LEVEL:20 愛しい貴方たちに、光のあらんことを 3

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   LEVEL:20 愛しい貴方たちに、光のあらんことを 3

 最上階は禍々しい空気に包まれていた。煌々と紅い光を放つ荘厳な祭壇の前で、地を這うような祈りを捧げるハーゴンの後ろ姿。狂信者の邪気に満ちた空間に三人が到達した時、ハーゴンは祈りを止めてゆっくりと振り返った。
「破壊神復活を止めに来た」
 臨戦態勢で低く、アス。
「これ以上、好きにはさせないッ」
 セシルはルーナの半歩前に立ち、鋭く言い切る。
「覚悟なさい、大神官ハーゴンッ!」
 もう抑える必要もない。ここへ来て、ルーナはぎらつく復讐の視線を投げつける。ハーゴンは順番に顔を見遣り、最後にアスで視線を止める。それでもアスはぶれることはない。構える三人を前に、ハーゴンはふ、と息を抜いたのち、静かに口を開いた。
「この世界はおかしい。そう、思った事は無いか」
 まばたきで疑問符を示すと、ハーゴンは続ける。
「ルビスを信じる者も救われず、ロトの血に翻弄される愚かな王族たち。憎しみと恐怖、悲しみばかり生み出すこの不平等な世界は、果たして存在に値するのだろうか」
 その問いかけに、三人は答えず静観する。答えが無い事に薄く笑い、ハーゴンはしゃらりとローブを鳴らして腕を振り下ろす。
「そう、値しないのだ。それ故、すべてのものに同等の安らぎを与えて下さる破壊神シドーの復活が望まれる。この世界の破滅でもって、全てのものに平等なる死を!」
「そんなの、みんなが死んだら何もかも終わりじゃないか。生きていなければ意味がないっ」
「その意味こそが不要なのだ。誰もいない、真っ新な世界こそ私の望む究極の理想」
 どこか遠くを見つめて陶酔するその顔に、セシルは諦めた。
「やはり、話しても無駄なようだ。貴方とはどうあっても相容れないし、解り合う努力すら無意味に思える」
 セシルはそう呟いて会話を止めた。ハーゴンは肩を竦め、アスに視線を向ける。
「ロトとルビスの呪縛を背負ったまま、どうあっても仇なすか」
「――。それでも、俺はこの世界で生きていきたい」
「ならば仕方あるまい」
「御託は終わり?」
 そこで、人一倍殺気を放っていたのはルーナだった。今にも燃えそうな程強い魔力を帯びた髪は、その気流でふわふわと漂う。
「私はムーンブルクが滅びてから今日まで、この瞬間を切望して必死に生きてきたのよ。この手で! お父様、お母様、そしてムーンブルク全民の仇をとるためにッ!」
 言い終わるや否や、ルーナは全力でイオナズンを解き放った。強烈な爆発がハーゴンに襲い掛かり、耳をつんざく轟音が周囲に呼応する。しかし、ハーゴンは僅かにダメージを受けただけのようだった。薄く笑み、その両手を天に突き上げる。
「王女、貴女のその強い恨みもすぐに終わる。この忌々しい連鎖を断ち切る事こそ、我が天命――! この私がお前たちに真理を教えてやろうッ!
 破壊神シドーよ、今ここに、最後の生贄を捧ぐ……ッ!」
「な――ッ!」
 その行動に三者三様驚愕した。ハーゴンは目を見開き、手にしていた杖の先で自らの首を勢いよく掻き斬った。その鮮血は勢いよく背後の祭壇に降り注ぎ、そして。
「地震!」
 足元に感じたのは小刻みな揺れ、それは次第に大きくなり、地鳴りを伴って激しくなる。立っているのもやっとな視界の端、異変が起こったのはハーゴンの頭上。みしり、と音を立てて歪んだと思った次の瞬間、その天井をぶち抜いたのは巨大なダークグリーンの手。その手は迷うことなくハーゴンの身体を握りしめた。そしてぬっと現れた顔は大きな牙をのぞかせて口を開け、ハーゴンの頭部を食いちぎった。長い舌で残りの胴体をもまきとり、ゆっくりと味わうように咀嚼していく。
 ハーゴンをすべて飲み下した後、天井を壊しながら這い出るように現れたのは、ダークグリーンの鱗に覆われた巨体、六本の手足、巨大な翼。頭部には二本の角を生やし、虚無の闇を宿した眼。
 天井が抜け、空が広がる。夜とは違う紫紺に包まれた空気、暗雲が渦巻き、雷光が迸る。切る様な冷たさの突風が頬を掠めていく。
「なんて、ものを」
 ルーナは腰を抜かしたのか、ぺたりと地面に座りこむ。
「破壊神」
 呟いて、セシルは棒立ちのまま破壊神を見上げている。アスは、底から戦慄した。あまりの威圧感に、胃の奥から何かがこみ上げてくるようだった。カチカチと防具が小さな音を立てているのを感じる。目の前のそれは明らかに、人知を超えていた。
 召喚されたばかりの破壊神は、その眼をこちらに止めてにたりと笑んだ。血交じりのよだれが糸を引き、鋭い歯がのぞく。堪えがたい恐怖に駆られて後退り、そこでかつて誓った『何があろうと、絶対に逃げない』その言葉が脳裏をよぎる。命を賭してでも、最後まで戦い抜くと。その決意すら揺らぎかねないほどに、目の前に現れた破壊神シドーは恐ろしかった。
「……逃げろ」
 無意識に呟いて、アスは二人を庇うように盾を構える。
「どこへ」
 セシルは即座にそう返してくる。
「どこでもいい、ルーナと安全な場所へ」
「安全な場所があるとすればそれは君の傍だ」
「――ッ」
 何故か冷静なセシルに言われて思わず彼を見た。セシルは真顔で、アスの肩を拳で突く。
「アレを解き放つ訳にはいかない。絶対にここで食い止めるんだ。それは僕たちにしかできない。逃げられない、やるしかないんだ、そうだろっ! 指示を!」
 鼓舞するように叫んで、セシルは臨戦態勢をとる。その姿勢にアスは息を飲んだ。あの頼りなかったセシルが、ここまで――。その心の強さに惹かれるように、アスは剣を握る指先に力を込める。
「その通りだな」
「……そう、よね。しっかりしなきゃ駄目だわ」
 ぱん、と頬を叩き、ルーナは杖を支えに立ち上がる。体制を整えた後、三人は悠々と浮かぶ破壊神シドーと改めて対峙する。
「援護に専念を。攻撃は俺が」
「わかった」
 セシルはすぐに納得を見せた。二人の装備では一撃受けただけでも命を落としかねない、それを悟ったからだ。セシルは早速スクルトを唱え、アスは稲妻の剣を構え、その懐に向かって閃光のように駆けた。対するシドーはふわりと浮いたまま、攻撃の色を見せたこちらに口の端を持ち上げ、鋭い爪を黒光りさせながら突き出してきた。爪はアスの頬を掠めて切り傷を作るが、アスは怯まずその肩口に剣を突き立てる。鱗は硬く、切っ先は僅かに弾んで跳ね返された。ルーナはすかさずルカナンを試みる。体制を整えて撃ったアスの二撃目は僅かに効いた! 手ごたえは無いがそれでも少しずつ削っていくしかない。
 長く、果てしない戦いの始まりだった。

   ★ ☆ ★


 神と戦う。その事実は時間と共に重さを増して行く。
「――ッ」
 脚を狙って突っ込んだ一撃が難なく防がれた。その上強烈な尾の一撃を顔面に喰らい、アスは地面に投げ出される。溢れた鼻血が喉の奥に流れ込み、咽せながらも起き上がろうと四肢に力を入れるが動けない。
「ベホマッ」
 背後からルーナの最高位回復呪文が飛ぶ。瞬時に瀕死から引き戻され、アスはその場から飛び起きて体制を整える。そして次の攻撃に転じるために地面を蹴った。
 もう、どれくらいこうしているのだろう。破壊神シドーと戦い始めて、時間の感覚はすでにない。身体の感覚は既に限界を超えている。まるで虫けらで遊ぶかのように、シドーは容赦なくアスを打ちのめす。その度にセシルとルーナはアスを癒し、アスは何度でも挑む。何度も何度も繰り返したその攻撃は僅かずつ、しかし確実にシドーの力を削いでいる。
 中身のアスはダメージを蓄積させているが、強靭な防御力を誇るロトの鎧だけは無傷だった。その鮮烈な青は、セシルとルーナにとって希望の光でしかなかった。
 拮抗したその戦いが動いたのは、シドーの強烈な一撃からだった。シドーはアスを薙ぎ払った後、突如今までにない力を口元に凝縮させ始めた。
「ブレスが来るッ!」
 その予測通り、シドーは巨大な火炎を吐き出した。その激しい炎は防御すら無意味に三人を焼き尽くす。まともにそれを食らい、それぞれに投げ出された。
「……うっ、セシル、ルーナ……ッ」
 全身の痛みをこらえ身体を引きずりながら寄ると、二人は何とか目を開けてこちらを見る。二人の意識がある事に安堵して、アスはシドーの追撃に警戒しながら二人の前に盾を構えて立ち上がる。ルーナはその背に向けて、
「今、回復を……ベホマ」
 アスへ回復を唱えたのだったが。
「……え」
 それは僅かな光を発したのみで、アスの傷をすべて癒す事は叶わなかった。
「魔力が、尽きかけてる」
 その発言に、アスは血の気が引くのがわかった。振り向くと、ルーナは蒼白の顔で首を振る。セシルの顔を見ると、彼はルーナを回復させながら神妙な顔で呟いた。
「実は、僕もだ。もうすぐ尽きる」
 アスは無言で息を飲んだ。見れば、シドーは追撃の炎を溜めている。あれを吐かれたらもう、回復など追いつかない。
「どうしたら……ッ」
 へたり込んだまま、ルーナは震えだす。
「大丈夫だよ。諦めない」
 その時、セシルがやけに涼しい声でそう言った。その声色に、ルーナはおずおずと顔を上げてセシルを見上げる。笑顔だった。
「……セシル?」
 疑問符を投げると、セシルはルーナの額にキスをする。そしてポケットから何かを取り出し、ルーナの手に握らせた。
「あげる。祈りの指輪っていうんだ。気休めかも知れないけれど、少しくらいなら魔力を回復させられる。この場は僕が何とかするからさ、君は魔力を回復させて、アスの傷を癒してあげて」
「わ……、解ったわ!」
 ルーナは戸惑いながら指輪とセシルを交互に見ていたが、すぐに納得を見せて祈りの指輪に精神を集中しはじめる。その姿を横目で見やった後、セシルはアスの傍に寄り、小さな声で呟いた。
「アス、ルーナを頼んだ」
「は――」
 何かを言う間もなく、セシルはアスの頬にもキスをする。そして妙に凛とした表情のまま立ち上がり、シドーの前に立ちはだかった。そして、
「僕を形作る細胞の全てに命じる――」
 セシルは何かの詠唱を始める。それは、今までに聞いた事のない美しい響きだった。まるで歌うようなそれが、凄みを増して高まっていく。セシルの全身が金の光に包まれていく。その毛先まで、尋常ではないエネルギーが集中していくのが見て取れた。
「ああああッ、セシルだめええッ!」
 真っ先にその異変に気付いたのは、ルーナだった。絶叫にも似た悲鳴を上げてルーナが叫ぶ。その異常な剣幕に嫌な予感がして顔を上げると、光に包まれたセシルと目が合った。そのオリーブグリーンの目は穏やかに凪いで輝き、そしてセシルはシドーを見た。そして、
「今解き放つ――ッ、メ・ガ・ン・テッ!」
 解き放たれた呪文。その言葉に、アスは瞬時にその呪文の意味を悟った。煌々と燃え上がる命の炎。そして巨大な爆発がシドーに襲い掛かる。周囲の把握すら困難な程の発光と粉塵を伴った爆風がしばらく続く。
 その爆発が収まると、あたりはしんと静まり返っていた。
 既に無い天井。広がる空から、雪がはらりと零れてくる。雪は無造作に落ちていたロトの剣にさらりと乗り、地面に滑り落ちていった。
「……うそだ」
 呟いた声が乾いて消える。がらんとしたそこには、アスと、ルーナと、倒れたシドーの姿があるだけ。いない、無い、セシルだけどこにもいない。
「うそだ」
 二度目に呟いた時、シドーの身体がぐらりと揺れ動く。憤怒に燃えるその目が、アスとルーナを捉えて加熱する。
「そんな、そんな、まだ生きて」
【グググ……グガアアアッ!】
 瀕死に値する傷を抱えながら、シドーは鋭い爪を振り上げて突っ込んでくる。アスは硬直したまま動けないでいるルーナを庇い、稲妻の剣を握る。爪は勢いよくアスの頭を薙ぎ、兜が飛んだ。シドーと視線がぶつかる。
「――、ァァアアア――――ッ!」
 アスは絶叫しながら、渾身の力を込めて稲妻の剣をその腹に突き立てる。ずぶりと、今までにない感触で剣がめり込んだ。アスは手首を返して抉るように剣をねじ込むと、稲妻の剣が放電してシドーを包み込む。シドーはたまらず暴れる。その衝撃で吹き飛ばされ、アスは勢いよく地面にたたきつけられる。
「ベホマッ」
 そこですかさず飛んだのはルーナの回復魔法だった。チラリと見遣れば、彼女は杖を支えに立ち上がり、強い瞳で頷く。
「今よ、とどめを刺し切ってッ」
 アスは地面に残されていたロトの剣を握りしめ、地に落ち悶えているシドーに飛び乗る。
「これで、最後だッ!」
 頭目がけて、アスは渾身でとどめを刺し切った。
【グ、ガ……ガアアアアァァ――ッ!】
 現世との楔を斬られたシドーは、断末魔の呪いをまき散らしながら崩れ落ちていく。その時ルーナの胸元にあったルビスの守りが勢いよく砕け散った。光の粒子は二人を包み込み、その呪いを遠ざけるように輝いた。
 シドーの断末魔と共に、ぐらぐらと続いていた地鳴りがゆっくりとおさまっていく。そして、二人を包んでいた光の粒子が次第に強く輝き、空へと広がっていく。
「……やったの」
 その光を見上げながら、ルーナがぽつりと呟いた。アスは小さく解らない、そう答えて立ち尽くす。ともすれば全身の力が抜け落ちてしまいそうな程、思考か真っ白だった。
 その間も、まるでこの地を浄化するかのように広がり続けていた光は、やがて人の姿を形作っていく。現れたのは、聖霊の祠で見たルビスの姿だった。
「ルビス様……?」
 ルーナが問い掛けると、ルビスはゆっくりと頷いて
【ありがとう、ロトの子孫たち。世界は、貴方たちの力によって、シドーの脅威から守られました。このロンダルキアにも春の日が降り注ぎ、世界には再び、平和な日々が訪れる事でしょう】
「……」
 柔らかく告げられた終焉の言葉に、アスとルーナはすぐに何かを言う事は出来なかった。終わった、本当に? その実感は無い、何故、ただ、あるのは大きな喪失感――。
「そんな、ことより」
 声を出すと一層強くなるその喪失感のまま、アスはルビスに尋ねていた。
「そんな事よりセシルはッ」
 ルビスは答えず、首を横に振るだけ。
【……彼は、尊い犠牲でした。己の意志でメガンテを唱えた彼は今、無の中にいます】
「ルビス様、私たちの力になるとおっしゃって下さった、でしたらセシルを、セシルを返して下さい!」
 ルーナも堰を切ったように溢れ出した感情のまま、ルビスに懇願する。
【魂無き抜け殻の身体を再生することは可能ですが、それ以上は】
「それでもかまいませんッ」
【――解りました】
 ルビスが祈ると、セシルの身体が再生されていく。床に横たえられたセシルは、まるで眠っているだけのようだった。
【死んだ者の魂を戻すことは禁忌。故に、私にできる加護はここまでです。……ありがとう。愛しい貴方たちに、光のあらんことを】
 祈りの言葉を残し、ルビスはその気配を消していった。その光がゆっくりと収まり、急に静かになったその空間で、アスとルーナは、セシルの元に跪く。
「……セシル」
 呼びかけ、そっと触れた手は冷たく、まるで突き放すかのように無慈悲だった。思った以上の感触にどきりと心臓が跳ねる。激情が胸の奥から突き上げてくる。アスはその腕を力いっぱい掴み、やり場のない感情を爆発させるように叫んだ。
「セシルッ! ふざけるのも大概にしろセシルッ!」
「あ……、貴方は何度、私たちを置いていけば気が済むのよぉッ」
 現実を受け入れられない。あんな選択をしたセシルが殺したい程に憎い。死んでいるのに。死んだ。死んだ? もう、何なのか解らないほどに罵倒の言葉だけが浮かんでは消えていく。思いつく限りの悪口雑言を並べ立てた後に残ったのは、強烈な虚しさだった。返事がない、故に。
「……アス」
 ある時、やけに神妙な声でルーナが呼んだ。
「セシルの魂を戻すのに、一つだけ手があるわ」
 その言葉に、アスは目を見開いてルーナを見る。ルーナはセシルの顔を見つめたまま、
「けれど、それをするには一つ、重要な事があるの。甦らせるものと同等の何かを媒体にしなければならない」
「同等の何か」
「つまり、必要なのは命と同等の何か」
「……な」
 それ以上を告げられず、アスは絶句する。
「だけど考えてみて。そんな犠牲を受けてまで、生きたい思うセシルじゃないでしょう」
「でも俺はセシルがいない世界などッ」
「私だってそうよ!」
 怒鳴り合って、思いが一致している現実に涙があふれる。
「その代償、俺と貴女で分け合えないのか」
「何を失うか解らないのよ」
「俺にはもう、貴女とセシルしかいない!」
 噛みつきそうな勢いで迫ると、ルーナはびくりと震えてこちらを見つめてきた。
「私だってそうだわ。三人でなければ意味がないのは、私も同じ」
「ならば結論は一つだ」
 同意し合い、決意する。ルーナは頷いて、セシルの手を取った。アスはその上から手を重ね、強く目を閉じて祈った。
「――我が名はルナフィーリア・シュトルエイム=ムーンブルク。我らロトの血を継ぐ末裔の光と引き換えに今、ここで禁忌を犯す許しを請う。天なる神竜の加護の元、親愛なるセシルの抜け殻に、今一度生命の光を――!」
 ふわりと舞い降りる金色の粒子が、セシルを包み込んでいく。やがてそれは空間いっぱいに広がり、視界を奪い去って行った。それは、痛みすらなく。ゆっくりと吸い取られる感覚だった。
 セシルを包んだ光が収まった時。ふう、と、セシルの胸が僅かに揺れ、息を吹き返したのを見る。意識は戻らない。
「……まさか本当に光を奪われるとはな。右の目が見えない。ついでに右の耳も聞こえない」
「私は左側の目と耳が駄目になったみたい。もしかしたら他の器官にも、いろいろと支障が出るかもしれないわね」
 ルーナはクスリと小さく笑った後、呼吸を再開したセシルを見つめる。
「セシルの意識が戻るのは明日かも知れない。来週かも知れない。数年かかるかもしれない。死ぬまでこのままかも知れない。――それでも、私は」
 ルーナはそこで言葉を詰まらせ、セシルの胸に崩れ落ちる。慟哭するルーナの横で、アスはこらえきれずにあふれる涙を手でグイ、と拭い去る。
「……自業自得だ、後は自力で帰って来い」
 ようやく訪れた平和への一歩を祝うように、ロンダルキアに春のような暖かい日差しが差し込む。セシルのたんぽぽ色の髪がきらりと反射し、柔らかな風にふわりと揺れる。眠ったままの表情は、どこか微笑んでいるかのように穏やかだった。

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