LEVEL:17 犠牲の上に成り立つ平和など 2

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   LEVEL:17 犠牲の上に成り立つ平和など 2



 ――月、満ちて欠け、潮、満ちて引く。
 デルコンダル近海にて不自然な浅瀬を発見したのは、それから数日後。伝承の通りに月のかけらを掲げた時、そこに現れたのは禍々しい洞窟への入り口だった。
「この先か」
 アスは洞窟を見据えて顎を引く。
「ビリビリする。中でよくないことが行われているのは確かだね」
 セシルは掲げていた月のかけらを胸元に当て、その指先にほとばしる静電気に息を飲む。
「行きましょう」
 しゃら、と清涼な水しぶきを散らして、ルーナが進み出る。彼女が身にまとうのは、ドン・モハメ至高の一着――水の羽衣。動くたびに流麗な飛沫を上げて輝く半透明の衣は、この上なく美しかった。
 それそれに頷いて、洞窟に足を踏み入れる。

 そこは、海底から溢れ出す溶岩の川が流れる、灼熱の洞窟。煌々と輝く溶岩流の照り返しで、焼けるように暑い。
「水の羽衣の障壁が無かったら、ただじゃ済まなかったわね」
 慎重に道を選んで歩く後ろで、ルーナが言う。水の羽衣をまとう彼女の周りには、水蒸気のような薄い虹色の障壁が出来ていた。その中にいる分には、熱は微かに届く程度だ。なるべくそこから出ないよう、慎重に足を進める。
 しかし攻略はすんなりとはいかない。邪神教徒に併せ、強力な魔物たちが次々と襲い来る。幾度となく戦闘を繰り返しながら辿り着いた最深部は、まさに異様、だった。
 大きな扉が一枚。押し開いた向こうに、大きく開けた空間。そこに建設されていたのは、禍々しくも神聖な赤の聖堂。真っ先に目に飛び込んで来たのは、溶岩流の照り返しを受けて赤く染まった巨大な祭壇。その中央には見るからに禍々しい像が祭られている。
 そして。呪怨のような声を多重に響かせ、一心不乱に祈りを捧げる大勢の邪神教徒達の姿があった。空洞中一杯に詰め込まれ、熱で焼かれているのに尚、憑りつかれたかのように祈りを捧げる人々の目は虚ろで、個々の意志は感じない。
 あまりに現実から離れた空気に、それぞれ言葉を失う。この中でどう出るべきか。様子を窺っていた、その時だった。
「ねえ……なに、あれ」
 ルーナが震えた声で呟き示すそれは、溶岩の照り返しの赤とは違う異様なものだった。祈りを捧げる邪神教徒達の身体から細かい赤の気泡が次々と浮き上がり、祭られている像へと吸い込まれていく。
「この波動――マホトラ?」
 セシルが怪訝そうに呟く。アスは状況を注視したまま、
「術者の魔力を吸い取ると言う、あの呪文か」
「ええ。けれど、それにしては強すぎる」
 赤の気泡が出尽くした者は色を失い、白く枯れて次々と崩れ落ちていく。像に降り注ぐその赤い気泡が人々の血液だと気付いた時、ルーナは硬い表情をみるみるうちに畏怖に染める。
「魔力だけでなく、命ごと吸い取っているんだわ」
「さあ、もっと祈りを――!」
「邪神の像に祈りを!」
 煽る様にかけられた声。弾かれたように顔を上げ、ルーナは確認する。像の傍に立ち印を結んでいる、高位と思われる仮面と法衣を纏った邪神教徒。
「術者はあの者ッ!」
 杖を握りしめてその場に躍り出た。
「そこまでよッ!」
 ルーナのそれを合図に、アスとセシルも武器を抜いてその場に切り込む。
「何者だ!」
「神聖な儀式の最中だぞ!」
 ザッと、術者を庇うように現れた教徒達に迎えられる。
「此処には邪神教徒以外立ち入れぬはず。貴様らどうやって此処へ」
「テパの伝承に基づき、月のかけらを使用して来た。今すぐ儀式を中止し、人々の解放を!」
「――そうか。では貴殿らが、我ら邪神教団に弓引く愚かなロトの血族」
 セシルの返答に術者は一度印を解き、今にも飛び掛かろうとしている警護の教徒達を軽く抑える。そして、その仮面越しに口を開いた。
「わたくしは悪魔神官。ハーゴン様に忠誠を誓う邪神教徒。何故、邪魔をするのです? 破壊神が復活すれば、魔物も、人間も、神も――何もかも平等に浄化される。全てが無に帰れば争いも消えてなくなる。素晴らしく真っ新で平和な、至福の世界だけが約束されているというのに!」
 どこか陶酔したように話されたそれは、妙齢の女の声だった。
「そんな犠牲の上に成り立つ平和など、真の平和じゃない!」
 真っ直ぐに声を張り上げたのはセシル。
「ああ、無意義だな」
 アスは静かに同意を打ち、体制を整える。
「全てを無に返す事なんか、誰も望んでなどいないわ」
 ルーナは、その瞳をジリリと怒りに焦がして、
「人々の静かな暮らしを奪い、恐怖に陥れた貴方たち邪神教団の事は絶対に赦さないッ!」
「――」
 そこで、不意に。悪魔神官は黙り、その視線をルーナに向けた。
「……?」
「……何故、犬のままでムーンペタにいては下さらなかったのですか」
 悪魔神官は苦々しい口調でそう、小さく呟いた。怪訝な顔をしていたルーナだったが。やがて、ゆるゆると瞠目して、
「貴女――もしかして、ニムエ」
 悪魔神官は答えない。それを肯定と取り、ルーナはぞわそわとその髪を気流に揺らす。
「貴女だったの? 内部から魔物を手引きし城を陥落させ、私に地を這い回る屈辱を与え、あまつさえ……ッ!」
「彼女を知っているの、ルーナ」
 セシルの問いに、ルーナは僅かに顎を引いて、
「私の侍女だった者よ。私が犬にされてムーンペタに飛ばされる直前まで、ずっと傍にいた」
「わたくしを斬りますか、王女様」
 その問いには答えず、ルーナは杖を握る指に力を込める。その体制に悪魔神官は握っていたフレイルをかざし、声を上げる。
「我らがハーゴン様の理想の為、御覚悟を。総員、炎の聖堂を汚す不届き者共を排除せよ!」
 その号令に邪神教徒達は一斉に臨戦態勢を敷き、そして。
「下がれ!」
 異様な気配にアスは声を張り上げる。身を引いたその場所に、空間をねじる様に開いた暗黒の渦。そこから現れたのは、以前ラダトームで苦戦したあのカラクリによく似た魔物だった。
 溶岩の照り返しを受け、黒銀の巨体が朱に燃える。総数五体。相変わらず生気を感じない、しかし明確な目標を定めているその様子に冷や汗が伝うのを感じる。
「ゆけ、メタルハンター!」
 途端に、メタルハンターたちはその赤いひとつ目をギラリと輝かせて動き出す。キラーマシーンよりは小ぶりで、携えた武器もボウガンのみ。しかし四足歩行は遜色のないスピードを上げ、こちらに向かってくる。
「ルーナはスクルトの後、ルカナンで後方支援を。セシルは共に迎え撃て!」
「了解!」
「解ったわ――スクルト!」
 ふわりと光で編まれた見えない鎧が三人を包み込む。呪文が効いたのを感じながら、アスとセシルは同時に地を蹴りメタルハンターを迎え撃った。
「ルカナン!」
 ルーナが追加で唱えたルカナンが、メタルハンターから守備力を奪う。一撃目は弾かれた刃、呪文後の二撃目はその金属に傷を刻み込む。手ごたえにセシルと視線を合わせた後。アスは次々に飛んでくる矢を切り払いながら、切り崩すための糸口を探る。
 ルーナが後衛の邪神教徒達に向けて唱えるバギの風じんの中を戦い続けた、ある時。体制を整えたその背中にトス、とセシルの背がぶつかる。
「アス、メタルハンターの左胸から魔力を感じた」
「左……あの丸い窓か」
「うん。もしかしたらあの中に核があるかもしれない。割れないかな」
「狙ってみる」
 アスは低く構え、勢いをつけてメタルハンターの懐に疾走する。アイセンサーが追いつかないのか一瞬動きを止めたメタルハンター、アスは躊躇わず、手甲のドラゴンキラーを胸の小窓に突き立てた。途端にバチバチとほとばしる火花に次いで、巨体が黒煙を吹いて異音を上げる。その音が尽きる頃、メタルハンターの巨体は地面に崩れて動きを止めた。
「やっぱりアレだね!」
 そうと解れば話は早い。セシルと頷き合い、メタルハンターの弱点を突いて一掃しに走る。
 メタルハンター攻略の目途を立てた二人のわきを抜け、ルーナは前線へと駆けた。先のバギで邪神教徒どもは粗方倒した。後は総指揮、悪魔神官のみ。段差を踏み切り、杖を振りかぶって飛び掛かる。
「ニムエェッ!」
 悪魔神官はその一撃をフレイルの柄で受ける。
「王女様ッ!」
「絶対に阻止するわ! こんな暴挙、赦されるはずがないッ」
 ギリギリと力を掛け合い、お互いに弾き合って対峙する。
「わたくしも失敗する訳にはいかないのです。残念ですが、王女様には消えて頂きます! ――大気に混じる、闇の粒子よ集え」
 悪魔神官はフレイルを仮面の鼻先に当てて集中する。
「二人とも防御を! 大気に混じる粒子の、全てに命じる――ッ!」
 対峙するルーナも警告を飛ばし、詠唱に入る。その剣幕にアスとセシルは即座に退避する。
 ルーナと悪魔神官の周囲に集まり高まる魔力で空気が張り詰める。地面すらびりびりと振動を始め、そして。
「――イオナズン!」
「イオナズンッ!」
 双方同時に唱えられたそれは同じものだった。解放の言葉が叫ばれた瞬間、大爆発を起こす。聖堂いっぱいに膨らんだ二つの呪文はぶつかり合い、空気がキィィン、と甲高く鳴く。
「――、ルーナッ」
「ルーナ!」
 アスとセシルはその予想外の熱と爆風から身を護りながら、巻き起こる爆風の渦中にいるルーナを案じて叫ぶが、届かない。それ以上に強い呪文のそれに、体ごと持って行かれそうになるのを堪えなければならなかった。
 やがて呪文の波が治まり、爆音の余韻が残る中。衝撃派で舞い上がった粉塵の向こうで、辛うじて立っていたのはルーナだけだった。
 対峙していた悪魔神官はその場に崩れ落ち、数体残っていたメタルハンターの姿もない。邪神教徒達の姿もなく、異様な静寂が周囲に降り注ぐ。
 唯一溶岩の音だけが時の流れを知らせている。ルーナは荒い息を付きながら、ボロボロに裂けた水の羽衣姿の足を引きずり、地に伏した悪魔神官の元に向かう。
「此処までよ、ニムエ」
 ルーナは息を整えながら膝を突き、倒れ伏した悪魔神官から仮面をはぎ取り、その素顔を暴く。やはり見知った造形の顔、しかし魔物と化しているせいか肌の色は青く、人のそれとはもはや違う質。
 ルーナは荷物に帯刀していた聖なるナイフを抜いて、その喉に突き付ける。今にも事切れそうな程衰弱していた悪魔神官は瞳だけを動かし、ルーナを見た。
「おう……じょ、さま」
「最後に教えて。あの時何故、私を殺さなかったの」
 悪魔神官は答えず、法衣から何かを探り、震える手でルーナに何かを差し出す。見ればそれは、ハートの形をした赤い宝石だった。
「これ――紋章」
 ルーナはまじまじと悪魔神官を見る。悪魔神官はルーナを見上げたまま、
「……おゆるし、くだ……さい」
 その瞳からぼろりと一滴、涙が零れ落ちる。理由なき謝罪。ルーナはそれ以上を何も告げず、聖なるナイフでその喉をかき切った。軌跡を描いて飛び散った血液は宙を舞い、あの爆風でも崩れなかった邪神の像へと吸い込まれていく。そして事切れた悪魔神官の手から、赤い宝石の紋章がころりと床に転がり落ちた。
 ルーナはやり場のない感情をぶつける様に、床石に力いっぱいナイフを叩きつける。
「……ルーナ」
 ややおいてからセシルが、ピクリとも動かないルーナの背に声をかけた。ルーナはその肩を震わせて、
「――私、信頼していたわ。まるで姉のように慕っていたわ。あんなに、あんなに何年も一緒に過ごして、毎日一緒にワードローブを選んで、……一緒に笑ったりもして、ずっと仕えてくれていたのになぜ」
「その時間が答え、なのではないか」
 ぽつりと、アスが言う。振り返ったルーナは瞳に複雑な感情の雫をたたえたまま、くちびるを引き結んだ。
「向こうも君に情がわいて、殺せなくなった。察するにそういう事じゃないかな。――当人じゃないからわからないけれどね」
 セシルは悪魔神官の手からこぼれた赤い宝石の紋章を拾い上げ、ルーナに手渡す。それを受け取り、ルーナは一度目を伏せた。仄かに残るぬくもりは、確かにあったはずの信愛なのか――? 冷えて消えゆくその熱に、大きな虚しさがあふれて涙に変わる。零れる前に袖でぬぐい、ルーナはアスにその紋章を手渡した。
「アス、これを。紋章が五つ揃った事になるわ」
「ああ」
 アスはそれを受け取り、荷物から残りの紋章を取り出す。
「星、太陽、月、水、そして、命」
 手のひらに載せていくと、それぞれが光をまとっていく。そして全てを合わせた、その瞬間だった。五つの紋章が強く光り輝き、空間がねじれる様に変化していく。あまりの光の強さにそれぞれ目を開けている事が出来ず、まぶたを閉じた。
 その光が次第に緩む頃に目を開ければ、そこは。
「すごい」
 セシルが小さく驚きを口にする。溶岩の流れる洞窟が一転、壁面全てが滝に姿を変え、清涼な空気の流れる美しい空間に変わっていたからだ。
 更に、変化はそれだけではなかった。キラキラと輝きを放っていた五つの紋章はいつの間にかアスの手を離れてクルクルと宙に円を描き、次第に何かの形を浮き上がらせていく。
 そしてふわりと舞ったのは、純白のローブ。
 それ以上はもう、誰も言葉を口にできなかった。
【――ようやく逢えましたね。愛しい子らよ】
 そのくちびるから奏でられる、旋律のような声。
 気流で流れる、黒く長い髪。ゆっくり持ち上げられた瞳は、慈悲をたたえた美しい金。三人の前に現れたのは、

【私は聖霊神、ルビス】



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