LEVEL:16 これ以上俺を 2

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   LEVEL:16 これ以上俺を 2



「セシル」
 名を呼ぶと、彼はドアを撫でながら、
「うん。しっかし……まぁ。流石にビックリしています」
 アスはルーナを解放し、気分を整えるようゆっくりと身を起こして、その場に胡座をかく。
「そうだな。セシルの立場だったら俺でも驚く」
 拘束が解けたルーナは慌てて衣服を正して起き上がり、ソファを降り、床に小さく座る。
「その割には平然としていない、セシル」
「んー……そう見える?」
 言いながらドアを閉め、セシルも二人の側にすとんと腰を下ろし、あろう事かその場に買ってきた夕食を並べ始めた。その目は一切笑っていない。
「とりあえず、ルーナから煽ったんでしょ」
「売り言葉に買い言葉の応酬で頭に来て、勢いあまっちゃったのよ。だって聞いてよセシル、アスってば!」
「うん。まぁ、構わないんだけどさ」
 みなまで聞かずとも。そんな態度でルーナの言葉を制し、アスを見つめる。
「単刀直入に言うよ。最近の君はおかしい」
 そう告げられた声は低かった。見ればその瞳は、既に怒りで揺れている。
「ルーナと同じ事を言うんだな」
「ここは茶化さない!」
 感心したように呟いたアス。セシルはパシッと己の膝を叩いてつっこみ、それはそれは長い溜め息を吐いた。
「どうしたんだよ……。いい加減話しなよ。最近変な理由」
「いや、外に出す程のモノでも無いんだがな」
「そうやって溜めるから、そうやって変に暴発してるんじゃないか!」
 それには返せず、無言で視線を閉じた。セシルも逃がす気が無いようだった。
「黙っても駄目だ。今日は答えるまで離さない。まずさ、一つずつ答えを。母君の形見の短剣、どうした」
「だから、事情が変わり手放しただけだと前も」
「考えたんだけど、もしかしてシュゼット王女? 確かデルコンダルからだったよな」
「よく見ているな。察しの通りだ。ローレシア世継の保険を掛けた」
 それだけでセシルは納得したのか、それ以上を口にしなかった。納得しなかったのはルーナだ。クルクルと表情を変えながら思考を巡らせた後、
「もしかしてあの王女とも……その」
 そこで、ルーナは言い淀む。アスは淡々と答えるだけだ。
「いずれ伴侶となる相手だ。問題は無いだろう」
「愛せたの」
「お互いに情は必要無かった」
「……さっきも思ったのだけれど、その。愛情が無くても、できるものなの」
「ただの生殖行為だろう。……おかしな事を言うな、ルーナ。その行動を先にして見せたのはルーナだろう? それとも、ルーナは俺に情があると」
 その問いに、ルーナは言葉を失う。アスは追い撃つように、
「言葉と行動が矛盾だな、ルーナ。俺には貴女こそわからないが」
「アス」
 セシルはそれ以上の追及を止めるように、小さく名を呼んだ。アスは苦笑して、不意に表情を落とす。
「ルーナの言うように。あの人を愛せたら、こうはならなかったのかも知れない。――厄介なものだな。継ぐ為の責務が、こんなにも重いとは。頭では理解していても、心の処理ができなかった」
 ルーナは口を噤んだまま、セシルは納得したように小さく顎を引いただけで、何も言わない。アスは僅かに目を伏せて続ける。
「……前に。王の子は俺だけだ、と話した事があっただろう」
「うん」
「だが俺は、王の実子では無い可能性が高い」
「――え?」
 唐突のそれは、二人には思いもかけない話だったのだろう、怪訝な顔で次を待たれた。
 デリケートな国の内情を話す訳にはいかない。しかしその枷は、ほぼ限界まで来ていた感情の刃に断ち切られ、喉元をすり抜けて行った。
「王妃に問題があるのではと、王は側室を何人も抱えたが、結局誰にも子供が出来なかった。王こそ問題なのかと誰もが諦めかけたある日突然、王妃が俺を身籠った。だから俺は、王妃がどこぞで作った子供なのではないか――と、よく言われたものだ」
「何……それ」
 一度口に乗せたら、あとは簡単だった。ずっと胸に秘め続けてきたものが排出されるかのように、押し出されていく。
「証拠に俺は魔力ゼロだ。それは王妃の不貞に対する神竜の呪いだとか。城の者たちは俺が反発しないのをいい事に影で言う。知らないとでも思ったか。
 陛下が俺に素っ気ないのも実子ではないからなのではと、ずっと思っていた。そうではないと証明したいのに、髪の色も瞳の色も違う、魔力すら備わっていなかった。――だからせめて、跡目として恥ずかしくないよう生きようと思った。旅に出ようと決意したのだって本当は、勇者になれば認めて頂けるかも知れないと思ったからだ。
 動機が小さいだろう? 軽蔑していい」
 それが独白の終わり。
 長い、沈黙の後だった。
「――行きましょう」
 そう短く、強く口にして立ち上がったのはルーナだった。
「何処へ」
「ローレシアよ。真実を確かめるの」
「それは駄目だ」
「何故よ」
「肯定される事が怖い。その糸を切られたら、俺は……ッ、俺は、どうやって生きたらいいか解らなくなる――!」
 初めて見せてしまった、弱みだったのかもしれない。口にして、アスは心の底から後悔の念に駆られる。その言葉に、表情に、ルーナは。
「この……ばかッ!」
 おそらく、彼女は腹の底からそう叫んだ。目を丸くするその前で、彼女は。
「何故そんなになるまで溜め込んで嘘付いて平気な顔していられたのよ。信じられない! そんな重り早く捨てたらいいじゃない!」
「――」
「ばかッ! 何度だって言ってやるわよばかぁッ!」
「だったらもう、俺から離れれば良い!」
 そこで、アスはたまらずに怒鳴り返した。気迫に黙るルーナに向けて、――今、どんな表情が出ているかすら把握できない。それでももう、止まらなかった。
「俺はルーナが嫌いだった。セシルも嫌いだった。初めて出逢った時からずっとだ! 愛され、ブロンドで、魔力もある、他国の者にまで認められる王族のお前たちが、俺にとってどれだけ眩しく妬ましいモノだったかッ。これ以上俺を掻き乱すなッ!」
 感情的にそこまで叫んで、肩で息をする。もう、黙ってしまった二人の顔を見ることはできなかった。
 長い沈黙をおいて、動いたのは。
「――アス」
 セシルだ。予想外に穏やかな声で呼びかけられ、アスの肩がびくりと揺れる。
「僕は、君の事好きだよ」
 答えられないでいると、セシルは穏やかな声色で続ける。
「嫌なこと話してくれてありがとう。――僕たちはたぶん、アスの本当を知ろうともしなかった。君が表面に作った鎧を信じて、そして僕たちは君に完璧を求め過ぎてた。隙を作れなくなった君が、心の内を話せない環境を作り上げてしまった、その一端は僕たちに当然あると解った。ごめん。
 それでも、僕は君が大好きだ」
 セシルのそれに何も返せないでいると、その暖かい指が右手をしっかり掴む。
「昔はともかく、今の貴方が私たちを嫌いなんて嘘、でしょう。だって、過去形だったもの」
 ルーナに指摘されて絶句する。
「私も、貴方が好きだわ。好きなのよ。好きじゃなきゃ、私はさっきみたいな事なんてできない……、側にだっていないわよッ。本当はロトとか王子とか血筋とかそんなのもう関係ない。私は貴方がアスだから、アスだから一緒にいたいと思えるのよ。だっておかしいのは私よ? 私は、貴方もセシルも比べようも無い程に大好きなんだもの……ッ」
 ルーナは激情の興奮からか、支離滅裂な泣き顔だった。泣きながら縋るように、その震える細い指で左手を求め、
「だから離れろなんて、嫌いなんて言わないで……ッ」
 上擦った声で懇願される。
「……」
 セシルは感情が綯交ぜになり、色を失っているアスに笑みかけ、頷いた。
「行こう。その呪いみたいな糸を切って、先に進むために。僕たちが一緒だから、大丈夫」
 右手のセシルと、左手のルーナ。それぞれがしっかり絡めている熱い指先は至福なのか、絶望なのか――もう、解らない。



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