LEVEL:19 ロンダルキア  3

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LEVEL:19 ロンダルキア  3

 ルーナは憑りつかれたように、その魔導書を読んでいた。
 祠の奥にはセーラの居住スペースがあり、今夜をそこで越すことになった。眠るだけに整えて、飲み物をもらいに入った部屋。何気なく手を伸ばした本棚にあった、やけに古い魔導書。それを開いてからと言うもの、ルーナは高揚が止まらない。その魔導書には、失われた数々の呪文が書かれていたのである。
 その中に、ルーナの目を惹く呪文があった。――ザオリク。死んでしまった人間の魂を、もう一度身体につなぐための呪文。かつての時代に封じられ、今では使用することができない。禁を破ろうものなら、天なる神竜より相応の罰を下されると言う。
 ルーナはそれを、忘我のままに読み解いていた。震える指、整えた爪の先で文字を辿り、一字一句逃さぬよう頭に入れていく。
「ルナフィーリア様。そろそろ、お休みになられた方が」
 ある時、セーラがそっと声をかけてくれた。魔導書から意識を引き上げられ、ルーナははっと顔を上げる。セーラは驚きの色を浮かべたルーナの目に頷いて、
「もう、夜も更けましたよ」
「……ごめんなさい、お茶をもう一杯下さるかしら」
「わかりました。淹れてまいります」
 セーラは静かに立ち去る。ルーナはそっと、魔導書と目を閉じた。
(アスか、セシル。どちらかを失うかもしれない)
 心のどこかでそう思うから、この呪文が気になるのだろう。昼に見た魔物たちの尋常ではない強さが――縁起でもない! ルーナはちらつく死の影に憤慨しながら頭を振る。
「どうぞ」
 ややあってセーラが戻り、カップに二杯目の茶が満たされた。
「ありがとう」
 礼を述べ、ルーナはその熱さをそっと口元に運び、喉に流し込む。ざわついていた心が少しだけ、和らぐような気がした。ふう、と長い溜息を吐き、セーラに視線を向ける。
「この魔導書、随分古いものなのね。見た事のない呪文ばかりで驚いたわ」
 セーラは小さく頷いて、
「かつてアレフガルドにおられた三賢者の一人、雨の賢者様が書き残されたものです」
「三賢者。話に聞いた事があるわ。魔王が現れるたび、勇者様にお力添えをされた方々の事よね」
「はい。私はそのお一人、雨の賢者様にお仕えしていたのです。その魔導書を書かれた賢者様は、勇者ロトと共に魔王ゾーマを打ち倒した方でもありました。賢者様が逝去された後、私はその魔導書を形見として、アレフガルドから持ち出しました」
「え……すると貴女、勇者ロトの時代から生きていると言うの」
「エルフの寿命は長いのです」
 セーラはクスリと小さく笑う。そのどこか寂しげな表情に、ルーナは胸の奥にしくりと痛みを覚える。恐らくいくつもの命を見送ってきたのだろう、そう思うと勝手に切なくなってしまう。僅かに沈黙を置いたのち、ルーナはふと気になっていた事を思いだす。話題を変えるように口を開いた。
「ねえ。一つ、聞いてもいいかしら」
「何でしょう」
「ロトは女性だった、と言う説があるのだけれど、これは本当なの」
 その質問はセーラにとって予想外だったのか、ぱちくりとまばたきを一つ。ルーナは真剣な目で答えを待つ。気を取り直したのか、セーラは口元の笑みを隠すように手を当てて、
「はい、女性でした」
 ルーナは一瞬言葉を無くす。伝説の勇者が、女性だった。話題程度に思っていたそれが、まさか事実だったとは。知らず、胸の底から湧き上がってくるこの感情は何だろう。ルーナは胸元で手を握る。
 ムーンブルク壊滅からずっと、女であるこの身を憎んで恨んだりもしてきた。でも今、なにか振り切れた気がする。強い力と意志があれば、性別なんて関係ない。女でも勇者になれるのだ。現に自分には、アスやセシルには無い強い魔力がある。この力を使って、今まで通り自分にしかできない事をすればいい。アスとセシルを護る。そして必ずムーンブルクの仇をとる。
「――そうよ。性別なんて関係ないんだわ」
 決意して、ルーナは噛みしめるよう時間をかけて茶を飲んだ。丁寧にソーサーへカップを置き、手元を片付けて席を立つ。
「ごちそうさま。色々聞かせてくれてありがとう、休みます」
「はい。おやすみなさいませ」
 セーラに見送られながら、ルーナは底冷えする廊下を早足で抜ける。

   ★ ☆ ★

 セシルはぼんやりと、アスを眺めていた。部屋にベッドは無く、暖炉の前に毛布を敷いただけの簡易な寝場所だが、それだけでも天国だ。ぱちぱちと跳ねる薪の音が心地よく、疲れた体に眠りを誘う。それでも目を閉じないのは、この珍しい眺めを楽しみたいからだ。
 アスが、無防備に眠っている。投げ出された足、両腕、ゆっくりと上下する胸。寝顔は幾分か幼く見える。そう言えば、こうしてじっくり寝顔を見るのは初めてかもしれない。アスはいつだって一番先に目覚め、一番最後に眠る。ここまで側に寄って、顔を覗き込んでも目を覚まさないアスなど、今までになかった。
 何気なく手を伸ばして、左耳のピアス痕に触れる。寒冷地でのピアスは耳を失いかねないと、外したままの小さな穴。このまま塞がればいいのにと僅かに思って、セシルは度量の狭さを自覚する。
 アスは以前、ピアスは城下の友人に貰ったものだと言っていた。それがなんとなく気に食わなかった。ホイミで穴を塞いでやろうか、そんな考えまでよぎって苦笑しながら、今度は額の黒髪に触れた。硬質で気持ちがいい。この髪を触った者も何人かいるのだろうと思うと胸の奥がざわつく。
 極力出さないように努めてはきたが、彼を独占したい欲は正直強い。はっきり言って、ルーナと自分以外に触らせたくないのが本音だ。
「我ながら、拗らせてるなあ」
 思わず呟いて、自嘲する。いつからこんな風に思うようになってしまったのか。
 旅に出た当初は、足を引っ張り護られてばかりいた。最近になってようやく肩を並べて戦えるくらいに成長できたと思う。並大抵ではなかったこの道程、ずっとあの青い閃光の背中に追いつきたくて必死だった。羨望、憧憬、複雑な感情が絡み合って、気付いたら性別の枠を超えた。アスの本質を知って、もっと――。
 ふと、廊下で音がする。指を引っ込めてドアに視線をやれば、飲み物を取りに行ったきりだったルーナが戻ってきた。険しい真顔を消して、セシルはふんわり笑う。
「おかえりー」
「ただいま」
 ルーナはこちらの表情の変化に気付くことなく、どこか上機嫌でドアを閉め、セシルの傍にやってくる。そして、アスを見て息を飲んだようだった。
「珍しいよね。真っ先に寝ちゃったんだよ」
「うそ、熟睡しているの、アスが?」
「流石に疲れたんだよ」
「……そうね。いつだって人一倍動くんですもの」
 言いながら、ルーナは相変わらず几帳面に揃えてられているアスのブーツに視線を落とし、こめかみの辺りをかいた。そしてアスの腕に目を止め、不意に黙る。
「どしたの?」
「私たちここまで、一体どれくらいこの腕に護られてきたのかしら」
「んー、そうだねえ」
 ルーナの発言に頷きながら、セシルもアスの腕を見る。黒いインナーごしでもわかる、鍛え上げられた腕の頑強さ。やはり羨ましさすら覚える体格差だ。
「……なんか邪悪な気分だ」
 セシルは呟きながら、おもむろにその腕を枕にして横になった。
「ちょっと、急に何をしているの」
 唐突なその行動に、ルーナは流石に吹き出した。
「いや、枕に丁度よさそうな腕だと思って。ルーナもそっちにおいでよ、寂しがり屋さんを可愛がってあげよう」
「……ふふ、そういう事なら」
 セシルの言い分に、ルーナはクスリと笑って承諾した。アスの横に腰を下ろし、確かめるように腕に触れて、そっと頭を乗せて横になる。二人でアスの両脇を陣取り、何とも言えない悪戯な空気だった。
「……暖かいわね」
「ねー。このまま眠れそうだよ」
「ん……」
 重みと気配に、流石に異変を察知してアスが目を開いた。そして左右を確認後、起き上がれない状況に硬直する。
「……何だ」
「何が?」
「いや、この状況だ」
 心底驚いたらしい。寝ぼけた掠れ声は動揺に震えていた。その顔を見るセシルの目が悪戯に煌めいたのを、ルーナは見逃さない。
「俺は、添い寝を頼んだ覚えは無いが」
「うん。頼まれた覚えは無いねぇ」
「では、何故」
「――夜這?」
「な……ッ!」
 セシルの発言を真に受けたのか、距離を取るべく身を引こうとするアス。しかし、両脇を固定されていては動く事は適わなかった。
「……ねえ、この間の続きをしましょう」
 追い撃つように、ルーナはその耳元に囁いたりする。その連携に笑い出しそうになりながらも、セシルは真顔で、
「大丈夫。君は、大人しくしていればいいからさ」
 真剣に迫るセシルに、アスはとうとう絶句する。その、愕然とした表情がおかしかったのか。
「……ぷふっ……あはは!」
 先に、ルーナが吹き出した。
「もう駄目、セシルひどいわ!」
「あはは。ルーナってば意地悪だなー」
「貴方のせいよ。私はこんな連携までするつもりは無かったわよ」
「嘘だそれ絶対嘘ッ!」
 アスの胸越しで視線を合わせ、セシルとルーナは笑い合う。心底楽しそうな二人の間で、アスはただ唖然と天井を見上げ、考えを巡らせていた。
「――冗談、だったのか?」
「ごめんごめん。あんまり気持ち良さそうだったからつい、意地悪したくなっちゃった」
「本気にした?」
 アスは無言で両腕を引き抜き、殻に閉じこもるようにうつ伏せになる。小さな声で驚いた、そう付けて。
「経験豊富なのに、こんなので動揺しちゃうとか不思議だねえ」
 セシルがするりと漏らしたそれに、アスはピクリと肩を揺らして反応する。挙げられた目は、どこか恨めしそうだった。
「あんな経験など。――俺が欲しいものとは違う」
「ふーん。じゃあ、アスはさ。もっと、欲しいものを欲しいって言った方がいい。じゃないと、我慢の重りで心が潰れてしまうよ?」
 いつでも僕が助けてあげられる訳じゃないんだからさ。そう付けて、セシルは半眼でルーナの髪に指をからめた。ルーナは不思議そうに首をかしげる。
 セシルを見るアスの目は、羨望に溢れていた。そんな感情を素直に向けて来たアスに、セシルは満足だった。今まで、そんなそぶりすら隠していた彼だ。セシルはルーナの髪を解放して、アスにゆるく微笑みかける。
「ちなみに僕はさ、君も欲しいよ?」
「……!」
 その発言には、流石にアスもぎょっと目を見開いた。
「それは、どういう」
 セシルは意味ありげに口角を上げた後、ふきだした。
「ルーナと同じ反応だね。そのままの意味で取ってくれて構わないよ」
「――流石に、道徳がない」
「そんなの気にしてなんかいられない。いつ死ぬかわかんないんだし、だったら思うように生きたいと思わない?」
 セシルはふふりと笑ってみせた。そのオリーブグリーンの目があまりにも率直だったせいか、アスは僅かに息をのんで額を押さえた。
「セシル」
「ん?」
「……めまいがする」
 セシルはありがと、そう言ってケラケラ笑った。始終何とも言えない顔で様子をうかがっていたルーナは、アスのそれに強い同意を示して、ふっと吐息を漏らした。
「……あとどれくらい、こうして三人でいられるのかしらね」
 吐息に乗せてごく小声で呟かれたそんな言葉に、アスもセシルも笑みを消す。意図せず注目を浴び、ルーナは呼吸一つ置いて、
「いよいよ、明日なのね」
 どこか神妙な顔で、そう言った。
「怖い?」
「怖いわ。相手は国を壊滅させて、世界まで壊そうとしている相手なのよ」
 セシルが問うと、ルーナは両腕をかき抱いて、
「正直、よくここまで耐えられたと思うわ。私はいつも、怖くて怖くてたまらなかった。今だって、先の事を考えるだけでものすごく怖いもの」
 寝返りを打つように背中を向け、ルーナは震える声で言った。
「ルーナ」
 アスは半身を起して、気遣うように声をかける。セシルは横になったままルーナの傍に寄り、その後ろ頭にそっと手を伸ばす。触れるとぴくんと反応し、そのまま撫でると長い息を吐き出した。それから、少しうるんだ目をチラリと向ける。
「私ね、最近思ってしまうの。このままずっと三人で一緒にいられたらいいのにって。無理なのはわかっているのよ、ハーゴンを倒せたとしても、その先はもう個人ではいられない。それぞれに大切な責務があるもの。けれど、――」
 そして、伏せた睫毛を震わせる。セシルは柔らかく笑んだ。
「言いたい事は分かるよ。僕も時々そう思う。……君には怒られそうだけどね」
 そして、アスを見上げた。その視線を受け、アスは。
「俺たちには、一刻も早く平和を取り戻す責務がある。そしてその先、それぞれがロトの名に恥じぬよう、各々の国を治め、護り抜く責務も」
 もっともらしい事をつらつらあげた後、アスは不意に黙った。その沈黙を待つと、アスは不意に力なく苦笑する。
「――初めは、ハーゴン討伐など俺一人で十分だと思っていた。足手まといだと思っていた、お前たちを知るまでは。共に旅をして、戦って、独りではなかった事を自覚した俺は、また独りになるのが正直辛い」
 尻切れに細る声でもれたのは、おそらく本音。セシルは二人分の不安を受け止め、起き上がって二人の顔を順番に見つめた後、強い瞳で告げる。
「僕も離れがたく思うよ。だけど離れる日が来ても、三人で共有した時間はそれぞれに刻まれている。その絆さえあれば、どこにいてももう独りじゃない。少なくとも僕は、アスとルーナがどんな状況下に陥っても、君たちの事を想ってる」
「セシル」
 そこで、セシルはふんわり笑った。そのタンポポのような、鮮やかな色の笑顔は、アスとルーナに明かりを灯すのに十分だった。
「すべて終わらせて、生きて帰ろう。そこからまた、色々はじまるんだからさ」
「……そうだな」
 アスは納得を見せて深く頷く。ルーナは声無く頷いて頬をばら色に染め、目を伏せた。
「さ、もう眠ろう。明日はハーゴンの神殿に乗り込むんだから」
 気を取り直すように言ってセシルは、寝なおそうと横になったアスの隣にもぐりこむ。そしてもう一度アスの腕を枕にすると、察したのかルーナは反対側の腕をとった。その行動に面食らったのはアスだ。
「またか?」
「いいでしょ、あったかいし」
「駄目かしら」
 ルーナに上目づかいされるともう終わりだ。二人に手を組まれると勝てない事を悟っているのか。アスは、あっさりと降参して大きなため息をついた。
「……もう、好きにするといい」
 その返答にセシルとルーナはくすくす笑い合う。それぞれの体温で生まれる安らぎ。毛布に吸い込まれるように、身体が沈んで意識ごと落ちてしまうのに、そう時間はかからなかった。

――白く明け始めた頃。それぞれの温もりに包まれた毛布の中で、セシルはぼんやりと目を開ける。隣ではアス、その奥ではルーナが寝息を立てている。その安らかな静寂は、凪いでいた心を小波立たせる。
 この日常は間もなく終わる。そして迎えるハーゴンとの戦い。ロンダルキアの魔物の強力さ、そしてただ一度、対峙した時に感じたハーゴンの力。挑めば、恐らくただでは済まない。
 この二人だけは、やはりどうしても失いたくはない。何があろうと、必ず護り抜く覚悟を改める。
 ――例え、この身が砕け散ろうとも。
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