性急にその細い首へ口付けると彼女はびくりと震え、強く吸い、耳まで舌を這わせば声混じりの吐息を漏らす。
 幻滅する程。後悔する程よがらせて泣かせてやりたい。邪魔な衣服の襟を開くとルーナは一瞬、恐怖の色を浮かべる。もうどうでもいい。このまま欲しい。
 悪いのは、挑発したルーナだ。
「はーいそこまで。ご飯の時間ですよー」
 不意に、空気を割るような軽い音が響いた。意図せず恨みすら乗せた視線を向けたそこには。ノック後の手を掲げたまま、ドアにもたれて苦笑する人物と目が合った。


関連記事

コメントの投稿

Private :

カレンダー
08 | 2018/09 | 10
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
カテゴリ
掲示板
感想、連絡等、お気軽にどうぞ♪
個別記事拍手で頂いたコメントの
お返事もこちらにて!
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
カウンタ




2006.12.07開設

ここ創ってる人

Author:愛琳

このページのトップへ