LEVEL:17 犠牲の上に成り立つ平和など



   LEVEL:17 犠牲の上に成り立つ平和など


 衝撃だった。
 長く、長く、過酷な迷宮をやっとの思いで這い出た先が、まさか。
 彼はあまりの現実に、ただ呆然と立ち尽くすより他に無かった。全て。大地も、聳える連峰も、空までも。目に映るその全てが信じられない。
 地表で吹き荒れる風は、彼の体温を容赦なく奪い去って行く。震える肩を抱き、息を細める。まともに吸い込むには、この空気はあまりにも冷たい。それでも、その仕草は気休めにもならなかった。ひどく痩せ細ったその身にまとうのは、既に衣服とは呼べない布切れのみ。
 そこは、白銀に凍てついた世界だった。生の息吹など微塵も感じられない。全てを奪う冷気に慈悲など無い。
 ――ああ。ここが、死地なのか。確信し、彼は奥歯を噛み締めた。
「ルビス様」
 地獄を抜け、ようやくたどり着いた場所がここか。
「ルビス様」
 何故。安住の地は何処。信じるものだけが救われるという楽園は何処だ。
「ルビス、さま……」
 何故。こんなにも神へ祈り、信じ、身を捧げ続けてきたというのに。
「ル……ビス」
 何故――こんなにも無情。
「……ッ」
 ルビスは、ロトの願いに応えるのではなかったのか……?
 もう、この世界に神など存在しないのか。
 力が抜け落ちてゆく。雪の鳴く音と共に沈み込む身体。冷気の真綿が絡み付く。
「私が何をしたというのだ」
 視界の向こうには薄い膜が張る。悔しさに、惨めさに、憎悪が胸の中で息をまく。指に力をこめると雪に沈む。それを力一杯握りしめ、歯をギリリと鳴らす。
「神などいない。ルビスなど――ッ!」
 理解した今、胸を焼くのは何の衝動だろう。
 どうせこのまま死ぬのなら、その前に全てを、なにもかも破壊して道連れにしてやりたい。忌まわしい。この身に流れるロトの血を。この世界を。
 何もかも、全てを。




◆    ◇    ◆    ◇


「ハーゴン様」
 ふと、遠慮がちに声をかけられた。長い沈黙ののち、ハーゴンはゆっくりと目を開く。視界に入るのは黄褐色の巨体を縮めて片膝を突き、怪訝な顔で此方を窺っているべリアル。
「どう、なされたのですか」
「いや。何用か」
「御報告を。海底神殿での儀はまもなく開始されるとの事。また先程、バズズはアトラスを伴い、サマルトリア進撃に出立致しました」
「そうか。各々、抜かりなく遂行せよ」
「御意に」
 サッと頭を垂れたべリアルを見遣った後。ハーゴンは手にしていた錫杖を強く握り、口角を僅かに上げる。
「ここまで辿り着くのに、随分とかかった」
「は……」
「この身に流れる忌まわしいロトの血脈。しかし私はこの血があったからこそ、絶望の雪原に漂っていた闇<ゾーマ>の残留思念体を取り込み、魔物として生まれ変わる事が出来た」
 青く染まったその両手を見つめ、ハーゴンは氷点下色の瞳を眇めて笑う。
「サマルトリアの次はローレシアだ。ロトの血脈など根絶やしにしてくれる。
 そしてルビスの創造したこの大地も無に帰す。
 間もなく覚醒の時だぞ、破壊神――ッ!」

 ロンダルキアに、ブリザードが吹き荒れる。




◆    ◇    ◆    ◇


 重い瞼ごしに薄い光を感じて、ゆっくりと目を開けた。膝を抱えるような格好で、いつの間に寝入っていたのか。
 窮屈な身体を動かそうとして、ふと気づく。見れば足元で、ルーナが丸くなって眠っている。その手は、こちらの指を包んだままだ。
 背中にも体温がある。視線をやればそこには、寝息を立てているセシル。こちらに背を付けた体制で俯き、足を投げ出している。
 恐らくそれぞれが、あのまま力尽きるように寝入ってしまったのだと理解して、アスは頭を軽く揺する。
 とりあえず。様々な情報が頭に入ったが、とにかく。考える事が億劫になる程度には目が重い。腫れていると推測できるそれ。泣きながら寝入るなど、
「子供か」
 思わず口に出して呆れながらも、胸中が少し落ち着いている事に気付く。涙が心を洗浄したのか、それともずっと奥にしまいこんでいた感情を吐き出したせいなのか。解らないが、荷を降ろした後の様に肩が少し軽い。
 姿勢を整えようと腕を動かしたところで、
「――ん、アス」
 その振動で目覚めたのか、ルーナがはっと見上げてきた。そして無言のまま見つめ合う事数秒。ルーナは軽い百面相を披露したのち、最終的に柔らかく笑んだ。若干寝ぼけの入ったそれが愛らしく、アスは反応こそ返せなかったものの、胸の奥が少し温まる感覚を知る。指は繋がったままだ。
 ルーナは起き上がり、セシルに声をかける。
「セシル、起きて」
「んんー……んー」
 セシルは長く唸った後、ゆらゆらとたんぽぽ色の髪を揺らしながら顔を上げ、
「あれー……寝てた」
「私もうっかり」
「んははー、なんだか頭が重いや」
 セシルはググッと伸び上がった後、体制を変えてアスの隣に座り込む。
「今何時かな」
「夜明けは過ぎたみたいだけれど」
 そこで、誰かの腹がぐう、と鳴く。
「……私じゃないわ。アス?」
「違う」
「あはは。僕。お腹すいた」
「そう言えば私も」
 途端にもう一度、きゅるりと誰かの腹が鳴く。つられるようにもう一つ、ぐう。ゆるい笑いを誘うそれに、それぞれ顔を合わせて苦笑するしかない。
「……俺もだ」
「ねえー。昨日の夕食、ぜんっぜん食べた気しなかったもんねえ。まず、朝ご飯食べに行こうよ」
「賛成だわ。そうと決まれば準備しましょ」
 早速動き始めた二人を見ながら、アスは思う。あの事実を、独りで聞く事にならずに済んでよかったと。セシルとルーナがいなければ恐らく、耐えられなかった。
 アスはなんとなくがさがさする目元をこすった後、立ち上がる。
「目が痛い。先に顔を洗ってくる」
「うん、どうぞー」
 そして背を向けたまま、アスはごく小さな声で呟いた。
「ありがとう。セシル、ルーナ」
「ん」
 セシルがどこか安堵したような吐息を漏らしたのと、ルーナが微笑した気配を感じた。振り向かないまま、洗面所に向かう。

 アスの背中がドアの向こうに消えた所で。セシルはもう一度ベッドに転がり、細く長い息を吐き出した。
「……気が抜けた?」
 そっとルーナが尋ねてくる。セシルは小さく頷いて、
「うー……正直あれでよかったのかわからなくて。アスをめいいっぱい傷つけちゃったんじゃないかと思うと、罪悪感が半端ない」
「それは……きっと、大丈夫だと思うわ」
「どうして」
「アスの顔、少し落ち着いていたもの」
 ルーナはアスがいる方向を少し見つめた後、横になったままのセシルを見おろす。セシルはそんなルーナをぼんやり見つめた後、不意に髪の毛の向こうにチラリと見えた、それを指摘する。
「……それ、色っぽいねぇ」
「え? あ――ッ」
 それが何を指しているのか視線で測り、ルーナは咄嗟に首に浮いたうっ血痕を手で隠す。
「今更慌てなくても」
「これ……取れなくて、その」
「そりゃ、取れないだろうねぇ。手負いの獣みたいだったあの状態のアスを襲うとか、ほんと無茶したよね」
「……そうね。話を聞こうと思っただけなのに、盛大な返り討ちにあった気分。喰べられるかと思ったわ」
「時々、言葉と行動が大胆なんだよ君は」
「もう自重するわよ。怖かったもの」
 自戒のこもったそれに、セシルは苦笑する。
「ね。ルーナはさ、アスの事好きかい」
「……ええと」
「あれ?」
「最近、少しわからないの。私、セシルの事は好きよ。でも、アスの事も同じくらい気になる。これっておかしい事ではない?」
「別に?」
「え?」
「好きがたくさんあるのは好い事じゃないか。それにさ、四六時中一緒にいる訳だし、そう思うのも必然だと感じるけど」
 そこで、ルーナは意を決した様に表情を固め、
「言葉は悪いけれど、その……二心を! 抱いているってことじゃない」
「二心って。僕と、アスで?」
 ルーナは心底恥ずかしそうに目を伏せて、小さく頷く。セシルはふき出した。ルーナは流石に憤慨する。
「笑うことないでしょう!」
「んははーごめんごめん! 道徳的に考えたらそういうの、一対一だもんね。そういう話なら大丈夫、僕も二心って事になるから」
「ど……どういう意味?」
 ルーナはその発言に瞠目してセシルを見上げる。セシルはケラケラと軽く笑い飛ばした後。
「……ええとねー。君だから話すんだけど。僕は少しおかしいかもしれないね。君の事はもちろん、正直、アスも好きなんだ」
「ホント? それって性的な意味も」
「この流れで性的な意味が含まれないとか無いでしょ。僕は君を抱いてみたいし、アスともやってみたい」
「博愛もそこまで行くと普通にドン引きよ。貴方と話していたら、道徳がわからなくなってきたわ……」
「だよねえ。痛さは重々承知してる。だから、君にしか話せないって言っただろ」
「喜んでいいのか解らないわ」
「信頼してるって事だから喜んでもいいよ」
 ルーナは照れたように頬を軽く赤色に染めた後、ポピーレッドの瞳に憂いを乗せる。
「けれど。貴方たちと性別が違う分、私の方が厄介じゃない? ……私、セシルと、アス、二人の事を好きでいてもいいの」
 真剣に呟かれたそれに、セシルは笑みを引っ込めて真っ直ぐにルーナを見つめる。
「君の気持ちは君だけのものだよ。誰のものでもない。君がそう思うなら、それが正解なんだ。僕は光栄だよ。ありがとう」
「セシル」
 ルーナはグッと何かをこらえるように震えたくちびるをきゅっと結ぶ。セシルはそれににこりと笑んで、そして。
「ね、ルーナ。おいで」
「何?」
「いいから」
 ルーナは頷いて、セシルの傍に寄る。セシルはそんな無防備な彼女の肩を引き寄せて、迷う事無くその首に、
「えっ……、きゃあっ!」
 その行為にルーナは小さな悲鳴を上げた。ゆっくり離れ、にっ、とどこか意地悪く笑んだセシルを、驚愕の目でしばし見つめた後。ルーナは荷物から手鏡を探り当てて確認して、絶句する。アスが付けた痕とは反対側の首に、くっきりと赤い痕がつけられていたからだ。
「何て事するの!」
 悲鳴にも似たルーナのそれに、セシルはしれっと、
「んー、バランスをとってみた」
「ばかじゃないの!」
「いっつもフードしてるからいいじゃん」
「してない時はどうするのよ。もう最悪よう」
 両サイドの髪で首を隠すように手で束ねると、セシルは大きく吹き出した。
「んー、セクシー♪」
「ばかっ!」
「どうした」
 流石に、騒ぎを怪訝に思ったのか、アスが洗面所から出てくる。ドアの風圧で髪の毛がふわりと揺れ、ルーナは慌てて髪ごと首を押さえて、涙目で二人を睨むしかない。
「……?」
 訳が分からず、アスはセシルに疑問符を飛ばすが、
「ひひひ」
 セシルは意味深に笑うだけで答えない。ますます深まる謎のそれに眉間を寄せたアス。その横をルーナは脱兎の勢いですりぬけ、洗面所に駆け込んでいった。
 セシルは何か満足そうに頷いたのち、ささっと着替えはじめる。
「さ、アスも着替えてー。ご飯食べたらモハメさんのトコに行くよ」
「……ああ」
 アスは何やら、不穏な空気を発する洗面所からそっと離れて、身支度を整える。



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Re: ありがとうございございます!

勿体無いお言葉ありがとうございますー!
嬉しいですっ。
このまま完結までがんばりますので、お時間あるときにでもまた、遊びに来ていただけたら嬉しいです♪
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